金色の娘は影の中で   作:deckstick

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正月だからと、ストックを減らしてみるテスト。でも前話が年末ぎりぎりだったから、三箇日が終わるぎりぎり狙いで、明日から仕事のナカーマに捧ぐ。
ストックに余裕があるわけじゃないので、そのうち遅れるかもしれません。そうなったら、指をさして笑えばいいと思うよ。


始動編第05話 欧州

 能力が上がってから、2年が経過した。

 魔法の練習は順調だ。私だけでなく、マシューとリズもいくつかの上級魔法を使えるまでになっているし、魔力の隠蔽もそれなりに上達している。

 影のゲートを利用したアイテムボックスもどきも、問題なく維持できている。旅には必須……とまではいかないが、あれば便利だからな。

 検証は遅れたが、体力関係も強化されていた事もあり、体術の調整にも時間を取られた。魔法が使えない場合、つまりは通常時の常用手段となるため、手は抜いていない。

 少なくとも、戦闘力と運搬力の意味では、旅の準備は万端だ。

 

 それと並行して、ヨーロッパ、特にフランスを中心に情報を集めていた時に気付いたが。

 100年戦争の裏に、魔法使い共の影が見える。

 どちらもメガロ系、正確には連合に含まれる別の都市国家のようだが、イングランドとフランスそれぞれの裏で勝手に手助けをしていて、結果的に被害を拡大しているようだ。

 しかも、とある厨二病が更に余計な手出し……具体的には、とある少女に神を名乗って神託っぽい声を伝えるという暴挙に出た。

 

「なるべく見付かりたくないけど、何とかして助けたいよね……ジャンヌたん」

 

 それを言いに来たヴァンは、通常営業だが。

 

「たん言うな。

 とりあえず、造物主には直接見られなければ大丈夫か?」

 

「興味がなくなったら放置するし、情報収集も悪い意味でテキトーだから、たぶんね。

 早めに造物主の興味が外れてくれればいいけど……」

 

「その辺の監視は任せる。

 それにまだ13歳らしいから、オルレアンに行くには時間があるはずだ。急いでも、修正力的な何かにしてやられる可能性もあるからな」

 

「そうなんだよねぇ……」

 

「それにしても、造物主はイングランドが嫌いなのか?

 以前もウェールズの反乱を扇動して王を名乗ったりしていたはずだが」

 

「あー、あれだよ。飯がまずいって文句言ってたのは覚えてるよ。

 フランスのお菓子とか宮廷料理なんかは、割と気に入ってたかな?」

 

「胃袋をつかまれたガキか……」

 

 いや、重要そうな要素ではあるが。

 それだと、今の日本の料理は微妙という事か……?

 

「それだけじゃないと思うから、参考までにね。

 とりあえずは、今はあれだね。旅の準備とか、かな?」

 

 

 ◇◆◇ ◇◆◇

 

 

 各地の教会を巡るシスターという体裁を整え、ぐずるオットー・マクダウェルの子供達を宥めすかして始めた旅。協議の結果、お供はゼロとリズの2人となっている。

 マシューは、帰る場所を守る以外に、自分の部下を増やすと意気込んでいる。

 当初からいる侍女は年齢的な問題もあり、私に関する記憶を若干改変した上で、子供達の世話役に転属になった。

 ……こんな手段を取る事に忌避を感じなくなってきた辺り、私も正義(笑)の魔法使いをバカにできなくなっているのだろう。

 

 当初の目的地は、ロンドン。

 シティと呼ばれる、シティ・オブ・ロンドン・コーポレーションの現状を見たかったのだが。

 

「簡単には、食い込めそうにないな」

 

「そうですね。多くの組合が集まる交易都市であり、王室への影響力もあります。

 むしろ、王室より立場が上と言っても過言ではないという噂も聞きます」

 

「それだけに結束は固いし、異分子が入り込む余地は小さい、という事か。

 現時点で無理をする意味もないから、ゆっくり方策を考えるか」

 

 魔法使いどころか人外の気配もあるようだし、無理に食い込むのは反発が大きいだろうからな。

 基盤も何もない現状では、手を出せない事は確実か。

 ならば、次だ、次。街中は汚物臭くてたまらんから、用がないならとっとと出たい。

 

 フランスは造物主が出入りしているため、次は神聖ローマ帝国方面へ。

 内情的にはややこしいらしいが、現時点ではあまり考えたくない……もとい、権力からは距離を置く方針であり、今は考える必要があるほど大きな活動をする組織もないから、目の前の機会を活用して。

