二人の鬼   作:子藤貝

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少年は、協力者を得て行動を開始する
少女は、一人で焦りを募らせる


第二十四話 水面下の動向

「下着泥棒?」

 

「はい、最近被害にあっている人が増えているらしくて」

 

女子寮のとある一室にて話をしているのは千雨とネギ。与えられた猶予は残り2日、だが昨日は千雨に襲われたりしたためあまり調査に時間を裂くこともできず、二人で犯人を推測してはみたものの、全く見当がつかなかった。

 

「あんま関係なさそうだがなぁ……」

 

「万一ということもあります。もしかしたら、何らかの魔法的触媒に用いて何かを企んでいるんじゃないかって」

 

「さすがに考え過ぎだ。犯人自身が生徒っつー人質みたいなもんだし、事件を起こしてたのもあんたをおびき寄せるためにやってただけらしいじゃねぇか。一般人を巻き込み続けるのはさすがにリスクが高くないか?」

 

「そうなんですよねぇ」

 

額を突き合わせるかのように真正面に座っている二人は、ウンウンと唸りながら犯人の手がかりがないかと考え続ける。だが、やはりいい案が浮かばない。

 

「あ、そういえばまほネットで取り寄せたものがそろそろ来るんでした! すみません千雨さん、ちょっと部屋に戻って荷物を受け取ってきます!」

 

「おー、近衛にばれねぇようにな」

 

 

 

 

 

「あ、ネギ。あんたどこ行ってたのよ」

 

「すみません、ちょっと用事があって……。あの、僕宛に荷物が届いてないですか?」

 

「荷物? そんなの来てないわよ。それより、ちょっと見てもらいたいものがあるの」

 

戻ってきて早々、アスナと遭遇する。ちょうどいいと荷物のことについて聞いてみたが、届いてはいないらしい。そして、何やら見てもらいものがあるという。

 

「見てもらいたいもの?」

 

「さっき捕まえたんだけど……これよ」

 

部屋にはいると、テーブルの上に置かれているものを指さす。それは白くてフワフワしており、細長い形をしている。よく見るとその白い物体は毛皮のようであり、何やらもぞもぞと動いて……。

 

「う、動いてますよ!?」

 

「そりゃ動くでしょ、動物(・・)なんだから」

 

アスナがそれをむんずとつまみ上げると、その全貌があらわになる。彼女が掴んでいる部分が首根っこのようなあたりで、うなだれているような部分が頭、だらりと垂れ下がっているのが四肢のようだ。総合して全体を見てみると、フェレットのようにみえる。

 

「どっから潜り込んだのかはわかんないけど、帰ってきたら私の下着を漁ってたのよコイツ」

 

「……ええと、寒かったんですかね?」

 

「寒さで女性用下着盗むフェレットなんて聞いたことないわよ」

 

ジタバタ藻掻いてはいるものの、足に括りつけられたたこ紐が逃亡を阻止している。

 

「ま、コイツは後で寮長さんに渡すとしましょうか。ネギは用事があったとか言ってたけど、もしかしてまた魔法がらみ?」

 

「は、はい。桜通りの犯人について調べてました」

 

手元のフェレットを寮長に預けることを決め、話題を変えて話を続けようとした時だった。

 

「兄貴!」

 

「ん?」

 

「あれ?」

 

突如、誰かの声がした。アスナではない、女性の声とは明らかに違っている。かといって、ネギかといえばそれも違う。

 

「兄貴! 俺ですよ俺!」

 

再び声がした。今度は先程よりも大きかったため発信源はすぐに突き止められた。だが。

 

「……今、こいつ喋った?」

 

そう、発信源はアスナに摘まれた状態のフェレットだった。常識的に考えて、フェレットは喋ったりなんてしないだろう。それはあくまでお伽話や創作の中での話だ。しかし、ネギは魔法使いという創作の中でしかないはずのものを目指しており、魔法も使える。つまり、非現実的な存在はすでにいると証明されているのである。

 

「俺っちです! アルベール・カモミールですよ兄貴!」

 

