その出会いは何を意味し、どんな因縁を紡ぐのか。
そして、物語は破綻していく。
戦闘描写はお察しください・・・。
(追記:修正を行いました)
グレート=ブリッジは大陸同士を結ぶ、巨大な連絡橋だ。その全長は海峡を跨ぐだけあって非常に長く、この橋をわたるのであれば徒歩はまず考えないべきだろう。大抵は、箒や杖などを利用した飛行や、動物を利用した乗り物、馬車などが一般的だ。国が運営している企業が馬車を貸し出したり、専用の馬車を引いて食い扶持を得ている者も存在している。
また、そのあまりの長さに魅せられ、あえて徒歩でこの橋を走破しようとする者も絶えず、普段であれば中々に賑やかな場所でもある。ただ、不定期に発生する霧のせいで事故も多いのが難点だが。
さて、そんな観光名所とも言えるグレート=ブリッジの一般歩道路である、通称『明けの道』。その場所では、帝国の工作員と連合側の兵士たちが、激戦の様相を呈していた。
「少しでも時間を稼ぐのだ! ダメージがデカければデカイだけ、帝国の勝利は揺るぎないものとなる!」
「敵は少数だ! 数を活かせ!」
「なんの! 貴様ら連合の弱卒に敗れる我らではないわ!」
数では有利だが思うように帝国兵を倒せない連合兵。数は圧倒的に少ないが、士気が高く精鋭揃いの帝国兵。帝国兵の予想以上の抵抗に、連合兵は段々と消耗していく。
そんな様子を眺め、苛立ちを覚える者が一人。
「ええい、何をしておるのだ! 早く奴らを殲滅せんか!」
「し、しかし中佐! 相手は中々に手強いようです!」
「フン、たかだか数十名の帝国の犬共に手こずるなど、連合の兵は腰抜けばかりなのか!」
必死に戦っている味方であるはずの者達に、暴言を吐く高飛車な男。今回の戦闘を任された前線司令官、アーノルド=デイモンである。メセンブリーナ連合最高議会である元老院。その議員の一人の子飼いの人物であり、性格は最低の一言に尽きる。味方が有利であれば当然とばかりにふんぞり返り、敗北が濃厚ならば一目散に逃げ出す。正に絵に描いたような小物だ。
そんな彼が司令官という重要な地位にいられるのは、
(……旧世界では、確かこういうのを『虎の威を借る狐』とかいうんだっけか?いやむしろ豚か)
そんな上官に対して失敬な考えをする護衛を務める兵士。出来れば今戦っている者達の援護に行きたいのだが、アーノルドがいるせいでそれもできない。悔しさに奥歯を軋ませる兵士もいた。と、そんな状況で。
「ん? そういえば砲台は全て壊されてしまったのか?」
そんなことを聞いてくるアーノルド。割と真面目な質問出会ったため聞かれた兵士は少々驚いたが、すぐに平静を取り戻して答える。
「は……。かなりの数がやられましたが主砲級の数門はまだ無事だと、連絡が入っております」
「そうか! ならば今すぐに砲台の準備をさせろ!」
困惑。それが今の兵士たちに相応しい表現だろう。何故、こんな入り乱れた白兵戦を展開している最中に、砲台を動かせなどと命令するのか。その疑問は、彼の次の一言で氷解した。
「砲弾を帝国兵に向けて発射しろ、それで全て片がつく!」
その表情は、われながらいい考えだとばかりに満足気な顔。しかし、兵士たちからすればどんだけ馬鹿なんだと頭を抱えたくなる命令だ。未だ、味方の兵士たちが戦闘を継続しているのに、なんてことを考えるんだこの馬鹿はと。しかし、そんな彼らの言葉を聞くアーノルドではない。嬉々として作戦を進めるように兵士に言い渡す。反論する兵士もいたが、脅されたのか、青ざめた顔をして最後には顔を縦に振っていた。
(……終わったな。唯でさえ兵の損耗は避けたいのに、目先のことに囚われすぎて後のことをまるで考えていない……)
帝国に対しての最大のアドバンテージであった数の利を、自ら放棄するような作戦に辟易しつつも、上官の命令では逆らえないため命令を告げようとした。
だが。
「 」
通信機を利用して命令を下そうとしても、何故か声が出なかった。正確には、
(……え?)
