事の発端は俺とアスナが食事をしていた時だった。急に女性の叫び声が聞こえ、店を出ると少し前に人集りが出来ていた。近づくと全員上を見上げていて俺はつられて視線を動かすと、ロープに縛られ宙ぶらりんになっている人が剣に貫かれている光景が目に映った。
アスナが走り出してロープを固定しているであろう建物に入る。そして俺はここに集まっているプレイヤーの《デュエルwinner》表示を探したが何処にもそれは現れておらず、アスナが2階のベランダに出るとこの現場を最初から見ていたプレイヤーが居ないかと声をかける。とある女性プレイヤーが前に出てくると涙ながらに彼女は名前と所属していたギルドを教えてくれたが、ショックが大きいのかその後はずっと泣いていた。
一頻り泣き終えると俺とアスナは後日また話を聞きにきますとだけ言い、彼女の宿屋まで見送ると俺たちは解散となった。
「ヨルコさん、グリムロックという名に聞き覚えはあるか?」
翌日の朝、俺とアスナとヨルコさんは俺の宿泊している宿に集り、話し合いをする。そして俺がその名を何処で知ったのか。それは今日の朝一に鑑定スキルを持つエギルという知り合いに会い、カインズさんを貫いていた剣を見てもらったところ、グリムロックという製作者がでた。
彼曰く一線級の刀匠ではないとのこと、そんな奴らはこのSAO内に腐るほどいるのだが一応ヨルコさんに聞いてみた。
「昨日、お話しできなくてすみませんでした。忘れたくて話さなかったのですが、お話します。」
そう言ってヨルコさんが語ってくれたのはグリムロックに関する情報と死んだカインズさん、ヨルコさん、そして攻略組にいる聖竜連合のシュミットがまだ他のギルドに所属していた時の話。
3人が所属していたギルド名は《黄金林檎》半年前くらいのある日たまたま倒したレアモンスターが敏捷力を20アップさせるレア指輪をドロップした。ギルドで使う意見と売って儲けを分配しようという意見で割れたのだが多数決で決め、結果は5対3で売却という形で決まった。
前線の大きい街で競売屋さんに委託するために黄金林檎のグリセルダさんというプレイヤーが1泊する予定で出かけたそう。だがいつまでたってもグリセルダさんは帰ってこなかった。
後にグリセルダさんが死んだ事を知らされた彼女たちなのだが、どうして死んだのかはわからないという。俺はそんなレアアイテムを抱えて圏外に出るはずがないと思い、睡眠PKかと思ったのだが指輪がドロップした時期はまだ手口が広がる前だった。
だがレア指輪の存在を知っているプレイヤー、つまりヨルコさんを除く黄金林檎の残り7人。中でも怪しいのは売却に反対した人間だろう。
「売却される前に奪おうとしてグリセルダさんを襲ったってこと?」
俺の言いたいことをアスナが言うとヨルコさんは肯定した。そして俺はグリセルダさんの事を聞くと彼女はこのゲーム内でのグリムロックの妻だった。
グリセルダはとても強く、美人で頭もいいという。何それ完璧じゃん。殺意が湧いてきた。……冗談だって、睨むなよ。アスナさん。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌日の夕方。ある部屋に聞こえるのはシュミットの貧乏ゆすりする音だけ。何かを考えている様子なのだが、その貧乏ゆすりだけはやめてほしい。
「グリムロックの武器でカインズが殺されたというのは本当なのか?」
とても焦った様子で向かい合わせに座っているヨルコさんに聞く。
「本当よ」
彼女は落ち着いた口調でそれを認めるとシュミットの顔色が変わり、早口で喋り始めた。
「なんで今更カインズ殺されるんだ! あいつが、あいつが指輪を奪ったのか? グリセルダを殺したのはあいつだったのか……、グリムロックは売却に反対した3人を全員殺す気なのか、俺やお前も狙われているのか」
