二人の鬼   作:子藤貝

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第四十一話 鬼神事変②

漆黒の闇の中、幾度の鬼火が灯り、脳髄を掻き毟るかのような悲鳴を上げて露と消えゆく。これを怪奇現象とするのなら、しかし現実に起こっていることのほうが余程奇っ怪であろう。

 

「うふ、うふふ……!」

 

「チッ、攻めづらい……!」

 

その正体こそ、近衛詠春と月詠によって繰り広げられる剣戟の軌跡。鋼の打ち合う度に発生する火花と金属音であった。だが、その戦いこそが常軌を逸している。瞬きする一瞬の間に互いについては離れ、離れては近づいてを幾度と無く数瞬の度に繰り返しているのだ。

 

誰か一般的な常識を持つ人間がここにいれば、恐らくこれを夢と見紛うだろう。だが、周囲の木々がその戦いの余波で無骨な丸太とかしていることを考えれば、やはり現実と思うほうが確からしい。

 

「小太刀の二刀流とは、神鳴流らしくない神鳴流だな」

 

「だってうちは神鳴流剣士であって、神鳴流剣士ではないどすから~」

 

「……成程、な」

 

神鳴流は基本的に、長大な野太刀を好んで用いる。それは、相対する敵が基本的に妖魔であり、魑魅魍魎であり、妖怪変化であるからだ。その中には、身の丈一丈(約3m)を超える鬼や、中には数十mをゆうに超える鬼神を相手にすることだってある。だからこそ、より効果的に相手にダメージを与えられ、間合いを広くできる野太刀は神鳴流にとって非常に相性のよい武器だ。尤も、神鳴流は基本的に武器は選ばないため、例外はいくらでもいるが。

 

だが、それにしても月詠の小太刀さばきは異常であった。小回りと手数がきく代わり、間合いが減った小太刀は基本的に防御の戦い方を得意とする。つまり、小太刀は受けでこそその真価を発揮するのだ。だが、月詠の戦い方はむしろその逆。攻めの小太刀であった。

 

「にとーれんげき斬魔け~ん」

 

「神鳴流、斬岩剣!」

 

二刀の小太刀と一本の野太刀が激突する。威力は、全くの互角。

 

「そ~れっ!」

 

「ちいっ!」

 

鎬を一瞬だけ削った後、一気に刃を弾いて吹き飛ばす。吹き飛ばされたのは、膂力で勝るはずの詠春であった。

 

「流石に上手いな、村雨流の(・・・・)小太刀は……」

 

「うふ、ひたすらに人を殺すことに特化した剣どすから~」

 

月詠もまた、刹那と同じく鈴音の手ほどきを受けた人物だ。しかも、彼女との付き合いで考えるとむしろ月詠のほうがその技術を吸収しているといえる。彼女の用いている小太刀術は、神鳴流をベースとしながらも村雨流の技術を取り入れたハイブリット。小太刀元来の防御術を攻撃に向けた月詠のアレンジに、対人戦を想定した村雨流独特の太刀さばき。

 

それは、自分の剣筋をわざとそらすことによって相手の剣筋をも歪め、その隙を狙うという奇抜かつ大胆なものであった。本来、こんな戦い方をしても攻め手に欠ける上に下手をすれば自分が不利になりかねない。だが、村雨流はそんな誰しもが用いないであろう針を通すような技を編み出してきた。相手を殺せる場面をいくらでもつくりだせるように。

 

「鐘嗣の『懐刀』といいこの剣捌きといい……村雨流は本当に引き出しが多いな」

 

「人を効率よお殺すことにおいて、村雨流の右に出る剣技は現代にはあらへんですえ~」

 

確かに、対人戦においては村雨流のほうが神鳴流より勝るかもしれない。だが、ひたすらに相手を殺すことだけを考えるその理念は、詠春には認め難かった。月詠の姿をみれば、尚更。彼女は詠春と一見すれば互角に射ち合っているようにみえる。だが、体には幾つもの切り傷が刻まれており、血で肌が斑になっている。

 

そう、彼女は自らが傷つくことさえ厭わずに、ただひたすらに攻めてきたのだ。その結果、防御が完全に留守となり、致命傷さえ避けてはいるものの、全身傷だらけになってしまっている。