「か、カモ君!?」

 

非現実的存在は、それに類する存在を引き寄せるものなのか。喋るフェレットがそこにはいた。

 

 

 

 

 

「いやーすまねぇっす。俺っちもまさか兄貴が世話になってる人の部屋に忍び込んでたなんて」

 

「……あまり驚かれないんですね、アスナさん」

 

「アンタみたいな非常識な存在がいるって分かってるから、いちいち驚いたりなんてしないわよ」

 

テーブルの上で人間のように喋っているのは、自称オコジョ妖精のアルベール・カモミールだ。彼は昔罠にかかっていたところをネギに助けられ、それ以来彼を慕っていたらしい。

 

「でもカモ君、アスナさんがいるのにいきなり喋り出すのはマズいと思うよ?」

 

「それなら問題ないでさぁ、アスナの姐御が魔法って単語を平然と話してたのを見て関係者だと確信してのことやしたから!」

 

「まあ、私もまさかオコジョが喋るなんて思いもしなかったしね。で、なんであんたは私の下着を漁ってたのかしら?」

 

目を細めて問い詰めるアスナ。アルベールは冷や汗をだらだらと垂らしながらしどろもどろと言った様子で慌てて弁明を始める。

 

「そそそそそそれは、あっしは妹がいやしてそいつは寒いのが大の苦手で妹のために温かいものを探してたら女性用の下着がそれで」

 

「分かりやすい嘘並べてんじゃないわよ。ようはあんた女性用下着盗むようなエロオコジョってことじゃない」

 

ぐうの音も出ない的確な言葉にアルベールは項垂れる。どうもこのアスナ相手では得意の口先も上手く回らないことを悟ったらしい。

 

「……もしかして、最近女性の下着が盗難にあってるって話……」

 

「多分コイツね」

 

下着盗難事件があの犯人によるものでなかったことを喜ぶべきか、自分の知り合いが起こしたことを嘆くべきか反応に困るネギだった。

 

「コイツ魔法関係者なんでしょ? じゃあそれ関係の人に引き渡さないと駄目ね」

 

「か、勘弁してくだせぇ! 兄貴を頼ろうと、俺っちようやっとここまで辿りつけたんです! 今更帰ってまた投獄されたくねぇっすよ!」

 

「は? 投獄? また?」

 

「し、しまったぁ!?」

 

完全に墓穴をほっているアルベール。さすがにこれは見逃せないネギは、アルベールに質問する。

 

「カモ君、投獄って……まさか獄中にいたの?」

 

「……すいやせん兄貴、隠し通そうなんて考えた俺っちが馬鹿でした。俺っち、実は下着ドロを重ねてるうちにとうとう捕まって投獄されちまいやして、いまは脱獄の身なんでさぁ」

 

衝撃的な事実に目を丸くするネギとアスナ。なんでも、下着2000枚以上を盗んだとして捕まり、魔法使いを投獄するインフェルヌス刑務所で服役していたらしい。だが、ある日刑務所でなんらかの非常事態が発生して大騒ぎとなり、アルベールはそれに乗じて逃げ出したのだという。

 

「そっから兄貴を頼ってここまで来たんでさぁ……」

 

「カモ君、いくらなんでも脱獄はマズいよ」

 

脱獄は言うまでもなく重罪だ、下手をすれば死刑になりかねないほどに。だが、カモは何やら苦い顔をしている。

 

「兄貴、俺はそれを承知できたんでさぁ。そもそも俺っちが脱獄をしようと考えたのは、俺っちが濡れ衣を着せられたからなんすよ」

 

「濡れ衣?」

 

「まさか下着泥棒は自分じゃないとかいうんじゃないでしょうね、さっきやってたことをもう忘れたつもり?」

 

「いえいえ、そっちじゃないっす。俺っちも下着を盗むことへのリスクは承知でやってることっすから、それで捕まっちまって臭い飯食わされるのは覚悟できやす」

 

