リアル?モンスターハンター 異世界に飛んだ男の帰宅物語?   作:刀馬鹿

28 / 52
ごめんなさい……最長かも……
いや最長といっても多分今までの最高と~1000文字くらいしか差がないと思う!
けどごめんきっと最長だ!
それでもよければ……お読み下さい……

ようやく、刃夜にもっとも言わせたかった台詞を言わせることが出来た!
次に言わせたい台詞は……ラスボスかぁ……
先は長いなぁ……w



深い森の幻影

ひどく……胸が冷めていた事を覚えている……

 

あの日……あの世界が終わってしまった日から……俺はどこかおかしかった……

 

ただ……ただひたすら■い……

 

 

■い

 

 

ただ……あの子を殺した存在が、今も生きて、飯を食ってくそを垂れて寝ているのが……■い……

 

 

■い

 

 

だから……………………………

 

………胸の内に黒い澱みのようなものが俺の意志を……覆い尽くしていった……

 

 

「■■■■■■■■■■■■!!!」

 

 

右手に持った銀色の物を振りかざし、奇声を上げる存在からそれをやめさせる

 

 

■い ■い ■い……

 

 

「■■■■■■■■■■!!!!」

 

 

右手を振って……怒号を上げる存在の胸に突き込んだ

 

それをひたすら繰り返して、ただ、ひたすらにそれを……無限にも続くかと思うほどに、繰り返して……

 

あかい……赤い床を、……複雑で不規則な……あまりに乱雑な模様を描く床を歩いていく

 

 

■い……

 

 

胸焼けを起こすのではないかというほどのひどい空気の中を、俺はまるで幽霊のように……実に幽鬼的に歩んでいく

 

そして無駄に強固で豪奢な扉の前に立ち、俺はそれを……何か赤い物がしたたる右手を力一杯振りかぶってそれを文字通り突き破った

 

 

「■■■■■■■■!!!!!」

 

 

何かが叫んだと同時に俺の体に雨のように……鉄のかけらが降り注いでくるが……今の俺には何の効力もなさなかった

 

 

 

 

憎い……!!!!!!

 

 

 

 

そしてそれを降らせる存在を……一つ一つ……右手の刀で動けなくしていった

 

それから……それらの掃除が終わると、最後に残った一人が、俺から必死に後ずさっていく……

 

俺はそれにゆっくりと近づいていった……

 

 

「■■■■■■■■■■!!!!」

 

 

それが何かをわめくが、何を言っているのかわからない

 

後一歩と言うところまで近づくと……俺は右手の……俺の相棒をそいつに突きこんだ

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」

 

 

突き込んだ相手が何か口から奇声を……断末魔のような物を上げている……

 

いや……ひょっとしたら俺の口から発せられた悲鳴なのかもしれない……

 

それでも俺は右手を振るい続けた……

 

突いて……殺す

 

斬って……殺す

 

殴って……殺す

 

殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して

 

斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って

 

 

やがてそれが止まった

 

動かない……動けるはずもない

 

もうとっくに……それは人ではなく……物になっているのだから……

 

そしてその館に俺以外に誰も存在しなくなった……

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 

 

そして悲鳴にも似た……獣のような怒号が、館の中を駆けめぐった……

 

 

 

 

~刃夜~

 

 

見えない、気配もない、匂いもない……行動によって起こるはずの空気の振動すらも聞こえないという……はっきり言ってあまりにも異常すぎるモンスターだ。

いや、姿が見えていない以上、それがモンスターなのか……それすらもわかっていない状態だ。

 

 

【どうした? 随分と焦っているようだが……?】

 

「黙れ」

 

【ククククク】

 

 

ドッ!

 

 

そんな気味の悪い笑い声と共に、再び俺の肩に打撃がきた。

そして先ほど同様、それも気づかずに俺は打撃をもらい、体が傾く。

 

 

ドガッ!

 

 

そしてその傾いた体にさらに衝撃が走り、俺は膝をついた。

片膝立ちの状態からさらに打撃が俺の体にたたき込まれていく。

その攻撃はまさに縦横無尽に俺の体を痛めつけていき……そしてその攻撃の方向性が俺には全くつかめていなかった。

周囲三百六十度、全方位から不規則に攻撃が襲ってくる。

しかもその攻撃が爪や牙による体を引き裂くと言った、斬撃攻撃ではなく打撃攻撃。

その意外性も俺が混乱をきたすのに一役買っていた。

 

 

落ち着け!!!!

 

 

そう心で強く念じるが……それでも、俺は焦りを……内心の恐怖を抑えることが出来ずにいた。

今まで窮地に立ったことは何度もあったが……ここまで何もすることも出来ず、打開策も見いだせないような状況に追い込まれたのは初めてだった。

唯一の救いは相手が……オオナズチとやらがいたぶることが趣味なのか、圧倒的に有利な状況であるにもかかわらず、一息に俺のことを殺そうとはしていないことだった。

だが、このままではどちらにしろ負けることになる。

そして負ければ……

そういう結果が待っている。

それが俺の心を……蝕んでいく。

 

 

【どうしたどうした? 何も手も出せないとは……それでも異世界からの申し子か!?】

 

 

ドドドドドドドド!

 

 

乱打とも言える敵の打撃攻撃が、俺の体を痛めつけていく。

痛みは敵の悪趣味のおかげでそれほどではないが……しかしその前にこの相手に全く手出しが出来ないというその事実が……何よりも痛かった。

 

 

どうすればいい!?

 

 

体に攻撃が当たるたびに、闇雲に夜月を振るうが……当然当たるわけもない。

そして焦りと緊張、そしてその状態で攻撃する無駄ともいえる行動が、俺の体から体力が無くなっていく。

しかし、そんな単純なことにも今の俺は気づかなかった。

 

 

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ」

 

 

呼吸が短くなってきている。

それだけ俺の体力が消耗していると言うこと。

このままではまずい状況になる。

 

だが……どうしようもない。

 

 

このまま……俺は……死……

 

 

 

焦るな

 

 

 

その時……何故か脳裏にじいさんの声がふと、聞こえた気がした。

そうそれは……数年前の修行で、空気の避ける音を聞くために修行して焦ったときにじいさんが言った言葉……。

状況が似ているからか、まるで今じいさんが話しかけてきたかのようにはっきりと脳裏に響いたのだった。

 

 

焦りは全てを曇らせる

刀の切れも、体の動きも、何よりも……心の平静さを

お前には私が学んだ全てを教えたのだ

そう簡単に負けるはずがない

その教えた力をお前が普段通りに使えたらだが

心を曇らせるな

 

 

その言葉が俺の緊張をほぐしてくれた。

俺は一旦構えを解いて無防備とも言える状態になった。

戦闘の最中に敵の前で構えを解くという、そのあまりにも命知らずとも言えるその行動が、敵の攻撃を一時中断させた。

 

 

「……ふぅ」

 

 

そして、吐息を一つ吐いて心を落ち着かせる。

 

 

【……何のまねだ?】

 

 

先ほどまでの、いたぶって愉悦に浸っていたのとは違い、俺の突然の行動に強く警戒している。

俺はそれにも取り合わずに得物を……夜月を静かに納刀した。

 

 

【……どういうつもりだ? 降参とでもいうのか?】

 

「……そんなわけがない」

 

 

俺はぼそりと……静かにそう答えると、背中のシースに収めてある、打刀と同じ長さを持つ双剣「いにしえの双剣」を抜剣した。

 

 

シュリーン

 

 

布のシースとこすれ合った、この剣の独特の金属音が、静まりかえったこのエリアに響いていった。

響いたといっても俺の周りの空気をわずかに振るわせただけだろう。

だが、この剣には何か不思議な力が……想いが込められているようにも思える。

それを静かに構えて、俺は再び懐深く……全周囲を警戒しだした。

 

 

【……封龍剣「超絶一門」か】

 

「……」

 

 

敵が何かを話してくるが、今の俺には何も聞こえない……。

いや聞いている余裕がない。

俺はただ……心を曇らせずに周囲を警戒するのみ。

 