次いで、喉元から何か温かい液体が漏れ出る。そのまま、ゆっくりと彼の視界は暗くなっていった。
「き、貴様どこから侵入した!? 何者だ!?」
司令室に音もなく侵入した鈴音は、まず連絡を取られないよう通信機器を破壊しようとし、丁度命令を発しようとしていた兵士の首を水平一閃に切り捨てた。そのまま、通信機器を真っ二つにしておく。突如現れた彼女に、アーノルドを含め皆が驚き、アーノルドは彼女に怒鳴り声をあげる。鈴音はそれを鬱陶しそうに振り向きながら、
「邪魔」
「き、貴様俺に向かって! 口の聞き方にアブレッ!?」
一言。告げると共に縦一線に捌く。2枚に下ろされた上官の姿を見て、一瞬呆ける兵士。次いで、彼の生暖かく、鉄臭い液体が足元に伸び、現実に引き戻された彼らは悲鳴を上げて逃げ出そうとする。だが、彼女はそれを許さない。
「た、たすけっ……ぐぇっ!」
「ば、バケモンだぁ! おぶっ!」
次々に、恐ろしいスピードで捌かれていく兵士。気づけば、司令室は血の臭いに満ち満ち、生きているのは鈴音だけという酷い状態になった。それでも、彼女は顔色一つ変えはしない。
当然だ。彼女は既に魂が鬼と化しており、肉体は人間でも人間相手に情など抱かない。これはエヴァンジェリンも同様である。彼女達の出会いは、お互いに最悪の変化を齎す羽目となってしまったのである。
「……下が面白そう……」
彼女は、眼下で展開されている闘争の匂いを、剣風渦巻く戦場の色濃い匂いを感じ取り、窓を叩き割ると、そこから落下していった。
爆薬を仕掛けていた者を蹴散らし、砲台を爆破していた連中を魔法でなぎ払った後、『赤き翼』のメンバーは橋の上でなおも抵抗を続けていた数十名の帝国兵相手に、激闘を演じていた。
「流石に帝国の精鋭……やるのぅ」
「でもよぉ、この程度で俺たちが」
「やられるかってんだよおおおお!」
雄叫びを上げながら、拳に魔力を集結させて殴るナギ。その攻撃で数名の帝国兵達が吹っ飛んでいき、そのまま気絶したのかピクリとも動かない。いくら帝国の精鋭が集まった隠密部隊とはいえ、彼らは基本的に直接戦闘を介さない存在。そんな彼らが、最前線で暴れまわってきた『赤き翼』相手に、まともな勝負になるはずなどなかった。
だが。彼らは既に役目を終えた。後は帝国がこの騒ぎを聞きつけてくれさえすれば、連合側は一気に瓦解するだろう。
(このままじゃ埒が明かねぇ……!)
時間がかかればかかるだけ、彼らの思う壺だ。かといって、乱戦状態である戦場に、『千の雷』のような大規模な魔法を放つ訳にはいかない。やはり、数の少なさから考えて各個撃破が最もいい作戦だ。だが、ラカンでは手加減しないと兵を巻き込んでしまうし、接近戦をさせようとしない帝国兵の飛び道具や魔法が邪魔で、ナギとゼクトは思うように戦えない。アルビレオは魔法詠唱を邪魔されてしまい、詠唱破棄ができる低級魔法を放っている。
こういった戦闘は、多数を相手にすることも想定され、なおかつ柔軟に動くことが可能である古より続く古流剣術、『神鳴流』の使い手でありその宗家の出身である詠春が最も適任といえるだろう。なにせ、時間稼ぎのためにとっている戦法である飛び道具による牽制が神鳴流には全く通用しないのだ。相性最悪である。現に、詠春が今回の戦闘で最も戦果を上げている。既に20人近くの帝国兵が彼の足元で伸びていた。
「くっ、思った以上に手強いな! 『赤き翼』共め!」
「てめぇらもな!」
魔法の応酬、響く剣戟音。数を減らしていくも不敵な笑みを浮かべる帝国兵に反比例し、有利を得つつも苦い顔になる連合とナギ達。
「もはやこれで我々の勝利は確定したも同然。ならば後は少しでも貴様らに手傷を負わせれば御の字よ!」
「捨て身の攻撃か……っ! 厄介な!」
「不味いのう、そろそろ帝国側が気づくじゃろうし……」
「せっかく取り返したってのにまた奪われちまったら、全くの無駄骨になっちまうからな。やられるわけにゃあイカンぜ!」
