ダンジョンに潜るのは意外と楽しい 作:荒島
シリアス風味
イット・カネダの居場所はここではない。
そんな事を思ってしまったのはいつだっただろうか?
まだ会って1週間しか経たないのに、記憶は少し朧げだ。
「神様?」
ハッとヘスティアは自分を呼ぶ声に我に返った。
視線を落とせば、ベルが薄目を開けてこちらを見上げている。
状況が理解できていないのだろう、ボンヤリとした眼差しは焦点を結ぶと大きく見開かれた。
「わっ!僕なんでこんな所に!?す、すみません神様」
「疲れていたみたいだからね。気にしないでおくれよ、ベル君」
「い、いえ!……?神様、なんか疲れてませんか?」
身を起こしたベルは神妙な顔でそう言う。
何を馬鹿な、と言おうとしてじっと見つめる赤い瞳に口を噤んでしまう。
「1週間で神様には本当によくしてもらいました。悩みがあるなら、僕にも相談してみて下さい。僕で良かったら助けになりたいんです」
「いや、ベル君に気を使ってもらうほどの事じゃ……」
「神様、イットに対して何か変ですよ」
ズバリ、懸念の種を言い当てられてしまいヘスティアは思わず目を瞬いた。
「イットが危ない事してるのに素っ気ないというか……本当は心配してるのに口に出せないでいるというか……」
そう見えてしまうのか、と困り顔で思わず頬を掻く。
自覚はあった。
イットに対して距離を取りあぐねている事に。
しかし悟らせぬように、明るく振舞っていたつもりだったのは自分だけなのかもしれない。
「そうかもしれないね……ボクはイット君とどう接していいのかよく分からないんだ」
「そうですか?神様ならそんな事ないと思ってました」
「ボクが怖がりだからっていうだけなんだけれどね。多分、あの子の家族になれないことがボクは怖いんだ」
意味が分からなかったのか、首を傾げるベルにヘスティアは微笑む。
彼には分からないだろう、と思う。
帰る場所もなく、1人でこの街にやって来たベルにとってヘスティア・ファミリアは『ホーム』だ。
ヘスティアはそれが嬉しくて、愛しくてたまらない。
自分が欲しかった『家族』に彼はなってくれたのだから。
しかし、イットは違う。
彼には帰る場所がある気がする。
そして、いつかこの場所を離れてしまうつもりなのだろう。
語ってくれないけれど、見ていれば分かる。
彼の『ホーム』はここではないのだ。
「イット君はね、頼ってくれないんだよ。心配してもヘラヘラして煙に巻くし。泣き言や愚痴をこぼさない。何でもできて当然って顔している……そんな人間いるはずないのにさ」
「神様……」
「多分、ボクは信じてもらえていないんだ」
初めて下界に降りてきて、初めてファミリアを得た。
安心できる場所が出来始めたけれど、同時に臆病になっている。
中途半端な繋がりを不安に思っている自分がいることにヘスティアは気が付いている。
自然と伏し目がちになってしまう。
「そんな事ないですよ!!」
だが、ベルの声はヘスティアの顔を自然と上げさせた。
「イットだって、神様のこと信じてるに決まってるじゃないですか!じゃなかったら1週間も神様と一緒にいるはずないですよ!!」
「……そうかな?」
「この前、神様がアルバイトを始めた時も大笑いながら凄い人だって言ってましたよ。仮にも不自由なく暮らしていた奴が簡単に出来ることじゃないって。頼りなくなんて思ってませんよ、僕もイットも!」
それは理由になっていないよ、と笑ってしまうけどその言葉は素直にありがたかった。
どこに眷族に背中を押してもらう神様がいるのだろうか、と自嘲しながらもヘスティアはこんな関係が嫌いじゃなかった。
そしてイットとも、イット・カネダという眷族とも、そういう関係になれたらいいと素直に思える。
「……うん、こんな情けない姿を見せていられないね!すまなかった、ベル君!!ボクはもう大丈夫だよ」
「いえ!でも、そうやって笑っている方がずっと神様らしいです」
少しごちゃごちゃ考えていたのかもしれない。
何を細々と考えていたのだろうか、自分に出来ることを最大限やっていくのがヘスティアと言う女神だったはずだ。
彼が頼りに来るのを待つんじゃない、頼らせてやるんだ。
それまでは彼の背中をずっと押し続けてあげよう……きっと彼は嫌がるだろうけれど。
そう思うと自然と笑みがこぼれる。
「ベル君!ちょっとイット君のことで相談があるんだけど、聞いてもらえないかい?」
「もちろんです!!」
満面の笑みでヘスティアはそう言う。
いつもの輝きを放つ眩しい神様にベルも大きく頷いてみせた。
甘えてくれる手のかかる子供は猫可愛がるけど、甘えてくれない手のかからない子供はどうしたらいいのか分からないヘスティア母さん。
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