どうしてこうなった。俺とアスナが結婚とまではいかないものの、付き合っているということがSAO中に知れ渡り街行く人に声を掛けられては嫉妬や羨ましそうな目線が刺さり俺のHPは無くなる寸前だ。いやだってさ、ぼっちは人の目線とかに敏感なんだぜ? 胃がキリキリしちゃう。
「ハチ君、待った?」
噴水の前で立っていた俺に横から声を掛けてくる女の人。俺はそれが誰か分かっていて、そして愛する人だという事。自然と顔がニヤけてしまう。これで別の人だったら黒歴史どころか自殺するまである。
横を振り向くと栗色の髪の毛に端正な顔立ちの彼女、アスナが笑顔で立っている。いつもの白を基調としたギルド指定の服装とは違い、アスナ自身が選んだと思われる。お洒落なんて1mmもわからん俺にとっては一言で表すと"ふわふわしてて清潔感のある格好"と言えばよろしいのだろうか。
思わず見惚れていたためアスナの言葉に反応が遅れてしまう。そのせいか若干眉が下がっていて伏し目がちになっていた。やばいその表情すら可愛い。
「……待ってないぞ、まぁその、凄く似合ってるよ、それ」
こんなセリフを言える様になったのも、俺が人間的に成長したからだろうか。昔の俺なら思ってはいても口には出せなかったからな。
そういう面でもキリトとアスナには感謝をしている。……今度なんか結婚祝いのプレゼントでも渡してやらないとな。てか今日はそのためので、デートでもあるし。……口に出してないのに噛むとかあり得ないな、うん。
「あ、ありがと」
顔を真っ赤にしてしおらしくなり、モジモジとする俺の彼女まじ可愛い。戸塚に並ぶ天使だわこれ。あぁ、現実に帰ったら戸塚成分補充しないといかんな。大事なことを忘れていた。
「じゃあ行こっか」
それを合図に俺はさりげなくアスナの手を握る。驚いたのか一瞬ビクッと身体が震えるが直ぐに握り返してきた。柔らかい手の感触を楽しみたいのだが、いかんせんこういう経験が全くなかったので感触どころか本当に手を繋いでいるの怪しくなるレベルで緊張していた。
「つっても行き先決めてないんだよな」
「適当にぶらぶらしようよ、私ルートとか決めて行くのあんまり好きじゃないんだよね、それに私はハチ君といられるならいいかな」
いちいち俺の心を的確に揺さぶる言葉を言ってくれる。胸の高鳴りがいつまでも治らないんだが、死なないよね? まぁでも確かにぶらぶらするのは好きだ。散歩とか超得意だし。むしろ散歩しすぎて徒歩で千葉から出そうになったまである。あん時はマジで焦った。気付いたら知らないところにいるんだもん。
「分かった。それなら森へ行こう。奥に湖とかあって綺麗だぞ。人も少ないし結構いいところだし」
うんと元気よく返事をし、腕に抱きついて周りに見せつけるかの如く密着してくる。爆発しろって聞こえてるから。ちょ、アスナさんあなた自分の可愛さ分かってる?……俺そのうち殺されそうだな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
-アスナside-
「閃光のアスナさんですよね?」
「は、はい」
「うわっ、本物だ、すごく可愛いですね! よかったら僕たちと遊びませんか?」
「あー、今はちょっと……」
13層の森の奥深く、そこで数人の男性プレイヤー達に遭遇したところ、私に話をかけてきた。幸いモンスターは出ないフィールドで完全な観光地の場所のようだ。今までこういう風に話掛けてくる人など腐る程いたのだが、この人たちは何処か怪しい。その証拠にいつも感じる視線とは違う品定めやいやらしい視線をひしひしと感じる。自意識過剰といえばそこまでだけど私は少し機嫌が悪くなる。
「いいでしょ? あれ、後ろのやつもしかして連れ? そんな奴より俺らの方が強いしかっこいいっしょ」