 

「……どんな流派であろうと、活かすも殺すも結局はその遣い手次第だ。それがたとえ、殺人に特化した村雨流であろうと、な」

 

「剣技なんて、どこまでいっても所詮は殺しの技術の延長線ですえ~。さすが、退魔の神鳴流の剣士は言うことがちゃいますわ~。村雨流が殺人技を磨く原因になったくせに」

 

村雨流の凋落の一因。実は神鳴流にもその一端がある。かつて都を守護する双璧であった神鳴流と村雨流。互いにいがみ合う仲ではあったが、その使命を全うしてきた。だが、やがて時代は戦乱の様相を呈し、人と戦うことを強いられ始めた。

 

当時の村雨流の長は神鳴流の長に、これからは都を守護するには人との戦いも想定すべきだ。そのために、人殺しの技術を磨くべきだと提言した。だが、神鳴流はあくまでも本質は魔を断つためのものであり、人を殺すことではないとしてその提言を突っぱねた。歴史の裏側から支え続けてきた双方が、表に出て戦うことをよしとしなかったためでもあった。

 

「こん時に神鳴流も賛同してくれてたら、形は違ったと思いますえ」

 

「…………」

 

「あんたら神鳴流は押しつけたんや、村雨流に汚れ役を。自分らの手が汚れることを恐れて」

 

結局、神鳴流と村雨流の軋轢は決定的なものとなり、以後数百年近く交流を絶った。村雨流は殺人技を磨いてゆき、歴史の表にこそ立たなかったが、その影から幾人もの人間を排斥してきた。神鳴流の代わりに、村雨流は汚れ仕事を請け負うようになっていってしまったのである。

 

更に、村雨流はより殺人技を高めるため、この頃から他流試合を多く行い、その技術を吸収していくという悪習が始まってしまい、結果京都から居場所を失ってしまった。

 

結局、村雨流は本家のある奈良を拠点としていた場所を中心とし、京には一切の干渉が行えなくなってしまった。そして決定的であったのが、第二次世界大戦の勃発である。殺人技に特化していた村雨流の剣士らは戦争へと駆り出されていったのだ。優秀な剣士も多数戦地に趣き、そして散っていった。祖国の勝利を信じ、その勝利の先に村雨流が必要とされることを夢見て。

 

しかし、現実はかくも厳しかった。日本は敗れ、軍は解体された。そして村雨流もまた、大きく力を削がれた。軍との協力関係から村雨流の栄達を目論んでいた村雨流は、軍の道連れとなる形になってしまったのだ。そして平和が訪れ、残ったのは時代に必要とされない殺人技。

 

「だが、それは村雨流が選んだ道だ。それを今更掘り返すのはお門違いと言えるが?」

 

結局のところ、時代の潮流を読みきれなかった村雨流が悪いのであって、神鳴流が直接的に何かをやったわけではない。それに、月詠も神鳴流を扱う剣士であり、村雨流はあくまで鈴音から教わったもの。いわば、彼女は正統な村雨流剣士ではないのである。そこのところは、彼女も自覚しているらしく。

 

「うふ、そんくらいわかっとりますえ」

 

雰囲気からして、月詠が村雨流の因縁そのものにこだわっているようには見えなかった。だが、それでも何かしらに固執しているのは見て取れる。

 

「けど、だからこそ神鳴流に村雨流の殺人技を否定されるわけにはいかないのですえ~」

 

そこには、頑として譲れなきものがあった。村雨流の歴史、それは彼女の慕う姉が生まれた遠因でもある。彼女にとって村雨流の歴史だろうが神鳴流の責任だろうがどうでもいい。だが、姉をあんな風にした原因であるものは許せない。美しく、しかし余りにも哀れな鬼を、生み出したものが許せない。

 

自分のように、中途半端な狂気の出来損ないであればまだ、救いはあった。だが、彼女は鬼となり、完全に狂ってしまっている。平和な時代には、絶対に必要とされぬであろう修羅の鬼と成ってしまった。

 

「殺人技が必要とされないなら、必要とされる時代をつくればいい。そうすれば、うちもあの人とおんなじになれる」

 