アルベールは、下着ドロをする上で女性相手に迷惑をかけていることは自覚しているらしい。だからこそ、捕まったのなら潔く罰を受けるつもりはあったようだ。

 

「けど、身に覚えのないことで捕まったってんなら別っすよ、俺っちが捕らえられた当初は下着ドロの件でやしたが、それにしては魔法裁判がスムーズに進みすぎてやしたし、収監されるまで1ヶ月もかからなかったっす」

 

「……それは、確かにおかしいね。魔法裁判は短くても収監されるまで3ヶ月はかかるはず……」

 

「そう、そうなんすよ。そして判決を言い渡された時俺っちは愕然としたんす、下着ドロ以外に殺人の罪科が加わっていたんす!」

 

「さ、殺人!?」

 

殺人罪は魔法界だろうと旧世界だろうと重罪であることは共通である。アルベールは身に覚えのない殺人罪によって懲役20年を宣告され、無実を訴えても既に判決の後。結局、長い長い服役生活が始まりそうになった。

 

そもそも、この裁判はおかしなことだらけだった。まるで周囲が示し合わせたかのように殺人罪には触れず、下着ドロの窃盗罪についてだけ論じられていた。証人喚問に来た人物も皆そのことについての証人ばかりだったのだ。

 

だが、書類上では殺人罪のことについてしっかりと触れられていた。被告であるアルベールが一切目を通していないままで、だ。

 

「おかしいことばかりなんすよ、俺っちが殺人をしたっていう相手の魔法使いは、確かに俺っちが下着を盗んでた場所の近くで遺体が発見されてやした。でも、殺されたって推定される時刻に、俺っちは既にそこにはいなかったはずだったんすよ」

 

「えーと、盗むことは悪いことだからなんとも言えないんだけど、アリバイがあったってことだよね?」

 

「俺っちが下着を咥えて逃げてるのを追っかけてた男がいやしたから、そいつが証人になる……と思ったんすけど」

 

やや顔を青くして、アルベールは震えていた。まるでなにか恐ろしいものでも見たのかのように。

 

「現場に行って、その男の住居を特定して訪ねてみたら……死んでたんすよ、その男が」

 

「……え」

 

「おまけに(はか)ったかのように魔法警察の人間が現れて、その男を殺したのも俺っちだと疑われて……」

 

そのまま弁明する暇もなく、無我夢中で逃げ続け、あてもなくさまよい続けたらしい。そして、一縷の望みを賭けてネギを訪ねて旅してきたそうだ。

 

「幸い、ここは魔法警察の管轄が違うらしくて追手はなくなったんすけど、どうにも夜風が冷たくて……」

 

「私の下着を盗んで暖を取ろうとしたのね、かわいそう……なわけあるかエロオコジョ!」

 

「ぷろっ!?」

 

「か、カモくーん!?」

 

アスナに突如むんずと掴まれると、胴体を一気に締め付けられて苦しむアルベール。

 

「アンタが捕まることになった原因自体が解決してないじゃない! こんな目にあっといて反省しとらんのかー!」

 

「ぎ、ギブっす姐さん! ど、胴が絞まるぅ……!」

 

顔が段々と青くなっていき、次いで紫に変色していく。さすがにこれ以上はマズいと判断し、アスナもテーブルに叩きつけるように握っていたナマモノを放る。

 

「ぜぇ、ぜぇ……死ぬかと思ったじゃないっすか!?」

 

「反省してない罰よ、これに懲りたらもうしないと誓いなさい」

 

「は、はい! 二度としない……と…………やっぱ無理っす!」

 

その後、二度目の締め付けが敢行されたのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

「ふむふむ、兄貴達も大変なことになってるっすねぇ」

 

「うん、けど犯人が誰か全く見当がつかなくて……」

 

ネギはとりあえずアルベールを信用することにした。全てを鵜呑みにするほど愚かでもないが、頼る相手もいない友人を見捨てるほど冷血でもない。今味方の少ない状況では、彼はある程度信用できる貴重な仲間でもあり、彼を匿うことに決めた。

 