立ち上がって放つ言葉放つ言葉は少し怒気を孕んでいた。その気持ちはわからないでもない、だがシュミットは必要以上に怯えていた。確かにそういう状況になってみないとわからない事もあるのだろう。だが俺はこの時シュミットが何かを隠していると思った。
「グリムロックさんに武器を作ってもらった他のメンバーかも知れないし、もしかしたらグリセルダさん自身の復讐かも知れない」
この部屋にいる全員が驚きの声を上げてしまう。
「だって幽霊でもない限りでは不可能だわ。昨夜寝ないで考えたの、結局のところグリセルダさんを殺したのはメンバー全員であるのよ! あの指輪がドロップした時、多数決なんかしないで、グリセルダさんの指示に従えばいいんだわ!」
と俺たちに訴えかけ、こちらを向きながら一歩、一歩と後ろに後退していく。窓の手すりに腰をかけると共に目は大きく見開かれ、2回の窓から後ろから落ちていく。
落下した音が聞こえると同時に俺は窓からヨルコさんを見る。背中には短剣が刺さっていてポリゴンとなり消えていく。アスナは駆けつけるも一足遅く、目の前で起きた事実に目を瞑っていた。
「ちっ」
周りを見渡すと一人の黒いローブを着た男が向かいの屋根に立って笑っている。それを見ると俺は窓から飛び出す。男は俺に気づき走って逃げ去り、転移結晶を持つ手が見えたので投剣スキルで大きめの針を飛ばすと同時に聞き耳スキルも発動させるが突然鐘の音が鳴り出し、針が当たる頃にはローブの男は転移していた。
「くそ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いつの間に弁当なんて仕入れたんだ?」
俺とアスナはベンチに座り少し遅めの夜飯を食べていた。アスナが持ってきたバケットサンドはとても美味しく、毎日でも食べたいくらいだ。
「こういう事もあろうかと朝から用意してたの、因みに手作りです」
なん…だと…。これはあれですよね。そういう事だよね。
落ち着け比企谷八幡、フラットにいこうじゃないか。フォルテッシモと叫びたくなる衝動を抑えクールになれ。よし落ち着いた。
「まぁそのなに? いっそのことオークションにでも出せば大儲けだったのにな」
冗談交じりでそう言ってみるとアスナはムッとした表情を浮かべ地面を蹴る。急な物音に弱い俺は手に持っていたバケットサンドを落としてしまい、耐久値が切れて消滅してしまった。
「おかわりはありませんからね」
横から聞こえる言葉は耳に入ってきても頭に入ってこず、俺は消滅した時の映像を脳内で思い出していた。
「そうか、そういうことか」
独り言のようにそう呟くとアスナにヨルコさんの居場所を確認してもらうと俺はすぐその場所に向かった。
アスナにはギルドのちょっとした精鋭たちを呼んでもらい少ししたらヨルコさんの場所に向かうように指示してもらうときょとんとした表情で俺を見ていたが気にしていられない。
道中、アスナにさっきのことを説明した。カインズさんとヨルコさんは死んではおらず、そう見せかけた演出で鎧の耐久値が切れ壊れる瞬間を狙って転移結晶で何処かにテレポート、その時に発生するエフェクトは限りなく死亡した時に近いが全く別の物。
圏内で殺人が出来る武器もロジックも存在しない事、そして今こうしている間にも彼らはグリセルダさんを殺した犯人を探していてそいつを殺そうとしている。シュミットの事は最初からある程度疑っていて、多分今は一緒にいると思うという事。
それらを説明し終える頃、俺たち彼らの元へとたどり着いた。
目の前に映し出される光景はシュミットが膝をついてそれを見下ろしているカインズさんとヨルコさん。
シュミットは2人に何かを謝罪している様にも見え、俺たちはすぐに3人の元へ駆け寄る。すると後ろに気配を感じ索敵スキルを発動させると1人の男がこちらを覗いていた。剣を構えると両手を上にあげ戦う気がないという意思表示を見せて出てくる。