「君の目的はそれ、というわけか」

 

「うふ、うちがこの組織にいるのは姉さんがいるからですえ。あの人がいるから、うちは自分をコントロールできる。自分がどれだけ狂ったふりをしても、あの人の前では霞んでしまうから」

 

歪んだ愛情。彼女の根底にあるのは正しくそれだ。詠春は彼女の言葉と、その瞳の奥に灯る暗く哀しい闇を見て気づいた。だからこそ、詠春はここで月詠を止めようと決意する。このまま進ませてはいけない。彼女はもう、向こう側へ片足を突っ込みかけている。一度でも振りきれてしまえば、二度と帰ってこれないであろう奈落に。

 

「……君を、逃すわけにはいかなくなったな」

 

「うふ、うちを止めるんどすか~? やめておいたほうがいいですえ、うちはもうどこまでも行くって決めてますから~。それに……」

 

タイムオーバーですえ。彼女がそうつぶやくと同時に。

 

「っ! 何かくるっ!?」

 

何かが猛スピードで接近するのを感知し、それに備える。

 

「ぐ、お……!?」

 

はじめにきたのは、防御の上からも感じるほどの衝撃。次いで自分の吹き飛ぶ感覚。詠春は何本もの大木をへし折りながら結界の壁まで吹き飛んでゆき、背を強く打ちつける。

 

「いつつ……折れてはいない、か」

 

すぐに体勢を整え、衝撃を受けた腕の状態を確認する。少し痺れはするものの、幸い折れてはいないようだ。そんな彼に、何者かの足音が聞こえてくる。

 

「……何者だ」

 

「何者って、何年ぶりかの再会だってのにとんだ言い草ね」

 

「っ! ……まさか!?」

 

現れた人物は、とても小柄であった。恐らく10歳程度の子供の身長しかない。普通なら、こんな戰場に姿を表すことなどあり得なさそうである。だが、詠春はこの人物を知っていた。この声を、赤みがかった頭髪を、勝ち気な瞳を知っていた。

 

「なぜ、君がここにいる……アスナ!」

 

鈴音と同じく、最初期から『夜明けの世界(コズモ・エネルゲイア)』に所属している人物。そして組織の大幹部たる一人。『黄昏の巫女』、アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアがそこにはいた。

 

 

 

 

 

(月詠は……うまく逃げたか)

 

さて、ネギ達と一緒にいたはずの彼女が何故こんなところにいるのか。それは、今回の襲撃で彼女が月詠のサポートを担当していたからだ。

 

(今頃ネギ達は鈴音と戦ってるんでしょうねぇ。ああ、可哀想なこと)

 

そんなことなど、彼女は毛ほども思ってもいないくせに、内心独りごちる。アスナはフェイトらが奇襲をかけた際、誰にも悟られることなくこっそりとあの場から抜けだしていたのだ。フェイトがあの時なぜ態々、奇襲をかける直前に言葉を投げてきたのか。それは、フェイトが放ったもう一つの魔法を悟られないようにするため。奇襲という隠れ蓑を強調するためであった。

 

認識阻害魔法。対象の意識を、特定のものから反らしたり、歪めたりする魔法だ。本来であれば、詠春のような高い実力を有する相手や、それらがかかりにくい千雨には通用しないように思える。だが、あの場には鈴音という絶大なるインパクトを誇る存在がいた。結果、そちらに気を取られてしまい、皆が皆アスナの存在を忘れてしまっていたのだ。

 

「まさか、君までここに来ていたとはね……!」

 

「最悪は常に想定するべきものだと思うけど。ああ、最近の私は魔法界(あっち)でも音沙汰なしってなってたから想定してろって方が酷かな」

 

アスナもまた、彼とは浅からぬ因縁がある。なにせ、彼の親友とともに彼女を助けてくれたという経歴があるからだ。だが、彼女はエヴァンジェリンらによって悪徳の側へと足を踏み入れ、その才覚を存分に伸ばしていった。そんな経緯があるからこそ、敵対してから幾度かは『赤き翼(アラルブラ)』のメンバーに説得の言葉をかけられたこともある。

 

「相変わらず、その姿のままなのか」

 