 

【その身に宿した龍殺しの力だけでなく、太古の……竜人族のいにしえの武器まで入手しているとは……ラオシャンロンの置きみやげか?】

 

 

これにも俺は応えることが出来なかった。

全ての神経を……周囲の警戒のみに向けていたからだ。

そして剣を、何もいないはずの目の前に向けて……構える。

 

 

【……何か思いついたか?】

 

 

俺の行動を見て、再び俺の事を舐めきったかのような思念を送ってくる。

目の前に剣を向けたという事で笑ったと言うことは、少なくとも敵は俺の前方方向にはいないと言うことになるのだろう。

俺が未だに敵を……自分を見つけてこないことから、問題ないと思ったのかもしれない。

 

 

確かに俺はお前をまだ見つけることが出来ていない。だが……

 

 

それでも対処方法は見つけた。

だからそれを実行するのみ。

そして冷静になった心で、考える。

ただひたすらに……。

 

 

【よかろう。何を思いついたのかはわからんが、貴様が思いついたそれを試してくれる】

 

 

そう言う思念が俺の頭に響いても……やはり俺には敵の姿が見えず、気配も感じ取れなかった。

 

俺はそれにも取り合わずに、ただ心を研ぎ澄ませていた……。

 

 

 

 

~レーファ~

 

 

……何が起こっているの?

 

 

それが、今ジンヤさんに横抱きで運ばれた、この木の根元でジンヤさんを見守っている私の素直な気持ちだった。

何も……エリアの中央にはジンヤさんしかいないはずなのに、それでもジンヤさんが今まで見た事もないほどに、神経を研ぎ澄ましていて……そして時折|見えない(・・・・)何かに攻撃でもされているかのように、体を傾かせ、あるいは跪いていた。

そして誰もいないはずの周囲に声を荒げている。

普通なら何をしているのかわからないけど……素人であるはずの私にも、何かがおかしいとわかった。

 

 

雰囲気が……おかしすぎる

 

 

今このエリアには、私とジンヤさんしかいないはずなのに、それでも何かがいると……本能が私にそう告げているのが感じられたのだ。

それになにより、あのジンヤさんが、今まで見た事もないほどに辺りを警戒していて、そして何度も攻撃を当てられている。

それだけでも異常と言うには十分すぎた。

 

 

また私は……何もすることが出来ないの!?

 

 

今こうして目の前で、ジンヤさんが戦っていて苦しんでいるというのに、私は何もする事が出来ない。

以前はまだいい。

武器も、腕も……なによりも覚悟も……なかったのだから。

それになにより、その場にすらいなかった。

だからある意味で何も出来なかったのはしょうがない面があると思う……なのに……

 

 

今はこうして……この場に……ジンヤさんのそばにいるのに! 

 

 

そう、そこが決定的に違っている。

今はこうしてジンヤさんと同じ空間にいる……いるだけでしかないかもしれない。

武器があっても、腕前はないし、度胸も……命を奪うという覚悟もない。

だけど……今目の前で苦しんでいるのに……。

 

 

「……ふぅ」

 

 

そうして私が自分の無力さに嘆いていると、ジンヤさんの雰囲気が一変した。

そうしたらなんと、ジンヤさんが一旦構えを解いてあろう事か武器までしまってしまった。

その事に私は驚きを隠せなかった。

 

 

「……そんなわけがない」

 

 

ぼそりと……ジンヤさんが何かを口にしたけど、距離がありすぎて私の耳にそれが入ってこなかった。

そしてそれが合図だったのか、ジンヤさんは背中に装備していた……ラオシャンロンから出てきた、錆の塊だった物を大地の結晶で研いで、それから出てきた、双剣を手にしていた。

 

 

……何か……怖い

 

 

それが、その剣に抱いた私の感想だった。

普通とは違う……余りにも禍々しい何かを放っているその双剣。

心なしか……剣の横にある黄色い目のような何かと、剣にまるで、血管のように刻まれている青緑色の筋のような物が、まるで光っているように見えてしまう。

 

 

ガンッ!

 

 

私が、ジンヤさんの新しい剣に注目していると、突然今までと違った打撃音が辺りの空気を震わせた。

その音に、またジンヤさんが傷ついたのかと思ったけど……そうじゃなかった。

 

 

……構えが変わってる?

 

 

先ほど……剣を抜いてからすぐに構えたときと、若干構えが変わっていた。

そして、そう思ったときには、直ぐに……がら空きだった|首筋(・・)へと剣の腹を盾にするようにして構えている。

 

 

ガンッ!

 

 

そして再び打撃音。

でも、さっきと違って音がしてもジンヤさんが体を痛めていない事だけがわかった。

何かしたいけど……私には何もする事が出来ない。

だから私は……ただ祈った。

 

 

 

 

~刃夜~

 

 

ガンッ!

 

 

【何っ!?】

 

 

剣に返ってきた、何かがぶつかる感覚。

そこそこの質量、重さの……何か生々しい物体が、高速で剣に叩きつけられた感覚だった。

そしてそれが敵の攻撃だという事に、敵が驚きの思念を上げる事によって気がついた。

 

 

【馬鹿なっ!? 貴様、予測したというのか!? 私の攻撃を!?】

 

 

敵が|何か(・・)を言っているが……今の俺にはそれに返す余裕も、知覚する余裕もなかった。

何かを言ってきたその瞬間には……その生々しい物体が再度俺に襲いかかってきていた。

俺はそれを今度は左手の剣で、受け止めていた。

 

 

ガンッ!

 

 

腹部を……みぞおち辺りを狙って放たれたそれは、遅滞することなく左手のいにしえの双剣に阻まれた。

その事によってさらに敵が焦っている……気がする。

 

 

【馬鹿な!? 私の魔力遮断が!? 貴様……何故!? 何故だ!?】

 

 

聞く余裕のない俺には、敵が何を言っているのかわからない。

何も聞こえない……何も聞く必要がない……。

音も……匂いも……そして光さえも。

全ての五感情報を遮断し、ただただ……第六感に全てをゆだねた。

 

 

ズガンッ!!

 

 

今までとは違う、凄まじいほどの衝撃が、後頭部を防いだ剣に響いた。

その衝撃に思わず体勢を崩しそうになったが、俺は賢明に踏ん張ってそれをこらえた。

 

 

本気を出してきたのか……?

 

 

一瞬そう思案するが……それも焦るな、というじいさんの教えに従った俺の胸の中に、綺麗に溶けて無くなっていく。

そして俺は、先ほどから行っている……油断無く構えていると見せつつ、実は|急所(・・)にある程度の隙を見せた構えを再度取った。

 

 

見えない、聞こえない、におわない、感じない……ならば五感は不要……

 

 

目に捉える事がかなわず、耳で空気の音を聞く事もかなわず、鼻で敵の臭いもかぐ事もかなわず……そして肌で敵の動きを捉える事もかなわない。

 

 

ならば役に立たない五感など遮断してしまえばいい

 

 

【我は霞の龍、オオナズチ。古来誰も私の姿を捉えた物はいないはずなのだ!? 姿の見えぬ私に恐怖し、絶望し……最後には逃げ出していった幾人ものハンターのその背を、攻撃し、殺してきたのだ!?】

 

「……」

 

 

敵がなんかを喚いている気がするが……それも意識……無意識に意識の外へと放っていく。

怒濤の勢いで|隙を見せた(・・・・・)急所に攻撃してくる相手に、俺はその双剣を盾にして、敵の攻撃を防いだ。

 

 

ただただ……隙を見せて、そこを狙ってくる敵の攻撃をどうにか防ぐのみ……

 

 