「でしたら、その茶々丸っつー生徒をさきになんとかすりゃあいいんじゃないすかね?」

 

「でも、茶々丸さんは僕の生徒だし、あんまり暴力的なことで解決はしたくないし……」

 

「かぁ~、兄貴ぃ……兄貴のその優しさは美徳っすけど命狙われてるような状況でそんなこと言ってたら他の子にも被害が広がっちまいやすよ!」

 

「その点は私も同意するわ。このまま放置してたらこのかまで巻き込まれそうだし」

 

「…………」

 

実際、彼女らの言う通りである。こちらが躊躇をしている間に、相手はどんどんと生徒を毒牙にかけていっているのだ。そしてそれはネギと戦うためだという。ただ決断をすればいいだけ、だがその決意が固まらない。生徒と戦うという苦渋の決断を。

 

不意に、玄関からチャイムの音がした。

 

「? 誰かしら」

 

アスナが立ち上がって玄関へと向かう。怪しい人物ではないかと警戒してドアスコープから様子をうかがってみると。

 

「……? なんで長谷川さんが?」

 

扉の前で佇んでいたのは、長谷川千雨だった。とりあえず怪しい人物ではないことを確認できたので、ドアチェーンをかけつつも扉を開ける。

 

「こんにちは」

 

「あ、ああこんにちは。珍しわね、長谷川さんがうちに来るなんて」

 

普段から他の生徒と関わることを嫌っているようなフシがある彼女が、わざわざアスナたちの部屋までやってくるなどかなり珍しい。

 

「ネギ先生は、今いますか?」

 

「いるけど……」

 

ちらりと後ろを見る。居間ではアルベールとネギが未だ話し合いを続けている。こんな状況で彼女を入れる訳にはいかない。

 

「ごめんね、いまちょっと忙しいみたいで……」

 

「……はぁ、めんどくせぇ」

 

「はい?」

 

礼儀正しい普通の生徒、それがアスナの千雨に対する認識だ。だが、今彼女はとても普段とはかけ離れたような言葉を口にした。

 

「単刀直入に聞く、お前はこっち側(・・・・)だろ? 神楽坂アスナ」

 

「……何を言ってるの?」

 

「とぼけなくっていい。私もネギ先生関連での関係者(・・・)ってことだ」

 

一瞬目を見開くも、すぐに平静に戻るアスナ。

 

「そう、あんたも知ってるのね、『あれ』を」

 

「ああ、詳しいことは入ってから話したい。ここだと他の奴らに聞かれちまう」

 

「……分かった。いまチェーンを外すから」

 

 

 

 

 

「へぇ~、アスナの姐さん以外にも協力者がいたっつーことっスか」

 

「そういうことになるな。……しっかしまあ、本当にオコジョが喋ってやがる……」

 

部屋に入り、アルベールに警戒されるもネギの説明で納得したアルベール。そしてそれをしげしげと眺める千雨。

 

「あっしはアルベール・カモミール、由緒正しきオコジョ妖精っす!」

 

「私は長谷川千雨、普通の人間だ」

 

そう言うと、お互いに右手を差し出して握手をする。どうやらある程度は心を許せる相手だと理解したらしい。

 

「で、なんでお前はここにいるんだ?」

 

「話せば長くなりやすが……」

 

「下着泥棒して捕まって脱獄してネギを頼ってきたのよ」

 

「……へぇ?」

 

「ちょ、姐さん誤解されるようなこと言わんといて下さい?!」

 

「大体事実でしょうが」

 

千雨の視線が冷たくなり、慌てて弁明するために自分がここに至った経緯を話す。

 

「苦労したんだな、下着ドロは最低だが」

 

「いやぁ、耳が痛いっす……。で、千雨の姐さんにも聞いて欲しいんすけど」

 

アルベールは、さらに茶々丸を襲撃するか否かを話し合っていたことについて話した。それを聞いた千雨は。

 

「なるほど、たしかにそれはありだな。幸いにも今日は土曜日だ、尾行して隙を狙えばなんとでもなる」

 

