ダンジョンに潜るのは意外と楽しい 作:荒島
街の西に伸びるメインストリート、そこに面した『豊穣の女主人』という酒場はいつも賑わっている。
扉を開ければ飛び込んで来るのは騒がしい声と、酒気、そして荒くれども達の姿だ。
「おうおう、坊主こっちだ!遅えから先に始めちまったぜ」
その中でも一際大きな体躯を揺すって、おっさんは杯を高々と掲げていた。
近付いてみればテーブルには既に空になった物が転がっており、肩を叩かれながら引き寄せられればその顔からは酒の匂いがした。
「うっわ、酒臭!おっさんどんだけ空けてんだよ」
「んっぷはぁ〜!ドワーフの男を舐めんな!こんくらいで潰れる程、ヤワじゃねえ!!姉ちゃん、もう一杯だ!!」
「飲み比べしてんじゃねえんだから、ゆっくり飲めばいいのに……」
席に着いて、ついでに自分の飲み物と料理を注文する。
キンキンに冷えたビールもあるかと思ったが、困ったような笑みと共に首を振られる。
……いや、分かってはいたけどね?
冷たい生ビールの味を恋しく思いながら、出された果実酒で喉を潤す。
「ていうか、大事な話があるから来たんだけどこんなんで大丈夫?」
「んあ?おうおう、そうじゃった!ちょっと待ってな、坊主に会わせたい奴がいっからよ」
どこかへ向かっていくおっさんの背中を目で追いながら、思わず首を傾げる。
この1週間で出来た交友関係はあまり広くない。
ヘスティア、ベル、おっさん、カリーヌさん、少し顔馴染みになった道具屋などの店員を合わせても10人行くかくらいだろう。
そんな奴に会わせたいとはどんな人間なのか、と行く末を見守っているとおっさんは1つのテーブルで足を止めた。
「レベッカ!やっぱりいたか、この不良娘。ちょっと紹介したい奴がおるからこっち来い!」
「はぁ!?何いきなり、っちょっと引っ張らないでよ!!」
見ている先で、むんずと細い腕を掴むと帰ってくる。
何だか1人の女の子を引きずっているようにも見えるが、きっと錯覚だろう。
しかし悲しかな、テーブルにおっさんが戻ってきた時には1人知らない顔が増えていた。
「……なぁ、おっさん。やっぱ酔ってるんだって、他の席の子に絡むなよ」
「ドワーフの戦士が酔っぱってたまるかぁ!!!」
「声でけえ!分かった!分かったよ、酔っぱらってないから、どうどう……で、この子はどちらさんで?」
問答無用で拉致られてきた外跳ねショートカットの少女は唸りながらおっさんを睨んでいる。
この体よりも少し年上に見える勝気そうなヒューマンだった。
年上といっても高校生くらいに見えるので、素の精神年齢的には可愛いものだ。
2人の接点が全く見えないけれど、顔見知りなのだろうか?と窺うようにおっさんの顔を見やる。
「義理の娘だ」
「あ、そうなんすね……え、義理の娘?」
「ほんっっと不本意だけどね」
「レベッカっつうんだ、こいつ。ほれ、挨拶せんか挨拶」
「勝手に話進めないでよ!!」
血の繋がりがないとは言え、本当に似ない2人である。
目尻を吊り上げる様はどちらかといえばカリーヌさんを思い出す。
……どこかにお淑やか女子はいないもんかね。
そんなことを思いながら、とりなすように右手を差し出す。
「まぁ、一応よろしく。俺、イット・カネダっていうんだ」
「レベッカよ。名前聞いた事あるわ、噂の『死にたがり』君でしょ?駆け出しの癖に武器なしで潜ってる命知らずがいるって」
「いやぁ、そっちの方がやり易くてさぁ」
「……アンタ、噂通りの考えなしみたいね」
握り返されず手持ち無沙汰な右手をプラプラさせる。
ツレない人だ。
しかし、名前は知られていたのは幸いだった。
どうやら、いい意味ではないようだけれども。
チラリとおっさんに目を向けて話を促す。
それに気が付くとおっさんは大きく頷きながら、樽のような杯を置いた。