ハチ君を悪く言われたのに腹立たしいけど手を上げるわけには行かない。グッと胸に押さえ込み、黙らせるために口を開いた瞬間、両肩を掴まれて後ろに引かれた。
頭に少しの衝撃が走るが痛みはなくむしろ安心する。そして肩にもたれかかる両腕。お腹の辺りで手を組み、覆い被さる形でハチ君は私を抱きしめた。
「悪いけど俺らデート中なの。分かったら帰ってね」
右耳に掛かる彼の吐息。くすぐったい感覚と共に普段全くこういう事をやらない人だ。嫉妬をしてくれたということなのだろうか。そう思ったらとても嬉しかった。
思わず私は彼の左頬にキスをする。彼は驚くも私の右頬にキスを返す。した時のちゅっという音が耳に残りこそばゆいけど幸せでたまらない。
この光景を目の当たりにした男性たちは何を思っているのだろう。悪いことしたかな? だけどハチ君を悪く言ったんだからいいよね。
「もう用はないかしら? 私たちはこれで失礼するわ」
自分でも冷めた言い方をすると私たちはまた恋人繋ぎで木で出来た道を歩き始める。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
-八幡side-
ここに着くまで一悶着あったが無事に辿り着けた。そして目の前に広がるのはこの13層を一望できる高台。もちろん湖など見たのだが一番の目的は彼女にこの景色を見て欲しかったからここに連れてきたのだ。現実とは違い高いとはいえ酸素は薄くならない。それ故あまり疲れることもなく景色を楽しめた。
「すっごい綺麗」
アスナはフェンスに寄りかかって綺麗な瞳でこの景色を眺めていた。だが俺はこの景色が霞むくらいにアスナが綺麗に見えてしまう。ふっと小さく笑う。ベタ惚れしてるんだな俺。改めて気付いた事、好きだとは自覚していたがまさかこれほどまでとはな。
「うん、ここなら気持ちよくお弁当食べれるね」
鞄の中からバスケットを取り出す。俺の好きなバケットサンドが中に入っていた。初めてこれを食べた時は衝撃を受ける美味しさだった。以来俺の胃袋はアスナに掴まれていた。此処まで来ると身体全部がアスナに惚れてるんじゃないかと疑ってしまう。
そんな馬鹿げた考えを止め、近くのベンチに移動する。そしてバスケットに掛けてある布を完全に捲るとゴクリと喉が鳴る。手に取ろうとするとアスナに取られてしまい、
「え……」
「ちゃんとあげるわよ、その、あーんしてあげたかったの」
顔を真っ赤に染めて言うマイエンジェル。まさか俺の彼女が出来たらしてほしいランキング第2位をしてもらえるとはちょっとヤバい、嬉しすぎて泣きそう。
「はい、あーん」
口を開けて彼女の持っている食べ物に近づく。大丈夫だよね、食べようとした瞬間自分の口に運ぶとかいうオチは無いよね? シャクっという咀嚼音が響く。緊張し過ぎて味なんてよくわからない。だがトマトが入ってるのは八幡的にポイント低いのだが、まぁ許すとしよう。
そして成り行きで俺も食べさせる事になり、互いに食べさせあいっこしてたらいつの間にか無くなっていた。食べ終わった後なんて気まずいことこの上なかった。
「今日はありがと、楽しかったよ!」
「ん、それはよかった、また何処か行こうな」
うんとだけ言うアスナ。あれから38層にあるアスナの家に送り玄関先で少しだけ喋る。だがその後は会話が続かなくなり沈黙する。俺は意を決してアスナの顎に手を当てて上を向かせる。それを分かっていた用に目を瞑り、唇を少し尖らせる。それ吸い込まれるように唇を重ねる。
ーーちゅ
そんな音がしたような気がする、ソフトタッチより少し長いキス。顔が離れると名残惜むように唇に空気が触れる。俺はアスナの頭を軽く撫で、またなと言うと玄関を出る。いつか2人で住める家を買いたいな。そんな事も思いながら夜道を一人歩く。
あ、結婚祝いのプレゼント買うの忘れた。