「千雨さんまで……」

 

「ネギ先生、私も少々常識で考えちまってたきらいがあるからあんまり言えたことじゃねぇが、今は非常事態とも言える。被害を減らすためにも積極的に打って出るべきだ」

 

既に、ネギらは何度も後手を踏まされている。このままでは被害者が増えるばかりだろう。

 

「……分かりました。やりましょう!」

 

協力者からのダメ押しで、ようやくネギは決意したのだった。

 

 

 

 

 

「で、なんでアスナまでついてきてんだよ」

 

「私も関わってることだからよ、犯人に顔見られちゃってるし」

 

茶々丸を追跡する一行。その中には、アスナの姿もあった。本当ならば一般人である彼女の同行はネギが拒もうとしたのだが、アスナも犯人に顔を見られており、犯人に襲撃されるよりは一緒に行動した方がいいと言われ、こうしてここにいるわけだ。

 

「来たわよ」

 

千雨とネギが前へと向き直ると、彼女の居住場所であるログハウスから件の茶々丸が出てきた。どうやら、散歩に出るらしい。

 

「よし。追いますぜ、兄貴」

 

「ほ、本当にやるの?」

 

「今更尻込みしたって、やるしかねぇだろ。覚悟決めろよ、先生」

 

未だに抵抗を覚えるネギだったが、千雨の説得によってしぶしぶながらも彼女の尾行を開始した。最初はただ淡々と道をゆくだけの彼女を、こちらを誘っている罠かと疑ったが、しばらくしてこちらに気づいていないことに気づき、襲撃をかけようとしたのだが。

 

「うえぇぇぇん!」

 

「あれは……」

 

「チッ、子供かよ。いま出てくわけにはいかねぇな……」

 

子供が突如泣き出し、すんでのところで茂みへと再び身を隠す。観察していると、どうやら風船を手放してしまい、それが木に引っかかってとれず、どうにもならなくて泣き出してしまったようだ。すると、茶々丸は突如足についたジェット機能を開放して飛び上がると、木にひっかかっていた風船を手早く取り、子供へと手渡した。

 

「い、いい人だ!?」

 

「待つっす兄貴! こっちの油断を誘う作戦かもしれないっすよ!」

 

「そ、そうだね。もう少し様子を見よう……」

 

しかし、そこからは襲撃をかける暇などないほどに、茶々丸の周囲はせわしない状況が続いた。子供らに囲まれてそれをあやしていたり、老人の重い荷物を持ってやったり。挙句の果てには川で流されそうな子猫を、服が汚れることを気にもとめずに川へと入って助け、周囲から歓声が上がった。

 

「……ねぇ。茶々丸さんって実はそんなに悪い人じゃないんじゃ……」

 

「いやいや兄貴! それらをひっくるめて敵の作戦かもしれないっすよ! 気持ちを揺るがせちゃ駄目っす!」

 

自分が間違っているのではと不安になるネギだったが、アルベールは頑として引かない。結局、彼女が人気のないところに向かったのでそこで奇襲を仕掛けることになった。しかし、そこでも茶々丸が猫に餌を与えており、とても行動する気になれない。

 

「もう帰りましょうよぉ……」

 

「駄目だ。いくらアイツに悪意がなかろうと、犯人を庇っている以上同罪だ。先生がやらないんなら私がやる」

 

「わ、わかりました……。僕が、行きます」

 

ネギが行動しないならば自分がやると千雨に言われ、さすがのネギも肚を決めた。茂みから躍り出ると、大声で彼女に向かって声をかける。

 

「ちゃ、茶々丸さん!」

 

「これは……ネギ先生、こんにちは」

 

対する茶々丸は、一切の同様もなく平然と挨拶をする。そんな彼女に態度に思わず礼で返すネギ。

 

「あ、ど、どうもこんにちは。じゃなくて!」

 

「分かっております。私を倒しに来たのですね?」

 

「茶々丸さん、貴女を倒し……ってなんで知ってるんですか!?」

 