「ラカンの言うとおりです。犠牲になった兵士の方達のためにも、此処で落とさせるわけにはいきません!」
ラカンとアルビレオの言葉を聞き、皆更に奮戦する。その暴れっぷりに、さしもの帝国兵も苦しそうな顔をし始めている。それでも、帝国兵達は勝利を疑わない。連合兵達は疲弊しきっており、勝ち目などとてもない。大多数の兵士たちが士気が低ければ、士気の高い帝国が勝利することなど確定事項だ。
しかし、そこに綻びが生じる。
「俺らだってなぁ……やるときゃやるんだぜっ!」
「なっ!?」
「さっきのおっさん達か!」
「多少力不足だが、手助けにきたぜ!」
「俺らも、もう黙って人に任せっきりにしたかぁねぇんだよ!」
背後から突如現れた連合兵に、帝国兵達は初めて驚愕の表情を浮かべる。たった二人、そうたった二人だ。だが、乱戦の真っ只中である彼らにはそれで十分だった。連合に、まだこれだけの士気がある兵がいると。
「馬鹿な……まだこれほどの余力があっただと……!」
「てめぇらに測れるほど……俺たちゃ小さくねぇんだぜ!」
そんなことを叫びながら、ナギは帝国兵達に向かって、膨大な魔力を込めた拳を大きく振りかぶった。その攻撃が向かった先は、帝国兵を纏めていた人物であり、この奇襲の指揮を総合して執っていた人物であり。彼のその頬にとてつもない衝撃が激突した。そのまま水平に数百メートル吹っ飛んで、硬い地面に背中を強打する。
「ご、あ……!?」
彼が気絶する最後に吐けたのは、そんな呻き声だけだった。
「はー、疲れた……」
「ここまで粘られればのう……もう魔力が底をつきそうじゃわ」
「こっちももう、剣が重く感じ始めてるぞ」
「俺はまだ大丈夫だが?」
「おー、俺も同じだ」
「「このバグ共め」」
「んだよ、だったらアルだってピンピンしてるじゃねぇか」
「私は後方支援が主でしたから、クフフ」
「つーかさっさと運んでくれよ……俺らだってヘトヘトなんだから」
「全くだぜ……」
ようやく帝国兵全ての掃討が終わり、疲れが顔に現れている四名と、余裕そうな三名。その内訳は言わずもがなである。
「つーかよ、この程度でへばってたら次に来る帝国の本隊と当たったら気絶しちまうぞ?」
「うむ。今の内にしっかりと休んでおかねば、な」
ゼクトの言葉に皆が頷く。さすがにラカンやナギでも疲労はそこそこ溜まっており、早く休んでおきたかった。そんなこんなで、伸びている帝国兵を縛り上げた後、彼らを牢屋に入れてから仮眠でも取ろうかと動いていたその時。
リィン
突如、この場に相応しくない澄んだ鈴の音。
「っ! ラカン、おっさん達! 後ろだ!」
ナギの野性的な勘が最大に警鐘を鳴らし、即座にラカンに注意するよう、声を反射的に出す。
しかし、その言葉は一歩遅かった。
「ぐ、お……!?」
ナギの目に写った光景は、既にラカンが背中から何かによって斬りつけられ、切り傷から止めどなく出血している光景だった。
「ラカンッ! おっさん達!」
崩れ落ちるラカンと二人。あまりにも痛々しい傷だ。しかし、
「こ、この程度で俺が死ぬかよ……!」
「い、生きてるぜ……」
「いっつつ、悪運だけは、強かった見てぇだ……」
ラカンの声が聞こえる。空元気のようだが、それでも致命傷ではないようで一安心だ。他の二人も、ラカンが咄嗟に庇ったおかげで軽傷で澄んでいるようだ。ナギは安堵の溜息をつくと、即座に警戒態勢に入る。
(にしても、ラカンの『気合防御』を物理的に抜くなんてどんな野郎だよ……!)
ラカンは『魔法世界』においてトップクラスの気の使い手だ。当然、常に気による防御を展開しており、並の人物では傷一つつけられない。彼を暗殺するなど物理的には不可能なはずなのだ。だというのに、鈴の音が聞こえたと思えば、恐るべき危機感を感じ取り、ラカンに呼びかけようとするも、既に彼は斬り捨てられた後であった。
(催眠術? 違ぇ、それならアルが見破ってるはずだ。姿を隠すマジックアイテム? だったら気や魔法で場所が分かるはずだし、ラカンの奴が気配を察知できないなんてヘマするはずはねぇ!)