何故俺が攻撃を防げるようになったのか……答え、というか対処方法は簡単だった。

わざと急所に隙を造る事によって、敵の攻撃してくる場所を限定したのだ。

そして全ての五感を遮断し、第六感……心眼のみで敵の攻撃に対処していた。

対処といっても殺気も気配も感じ取れないのだから、はっきり言って勘と言ってもいいくらいに曖昧な感覚だ。

しかし、俺の今までの戦闘経験を……これまでの修行、戦いで学んだ全てを糧に……もとにしてこの対処を行ったのだ。

本来ならば、俺があからさまに急所のみ隙を見せて、そしてそこに迫った攻撃を防いでいる事に、少しでも戦に……戦いの練度のある者ならばすぐに気づいただろうが……しかし敵はそれに気づかず闇雲に俺に向けて、打撃攻撃を繰り返していた。

 

 

【なのに貴様……何故怯まぬ!? 何故恐怖せぬ!? 何故臆せぬ!? 何故逃げぬ!?】

 

 

そして、今までに層倍する思念が届くと同時に、空気に変化が生じた。

変化といっても、それで気配が読めたり、また敵の殺気が感じ取れた訳ではない。

純粋に、とある一点……俺の左斜め後方に、何か凄まじいほどの異臭が漂ってきたのだ。

そちらに気づかれぬようにそれとなく意識を向けると、なんと、何かうす緑色の煙のような物が、地面より高い位置から突如として出現していたのだ。

 

 

【喰らえ!!】

 

 

そしてその中心から、凄まじいほどの異臭と嫌悪を抱くような塊が、俺の背中目掛けて放たれていた。

その腐食の塊のような物が吐き出された瞬間に、俺は今まで閉じていた目をカッ、と見開き、総身に宿る気を全て身体能力に回した。

ほとんど直線で飛んでくるその腐食の塊を、姿勢を低くしてそれをくぐるようにして回避し、たった今腐食の塊が放たれた方へと飛ぶように跳躍し、いにしえの双剣で斬りかかっていた。

 

 

【しまっ!?】

 

 

敵が自分の失策を悟り、驚いていたが少し遅かった。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

宙へと飛び、そしてその全身の力を込めて、虚空に向かって俺は双剣を縦横無尽振るい、乱舞した。

 

 

ズバババッ!

 

 

きちんと刃を立てられなかったのか、手に返ってきた感触……手応えも余り感じられなかった。

攻撃した全ての攻撃が当たる事もかなわなかった。

だが、それでも幾閃かは敵の皮膚を裂き、辺りに血が飛び散った。

そしてそれは当然、俺が両手に持っている剣、いにしえの双剣もその血を浴びていていた。

大したダメージを与えられたとは思えないが、それでも初めて攻撃を当てた事を考えれば問題ないだろう。

 

 

【ガァァァァァァッ!?】

 

 

手応えから言って大して深く斬ったわけでも、まして急所に当たった感触もなかったというのに、それは、今まででもっとも大きな声を……悲鳴を上げていた。

ようやく敵に攻撃が当たった事に俺は安堵した。

剣に滴った血の量を鑑みれば、大した傷を与えているとは思えないが、それでも敵に攻撃をし、それが敵にダメージを与えた事は事実なのだ。

 

 

攻撃が通ったというのならば、討伐する事が可能だという事だ!

 

 

魔力壁に弾かれるという最悪な事も予想していたが、その心配が杞憂である事に密かに安堵していた。

どうやら敵は気配遮断に全ての魔力を使用しているようだ。

俺はそれでどうにか持ちなおし、血が飛び散った辺り……つまり敵がいるであろう場所へと体を向けて、再度五感を遮断し、第六感のみに意識を傾けた。

 

 

ドクン

 

 

五感を遮断したから……だから俺は気づかなかった。

 

 

俺が手にした剣……いにしえの双剣が脈動し、その何か猛獣の鋭い目のような黄色い装飾が光り輝いていた。

 

 

ドクン

 

 

そしてまるでそれに呼応するかのように……剣の全身をまるで血管のように張り巡らされた、青緑色の筋のような装飾が発光し、そこが剣に滴る血を|吸って(・・・)いることに……。

 

 

そう……それは古龍の血を……魔を宿したその血を吸収しているのだ……。

 

 

【貴様!? 貴様ぁぁぁぁぁぁ!!!】

 

 

先ほどまでと違い、激しい憎悪と殺気が、辺りの空気を覆っていた。

怒りに染まった事で、殺気と憎悪が漏れ出してきているようだった。

だがそれで敵の気配が感じ取れる訳ではなく、あくまで殺気が感じ取れた位だった。

だから油断は出来ない。

 

 

……そう

油断などしていいはずが…無かったのだ……

無論油断していたつもりはない……

だが……守るべき存在がいることを忘れていた時点で……

それは、油断していたと、そう……いうべきだろう……

 

 

【貴様! 私に傷を負わせただと!? 許さん!!! 許さんぞ!!!!】

 

 

先ほどまでと違い、殺気だけは感じ取れるようになっていた。

だが、それでもあくまでここに何者かがいるという事が、その殺意だけでわかるようになっただけで、どこを攻撃しようとしているという事まではわかっていない。

だから俺には、敵が送ってくる思念に返事をしている余裕がなかった。

完全に五感を遮断し、さらには勘に頼ったと言ってもいいような方法で攻撃を防ぐのだ。

五感遮断で一気に体力が削られ、さらにこの対処法を見抜かれるのではないかという恐怖。

そして何より、どんなに焦らないように神経を落ち着けようとしても、敵の姿を捉え切れていない事に代わりはないのだ。

防御はなんと無かったが、攻撃できなければ勝てるわけもない。

 

 

完全に後手であり、八方塞がりだ……

 

 

自分の未熟さに臍を噛みそうになる。

ここで……俺は気づいていれば良かったのだが……。

今まで相対した事のない、異常な相手の事で頭が一杯で連れがいる事を失念していた……。

 

 

【貴様のような……貴様のような……人間ごときにぃぃぃ!!!!】

 

 

憎念がさらに……まるでこのエリアを覆い尽くすかのようにあふれ出してきている。

それに若干体がすくみそうになるが……それを必死に耐えて、そしてそれを忘れた。

いや忘れたと言うよりも、それを胸に確かに抱き……それすらも飲み込んで、怒りも憎しみも恐怖も……全て飲み込んでそれを表にも心にも出さず、ただ敵の行動を待った。

 

 

そして……それがいけなかった……

 

 

このとき少しでも意識を体の外に向けて、見えない敵の相手を……見えない敵と会話をしていれば……あんな事には成らなかったはずだった。

 

 

【貴様がその気だというのならば……私にも考えがあるぞ!!!!】

 

 

愉悦に似た感情を含ませて……下卑た思念が俺に頭へと流れ込んできた。

その事に咄嗟に俺はその意味を受け取り損ねたのだ。

そしてそれは……最悪な形で俺はその回答を知る事になる。

 

 

「キャアァァァァァァ!」

 

「!?」

 

 

悲鳴が……聞こえた。

俺の後方から。

そしてその声には当然聞き覚えがあり……。

その声のした方へと振り向くと、木の根元に待機させていたレーファが、宙に浮いていた。

 

 

「な、何!? 何なの!?」

 

 

腹部当たりに両手を回し、見えない何かを剥ぎ取ろうと必死になっていた。

手の握り方からいって、何か太い紐のような物が巻き付いているような感じだった。

だが、今の俺にとってそんな事などどうでもいい。

 

 

「レーファ!? 霞龍貴様!?」

 

【クククク。私の姿が見えない事を警戒して、自分の目の届くところにこの娘を置いていたようだが、それが仇となったな】

 

 

相手の言うとおりで、どこにいるかわからない相手がいるエリアを、一人で走らせるよりも俺の目の届く場所にいさせた方がいいと思ったのだ。

最初こそ信号弾でリーメとフィーアの二人を呼ぶ事も考えたのだが、二人を呼んでも敵が知覚できるわけでもない。

ならば守る対象が少ない方がいいと思ったからだ。

だがこうして人質にも近い状態になると、その選択が正しかったのか……わからなくなってしまう。

 

 

「その子を離せ! お前の相手は俺だろう!?」

 

【従う義務はない。ましてや数百年ぶりの食事だ。それも若い女。知っているか異世界からの申し子よ? 若い女の血肉は、それはもう極上の味わいなのだぞ?】

 

「ふざけるな!!!!!!」

 

 

敵のその言葉に、俺は全身の肌が泡立つほどの不愉快さを感じていた。

俺はその不快さも怒りも全てを込めて、レーファの方角……敵がいる可能性の高い、木々の根元へと、両手にしたいにしえの双剣を力の限り投げつけた。

だが……。

 

 

ガスッ!