茶々丸から言われたことに面食らい、思わずそう尋ねる。すると、彼女の主人が不在の現状で自分が一人で行動しているならば、そういうことがあってもおかしくないと考えていたらしい。

 

「チッ、こっちの行動は読まれてたってことか」

 

隠れて様子をうかがっていた千雨も、茂みから出てくる。

 

「茶々丸さん、これ以上僕の生徒たちを、クラスメイトの皆さんを襲わないと貴女の主人を説得してくれませんか?」

 

「それは不可能な要請です、ネギ先生。私がマスターに逆らうことは了承しかねます」

 

「そうですか……。なら、貴女を行動不能にします!」

 

茶々丸の返答に、ネギは魔法を使うことを決めた。始動キーを唱え、魔法の矢を生成する。一番威力の低い魔法を使うのは、彼なりの配慮でもあるし、迷いの体現とも言える。

 

「『魔法の射手(サギタ・マギカ)! 光の三矢(セリエス・ルーキス)!』」

 

光の矢は茶々丸へと寸分違わず放たれるが、彼女はそれを少ない動作であっさりと回避する。しかし、そこまでは予想済みだ。

 

「っ、今です! アスナさん!」

 

ネギの言葉に呼応して、突如茶々丸の背後からアスナが姿を現す。それによって一瞬だけ隙が生じた茶々丸。その機を逃さず、アスナは茶々丸に躍りかかった。

 

「訓練された兵士のような動き、一般人とは思えないほど素晴らしい行動です」

 

「お褒めに預かり光栄だけど、逃がしゃしないわよ。ネギ!」

 

茶々丸を背後から羽交い締めにし、行動を制限する。ようは、協力者であるアスナによって茶々丸を捕らえ、その隙に攻撃するという実に単純な作戦だ。しかし、先程観念したかのように茂みから出てきた千雨の行動がここで意味を持っていた。不意打ちを狙っていた相手が姿を現せば、それ以上の追撃がないと錯覚してしまうというわけである。

 

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル。光の精霊11柱(ウンデキム・スピリトゥス・ルーキス)集い来たりて(コエウンテース)敵を撃て(サギテント・イニミクム)!」

 

先程よりもさらに多くの魔法の矢を生成していく。しかも、その速度は先程よりも明らかに早い。この不意打ちのために、先程はわざと遅く生成し、射出したのだ。

 

「『魔法の射手(サギタ・マギカ)! 連弾(セリエス)光の11矢(ルーキス)』!」

 

11本の光の矢は、全てが茶々丸へと高速で放たれる。着弾する前にアスナは拘束を解いて離れた。

 

「目前の攻撃、回避不能。威力、ボディへの著しい損傷があると予想。申し訳ありません、マスター。不肖の身であった私をお許し下さい。私の破損後、猫の餌は超に……」

 

攻撃が目の前でありながら、淡々とこの後起きるであろうことを予測し、ここにいない彼女の主人へと謝罪の言葉を告げる。

 

「や、やっぱりだめえええええええ!」

 

そして、そんな彼女に対して迷いがあったネギは、魔法が当たる直前に軌道を上空へと変えてしまった。突然のことで目を見開く一同。その中には、魔法による攻撃で破損するであろうと予測していた茶々丸も含まれた。

 

しかし、慌てて軌道を変えた魔法は制御が甘く。

 

「あばばばばばば!?」

 

「ちょっ、ネギッ!?」

 

「おいおい大丈夫か!?」

 

制御されていない魔法は、そのまま術者であるネギへと降り注ぎ、ネギへと直撃した。一発一発はネギの魔力を込めたストレートと同程度であるため魔法障壁で防げるが、それが束になって襲いかかってくるとなると別だ。収束させて威力を何倍にも増そうとしたため、魔法障壁さえも破って顔面にモロに入ったのだ。

 

「あ、おほしさま……」

 

「兄貴いいいいいいいいいいい!?」

 

夕暮れの茜空に、アルベールの絶叫が響き、溶けていった。

 