そうなると、答えは一つしか思いつかない。
リィン
再び、鈴の音。今度はナギ自身に命の危機が迫っていると、彼の勘が告げてくる。ナギは、その勘を頼りに全魔力を攻撃されるであろう場所、左脇腹に集結させ、障壁を展開する。これでほぼ無防備となってしまったが、何とか致命傷だけは避けられるはずだ。そんな希望的観測は、甘いだけだと思い知ることとなるが。
「ぐっ!?」
障壁が突如機能を停止して、刃らしきものが脇腹を通過する感触を味わう。しかし、それは一瞬の出来事でありナギが反撃を放とうとしていた時には、攻撃される刹那にかろうじて見えていた人影はどこにもなかった。
「ナギッ!?」
「来るな詠春! とんでもなくやべぇのが此処にいやがる……!」
意識を研ぎ澄ませ、感覚で世界を見ようと試みる。気配が察知できない以上、ダメ元でもこの方法ぐらいしか敵を察知するすべがない。どくどくと流れ出る血の生暖かさに気持ち悪さを
感じつつも、彼は集中し続ける。
(やっぱか……こりゃ何も小手先の技を使ってねぇ、純粋な速さで察知しきれてねぇんだ……!さっきの鈴の音・・・あれがなんらかの合図のはずだ……)
相手を知覚できないのは、自分やラカンたちでさえ感知できないほどの速度によるものと、即座に判断するナギ。蓄積していた疲労と、脇腹を斬られた痛みで視界が揺れる。何とかぼやけかける意識を繋ぎ止め、霧の奥に潜む恐るべき魔物を必死に探る。
(魔法障壁が抜かれた理由は分かんねぇ……。だが、よければ問題はないはずだ。どこだ、どこにいやがる)
リィン
「っ来た! そこだァ!」
背後から迫っていた敵に、振り向きつつ全力で己の拳を標的に振り下ろす。そして相手をその視界に捕えたその時。
「いっ!? 子供ォ!?」
そう、攻撃を行なっていた恐るべき相手は、一人の少女。その手には凶器と思しき日本刀が鞘に収められており、まさに今、それを抜き放たんとしているところ。年端もいかない少女がそんな攻撃をしてくるとは、ナギもさすがに予想だにしていなかった。だが、それを言えばナギだって14になったばかりの青二才。一瞬だけ迷ったナギは、戦争に大人も子供もないと即座に思考を切り替え、速度を緩めず振りぬく。今ここで倒さねば、確実に殺られる。そんな直感的な確信がナギにはあったのだ。
そして……。
「……見事……」
「……やっぱ止められたか」
少女の、短く、そして小さな言葉。ナギの、予想通りの結果と、呟き。
「嘘だろ、オイ……!」
「ナギの全力のストレートを、片手で止めた!?」
そう、少女は抜き放とうとしていた剣の柄から即座に手を放し、ナギの拳を片手で受け止めたのだ。受ければ間違い無く、ドラゴンですら悶絶するであろう必殺の、ナギの全力を込めた威力の拳を。
「……面白い……」
「っ何を言って、ぐあっ!?」
少女が紡いだ言葉に疑問を吐露するが、返ってきたのは脇腹を狙った爪先蹴り。無論、ナギが先ほど傷を追った方のである。傷口というウィークポイントを攻撃されて痛みと出血で先程より若干意識がクリアになる。ぼやけ始めていた、視界も元に戻り。ナギは少女を睨みつける。
「お前……ナニモンだ……!?」
「……答える必要はない、『英雄の卵』」
「ああ?」
少女の意味不明な言葉に、チンプンカンプンとなるナギだが、彼女の言葉から察するに、答えるつもりは微塵も無いのだろう。それを理解したナギは、不敵に笑いながら。
「だったら吐かせてやるぜ、嬢ちゃん」
「……無駄……無謀……」
「はっ、だったら無茶か無謀かはっきり教えてやるぜ!」
「……不可能……」
「そこまで言うか!? 俺だってなぁ、舐められっぱなしは……」
そこで言葉を切り、鈴音目掛けて走りだす。
「我慢ならねぇんだよっ!」
いや、それは一瞬の挙動。そのすぐ後に彼は、爆発的な加速で速度を上げ、鈴音へと瞬時に詰め寄る。
「……速い……」
「喰らえ、コイツが俺の……今の俺が出せる正真正銘の本気だ!」
唸る拳。魔力を付与され、直撃すれば意識を刈り取るであろう威力を有するナギの本気の一撃。だが、それは鈴音にとっては大したものではない。
「……
最小限の動き。しかしそれは相手にかすりもさせないような、まさに余裕を見せた動きだ。
だが、ナギはそれを見て悪戯が成功したかのように、口の端を吊り上げる。鈴音は躱すという動作を、既に完了させた。即ち、そこには一瞬だけだが隙が生じているということ。