本来のアスナは、肉体年齢が高校生で止まる予定とはいえ以前よりも成長している。だが、今の彼女はかつてと同じ幼い姿。これは、彼女が幻覚によって変身する薬を用いているからだ。魔法無効化能力も、幻術魔法と空間魔法には干渉できない。それを逆手に取り、服用すると質量のある幻覚を生み出す魔法薬をセプテンデキムが開発したのである。

 

尤も、彼女は成長するアスナを見て、幼い姿のほうが可愛いのにと思い、ならばその姿を堪能できる薬を作ろうと思い立ったのがはじまりなのだが。そんな経緯があるせいで、アスナはセプテンデキムが苦手である。

 

「何? あんた幼女趣味とかあったの? だとすればドン引きね」

 

「生憎、僕は妻一筋でね。……君がそちら側にいることが、僕はいまだに信じられないよ。エヴァンジェリンに攫われる前、君はナギにべったりだった」

 

「そんな私が、ナギ・スプリングフィールドを殺したことが解せないってこと? はっ、どこまでもおめでたい頭をしてるわね。私にとって、あんた達は宿敵であって、愛しさを覚える家族じゃない」

 

彼女にとっての大切な人とは、エヴァンジェリンらのことであって『赤き翼』ではない。救ってくれた事自体は感謝している。あのままであれば、きっと兵器として使い潰されていたのがおちだっただろう。なにより、エヴァンジェリン達に出会える状況を用意してくれたこと。

 

ようは、現状へと導いてくれた事自体に感謝しているのであって、恩など微塵も感じてはいないのだ。どこまでも傲慢で、自己中心的な考え方。人間相手に慮ることなど、今の彼女は絶対にしない。

 

「無駄話するのもいいけど、早くここから抜けだしたほうがいいんじゃない? 向こうは鈴音がいるのに」

 

「……どうせ、君がそれを阻止するのだろう?」

 

「まあね。私の役目は月詠のサポートとあんたの足止めだし」

 

「サポート……チッ、さっきの言葉はそういうことか」

 

『……そう。……なら、都合がいい、な……』

 

先ほど鈴音が言っていた言葉。英雄としての自分を見限った彼女が、何故自分が腕が鈍っていないことを『都合がいい』と表現したのか。妙な引っ掛かりを覚えていたのだがようやく得心がいった。

 

「あんたが考えてるとおりよ。月詠にあんたを任せたのは、ネギ・スプリングフィールドらと引き離すためと、経験を積ませるため」

 

「僕を実戦での修行相手にしたってことか……」

 

詠春は世界でもトップレベルの剣士だ。そんな人物を相手に死合をするならば、確かに経験は莫大なものだろう。だが、それは死と隣合わせのあまりにも危険な実戦訓練。だから、アスナが月詠を死なせないようにサポートとして赴いたのだ。

 

「さて、そろそろ始めましょうか」

 

アスナが構える。やはり自分を逃がす気はないのだと理解すると、詠春も日本刀を水平に構えて腰を屈める。夜の闇は、更にその深みを増し始めていた。

 

 

 

 

 

一方、小太郎とともにフェイトらを追いかけていたのどかはというと。

 

「う、吐きそう……」

 

「我慢せぇや。俺かてこれでもスピード落としとるんやで?」

 

小太郎の背で揺れながら、吐く手前まで酔っていた。小太郎のだすスピードに慣れず、更に不安定な背におぶさっているせいだ。小太郎も彼女を気遣ってなるべくスピードを落としているのだが、効果は薄そうだ。

 

「もう少しの辛抱や。もうすぐ、千草の姉ちゃんに言われた集合場所につくで」

 

小太郎は、千草が集合場所に指定していた場所へと向かっていた。山間部の森は深く、普通に動き回れば迷ってしまうような場所だが、生憎小太郎は獣並みに鼻がきく。微かに感じる千草の匂いを頼りに目的地へと向かっていた。

 

「! 姉ちゃん、見えたで……!」

 

グロッキーなのどかに聞こえていたかどうかは分からないが、遠目に千草の姿を見て彼女へそう言った。このまま出て行ってもいいかと一瞬考えたが、のどかに危害が及ぶと即座に判断した小太郎は急ブレーキをかける。

 

集合場所から少し離れた場所の茂美へと飛び込んで身をかがめ、のどかを背から下ろす。いまだ気分の悪さで顔が青いが、地面に立てたおかげか少々安らいだ顔になっている。茂みからわずかだけ顔を出し、様子を見る。

 

(……? 留学生の奴、確か……フェイトっちゅうやつやったか? そいつががおるんは分かる。けど、月詠の姉ちゃんがおらへんし……それにあっちの女は誰や?)