「今日集まってもらったのは他でもねえ、坊主にレベッカについて頼みがあっからだ」
「え、俺?何でまた彼女が?」
「まだまだ駆け出しだが、こいつは鎧鍛冶師やっててな。専属鍛冶師じゃねえが、練習台になる奴探してんだ」
「へぇー」
一見、普通の女の子に見えるレベッカが鍛冶という力仕事をしているのは意外だった。
確かによく見れば、腕は細いながらも筋肉質なしまった腕をしておりアスリートのような雰囲気をしている。
そんな風に何となく見ていると、その不満げな目がこちらを向く。
「アタシ何も聞いてないんだけど……でもこの人、すぐ死ぬんじゃない?アタシ不安なんだけど?」
「安心しろ!今時珍しく男を見せるぞ、坊主は!!そう簡単にはくたばらねえ目をしてる!!!」
「相変わらずよく言ってる意味が分かんないけど……父さんが言うならまあ平気でしょ」
肩を竦めるレベッカだが、肩を竦めたいのはこっちの方だ。
あまりの物言いに本人が此処にいるのを忘れているのではないだろうかと一瞬錯覚してしまった。
「何?つまりテスター探してるってこと?」
「そうよ。アタシの試作の鎧を着て潜ってもらう代わりに格安で鎧作ってあげるわ。ギブアンドテイクよ」
「鎧か……フットワークが鈍るからあんま着けないんだよなぁ」
「何それ?モンスター殴るんだから接近戦でしょ?死ぬわよ、アンタ」
「諸事情があんだよ、色々と」
胡散臭げな眼差しに鼻を鳴らすと、それでも彼女は納得したようだった。
「ま、いいわ。どうせ部分ずつ試してもらうつもりだったし。それより何かリクエストある?前金代わりに割引で作ってあげてもいいわよ?」
「えー、俺が駆け出しで金ないの知ってんだろ」
「貧乏人。でもまぁツケでいいわ。テスター引き受けてもらったし」
「おぉ君いい奴だなぁ……頼むぜ、レベッカ」
稼ぎが少ないので、懐はいつだって寂しい。
しみじみと言えば、利子つきだからねと彼女は歯を見せて笑った。
「じゃあガントレットが欲しいかなぁ。今までみたいな薄いのじゃなくて、殴る為の分厚いやつ。なるべく握りは柔らかい感じで」
「今まで安物の薄い手甲で殴ってたのが驚きよ……どんな耐久してんの」
「耐久だけはそこそこあるぜ」
ステイタスを見せたらどんな顔するだろうか、なんて思いながら注文を口にする。
「おっけーよ。細かい調整は抜きにして、大体分かったわ」
「おう、本当助かる。ありがとな」
「ギブアンドテイクって言ったでしょ、立場は対等なの。遠慮はいらないわ」
「じゃあ出来るだけ割引しといてとかお願いするのは……」
「必要以上はビタ一文まけないから」
「ですよねぇ」
知ってた。言ってみただけだ。
肩を竦めると、呆れたような眼差しが返ってくる。
「ただ、アンタの戦い方知らないから一度みたいわね。素手で殴る事に特化した奴なんて中々いないし」
「じゃあ一緒に潜るか?歓迎するけど?」
「戦闘力ないから無理。どっかで素振りみせてくれるだけでいいわ」
「お安い御用だよ、それじゃあ……」
と、そこまで言った時だった。
「泥棒だ!てめっ、待て!!おいっ!!」
俄かに店内が騒がしくなる。
バタンと扉が開く音と共に逃げ出す人影が微かに見えた。
どうやら冒険者の荷物から何かを抜き取ってバレたらしい。
ついでに食い逃げもしたようだ。
店の女主人が青筋を立てるのを見ながら、俺は思い付いたとばかりにレベッカを振り向いた。
「素振りよりも、実際に戦ってるの見る方がいいだろ?」
「え?そりゃそうだけど……」
「あれ相手でもいいか?」
立ち上がりながら、扉の方を指差す。
「いいけど…….何する気?」
「ちょっとボコしてくる」
そう言うと、答えを聞く前に駆け出した。
なんか凄いランキング上がってて恐ろしい…
皆さん本当にありがとうございます