ダンジョンに潜るのは意外と楽しい 作:荒島
女神ヘスティアにとって本日は記念すべき日だった。
何せ念願のファミリアが2人も出来たのだから。
ベル・クラネルとイット・カネダ。愛すべき2人の眷族だ。
可愛げのない眷族もいたが、ヘスティアにとって初めてとなる大切な子供たちだった……のだが。
「わり、遅くなっちった」
頭を掻きながら、そう謝罪する黒髪の少年を前にヘスティアは怒っていた。
聞けばダンジョン素人のはずが、初日で7階層まで潜ったというのだから。
上位冒険者らしい者も同伴したとは言え、危険極まりない行為だ。
こめかみをヒクつかせながら、ヘスティアは愛すべき眷属に笑いかける。
「おかしいなぁ、ボクは潜らず少し様子を見てくるだけって聞いたんだけど?」
「いやぁ、成り行きでこんなことに。はっはっは、悪い!」
「成り行きで済ませようとしないでおくれ!ボクは怒っているんだ!こんなに傷だらけになって、どうしたらこんな風になるんだい?」
「……まぁ、成り行きで」
「イット君。ボクはね、怒っている以上に心配しているんだ。せっかく出来たファミリアを初日で失う羽目になるなんて真っ平ごめんだからね」
「……うん、調子に乗り過ぎた所があったのは認める。悪かったよ」
頭を下げるイットの頭をヘスティアはポンポンと叩いた。
「許すけど、次からは心配かけさせないでおくれよ?」
「善処します」
「イット君?」
「ヘスっち顔こわっ!?それよりステイタス更新頼んでいいか?少し気になる事があるんだ」
話を逸らされた気もするが、イットの言葉にヘスティアは首を傾げる。
神の恩恵を得た者は経験値を積むと、主神によるステイタス更新を経て、そのアビリティの熟練度を上昇させることが出来る。
まだ低階層で半日潜った程度の経験値で何が気になったのだろうと思いながら、ヘスティアはその提案を受けるのだった。
イット・カネダ
Lv.1
力:I59→I93
耐久:H63→G132
器用:I51→I61
敏捷:I37→I66
魔力:I0→I0
《魔法》
【】
《スキル》
【超超回復(カプレ・リナータ)】
・早く治る
・受けた傷以上に回復する
・傷が深いほど上昇値は大きい
目を疑った。『2つ』の意味で。
少なくとも冒険者初日に見る熟練度の上昇値ではない。
特に耐久の上昇値は飛び抜けている。ランクの低さから、熟練度が上がりやすい事を差し引いてもこの伸びは異常だった。
何をしたのか、とヘスティアが口を開く前にイットはニヤリと笑って見せた。
「どういう事だい?これ」
「その前にステイタス教えてくれよ」
催促されて、ヘスティアはステイタスを読み上げる。
イットは聞き進める中で少し訝しげな表情を滲ませた所もあったが、その顔は始終笑顔だ。
「スキルの恩恵だ。【超超回復】は多分、受けた傷とかに比例して熟練度が上がるスキルだ。」
ヘスティアにはさっぱり分からなかったが曰く、人間の体は鍛えられる時に超回復という現象が起きているらしい。
運動をして傷ついた筋繊維は治る時に勢いあまって『元の状態より太く強く』なる。
それが超回復と呼ばれる現象だとか。
「同じ事がアビリティで起きてるんだ、きっと。器用さは特性上、そんなに上がらないんだろうなぁ」
嬉しそうに言うイット対して、ヘスティアの表情は曇ったままだ。
「……ねぇ、イット君。君は今日、誰か他の神に会ったかい?」
「うん?いや、誰も。そもそも神様の見分け方すらよく分かんねえけど。何で?」
「いや、ちょっと気になっただけさ」
伝えるべきだろうか、とヘスティアは躊躇する。
イットのステイタスが『既に更新されていた』ことを。
数巡、考え込まれた頭はやがてゆっくり左右に振られた。
「もし誰か他のファミリアの神にいちゃもんつけられたら、真っ先にボクに言うんだよ?分かったね?」
「何だよ、急に?ヘスっち、俺のオカンか」
「いいから。分かったね、イット君?」
「んー。何だかよく分からないけど、分かった。神様関連の問題はヘスっちに言うよ」
「ならいいんだ!特にロキっていう無乳に喧嘩売られたらすぐ言うんだよ?ボクがギッタンギッタンにしてやるんだから!!」
「……ヘスっちさ実は名字、剛田っていうだろ?」
(もし他の神に目を付けられているのなら、ボクが守ってあげよう)
ファミリアになったからには自分が必ず子を守る。
自分にとって2人しかいない眷族にヘスティアはそう思う。
何か隠しているようだし、子供扱いしてくる困った子だけれども、ヘスティアにとってイットは大切な家族だ。
想いは強く、表情に表れる。
イットを見守る眼差しはまるで母のような慈愛に満ちた色を湛えていた。
「そういやベルはどこ行った?見かけないけど」
「ベル君には買い出しに行ってもらっているんだ。今晩のご飯買ってないからね」