 

様子を見始めてすぐに、フェイトが何者かを伴って現れた。よく見れば、その人物は女性のようだが、その脇には人を抱えているのが見てとれた。抱えられている状態のせいで長い髪が垂れて顔がよく見えないが、匂いからして関西呪術協会の長の娘だろうと当たりをつけた。

 

ここまでの作戦でほとんど裏方に回っていたフェイトが行動を共にしているのは勿論疑問が残る。だが、それも関西呪術協会の本部を襲うという無謀を為すためなら人員は必要だろうし、実力があるのだとすれば一応の納得ができる。

 

(千草姉ちゃんは参加しとらんかったんか……? ……ほんなら、襲撃をかけたのはあの二人やっちゅうことか!? ここにいない月詠の姉ちゃんを含めても、たった三人やで!?)

 

だが、あちらの女性はその素性も顔も知らない人物だ。そんな人物と、部外者のフェイト、そして参加していたか小太郎にはわからないが、雇われの月詠。そんな輩に、千草は襲撃を一任したということだ。そして、襲撃は小太郎が見たとおり成功している。

 

(あかん……そないなヤバイ奴らを相手にせにゃならんとすると、とても俺一人じゃ無理や!)

 

仲間のよしみで石化を解いてもらう? 無理だろう、下手にそんなことをすれば作戦の支障となる可能性が高い。ならば力づくしかないだろうと考えていたのだが、相手が小太郎よりも圧倒的に上の実力を有している可能性が高いとわかった今、それは愚策でしかない。何より、自分が裏切ったと千草に判断されれば石に変えられかねないだろう。

 

(特にあの女……ヤバい雰囲気がする。血の匂いがいっちゃん濃い……!)

 

日本刀を佩いた素性不明の女。一見すれば少女然とした見た目だが、小太郎の野性的な勘があれはそんな生温いものではないと告げてくる。少なくとも、数十年の時を生きた歴戦の(つわもの)。小太郎が最終的に出した結論はそれであった。彼はそっと耳を傾け、彼女らの話を盗み聞きする。

 

『本当に連れて来おった……』

 

『これで、儀式に必要な物は全て揃ったはずだ』

 

『せや、お嬢様さえいればあれ(・・)を復活させるのも、操るのもわけないで!』

 

(そういや、姉ちゃんがあれ(・・)を復活させるんにお嬢様が必要ゆうとったな)

 

予め聞かされていた作戦を思い出す。その内容は、この関西呪術協会本部がある場所からほど近いところにある、あるものを復活させるというもの。小太郎も一度だけ封印されているそれを見たことがあるが、確かにあれほどのものを復活させれば関東を相手に戦争を起こすのも可能だろう。

 

(千草の姉ちゃんは、関東の奴らに恨みがあるゆうてた。けど、あいつらの考えてることはさっぱりわからん。もし、あいつらがさっきみたいなことを関西でやるつもりやゆうんなら……)

 

小太郎も、最初は気に食わない関東の奴らに泡を吹かしてやろうと思い、関東を相手にした戦争にも賛成していた。戦うことが生き甲斐のような自分には、その戦争がとても魅力的に写ったのだ。だが、先ほど見せられたあの光景が小太郎の脳内にフラッシュバックする。

 

(阻止せなあかんな……)

 

見渡すかぎり人の気配のない、無機質なまでの静寂。あんな恐ろしいことを戦争でやるつもりだというのなら、止めなければならない。小太郎はそう思った。彼は戦うことは好きだが、弱者を虐げることは大嫌いだからだ。

 

(けど、奴らの目的が見えてこへん。何を考えとるんか……)

 