 

 

それはむなしく宙を走って、木々の根元に深く突き刺さっただけだった。

そしてその俺の表情や態度が余りにも滑稽だったのか……敵が大きく笑い声を上げていた。

 

 

【クハハハハハハ! どこを狙っている? 異世界からの申し子よ? 私はそこにはいないぞ?】

 

 

目の前の光景が真っ赤になるほど、凄まじいほどの憎念が俺の体を駆け巡る。

そしてさらに夜月を抜き放ち、爆発的な速度でレーファの方へと走り寄り刀を振るった。

だが、それも空しく空を切るだけだった。

 

 

【ハハハハハハ! 焦っているな!? それほどまでにこの娘が大事か!?】

 

「いいから出てこい! 夜月の切れ味を馳走してやるぞ!!!」

 

【ほう? 馳走してくれるとな? 遠慮しておこう。私はこの子娘を食す事で十分だ】

 

「てめぇぇぇぇ!!!!」

 

 

怒りにまかせて刀を振るう。

だがそれで敵を攻撃できるわけもない。

だから俺は、直ぐに標的を変更し、レーファを救うために刀を振るった。

 

 

見えないが……それでも攻撃を当てれば怯むはず!

 

 

双剣の乱舞で絶叫を上げた相手だ。

対して深く切れたわけでもないのに相手はあれほどの悲鳴を上げたのだ。

だから痛みに耐性が無い……つまり攻撃が当たりさえすればどうとでもなるはず。

そう考えた俺は、レーファを助けたい一心で刀を振るった。

敵がレーファを拘束している、その何かを斬るために。

だが、不思議な事にレーファがさらに上へと上がっていく。

そのせいで俺の刀は再び空を切った。

 

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

どういう事だ!?

 

 

俺は余りにも不可解なこの現象に驚きを隠す事が出来なかった。

レーファが宙に浮かんでいる以上、敵が何かしらの方法でレーファを中空へと上げているのは事実なわけで……。

だがその考えをあざ笑うかのように、俺の攻撃は二度も空振りした。

はっきり言って何が起こっているのか全くわからない。

 

 

【危ない危ない。恐ろしい斬撃よ】

 

 

再度届いたその思念には、ありありと侮蔑と嘲りの感情が含まれており、俺の神経を逆なでする。

あまりの怒りで歯を食いしばりすぎて、自分自身で砕いてしまいそうなほどだった。

 

 

【やれやれ。ここではまともに食せそうにないな。だから、崖下へと行かせてもらおう】

 

「!? 待て!!!」

 

 

敵がどこか……崖下へと転じようとするのをどうにか阻止しようと、闇雲に刀を振るったが、当たるわけもない。

 

 

【クハハハハハハ! 久方ぶりの女の血肉! なめ回し、艱難辛苦を味合わせ、絶叫と断末魔の賛美歌を聴きながら食すとしよう!】

 

 

そう言い残し風さえも起こさないまま、相手が崖下へと飛んでいくのが何となく感じられた。

そして当然のごとく、捕まっているレーファも一緒だった。

 

 

「ジンヤさん!!!!」

 

「レーファ!!!!」

 

 

レーファが涙ぐみながら、俺に対して手を差し出してくる。

意味がないとわかりながらも、俺も咄嗟にその手と腕を伸ばしていた。

だが、非情にも……当然のごとく何の意味もなく、レーファも遙か下の森林へと吸い込まれ、やがて見えなくなった。

 

 

くそったれ!!!!

 

 

敵の攻撃に気を取られ、そしてそれに対処する事で頭が一杯で連れの事を……レーファの事を完全に失念していた。

自分の事を殴り飛ばしたくなるが……そんな事など今はどうでもいい。

直ぐにでもレーファを助けに行かなければ……。

俺は根本に突き刺さっている、いにしえの双剣を回収する。

 

 

「信号弾を!!!」

 

 

それから俺は懐に入れていた信号弾を左手でしっかりと持つと、後ろの信管部分を右指で激しく叩いた。

 

 

ボン ヒューーーー

 

 

青色の煙を当たりにまき散らしながら、信号弾が上へと舞い上がっていく。

月火を使用しなかった事で、弾道が安定していなかったが、そんな事などどうでもいい。

そして地面に大きく、下の方……崖下へと向けた矢印を書いた。

俺は信号弾が上へと……ある程度遠くにいても見える高さまで昇った事を確認すると、一切も躊躇せずに、宙へと……崖へと身を投げ出していた。

 

 

 

 

~レーファ~

 

 

何かがおなかに巻き付いてきて私の体を持ち上げて、そのまま崖下へとそれは降りていった。

何が起こっているのかわからない私は、ただ悲鳴を上げる事しかできなくて……。

 

 

「ジンヤさん!」

 

 

無我夢中で、私はジンヤさんに向かって手を伸ばした。

そしてそれにジンヤさんも応えて、私に手を伸ばしてくれた。

けどそれは届くことなく、私の体が急激に動いて……崖下の森深くへと飛んでいった。

目に見えないだけじゃなく、何も感じ取れない相手が、私の体を掴んで崖下へと飛翔した事なんて……私にはわからなくて、ただ悲鳴を上げることしかできなかった。

 

 

「きゃぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

しばらくすると、森林の一角へと侵入して、私は大きな木の根元へと降ろされた。

体が自由になった今こそ、逃げる好機だったのだけれど……恐怖で足がすくんで立つ事すら出来なかった。

それに私をここまで連れてきた存在がみすみす私の事を逃がすとも思えなかった。

 

 

【クククク。若い女を喰らうのは久しぶりだな。安心しろ小娘。じっくりと味わって食してやろう。貴様が上げる絶叫も、余興だからな】

 

「!?」

 

 

何か……頭に直接響くような、神経を逆なでにするおぞましい感じの声が響いてきた。

今まで何も聞こえていなかったのに……突然聞こえたその声には、抗えないようなものすごい重圧感を感じて……。

何よりそれに含まれた憎悪を殺意が……私の体を縛り付けていた。

ただ、木の根元で……体を縮ませる事しか出来なくて……。

 

 

「あ……うぅ……」

 

【怖さのあまりに壊れたか? それは困る。女の悲鳴を聞きながら食さねば、魅力が半減するという物】

 

 

何となく……何となく相手が私ににじり寄っている気がして、最後の勇気を振り絞って私は体を後ずらせる。

けど、直ぐに木に背をぶつけてしまう。

 

 

や、……やだ……

 

 

私の脳裏に、走馬燈のように……ジンヤさんと初めて出会った……森と丘での出来事が蘇ってくる。

あの時……命の危機に瀕した私を、ジンヤさんは颯爽と現れて助けてくれた。

だから今回もきっと来てくれる。

 

 

そうだ、ジンヤさんがきっと……来てくれる!

 

 

あの時だって、最後まで……偶然にも見つけたペイントボールを、ランポスに投げつけて少しでも時間を稼げたのだ。

そして今はその時と違って、私の手元には武器がある。

 

 

諦めない!

 

 

そんな想いが私の心に、芽生えてきた。

依然として恐怖が体を縛っていた。

けど、それでもこのまま何もしないで死にたくない……ううん、そもそも死にたくなんて無い。

 

 

ジンヤさんと……ジンヤさんともっといたいから……私はハンターになったんだから!