「なるほどね、晩飯は何だろ?俺、肉料理食べてえなぁ」
「え゛……お、お肉かい?」
ヘスティアの変化は劇的だった。
キョドキョドとして、その目線はあちこちをぐるぐる回っている。
聖母のような雰囲気は既にかけらも存在していなかった。
その挙動不審さにツインテールがピョコピョコと揺れる様はかわいらしくもあったが、イットの目は疑わしげに細められた。
「……何でヘスっち冷や汗かいてんの?」
「い、いや何でもないとも!なななんでそんなこと聞くんだい!?」
「……そう言えば聞きたかったんだけど、何でこんなボロイ教会に住んでんの?神様ってくらいなんだから、もっといい所住んでると思っていたんだけどさ」
「そそそその質問がどうしたっていうんだい!!」
最高潮に慌てふためくヘスティアにイットはボソリと呟く。
「ヘスっちもしかして貧乏神か?」
「ぐっはぁーー!!!!」
吐血しながらヘスティアの体が崩れ落ちる。
貧乏神、まさに心を抉るような禁忌のワードであった。
違う違うんだぁ、とうわ言のように繰り替えすもイットの耳には届いていないようだ。
「何だか変だなとは思ってたんだ。住んでるとこはこんなんだし、物がなさすぎだし」
「うぅー!!下界じゃ神だってほとんど人と同じなんだ!貧しい神だっているともさ!」
「うわぁー。この駄神、開き直りやがった」
「駄神っていうんじゃない!君こそ、もし金持ちのファミリアだったらヒモみたいな生活を目論んでいたクチなんじゃないのかい!!」
「あ、それもいいな。俺タダ飯大好き人間だし、そんな生活も憧れるよなぁ」
「ボクのこと言えないじゃないか!!」
自分が友人の神の下でヒモ同然の生活をしていたことを棚に上げて、ヘスティアは叫ぶ。
ハハハと笑うイットにヘスティアは頬を膨らませて顔を赤くした。
気にしてなかったけれども主神に対してもっと敬う心を持って欲しい、と強く思う。
そう例えばベル君のような、とヘスティアが続けようとした時、元気な声が飛び込んできた。
「神様ぁー!!ただいま帰りました!!」
「ベル君!嗚呼、ボクの心の癒しよ!!」
「おい待て。何か当てつけ入ってねえ?」
「ど、どどどどうしたんですか一体!?」
ヘスティアに飛びつかれて顔を赤くしているベルに、イットは気にするなと手を振る。
そして、その視線をベルの手元の袋に向けると口を開いた。
「それ晩飯?」
「うん、市場のおかみさんがおまけしてくれたからいっぱいあるよ!」
嬉しそうに袋を漁るベルに釣られるようにイットの表情にも期待の色が浮かぶ。
しかし、その中身がお披露目されるとその表情は一転、落胆の色に染まった。
「ベル……なにそれ?」
「え、何ってジャガイモだけどイットは知らないの?」
「いや、ジャガイモは知ってるけどよ……それだけ?」
袋から出てくるのはジャガイモ一色。
タンパク質が圧倒的に足りない素材にイットの顔色もどんどん悪くなっていく。
ヘスティアの貧乏具合を見誤っていたことに気が付いたからである。
「蒸しイモにして食べましょう神様!塩も買ってきました!!」
「でかしたベル君!今日は2人の歓迎会も兼ねているからね、盛大にジャガイモパーティーだ!!」
「嬉しいです神様!!」
「……いや、何だよジャガイモパーティって」
一人ツッコむイットの声だけが空しく消えていく。
農民出身のベルはともかく、イットにとってその光景は違和感しかなかった。
豊かな食文化出身の人間には、その晩餐会はあまりといえばあまりなものなのだろう。
一人、外に出ようとするイットに目ざとくヘスティアが声を掛けた。
「うん?イット君、どこに行くんだい?ジャガイモパーティ先に始めちゃうぜ?」
「そうだよ、イットもジャガイモ蒸すの一緒にやろう?」
「あー、うん。えっとだな、ジャガイモパーティーはまた今度にして今日は外で食べないか?」
その提案にヘスティアは腕で大きくバツを作る。
「残念だけど、そんなお金はうちにはないのさ」
「やっぱ、入るファミリア間違えたかな……あーもうっ!今日は俺の奢りだ!野郎ども外に繰り出すぞ!!!」
「え、でもイット君昼に一文無しだって」
「ふふん、ひれ伏せ愚民ども」
「そ、それは……!!」
ドヤ顔で取り出された手に握られていたのは硬貨の入った皮袋、およそ2000ヴァリス。
3人が食って飲むには十分すぎる金額だった。
「ど、どうしたのそれ!?」
「ベルは知らなかったか、実は今日成り行きでダンジョンに潜ったんよ。その稼ぎ」
「えぇ!?そういえば何だか少しボロボロなような」
「ボクは良い眷族を持って幸せ者だよ!」
「熱い掌返しだな!だが許そう!ほら、外行くぞ」
パンパンと手を叩いくとイットは2人を教会の外に連れ出す。
わいわいと賑やかな声を残して、3人の新興ファミリアは夜の街へと消えていくのだった。