フェイトも女も、素性のしれない人物だ。いや、フェイトはイスタンブールからの留学生という扱いにはなっているが、恐らくそれもダミーだろう。千草たちを手助けしているということは、関東に何かをするつもりだろうとは思うが、それが奴らのどんな利益につながるのか。相手の目的がわからない以上、千草を説得するのも無理だ。彼らは、千草が求めていたことをあっさりと成し遂げてしまい、その信頼を勝ち得ているのだから。

 

「あ、あの……」

 

「……すまんな姉ちゃん。あいつらしばいて石化解かせるか説得するかしよって思たんけど、無理そうや」

 

「……そう、ですか」

 

のどかの顔が暗くなる。親友を助けられる手立てが見つかったかと思えば、それが駄目だったと告げられたのだ。気落ちするのも無理はなかった。

 

「姉ちゃん、あいつらがなにもんか分かるか? 特に、あの日本刀持っとる女や」

 

ダメもとでのどかに聞いてみる。あれが何なのか、小太郎にはさっぱり分からないがやばい雰囲気は嫌でも感じる。だからこそ、その正体ぐらいは知っておきたかったのだが。

 

「! あ、あの人……確か……!」

 

しかし、予想外にも彼女は女の正体を知っていた。刹那や長から聞いた話を、のどかは小太郎へ伝える。

 

「魔法世界最悪、ねぇ……予想以上のバケモノやんか……」

 

まず間違いなく、正面切って戦えば命はない。そもそも、ここまできたのは彼女の友人の石化を解くためであって、戦うことではない。だが、頭の出来がそれほどよくない自分では、大した手札もなしに交渉の真似事などしても一蹴されるのが落ちだ。

 

「せめて、奴らに不利な情報でもありゃ、何とかなりそうなんやけど……」

 

昔戦った、狡っ辛いことが得意であった術師のことを思い出す小太郎。その時は、仲間の一人が弱みを握られて寝返ったことがある。そういう汚いことをする連中とは何度か戦ったことがあるため、相手の弱いところを突くということが有効であることを、小太郎は知っている。尤も、彼自身はそういったことが嫌いな性分のため、そしてそういった情報を集めるのがそもそも不得手なのでやったことはないが。

 

それでも、それを交換条件として石化の解除を引き出せる可能性があるのは確かだ。それに奴らのやった事自体、小太郎には許せない。せめてその企みの一端ぐらいは暴いてやりたいと考えていた、そんな時。

 

「……あ、あの……」

 

「んあ? どしたん?」

 

「あの人達の考えてること……私、分かると思います」

 

「それってどういう……あ! そういや姉ちゃん、読心師やったな!」

 

今更ながら、彼女が読心師であることを思い出す。そして、それによって自分が敗北したということも。自分という相性最悪の相手を前に、読心師という手助けを得て己を倒したネギのことを思い出す。

 

小太郎は、策を弄する相手を、実はそこまで嫌ってはいない。彼らは彼らなりに、弱さを補うためにに工夫と努力をし、策を用意するのだ。それを小太郎は、戦いにおける駆け引きとして許容している。ただ、それに引っ掛けられるのはあまり気分がよくないが。

 

(あいつならどうする……?)

 

彼女の力を借りるか、否か。本音で言えば、敵だった相手に、それも今回は被害者でもある彼女の手を借りるというみっともない真似はしたくない。だが、それで勝てるのかといえばノーだ。今の自分は、昼間のネギと同じく弱者の、強者に挑む側だ。ならば、それを補うために手を借りる必要とてあるはず。

 

「……姉ちゃん、頼みがある」

 

「は、はい」

 

「あそこの白髪の男と、あの日本刀差した女。あいつらの考えてること、読めるか?」

 

「……女の人は大丈夫だと思います。男の子の方は、名前さえわかれば……」

 

「なら問題あらへん。あっちの奴の名前はしっとる。フェイトっちゅうやつや」

 

小太郎は、のどかの手を借りることにした。他人と手を組むことはあっても、いつも一人で戦ってきた小太郎が、自分の意志を曲げてまで他人の手を借りたのだ。彼女に対する負い目や、仲間の所業に対する怒りのせいもあったかもしれない。だが、それでも彼に変化があったのは確かだ。あの戦いで成長したのは、何もネギ達だけではなかったのである。