 

 

その想いを糧にして、肩に掛けてある武器、ライトボウガンを手に取った。

そして、どこにいるのかはわからないけれど、私は震えながら前方に向かって、ライトボウガン、ユクモ弩を構えた。

 

 

【……ほう?】

 

 

そんなつぶやきと供に、当たりの空気が一変した。

ただ愉悦を楽しむだけだった相手の声に、変化が生じていた。

それがまた異様なほど怖くて……また体がすくみ上がりそうになったけど……それでも私はそれに必死に耐えて、震えながらもボウガンを構え続けた。

 

 

「レーファ!!!」

 

 

そうして私が震えながらも、必死に抵抗を続けていると、私の事を呼ぶ声が聞こえてきた。

そちらの方へと目を向けると、凄まじい速度でこちらにやってきているジンヤさんがいて……。

嬉しさのあまりに、体から恐怖が抜けていく。

ジンヤさんに返事をしようとした。

 

 

【ククククク。いいタイミングだ。余興を思いついたぞ】

 

 

ニタァと、そんな笑みが見えるほどに、見えない何かが邪な笑みを浮かべたのがはっきりと感じられた。

それが何かわからないけど……ジンヤさんが現れてから言い出した事なのだから、絶対にジンヤさんが関係しているはずで……。

それがわかった瞬間に、私は自分の恐怖も綺麗に消え去って、こう叫んでいた。

 

 

「ジンヤさん逃げて!!!」

 

 

 

 

~刃夜~

 

 

崖に双剣を突き立てつつ、飛び降りたので少々時間がかかってしまった。

だが幸いにしてまだレーファの気配は残っている。

だから俺は必死に走った。

今この場に至っても、あの子にかすり傷一つ負わせたくないと思っている自分がいる。

約束したからであり、何よりあの子にこれ以上傷ついて欲しくなかったからだ。

傷つくと言うよりも、心を痛めるといった方が正しいかもしれない。

ラオシャンロン対策の刀|斬老刀(スサノオ)を鍛造するときもそうだが、あの子は自分の心を押し殺すきらいがある。

 

 

それに今の状況……森の中で命の危機にさらされるのはあの子にとってタブーだ……

 

 

ランポスに、森で襲われて殺されかけたあの出来事。

再びその時と同じような……いや、敵が見えない上に、敵の思念が聞こえていないように思えるこの状況ではより深く心に傷を造っている可能性が高い。

 

 

急がなければ!

 

 

そうして全力で走る。

木々の間をどうにかくぐり、そして見つけた。

 

 

「レーファ!!!」

 

 

木の根元に降ろされたレーファが自分の前面へと、ライトボウガンを向けている。

意外な事に、必死に抵抗しているようだった。

しかしその体が震えている事を見れば、無理をしているのは嫌でもわかる。

俺は直ぐに意識を戦闘態勢にしつつ、さらにレーファとの距離を縮めた。

 

 

「ジンヤさん逃げて!!!」

 

 

そしてレーファがそんな叫びを上げていた。

何でそんな事を言い出したのかは全くわからないが、しかしそれでも行かないわけにはいかない。

俺は警戒しつつ、レーファに駆け寄るとレーファを背にするように立つ。

 

 

「無事か!?」

 

「逃げてください!!!」

 

「何を言ってるんだ? そんな事出来るわけないだろう?」

 

「離れてください! 何か余興を思いついたって……何かがそう言って」

 

 

余興?

 

 

その言葉を聞いた瞬間……

 

 

カチリ

 

 

|安全装置(セーフティー)が解除される音が耳に響いた。

 

 

何っ!?

 

 

ダン!

 

 

その直後に、弾丸の火薬が炸裂し、それに押し出された弾が、がら空きの俺の背中へと向かってくる。

しかし|安全装置(セーフティー)が解除された時点で、振り向こうとしていた俺は、何とかいにしえの双剣をその弾丸の軌道上へと持って行き、切断して後方へと受け流した。

 

 

「!? こ、これはちがっ!」

 

「わかっ……」

 

 

レーファが慌てて釈明している。

今のレーファに安全装置を解除して、しかも正確に俺を狙って射撃するなど、できるはずがない。

おそらく敵の攻撃だろう。

そんな事などわかりきっていた事なので、俺は直ぐに返事を返そうとしたその時……。

 

 

【かかったな小僧!!!!】

 

 

そんな思念が……俺の脳裏に響いた。

 

 

しまっ!?

 

 

そして、露骨な気配がする方……背後へと再度身を翻し、剣を盾にしようと前面に出そうとしたのだが……遅かった。

 

 

ガシュッ!

 

 

そんな音が俺の体……胸や腹から発せられた。

何か鋭い爪のようなもので、ユクモノ道着ごと引き裂いた。

いや、それだけじゃない。

その爪に含まれていた毒が全身を駆け巡り、さらに何かが俺の体を……切りえぐられたその箇所から凄まじい熱を感じた。

 

 

ジュウゥゥゥゥ

 

 

まるで肉が焼けるような音だったが……これは焼いているのではない。

どちらかというと、強酸なんかを浴びせられたようだった。

斬り裂かれた箇所が、その爪をもらって腐食している。

そしてそれだけにいたらず、敵の渾身の一撃をその身に浴び、両手の得物を取りこぼしながら……俺は少し離れた場所へと吹き飛ばされていた。

 

 

「っがは!?」

 

 

木々に強か叩きつけられて、俺は肺の空気を残らず吐き出した。

それと同時に、赤い液体も吐き出した。

 

 

「ジンヤさん!」

 

 

レーファが悲鳴にも聞こえるほど悲痛な響きを上げて、俺の名を呼んだ。

だが今の俺はそんな場合ではなかった。

今もらった爪と思われる斬撃で、体を強打し、しかもそれに含まれていたのか、体に凄まじいほど強烈な毒が駆けめぐり、俺の体を内部から灼いた。

 

 

「■、■、■■■■■■!」

 

 

今まで感じたこともないほどの痛みに、俺は声を上げることすらできなかった。

言葉にならない悲鳴が……俺の口から放たれる。

いや、声になっていたのかもしれない。

だが、今の俺に……痛みに悶える俺に、それを聞くほどの余裕はなかった。

 

 

【クク、クハ~ッハッハッハ! だいぶお気に召してくれたようだな!】

 

 

■、■……

 

 

敵が……何かを言っていた。

いや言ったではなく思念なのか……。

あまりの激痛に、五感どころか体の感覚すら掴めない。

背後の木に寄りかかったまま、首を動かす事すら出来ずにいた。

 

 

「ジンヤさん! ジンヤさん! しっかりしてください!」

 

「が、ぐ、がぁ……」

 

「ジンヤさん大丈夫……きゃ!」

 

 

俺に駆け寄ろうとしたレーファが、体を宙に持ち上げられた。

再び手を伸ばしてくるレーファだったが、今回はそれに応えてやる事すら出来なかった。

 

 

【溜飲を下げるすばらしい芝居だった。では貴様が息絶えていくのを、この小娘眺めつつ、絶望を杯にこの小娘を頂くとしよう】

 

「い、いやぁ! ジンヤさん!!!」

 

 

敵に対する悲鳴なのか、それとも俺に助けを求めた悲鳴なのか……わからなかった。

毒が全身に駆けめぐり、とてもではないがろくに体も動かせなくなってしまったこの体に必死に力を込めた。

 

 

動け……

 

 

足がだめなら腕、腕がだめなら肘、肘がだめなら指……僅かでも言い……動いて欲しい!

 

 

動いてくれ!!!!!

 

 

必死に体を動かそうとしながらも、俺の頭に過去の情景が蘇る。

 

燃えさかる村。

 

燃え尽きて灰に……炭化してしまった人間……。

 

 

あの時とは違う!

 

今俺はここにいる!

 

俺はこうしてこの場に……手の届く場所に救うべき相手がいるんだ!

 

 

燃え尽きた家のそばで……四肢が一部吹き飛ばされた状態で、息絶えていた……あの少女

 

 

あの時とは違うんだ!

 

だから……動け!!!!

 

あの時と違って今はまだ手遅れじゃない!