結局、茶々丸はそのまま逃走し、作戦は完全に失敗となってしまったのだった。

 

「……どうやら、本当に敵対しているらしいな。だが、それにしては魔法を当てなかった……。もう少し様子を見る必要があるな……」

 

その一部始終を眺める何者かが、いるとも知らずに。

 

 

 

 

 

ログハウスのとある一室。そこに、ベッドで蹲る少女の姿があった。しかし、その様子はみるだけで分かるほどにおかしかった。ベッドの上で狂ったかのように身を捩らせ、空を掴むかのように両の腕を突き出したかと思えば、顔を覆ってうめき声を上げる。

 

「ぐ、が、あ、おえええええええええ!」

 

枕元の洗面器に、胃の内容物を吐き出す。喉元に酸っぱい味が広がり、焼けるような感覚が更に吐き気を促進する。

 

「ぜぇ、ぜぇ……クソッ!」

 

気分の悪さから来る苛立ちで悪態をつく。元来、彼女の体は頑丈ではない。はっきりといえば脆弱と言って差し支えのない虚弱さ、そのせいで大事な計画の最中に動けない事実に更にイライラが増してゆく。

 

「ぜぇ、あの人(・・・)が来るのに……こんな醜態を見られるわけには……!」

 

焦り、不安、そして恐怖。様々な感情がない混ぜになってグルグルと胸の内で渦巻く。計画を実行できない現状への焦り、失敗してしまうのではという不安。そしてその失敗によって彼女が慕う人物から失望されて見放されてしまうのではないかという、恐怖。

 

「嫌だ失望されたくない見放されたくない嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だああああああああ!」

 

頭を抱え、想像してしまったことに恐怖して涙が溢れ出る。風邪のせいで止まらない鼻水と混ざり合って顔はぐちゃぐちゃになり、動悸が収まらない。横隔膜は引きつってしゃっくりを引き起こし、それによって再び胃へと悪影響がもたらされる。

 

「う、ぷ、んんん!」

 

とっくに胃は空っぽだというのに、焼けるような液体がせり上がってくる。今度はなんとかそれを口を抑えることで飲み下すが、不快感までは抑えられない。

 

「只今戻りました、マスター」

 

「……茶々丸か」

 

ネギに襲撃を受けていた茶々丸が戻ってきた。その手には、白い袋が携えられている。

 

「今日は、夕暮れまで、戻って、くるなと、いったはずだぞ」

 

息も切れ切れに、彼女を刺すような視線で睨みつける。しかし、茶々丸は顔色など一切変えずに淡々と言葉を紡ぐ。

 

「マスター、すでに夕暮れです。お薬をお持ちしましたので、お飲みになって下さい」

 

「そこに置いて早くでておけ……今の私ではお前も……う、ぐ……!」

 

「マスター!」

 

突如うめき声を上げ、苦しそうにする少女。慌てて近づこうとするが、少女は手で制す。

 

「き、ちゃ、だめ……!」

 

「で、ですが……」

 

「来るなっつってんだろーがッ!」

 

「っ!」

 

一瞬気弱そうな喋り方になったかと思えば、茶々丸が二の句を継ごうとすると大声で彼女に悪態をついた。その様子は、まるで最初の言葉と次の言葉を別々の人間が喋っているかのようだ。

 

「はやく、部屋から離れなさい、茶々丸……これは命令ですよ?」

 

今度は、礼儀正しい口調で彼女を諭す。困惑しつつも、茶々丸は薬をテーブルに置くと、静かに部屋から退出していった。

 

「うふ、うふふ……クソがッ! 胸糞悪くなってきやがる……! 茶々丸に、あんな大声で怒鳴っちゃった……ぐ、ぅ……」

 

コロコロと口調と雰囲気が変わっていくさまは、まるでテレビのチャンネルを手当たり次第に変えているかのようだ。彼女は薬の入っている袋へ手を伸ばすと、中にはいった錠剤を水も飲まずに飲み下した。

 

「はぁ、はぁ……クキッ」

 