 病気で苦しんでいる農家の男性を不自然にならないようゆっくりと治療し、その間に色々と教え、最終的に眷属にしたり。

 大きな怪我を負い長く苦しむくらいならと殺されそうになっていた女性を引き取り、街へと移動する間に治療しつつ色々と教え、結果的に眷属にしたり。

 吹雪の中で倒れていた少女を治療し、帰る場所がないという事でいろいろ教えたところ、眷属化を熱望されたり。

 ……女性は、そんなに年を取りたくないものなのだろうか。

 ともかく、将来発生しうる悲劇を回避、もしくは発生しない事を確認するための組織や技術が必要だという事は伝えてあるが、ある程度自主性に任せて行動してもらう事になっている。

 

 そうこうしている間に時間は進み。

 ヴァンからジャンヌ・ダルクがオルレアンへ出発したという情報を受け、私はモスクワ大公国からフランス……へ戻るのは少々冒険という事で、パリで合流することになった。

 現状ではイングランド領だから、イングランド人の私が滞在してもさほど問題にならず、造物主も最近は来たことがないという理由での選択だ。

 

「いや、遠くまで行き過ぎでしょ。

 いくら相手がロシアな美少女だからってさぁ」

 

「寒波で村が崩壊して決死の脱出中に、体力が尽きて倒れたところを見てしまうとな……

 一緒に脱出した連中も自分が歩くだけで精一杯で、誰の助けも得られそうになかったんだぞ。両親は既に倒れていたようだしな」

 

「不幸少女を視姦してたんだねわかります」

 

「僅かな晴れ間に、月から見えてしまっただけだ。それと、男に恋する自分が想像できないのと同じくらい、他人に百合を強要する気もない。

 それより、造物主はどうなっている。未だにジャンヌのストーカーをしているのか?」

 

「ストーカーって、間違ってないだけに何も言えないね。最初の頃ほどじゃないけど、未だに神託ごっこをしてるし。

 今の感じだと、あと1年か2年くらいで飽きると思うけど……」

 

「1か月もあれば、オルレアン陥落イベントは終わるだろう。

 そこから、死刑まで……早ければ1年か?」

 

 いや、その前にフランス側が押し返すだのといった、戦争の続きが……そもそも、100年戦争の終わりに直接関係するのか?

 そんな細かい歴史なんて、覚えていないぞ。

 

「実際の歴史通りに動くと仮定するなら、もうちょっと時間はあるみたいだよ。それに、厨二病が手を出してる間はそれなりに危険を回避してもらえると思うんだよね。

 問題は捨てられた後、かなぁ」

 

「助ける気がなくなったらアウトになるから、その時に掻っ攫えばいいという事か」

 

「身も蓋もない言い方だけど、そうなりそうで嫌だなぁ」

 

「ギリギリになり過ぎない程度に、うまく誘導や監視をしてくれよ?」

 

「うん、それはムリっ!」

 

「そこが失敗すると、取り返しがつかないんだが」

 

 私が造物主を監視するわけにはいかないんだ。

 動くべき時に動けなければ、どうにもならんぞ。

 

 

 ◇◆◇ ◇◆◇

 

 

 パリで眷属にした女性と色々な情報を交換したり色々教えたりしながら過ごす事、2年近く。

 郊外の村を見て回った際に魔女狩りから助けたのはいいが……資産を奪う目的でのでっち上げで殺されるとは、やはりこの時代は命が安いらしい。子供のいない未亡人は、確かに社会的に見れば弱者だろうが、気に入らん。

 

 それはともかく。

 ジャンヌ・ダルクから造物主の興味が外れた、正確には英雄化に成功して満足したようだという連絡をヴァンから受け、介入のタイミングを探ってみたが。

 

「すでに詰んでいないか?」

 

「だよねー。こんなことになってるから興味がなくなったと確定できたんだけど、どうすりゃいいんだって感じだよ」

 

「見捨てられた、もしくは取引材料として使われたと判断すべきでしょう」

 

 私、ヴァン、ゼロの3人から見ても、終わっていると言わざるを得ない。

 最後に造物主が様子を見に行った1週間後にジャンヌがブルゴーニュ軍に捕らえられて捕虜となり、英雄と祭り上げているはずのフランスは身代金を支払う気配もなく、イングランドに売り飛ばされようとしているというのは……最終的に異端詰問の後で処刑されたことを考えると、史実なのか?