 

まだ……あの子は生きている!

 

俺もまだ死んでいない!

 

ただ体が動かないだけだ!!!!

 

だから……

 

 

 

動いてくれ!!!!

 

 

 

もはやそれは懇願だった。

もうどうにも出来ないほどに追い詰められたと言ってもいい。

だけど……そんな事など認められないし認めたくもない。

だから俺はひたすらに体を動かそうと四肢に力を込める。

だが、一向に体は動く事が無く……そして……

 

 

【安心しろ。貴様もこの小娘の後をすぐに追わせてくれる】

 

 

愉悦混じりにそう述べてくる存在が……敵が憎かった。

そしてそれ以上に、俺自身が……憎かった。

 

 

動けぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!

 

 

「ジンヤさん!!!!」

 

 

レーファの悲鳴が聞こえた……その時だった。

 

 

 

「ゴアァァァアァ!」

 

 

 

辺り一帯を振るわすほどの声が、この密林を震わせたのは……。

 

 

【何だ!?】

 

 

その怒号に、相手も思わずといった風に、声を上げていた。

そしてそれは俺も同様であり……どうにかして、そちらに視線を向けた。

 

 

目を向けたその先にいたのは、桜のような淡い赤色の甲殻をした飛竜。

リオレウスと同じような体躯をしているが、鱗の色が桜色だったので、俺の知識では、この飛竜が雄なのか雌なのか区別がつかなかった。

だがそんな事など瑣末ごとだった。

何せその竜……桜火竜の全身から凄まじいまでの魔力を感じ取れたからだ。

 

 

「ガァァァァ!」

 

【貴様は!? 桜火竜!?】

 

 

着地すると同時に、それはレーファ目掛けて走り寄っていく。

そして、レーファがいる場所へとたどり着くと、その翼でレーファを隠した。

 

 

何を!?

 

 

そしてそのまま、桜火竜は明後日の方向……全く見当違いな方向へと向けて、その口から凄まじいまでの魔力火球を吐き出す。

一つの塊でしかないその火球は、地面に接触するとまるで絨毯爆撃のように、辺りの地面一体を、焼き尽くした。

 

 

【ガァァァァァ!】

 

 

そして、その火球が命中したのか、敵の悲鳴が、俺の脳内に響いた。

さらに驚くべき事に、その炎に炙られるようにして、今まで全く視認する事の出来なかった敵の姿がありありと浮かび上がったのだ。

そしてそれによって、敵が長いもの……口から出ているその長い舌で拘束していたレーファを取りこぼしていた。

 

 

【今です。異世界からの申し子よ】

 

 

……!?

 

 

地面へと落ちたレーファを、その翼で庇うようにしながら、俺にそう語りかけて来た。

先ほどまでの……敵の思念とは違う、優しさに満ちながらも、凜とした響きのある思念が、俺の脳へと届き、身体に不思議な力を感じた。

そしてそれと同時に、体が動く事に俺は気がついた。

その瞬間に……俺は走り出していた。

 

 

【チィィィィ!】

 

 

俺が駆け寄った事に気がついて、敵が再度姿を消そうとしたので、俺はそれを防ぐために、走りながら地面へと落とした、いにしえの双剣を拾い、全力で相手に投げつけていた。

 

 

フヒュン! ガスッ!

 

 

【ガァァァァァァ!】

 

 

景色を歪ませていた敵が、剣を両前足に突き立てられ、それは再度絶叫を上げた。

それを確認しつつ俺は飛び上がると、夜月を抜き放ち、それを下へと向けて……その頭へと渾身の力を込めて振り下ろした。

 

 

キィン

 

 

その時……左腕前腕部が熱を持った気がした……。

 

 

ドスッ!

 

 

そして夜月は……その敵の頭へと深々と突き刺さり、やがて貫通した。

 

露わになったその姿は……敵の体躯は、パッと見てカメレオンに見えるような姿をしていて、全身が紫色の鱗に覆われたその体には翼が生えていた。

首が体から長く伸びており、地に伏したその体から首が直角に伸び、そしてその先に首に対して直角に頭がある。

頭は八角形のような形をしていて、前方を向いている大きな角が特徴だった。

 

俺はその敵の頭の上に乗って、刀を突き立てていた。

 

 

【き……貴様……】

 

 

その言葉を吐きつつ、敵は……霞龍オオナズチは力なく地面へと倒れ伏した。

いや、体は元々地に伏していたので、垂直に上がっていた首を地面に伏しただけだったが。

俺はその首が倒れるのと同時に飛び降りていたが、同じように俺もうつぶせになって倒れた。

 

 

「ジンヤさん!」

 

 

俺の事を心配して、桜火竜に守られていたレーファが、その翼を払いのけて俺のそばへと駆け寄ってくる。

そして俺の体を抱き起こしてくれた。

 

 

【き、貴様のような人間に負けるとは……。しかも桜火竜まで私の邪魔を】

 

 

最後の思念なのか、敵が……オオナズチが呪詛にも似た何かを、俺に向かって放ってくる。

俺はそれを真っ向から受け止める。

レーファにも聞こえているのか……恐怖で俺の抱きつきながらも、屹然とした表情をして、敵の死骸を見つめていた。

 

 

【桜火竜さえ邪魔をしなければ……貴様の……さらなる力を手に入れる事が出来たというのに……】

 

「たらればの話に興味はない。てめぇみたいな外道は……死んで当然だ」

 

【ククククク。言ってくれる】

 

 

俺は体の痛みに耐えつつ、相手にそう返す。

そしてその答えに、何故か敵も満足そうだった。

 

 

【良かろう。その外道に勝った貴様がどこまで……あの三匹の古龍に勝てるかどうか……地獄の底で見ていてやろう】

 

 

三匹だと?

 

 

クククク、クハ~ハッハッハッハッハ!!!

 

 

無駄に高らかな哄笑を上げて、それが最後の思念を送ってきた。

そしてそれと同時に、敵の死骸に変化が生じた。

 

 

「……え? 透けていく?」

 

 

レーファが思わずといったように、そうこぼしていた。

その通りで、まるでラオシャンロンと同じようにして、敵の死骸が……紫の粒子となって飛散していった。

そして最後に、その角から紫色に輝く玉が飛び出してきて……ラオシャンロンの時と同様に、俺の左腕前腕部に吸い込まれるようにして消えた。

そしてその瞬間に敵の毒が解毒されていた。

何故かは知らないが、綺麗さっぱり無くなっていた。

が、体に負った傷までは治らなかった。

 

 

「ぐ、いつつつ」

 

「!? ジンヤさん! 大丈夫ですか!?」

 

「俺は大丈夫だレーファ。それよりも……」

 

 

俺はそう言ってどうにか体を後ろに向けた。

それでレーファもようやくまだモンスターがいる事を思い出したようだった。

だが、それでも恐怖を抱いている風ではなく、少し緊張しつつも、冷静に振り返っていた。

そしてそこに、先ほど火球で敵の姿を顕してくれた火竜がいた。

 

 

【……どうやら無事のようですね】

 

「……やはり救いに来てくれたのですか?」

 

【えぇ。本来ならば別に放っておいても良かったのですが……最後まで諦めようとせず、誰にも助けを呼ばず、必死に体を動かそうとして、少女を救おうとしていたので……】

 

 

それは予想に違わず、しっかりと俺と会話を行っていた。

そしてこの思念は、レーファにも聞こえているらしく、レーファがおそるおそる、口を開いた。

 

 

「私を助けてくれたんですか……?」

 

【……そうですね。結果的にそうなるでしょうか?】

 

 

桜火竜は、レーファの問いにそう返していた。

だが、それが嘘だというのは、俺もレーファもわかっていた。

結果的にそうなったのではなく、きちんとレーファを庇ってから……己の体を盾にして火球を吐いていたのだ。

最初から救う気でいたのは、明らかだった。

 

 

「あ、あの! ありがとうございました!」

 

 