 

「……これが、あの男の子が考えていること……」

 

早速、彼女のアーティファクト『いどのえにっき』を用いて相手の思考を読み取る。対象はまず、小太郎の仲間だとはっきりわかっているフェイトの方から。これでなにか怪しい情報を持っていれば、その時点で小太郎の予想は確定する。やがて、本型のアーティファクトに文字として浮き上がってきたのは、少年が持つ情報。

 

「……チッ、こりゃ千草の姉ちゃんも利用されてポイされる可能性が高いな……。姉ちゃん、今度はあっちの女のほう頼むで」

 

書かれていた計画の一部。そこには、千草の生死に関わってくるかもしれない危険な内容も含まれていた。これで、小太郎の嫌な予感が的中したわけだ。ますます彼らに対して不信感を募らせていく小太郎は、今度は女のほうを探るように指示する。

 

「えーっと……ひっ……!?」

 

女の思考を読み取ろうとした途端、のどかが小さな悲鳴を上げる。一緒になって眺めていた小太郎も、思わず黙りこくってしまった。

 

「な、なに、これ……!?」

 

白紙部分が、文字でどんどんと埋め尽くされていっているのだ。その文字自体もまるで、文字化けでも起こしたかのように支離滅裂で、血のように真っ赤であった。危険だと思い本を閉じようにも、のどかは体を動かすということ自体を忘却し、頭の中がパニックになった。小太郎もその光景から目を離せず、為すがままであった。

 

やがて文字が完全に白紙部分を埋め尽くすと、今度は虫食いのように高速でその赤が消滅した。

 

「な、なんだったの……」

 

「何が起こっとったんや……」

 

疑問は残るものの、本能的に危険なものを感じていた二人は何も起こらなかったことにほっと胸を撫で下ろす。それでも未だに冷や汗が止まらず、動悸が早まっているのが分かる。

 

「……見たな」

 

そんな二人の背後から、何者かの声が聞こえる。体を強ばらせた二人は、それでも何とか首だけ背後へと向けることに成功する。そこにいたのは。

 

「あ、ああ……!?」

 

「な、今まであそこにいたはず……!?」

 

明山寺鈴音がそこにいた。そもそも、彼女らは初めから小太郎たちの事に気づいていながら気づいていないふりをしていたのだ。

 

「……放っておくつもりだったが、お前は危険だ……殺す……」

 

のどかを危険と判断した鈴音は、愛刀の『紅雨』の柄へと手をかけると。その刃が、彼女へと一瞬の内に抜き放たれた。

 

 

 

 

 

「先生、お嬢様に危険が迫っているんです! 早くしないと……」

 

「刹那さんが行けばいいじゃないですか……僕なんて、足手まといも甚だしいです……」

 

「千雨殿、しっかりするでござる! あのような化生に惑わされては駄目でござる!」

 

「……あんなの相手に、私に何ができるってんだよ……」

 

関西呪術協会の本部に、いまだ刹那たちの姿があった。鈴音の死を意識するほどの殺気に当てられ、心を折られてしまったネギ達を何とか復活させようとしたためだ。だが、卑屈になってしまった二人は聞く耳を持ってはくれない。

 

「駄目だ……ここまで完膚なきまでにされてしまっているとは……」

 

「しかし、ここでいつまでも足止めを食っているわけにはいかぬでござる」

 

ならば、彼らを置いて追いかけるか? 敵は世界最悪の剣士に、本部の人間を残らず石に変える程の魔法の腕を持つ少年。たった二人では、勝ち目などあるはずもない。そして刹那も楓も、そんな圧倒的なふりを覆せるような策をひらめくこともできない。それができるのは、この中ではネギと千雨ぐらいだろう。

 

(どうする……楓と二人だけで行くか……先生たちの復活を信じるか……)

 

道は二つに一つ。己の腕を信じてゆくか、ネギ達の精神力に賭けてみるか。時間がない以上、ネギ達の復活を信じるのは絶望的だ。

 

「……刹那。こうなれば、お主と拙者の二人で……」

 

「だが、勝算など……」

 

「しかし、このままでは木乃香殿は奴らのいいようにされてしまう。こんな言い方はしたくないが、危険度の高い木乃香殿を優先したほうがいいでござろう」

 

楓が、残酷な現実を突きつける。そう、危険さで考えれば木乃香を第一に助けるべきだ。ここにいれば、最低でもネギと千雨は無事で済むだろう。だが、果たしてそれでいいのだろうかと刹那は悩む。

 

(不要と切り捨てて、それであの人に勝てるのか……?)