「お前、グリムロックか…」
「如何にも、よくわかったね若者よ。そしてお前らには死んでもらう」
指を鳴らして出て来たのは最初から攻略組で注目されている殺人ギルドの《ラフィンコフィン》通称ラフコフ。ギルドの象徴であるマークを右手の甲に見つける。リーダーと《PoH》その右腕《ザザ》そしてよくわからん取り巻きが一人、薄ら寒い笑みを浮かべていた。
「朗報だ、もうすぐ攻略組のメンバーが30人ほど来るらしい。大人しく捕まりやがれ」
「……何故だろうな、お前とは気が合いそうだ、また会おう」
俺も同じことを思った。不愉快極まりないがな。軽く舌打ちをすると俺はグリムロックの方に向き直る。そして地面に膝をつき、彼は魂の抜けたような顔でペラペラとグリセルダさんの事について話し始めた。
「私がグリセルダを殺したんだ。私とグリセルダは現実世界でも夫婦だった。一切不満もない理想的な妻だった。可愛らしく従順で、一度も喧嘩などした事はない。だが共にこの世界に囚われたのち、彼女は変わってしまった。デスゲームに怯え恐れたのは私だけだった。彼女は現実世界にいた時よりも遥かに生き生きとして充実した様子で。私は認めざるを得なかった。私の愛した優子は消えてしまった。ならば合法的殺人が可能なこの世界で優子を永遠の思い出の中に封じ込めたいと思った私を誰が責められるだろう!」
優子さんってグリセルダさんの事か。そんな理由で奥さんを殺したのかよ。ふざけるな。
「君にもいずれ分かるよ。愛情を手に入れ、それが失われ用とした時にはね」
「いいえ、間違っているのはあなたの方よ、グリムロックさん。あなたが抱いているのは愛情ではなくただの所有欲だわ。」
アスナによる言葉が引き金を引いたのかグリムロックは涙を流した。顔を手で覆い涙を拭ぐっている。そんな彼にカインズさんとシュミットは近づきグリムロックの両手を掴み、森の奥へと消えていく。ただ一人ヨルコさんは俺たちに頭を下げ、謝罪の言葉を口にすると彼女もまた深い闇に飲まれていくように消えていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
朝日が昇り始める。グリセルダさんの墓が陽に照らされ、霧が晴れていくのがわかる。とても幻想的だった。
「ねぇ、もし君なら借りに誰かと結婚して、相手の隠れた一面にきづいたとき、君ならどう思う?」
俺に背を向けて語りかけるアスナ。その声はどこか震えていて泣いているようにも見えた。
「……何とも思わないかな。結婚するってことはそれまで見えてた一面はもう好きになってるって訳だろ? ならまだ見ぬ一面も好きになればいい。それに例えそれが勘違いだとしても傷付くのは俺だけだからな」
アスナは振り返り無理矢理作ったような笑顔を俺に向ける。嫌悪感。俺はそれを振り払うかのように言葉を続ける。
「まぁなに? 俺ってほら、惚れやすいからな。だからアスナにそんな顔されると俺も悲しくなるっていうかなんて言うか」
先ほどまでの笑顔とは打って変わり涙で顔がぐしゃぐしゃになっていた。笑顔作ったり泣いたり、忙しい奴だな。だがそれを見るととても胸が痛い。
俺の胸に頭を預け抱き着くように密着してくるアスナ。……柔らかい。無駄にリアルな感触再現とかいらないから。
「好き、好き、大好き」
俺の胸に額を擦り合わせて言葉を紡ぐ。意外と弱い俺の理性。何処かの誰かさんは俺の事を理性の化け物と言われたのだがそんな事はなかった。
「俺も……好きだ」
抱き締める力が自然と強くなる。顔を上げたアスナは目が真っ赤でお世辞にも綺麗とは言えない。が俺の目にはとてもそれが可愛らしく見えた。そっと目を瞑り顔を近づけてくる。それに応えるように俺も。互いに近づきゼロ距離になる。
「んっ……」
涙の味が口いっぱいに広がった。