そう言って、レーファは一歩近づいて、桜火竜に頭を下げた。

自分を救ってくれたとはいえ、相手が恐怖の代名詞とも言える火竜相手でよくぞ頭を下げる事が出来た物だと、俺は感心した。

そして俺も救ってくれた礼を言うために、頭を下げた。

 

 

【頭を上げてください……】

 

 

その思念は、優しいながらも、そうさせる何かが込められていて、俺とレーファは直ぐに頭を上げた。

それを見て、桜火竜がレーファの事を、じっと見つめた。

 

 

「な……なんですか?」

 

【……あなたにこれを差し上げましょう】

 

「……え?」

 

 

その思念と供に、凄まじいほどの魔力の奔流が、レーファの眼前に巻き起こった。

桜火竜から発せられるその魔力が一つとなって……それは生まれた。

 

 

「……紅玉?」

 

 

魔力が収縮し、レーファの眼前に現れたのは、間違いなく火竜の紅玉だった。

淡い桜色をしたそれは、蒼リオレウスの紅玉よりも、一回り小さい……レーファの小さな手の、人差し指と親指で輪を作った程度の大きさの紅玉だった。

だが、その大きさでも凄まじいほどの魔力が込められているのが、見るだけでわかった。

 

 

「……これを私に?」

 

 

素人とはいえ、風が巻き起こるほどの力の奔流を目の当たりにして、それがただの紅玉でないのはレーファもわかっているのだろう。

本当に自分がもらっていいのか? そういった感じの声を出しながらも、それをおずおずと手に取った。

蒼リオレウスの時と違い、それで何か呪いとかが付加されたわけでもないらしい。

その事に密かに安堵する俺だった。

 

 

【あなたはこれから波乱を間近で体験する事になります。そしてそれの手助けになるように、それをあなたに託します】

 

「え?」

 

 

気になる言葉を口にされて、レーファが疑問の声を上げた。

だがそれに取り合わず、自分の用件は終わったとでも言うように、桜火竜は羽ばたきを始めていた。

 

【どうか、あなたが無事でいられますように……波乱の道を歩む少女よ】

 

「待ってください! あなたは!? ……あなたの名前は!!!」

 

 

 

 

【我が名は桜火竜、リオハート。異世界からの申し子よ。心してください。敵はまだ他にもいます】

 

 

 

 

その言葉を残し、桜火竜リオハートは木々よりも高く舞い上がり、そして空の彼方へと消えていった。

それを二人で見届けて、やがて安堵の溜め息が俺たちの口から漏れ出ていた。

 

 

「こ、怖かった……」

 

「すまないレーファ。怖い想いをさせてしまった……」

 

「た、確かに怖かったですけど……。それよりも大丈夫ですか!?」

 

「あぁ。見た目はひどいが毒も無い。命に別条はないだろう」

 

 

あの角から出てきた光……それを左前腕部が吸収したと同時に、体内を獄炎で炙っていたかのような苦痛がすっと消え去っていた。

その事を不思議に思いつつも、もしも毒が消え去っていなかったら確実に死んでいた事を想像し、俺はぞっとした。

だがとりあえずこうして生きている事に安堵した。

 

 

「本当にすまなかった。怪我はないか?」

 

「わ、私は大丈夫です。それに……信じてましたから。ジンヤさんが、きっと来てくれるって」

 

「……来たけど何の役にも立たず、窮地に立たされたがな」

 

「そ、そんな事無いです!」

 

 

慌ててレーファが俺の事を擁護してくれるが、俺はそれを受け取る事が出来なかった。

 

 

あまりに……未熟……

 

 

敵が特殊なステルス能力を展開していたとはいえ、それで手も足も出ない状況に追い込まれたのだ。

はっきり言って、こうして今命があるのが歯がゆかった。

桜火竜、リオハートが来てくれていなければ、俺は今頃屍になっていて、レーファもあのオオナズチとやらに食われていたはずだ。

自分の無力さに吐き気すら覚えた。

 

 

「ジンヤ!!!」

 

「ジンヤさん!!!!」

 

 

そうしていると、信号弾と地面の矢印を見て弟子たちが、こちらへとやってきていた。

桜火竜が舞い上がっていったので、それが目印になったのだろう。

二人が到着し、俺たちはとりあえずベースキャンプに戻ることにした。

そして戻って俺の治療をしていると、ギルドナイトの気球が舞い降りてきて、何名かの

ギルドナイト隊員が森林へと向かって言った。

そしてその中にはディリートもいて、俺は事情を話すと、すぐにユクモ村に帰還した。

ちなみにギルドナイトには、オオナズチを倒したことと、死骸がラオシャンロン同様に消滅したことを告げただけで、桜火竜のことは告知しなかった。

そうして、波乱に満ちたクエストとなったが……レーファの初クエストはこうして、幕を閉じたのだった。

さらにユクモ村に帰ってきた時に、村医である村長宅に本格的な治療を頼みに行き、今日の経緯を聞くと、実に面白い事を聞く事が出来た。

 

 

リオレイアの突然変異亜種である、桜火竜は太古の詩に、

 

『波乱に満ちた生涯を送った乙女を見守る』

 

という特別な飛竜として、その名を残しているらしい……。

 

 

 

 

「とんだ一日になってしまったな……すまなかったレーファ」

 

「そ、そんなことないです……。本当に、信じてましたから……ジンヤさんが来てくれるって……」

 

 

夜。

村長の家で治療をしてもらった俺は、家へと帰ってレーファと二人で話をしていた。

本当ならば密林で、それもケルビを殺せなかったときに言うつもりだったのだが、それもオオナズチという古龍のおかげで予定が狂ってしまった。

 

 

だが、予定が狂っただけで済んでよかった……

 

 

俺はさりげなく横にいるレーファの様子を見ながらそう思った。

怖い思いをしたのは事実のようだが、それでもそこまで精神的にきていないようにみられる(外見上わからないだけなので油断できないが)ので若干安心した。

 

 

まぁ今から少し話をするわけだが……

 

 

話をする都合上、誰もそばにいないほうがいいと思ったので、悪いとは思ったがグラハムとジャスパーも本日は和食屋で寝泊りをしてもらっている。

さすがにムーナは外に出せなかったが、それでも今日はもう自分の小屋でおとなしく寝ていた。

村長に今日は酒を控えるように言われたのだが、俺は酒の用意をしていた。

話が終わってから、のんびりと呑もうと思っていたのだ。

 

 

「さて……レーファ」

 

「は、はい」

 

「自分がハンターになれるかどうか……今日、自分でわかったよな?」

 

「……はい」

 

 

俺の言葉に、レーファをきつく唇をかみしめていた。

ケルビを殺せなかった事、そしてオオナズチに追い詰められて、何も出来なかった事。

ハンターとして生きるというのならば生き物を殺すというのは、絶対にしなければならない通過点だ。

争いごとが苦手なリーメも、俺と出会う前にきちんとハンター講習を終わらせているので、生き物の命を絶つこと自体は躊躇しない。

そうしなければ自分が死ぬ事になるからだ。

相手がケルビという事で殺される事はなかったが、それでも他のモンスターだったならこちらが何もしなくても襲いかかってくる事だってある。

 

 

「ハンターになるという事は命を奪うという事だ。それが善であれ悪であれ……」

 

「……はい」

 

「無論それをしなければいけない……必要な時なんて腐るほどある。だけど、お前がハンターに|ならなければ(・・・・・)|いけない(・・・・)理由は今のところどこにもない」

 

 

村にハンターが誰もいないのに、モンスターが村を襲ってきた……だから村を救うためにハンターになった、という経緯を持つ人間は、ハンターの中には少なからずいるだろう。

その場合は必要な事だが、しかしレーファの場合は違う。

村には多数のハンターがいて、それだけで事足りている。

だからよっぽど……ハンターそのものになりたい、つまりハンターになる事が目的(素材欲しさ、金欲しさ含む)でない限り、ハンターになる必要性などどこにもないのだ。

レーファの場合、何かハンターになる事で付随する形で得られる物が、ハンターになった目的なのだろう。

 