「かかったな!」
「……!」
彼の今の行動が囮であると理解し、再び回避行動を取る。幸い、彼からはある程度の距離がある。回避を行った後に攻撃をすれば良い。そう判断していた。しかし。
「……っ! 邪魔……!」
「放さ……ねぇぜ……!」
鈴音の着物、その裾を引っ張られるかのような感覚。いや、事実引っ張られていた。足元にいたのは、先程斬り捨てようとして失敗し、足元に転がっていた連合の兵士の一人。鈴音は、いつの間にか彼のすぐ近くにいたのだ。全くの偶然。しかし、それがナギに幸運を呼び込んだ。
「ナイスだおっさん!」
自分に拳を当てられなかったはずの少年が。鈴音の服、その腕の裾をしっかりと掴んでいた。
目の前で不敵に笑いながら。
「掴んじまえば……もう逃げられねぇぜ!」
「……成る程、見事……」
服を掴まれている以上、行動は著しく制限される。この近距離では、刀を抜くことも、殴る蹴るといったような近接戦も、上手くはいかないだろう。締めるといったサブミッションなら有効かもしれないが、鈴音が掴まれているのは腕の裾。絞め技さえ掛けに行く事は不可能。噛み付きのような攻撃であれば行うこともできるだろうが、彼女の歯はそこまで鋭くなど無いし、極限状態で戦っているナギには、噛まれたことによる痛みなど通用しないだろう。だが、それは相手も同じ状況であること。近接戦も、絞め技も使用不可能。だが、相手はあくまで前衛もこなせる
「百重千重と重なりて、走れよ雷! 見せてやるぜ・・・、コイツが、俺の全力の魔法だァ! 『千の雷』!」
「え、ちょ! 待て俺がいる……!」
閃光。彼が呪文を唱え終わり、掴んでいた裾の片一方だけを放して魔法を放つ。術名を叫んだ時、周囲は圧倒的な閃光に包まれ、それはまるで世界が塗りつぶされていくような感覚。連合の兵士の必死の訴えも無視して、無常にも魔法が発動した。その名の通り幾百幾千もの雷の柱が発生して伸び、攻撃対象である鈴音に向かっていく。必死に抵抗していた連合の兵士も、あまりの力の奔流が迫ってきたことに呆然となり、動きを止めた。
そして、魔法が
「んなぁっ!?」
「……私に魔法を当てた……思ったよりもやる……」
鈴音が出会った強者に対する、掛け値なしの賞賛の言葉。だが、ナギはそれを素直には受け取れない。いや、受け取れるような状況ではなかった。一方、連合兵の彼は何が起こったのかが分からないといった風だったが、とりあえず魔法の直撃は避けられたので安堵の溜息をつく。
「『
驚きに満ちた顔で、ナギはそう叫んだ。鈴音は、ナギの掴んでいた裾を振り払うと、ナギからある程度の距離を取る。無論、足を掴んでいた連合兵士の腕も振り払っている。その際、足が兵士の鼻っ面に激突して彼が悶絶しているが。そして、彼女は目的を果たしたのか、
「マジかよ……まさか姫さんと同じウェスペルタティア王家の人間か?」
「いや、彼女はどう見ても日本人だ、同じ日本人として似た雰囲気を感じる……」
「ワシらでさえ知覚できない速度で動き、魔法を無力化する
各々が、突如起こったことに対する疑問に混乱し、様々な憶測が行き交う。魔法をかき消した、何らかの能力。それを見て彼らが想像したのは、その効力に最も近似した能力である。
『
この魔法世界においてあまりにも強大すぎるチカラ。空間、幻術系といったものを除く、あらゆる魔法を完全に無効化してしまう、魔法使いの天敵たる能力である。この『魔法世界』はその名の通り、魔法を主要な技術とする世界だ。当然戦闘、生活、日用品などなど。あらゆるものに魔法が関わっている。そんな世界で、この能力が意味するのは余りにも強力な、危険な力。
本来であれば、『魔法世界』でもごく一部の人物しか持ち得ない、具体的に言えば、今彼らが戦闘を行なっているグレート=ブリッジからほど近い場所にある、ウェスペルタティア王国。その王家の中でもほんの一部の人間しか発言できない希少な能力だ。彼らがまっさきにこれを思い浮かべたのは、『赤き翼』のメンバーの一部が、その『魔法無効化』のチカラを持つ人物と接触したことがあるからだ。しかし、一人だけ冷静に彼女を分析する者がいた。
「いえ、あれは無力化したのではないかも知れません……」
「? どういうことじゃ」
アルビレオが、彼らの吐露した仮説を否定する。
「彼女のはむしろ……魔力を