 

「けど、ここで助けると……」

 

「ブルゴーニュとイングランドの関係が破綻しかねません」

 

「私達も一応はイングランド貴族の保護を受ける身だ。国が荒れる原因は作りたくないし、脱走して行方不明という結末でジャンヌは聖女になれるのか?」

 

「ムリだね。うん、わかってるよ。脱走しようとしてるのも全部失敗してるし。

 ここまで来たら、最後の手段かな。処刑の現場に天使風に介入しちゃおう!」

 

「……何を考えている?」

 

 そもそも、その計画なら私が表に出るのか?

 まだまだ姿を隠しておくべき時期だ。多くの問題を抱えることになるが……

 

「いやぁ、どうせなら天使に救われた聖女ってアピールしちゃおうかと。

 あとはこれの存在だね。ぱんぱかぱーん、年齢詐称薬~」

 

「効果音が間違っていないか?」

 

「反応そっち!?

 年齢詐称薬だよっ!?

 エヴァにゃん大人バージョンでぼんきゅっぼんだよっ!?」

 

「いや、ネギまだぞ? もうあるんだなとしか思えん。

 それに、私の精神は男なんだ。自分が美女になってもあまり喜べん」

 

「えー? 美女になって隅々まで堪能するのって、男の夢だよー?」

 

「どう考えてもゼロに失礼だ。

 それに、一応は自分の体になっているんだ。ナルシストになる気もない」

 

「むー……」

 

「姿が変わらなくなった身ですから、成長した姿に興味はありますよ」

 

 何がそんなに不満で、興味津々なんだ。

 処刑の現場介入は考えてみる必要はあるだろうが、衆人環視の中で決行は……大丈夫なのか?

 

 

 そうは言っても、いい状況やタイミングがなければどうしようもない。

 異例尽くしの異端詰問、明らかに冤罪とわかる映像や音声はヴァンが持ってきた魔道具で確保したが、それを大っぴらに使うわけにもいかず。

 とうとう迎えた、1431年5月30日。パリの北西にあるルーアンの広場で、ジャンヌは柱に括り付けられ、火を放たれた。

 

「これはどうしたもんかなぁ」

 

 広場が微かに見える路地で、ヴァンが困った顔をしている。

 

「立会人以外に、野次馬が多すぎる。

 ジャンヌは掲げてもらった十字架の方を見ているようだから……まあ、何とかしてみよう」

 

 自分で突っ込むのは、色々手間がかかりすぎるがな。

 先ずは、蝙蝠に強力な認識阻害をかけ、十字架の前に。そこでジャンヌと視線を合わせて……

 

「……幻想空間(ファンタズマゴリア)

 

 さあ、来るがいい。

 死ぬまでの猶予くらいは、用意するぞ?

 

 

 ◇◆◇ ◇◆◇

 

 

 ……ここは、どこだろう。

 私は、卑怯なイングランドの背教者達に火炙りにされていたはず。

 だけどここは……青い空。広い草原。それ以外は……何も、ない。いない。

 ひょっとして、天国?

 

「ここはある意味で暖かな夢、ある意味で非情な現実の世界だ。

 突然で悪いが、招待させてもらった」

 

 ……さっきまでいなかった、女の子。

 服装は、シスター。だけど、どこか人とは違う風格がある。

 敵意は、ない、かな。

 

「早速で悪いが、時間が無いからな。手早く説明させてもらうぞ。

 最初に知っておいてほしいのは、お前に声をかけていたのは、少なくともその一部は“神”ではなく、少なくとも私達が主や神と呼ぶ存在ではなかった、という事だ」

 

 どういう事?

 私は確かに、神の声を聞いた。

 その声に従い、フランスを勝利に導いた。

 

「勘違いしてほしくないが、決して、お前の信心を疑っているわけではない。

 私が許せないのは、その信心を弄んだ、神を名乗る紛い者だ」

(神の声は、この様に聞こえていたのではないか?

 これは秘匿されていて、ごく少数しか知る者がいないが、人が使う技術だ。

 他者の無知を弄び気紛れに捨てるような、人の影で蠢く者を、神の愛を冒涜する者を、私は神と認めない。

 人を導き人のために尽くした救い主たるイエスも、神を名乗りはしないのだ)

 

 しかし、私は、人々の平和を求めて戦っていた。

 それも嘘だと言うの?