 

「不必要な力を求めるな。それはお前に取って本当に必要な物ではない。お前が欲しい物は力か? それとも別の何かか?」

 

「そ……それは……」

 

 

言い淀むという事は、おそらく後者なのだろう。

それが必要かどうか考えているようにも見えたが……しかし直ぐに自分でも必要とするのか、不必要なのかわかったらしい。

何度か俺に言葉を掛けようとするが、しかし結局掛ける事が出来ず、うつむいてしまった。

 

 

「だからお前がハンターになる必要性はない。無駄に……手を血で汚さないでくれ……。まぁこれは俺の偽善だがな……」

 

「……はい」

 

「……そもそもどうしてハンターになりたいと思ったんだ?」

 

 

俺は痛む体をさすりながら、重たくなった話題を転換しようと、優しいかつ明るい口調でレーファに話しかけた。

気分を明るくしようと、俺は用意していた杯に冷やしておいた酒を注いだ。

そして、それが……俺にとって最大の試練を招く事になった……。

 

 

「そ……それは……その……」

 

 

そう問うと、何故か今までと様子が違った。

何せ夜の暗闇に包まれて、月光と蝋燭の光しか光源がない状況でもわかるほどに、顔を真っ赤にしたのだから。

しかも俺の目線から逃げるように、顔を背けている。

 

 

「……レーファ?」

 

 

俺が問いかけると、レーファが困った行動に出た。

顔を真っ赤にしながら、俺の方に向き直ると、なんと床に置いた酒の入った杯を凄まじい勢いで奪ったのだ。

 

 

「あ……」

 

 

そしてその動作があまりに突発的すぎて、俺は止める事が出来なかった。

 

 

「おいレーファ。それは酒だ。やめと……」

 

「……えい!」

 

 

あ……

 

 

ゴクゴクゴク

 

 

奪ったあげく、制止の言葉を無視して、一息に酒を飲み干していた。

なんか目が据わっているというか……一種の覚悟のような物を漂わせていて……。

そしてその仕草に、俺は不意に悪寒が体に走った。

いや、悪寒というのはおかしい。

だが、この雰囲気と、レーファの態度が……先日の貴族パーティーでフィーアが見せた仕草にひどく重なって見えたのだ。

いや、それだけじゃない。

今までこの村で二度レーファが見せた、何か覚悟を決めているようなその仕草だった。

 

 

そして……

 

 

「わ、私は……」

 

 

それは予想から確信に変わり……俺が止める前にレーファの口から紡がれてしまった……。

 

 

「私はジンヤさんの事が好きです!」

 

 

あの日……ランポスの大群へと向かっていった俺に向かっていった言葉。

あの時は何を言っているのかわからなかった。

また温泉を掘り当てたあの日……俺と一緒に風呂に入ってのぼせた時……。

 

 

この二つの出来事と今が、重なって見えた。

 

 

「ジンヤさんの事が好きだから……もっとジンヤさんと一緒にいたいから、ハンターになりたいって思ったんです!」

 

 

顔どころか首筋まで真っ赤にして、レーファが言葉を紡いでいく。

 

 

「妹としてじゃなく一人の女の子として……私は、ジンヤさんのことが……好きです」

 

 

そしてその言葉を最後に……沈黙が降りた。

 

 

 

 

~レーファ~

 

 

「妹としてじゃなく一人の女の子として……私は、ジンヤさんのことが……好きです」

 

 

言った…… 言えた……!

 

 

私は、今までずっと思っていた想いを再度ジンヤさんにぶちまけた。

一度目はランポスの大群が村を襲ったとき。

二度目はジンヤさんの家が完成したときにオンセンとかいうお風呂で……。

そして三度目の今日。

ジンヤさんがいつも飲んでいるお酒を飲んで、勢いをつけて告白したけど、それでもこの想いは本物だった。

フィーお姉ちゃんと一緒にハンターとしてクエストを行く物だから、ほとんど私が一緒に入れる時間が無くなってしまって……。

でもそれもしょうがないと思ってた。

私はハンターじゃないから。

ジンヤさんがすごく強いって事なんて事は誰にでもわかる事だから。

だからみんながジンヤさんに頼ってしまうのは仕方がないと思う。

けどあの日……ラオシャンロンの討伐に成功した祝賀会で、ジンヤさんとフィーお姉ちゃんが二人で踊っているのを見て……言葉で言い表せないほどのショックを受けた。

だから、私もハンターになろうって思って……。

 

 

結局迷惑掛けちゃったけど……

 

 

密林でライトボウガンで私が殺そうとしたケルビが頭をよぎった。

ジンヤさんと少しでも長い時間を一緒に過ごしたいと思っていただけで、生き物を殺すという物がどういう事なのか、私はちっとも理解していなかった。

けどそれもジンヤさんが教えてくれた。

そして、その後に姿を見る事さえもかなわないモンスターが出てきて……。

 

 

でもそれもジンヤさんが命をかけて私を救ってくれた

 

 

そしてその時桜火竜のリオハートさんとジンヤさんが共に私を救ってくれた。

ジンヤさんが大けがを負ってしまったのだが辛いけど。

けどジンヤさんは今もこうして私の前にいてくれる。

だからこうして私は自分の思いを口にしたのだけれど……。

 

 

「……ふぅ~~~~~」

 

 

返ってきたのは、複雑な思いが込められている吐息だった。

 

 

え……

 

 

どうなるかわかっていなかったけど、それでもやっぱり希望的観測が大きく心を支配していたその時に、その物憂げな吐息はすごく怖かった。

その恐怖から逃げ出したくて……けどこの場を離れる事なんか出来なくて……だから私はジンヤさんに声をかけようとするのだけれど……。

 

 

『あ~~~~~。まさか俺にレーファが恋心を抱いていたなんてな……。人に好かれるほど立派な人間になった覚えはないんだがな……クククク』

 

 

それを遮るように、ジンヤさんが何かを呟く。

その言葉はジンヤさんの国の言葉だったから私には全くわからない事で……。

けどその一文に私の名前が出てきたから何も関係がない事を言っているわけではないと思うんだけど……。

そして、自嘲気味に……悲しそうに笑っていた。

 

 

その溜め息は……どういう意味なんですか?

 

 

何を言っているのかわからないというその恐怖が、私の行動を封じていた。

だから私は動く事も、新たに言葉を発する事すら出来ず……。

私にとって、とても苦しい時間が流れていく。

それは何分にも、何時間にも感じるほどに……。

 

 

「レーファ」

 

「は、はい!?」

 

 

やっと言葉を話してくれたジンヤさんに驚いてしまった私は、緊迫感からかとても大きな声を上げてしまった。

そんな私に、ジンヤさんは寂しげに微笑みかけてきて……。

何故か私にその笑みは……とても辛そうに見えた……。

 

 

「とても申し訳ない事なんだが……お前の言葉に……想いに答える前に俺はどうしてもお前に聞かなければいけないことがある」

 

「聞かなければいけない事……ですか?」

 

 

予想とは違ったその内容に私は思わず首を傾げてしまう。

そんな私にジンヤさんは先ほどと同じように寂しげに微笑みながら頷くと、私の目を凝視する。

恥ずかしくて思わず逸らしてしまいそうになる私だったけれど……けれどその目からジンヤさんの想いが……何かが伝わってきて……。

私はジンヤさんの想いに答えるように姿勢を正して、想いをただしてジンヤさんの目を見つめ返す。

その私の覚悟にも似た何かを感じ取ったのか、ジンヤさんは一度小さく首を振って自分の手を握りしめていた。

ジンヤさんにとっても辛い事なのかもしれない。

そして……全身の力をジンヤさんが抜くと、私にこう…………言ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人を殺したいほど憎いと…………思った事はあるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが私の聞いた……ジンヤさんの悲鳴にも似た言葉だった。

 

 

 

 

 

 




次章 第三部 第九話……


『過去……』

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。