薬を服用して数分経つと、気でも狂ったかのように短い引きつった笑い声を上げる。その様は非常に不気味で、見る者がいれば忌避したくなるような状態だった。

 

「このままじゃあの人がいる間に計画を進められない……予定を、早めるか……そうだ、それがいい……クキキッ!」

 

ベットから這い出すと、クローゼットへと向かう。両開きのそれを開くと、何かを探し始めた。そして、目的のものを見つけ出し口元を歪める。

 

「実行は水曜が妥当だと思ったが、こうなったら仕方ない。与えた猶予が終わると同時に計画を進めるとしよう。そう、これは仕方ないんだ、やらなきゃ駄目なんだ……クキキ」

 

 

 

 

 

「結局、進展はなし、か」

 

「ごめんなさい、僕がもっとしっかりしていれば……」

 

「仕方ないわよ、自分の生徒を攻撃するなんてあんたにはそうそうできないでしょ」

 

アスナの部屋へと戻ってきた三名と一匹。木乃香はまだ帰ってきていないようだ。

 

「明日はどうする?」

 

「やはり、犯人を探したほうがいいと思います」

 

「そうっすねぇ、このまま手を拱くわけにもいかないッスから」

 

「あ、ごめん。明日は私用事があるからいないわ」

 

明日のことで話し合いだすが、アスナが突然そんなことを言う。

 

「えぇー、用事っすか? 姐さんがいないと戦力が著しく低下するっすよ?」

 

「私の育ての親みたいな人が日本に来るのよ。さっきメールで空港に着いたって連絡があったから明日東京まで迎えに行くの。だから予定変更なんてできないわ」

 

「はぁ~、姐さんの育ての親っすか。一体どんな人何すか?」

 

「私が一番尊敬してる人よ。私にとって一番大事な人」

 

その人物を話すアスナの目が、ネギには心なしか輝いているように見え、彼女がその人物を非常に慕っているのだと理解した。

 

(僕も、アスナさんやクラスの皆さんに慕われる先生になれたらなぁ……)

 

名前も知らないその人物に羨望と少々の嫉妬を覚え、そんなことを考えるのだった。

 

 

 

 

 

東京都内某所。とあるホテルの一室で気取っているかのようにワイングラスを傾け、窓から眼下の光景を眺めているのは金髪碧眼の少女。どう見ても未成年なはずなのだが、彼女の妖艶な雰囲気がそれを一切感じさせない。彼女こそ、アスナが語った件の人物であった。

 

「アスナの迎えは明日か。ククッ、さぞ驚くだろうな……」

 

実は、彼女はアスナに日本へ訪れることは告げたが、彼女の他にもう一人がやってきたこと、そしてもう一人の人物が明日到着することを隠していたのである。

 

四人(・・)が揃うのも久しぶりか。お前も心なしか楽しそうだな?」

 

ソファにいるその人物にそんな言葉を投げかける。

 

「ケケケ」

 

その相手は、ただカタカタと笑っただけであったが、彼女にはそれだけで相手が上機嫌であることが分かった。

 

「計画は順調らしいが……あの子の調子が悪いと聞いたし、万が一暴走(・・)でもすればちと面倒になるな……」

 

「観光ハ諦メルカ?」

 

そんな相手の言葉に、少女は頷いた。

 

「だな。明後日には麻帆良に向かってあの子の体調を診るべきだろう。アスナには悪いが、予定を繰り上げるか」

 

グラスをテーブルに置くと、相手の真正面にあるソファへと座り足を組む。

 

「鈴音が見出した彼女とあの少女(・・・・)も気になるが……やはり"英雄の息子"が一番楽しみだ……かつての『宿敵』に足るか、それを思うだけでゾクゾクする……!」

 

ニヤリと口角を上げる少女。愛らしい笑顔のはずなのに、まるで猛獣のような凶悪さを感じさせる笑みであった。

 

因縁は収束してゆく。それは抗えない運命の糸にして絶対の出会い。

 

それらは等しく必然へと向かう。偶然とは必然なのだから。


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