 

それではネギ達が使いものにならないから、置いていくのと同じではないか。そんなことで、自分の大事な親友を守りきれるものか。

 

「……駄目だ。置いていくわけには、いかない」

 

「だが、先生らが元通りになる保証など……!」

 

「不要だと切り捨てるのか? あれほどの強敵を相手にして、態々人を減らすなど愚の骨頂だ。それに、私はそんなことをしたくはない」

 

「刹那……」

 

「楓。私は怖い、先生たちを置いて行ったほうがいいと納得してしまう自分が。だが、それでは私はいつか……お嬢様まで見殺しにしてしまいそうだ……そんな奴に、私はなりたくない」

 

刹那の言葉に、楓はハッとなる。彼女の考え方は、自分にだって当てはまるはずだ。楓も裏の仕事には馴染みがある。非常に危険で、命がけのものばかりだ。時として仲間さえ見捨てねばならない非情な世界であることも。だからこそ、仲間内との連携が大切なことを彼女は知っていたはずだ。

 

それなのに、今の自分はどうだ。目先の危機に囚われて、無謀にもたった二人で挑もうなどと考えている。使えなくなったと判断し、冷酷にネギ達を切り捨てようとしている。

 

『非情なる世界であっても、それに流されるなかれ』

 

己の師がかつて言った言葉。戦いには非情さも必要だが、だからといって己の心をおざなりにしていれば仲間を見殺しにするようになり、いつかそれは自分に返ってくる。逆に言えば、仲間を大切にし、連携をよくすれば任務の効率も成功率も高まり、互いに窮地を助けあえるよき仲間を得られるということ。

 

情けは人の為ならず。情には情が、非情には非情が返ってくることを楓は忘れるところであった。

 

「……すまぬ、刹那。拙者、危うく己の本質を見失うところであったでござる」

 

気づかせてくれた刹那へと礼を言う。そして、己がまだまだ未熟であったことを悟る。一歩間違えれば、自分もネギ達と同じようになっていたに違いない。ただ強い弱いではなく、己の心と向き合うべきだと楓は感じた。そして、それを気づかせてくれた刹那に、心のなかでそっと感謝する。

 

「そうと決まれば、早く先生方の調子を取り戻してやらねばならぬでござるな」

 

「ああ、そうだな」

 

思えば、刹那もネギ達と行動するようになったのは修学旅行の間からだ。だが、僅かな時間で互いに気を許し合い、共に戦い、ここまできたのだ。彼女にとって彼らは、もはや長年共に歩んできた仲間に等しい存在となっていたことを、気付かされる。

 

(先生、千雨さん。私は……またあなた達とともに戦いたい……!)

 

とはいえ、鈴音の残した呪縛は余りにも大きい。恐怖というものは、人を最も強く支配する。それは死が必ず存在する生き物にとっては避け得ぬものであり、いずれはネギも千雨も避けては通れぬ道だった。だが、それが訪れるのが余りにも早すぎた。死の恐怖に耐えられる下地がまるでなかったのだから。

 

「何か余程、先ほどの絶望を吹き飛ばせるかのような衝撃があれば……」

 

そうして刹那たちが再びあれこれと思考していると。

 

「ネギのやつはどこやあああああああああああああああ!」

 

突然、誰かの大声が聞こえてくる。聞こえてくる言葉からして、どうやらネギを探しているらしいその人物は、段々と声が大きくなってくることから近づいてきていることが分かる。

 

そして。

 

「ここかああああああああああああああああああああああああ!」

 

凄まじいスピードで、部屋の中へと飛び込んできた。否、突撃してきた。

 

「ぷろもっ!?」

 

犬上小太郎が、ネギを吹き飛ばしながら。


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