 

(お前の、人々の平和を願う気持ちに、嘘はないだろう。

 イングランドの司祭が異端詰問で不当な行為を行ったのも事実だ。

 だが、フランスに肩入れする紛い者、あからさまに依怙贔屓する者が、お前の気持ちを利用していたのも事実なのだ)

 

 それは……私は、神の御心を裏切る行為をしてしまったの?

 

(私には、神の御心を知る術はない。

 今、私が話していることも含めて、全てが運命なのかもしれない。

 だが、これからを決めるのは、お前自身であってほしいと願おう)

 

 これから?

 ……私にはもう、神のもとへ旅立つ道しか残されていないはず。

 

(それも、1つの道ではある。

 だが、フランスを支え続ける道も残されている。人の道から外れる覚悟が必要だがな)

 

 それは……

 

(私は既に人の道から外れた、外された身だ。だから、人であるお前に適切な助言はしてやれん。

 それに、ゆっくりではあるがお前の身が焼かれているのだ。あまり時間はやれそうにない)

 

 それは……その道は、人に堂々と誇れる事?

 それとも、罪を重ね続ける事?

 

(社会の闇、裏の世界は大きく、それ自体が人に知られては混乱を招くものとなっている。

 いつか人々を守り続けたと誇る事ができるようになるかもしれんが、それまでは、私も罪を重ね続けるだろう。

 それでも私は……守りたいものがあるのだ)

 

 それでは……その為には、悪魔と呼ばれてもよいと覚悟を決めたの?

 

(私が信じる道が罪に塗れていると言われても、私はそれを受け入れよう。

 そもそも、教会とて、全員が敬虔な信徒ではない。お前を貶め、偽りの罪を作るような自称聖職者共に悪魔と呼ばれようが、それは私が歩みを止める理由にはならん)

 

 その為に、私を求めたの……?

 この、異端と呼ばれる私を……

 

(私が求めるのは、共に歩める仲間だ。そして、お前とは分かり合えると思ったのだ。

 英雄や罪人と呼ばれる者であっても、真実もそうとは限らん。どれほど悪く言われる者でも、手を取り合い信じることが出来ると思えるならば、手を伸ばしてもいいだろう?)

 

 だから、私を……それなら、貴女の望むものはなに?

 守りたいものは?

 

(現状では予言じみた情報ではあるが、多くの者が犠牲になる大きな破滅が予見されている。その情報が正しいのかを確認し、もし破滅が現実となるなら、それを防ぎたい。

 その為には多くの人の協力が必要となると考え、こうして行動しているところだ。

 表立って動くことはできんし、今はまだ秘密裏に協力者を集めている段階だが、中には私と同じように人を外れる者もいる。私が人を外させてしまった者は、巻き込んだ者の責任として守りたいとも思っている)

 

 つまり……貴女もまた、神の声を聞いた人?

 いえ、私とは違う。

 何らかの誤りがないか確かめながら、正しいと信じる道を歩もうとしている。

 それもまた、試練?

 

(神の試練と悪魔の誘惑は、表裏一体と言える。

 苦境に喘ぎながらも真理に触れることが出来れば、試練を乗り越えたと称えられるだろう。

 だが、苦境を呪い、他者を羨むのであれば、それは悪魔に誘惑されたと言われるだろう。

 聖人が堕ちぬよう、神がサタンを遣わされた例もあるのだ。私は、私の行動で仲間達が悪と呼ばれぬ未来となる為に行動する事しかできん)

 

 やはり……私とは違う。盲目的に従った私とは。

 私の願いは。私が進むべき、道は……




最後の「エヴァとジャンヌの会話」への軽い突っ込みとちょっとした言い訳は、次話で。


補足:
エヴァは眷属に対してたまに状況報告を求める程度で、何らかの行動を起こす際や、更に眷属を作る際の相談や報告を必須としていません。
基本的な指針は通達してありますし、エヴァは眷属化してしばらくの間頻繁に念話などを使った指導もしているので、それらに従い各自の判断と責任で行動する事を求めています。
もちろん相談にはのりますが、第2世代以降の眷属が増えたら全員を管理する事は不可能ですし、エヴァも各地特有の事情などを把握しているわけではないので、かなり緩い体制となっています。


2016/01/04 はやり→やはり に修正
2017/05/15 交換たり→交換したり に修正
2020/01/29 以下を修正
 “神”ではない、→“神”ではなく、
 句読点
2020/08/09 はやりこの時代は→やはりこの時代は に修正

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