ダンジョンに潜るのは意外と楽しい   作:荒島

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冷たい空気、薄暗い世界。

時折、ボゥと発光するヒカリゴケを横目に粛々と歩を進める。

金属の擦れる音、岩肌を踏む足音。鋭敏になった耳は様々な音を拾い集める。

慣れない防具や剣に苦労する自分のため息も、当然耳に届いた。

 

「……おかしい」

 

どうしてこうなった?そう言わざるを得ない。

そこはダンジョン5階層という明らかに場違いな世界だった。

間違ってもダンジョン素人が潜ってもいい階層ではないのだが、これには深い訳がある。

それを要約するならば、原因はただ1つ。

前を歩く1人のおっさんにあった。

 

「おうおう!どうした坊主ぅ、へばってんのかぁ!?だらしねえ奴だな」

 

大斧を担いだドワーフ族のおっさん。

何の因果か、この階層まで引っ張ってきたおせっかい焼きの冒険者だ。

ギルトを冷やかしに来た俺の事を冒険者デビューの若者と勘違いし、大いに盛り上がった挙句、あれよあれよという間にここまで連れて来られていた。

冒険者登録も、ギルド支給の装備申請も、臨時パーティーもいつの間にか全部終えている早業に身動きが出来なかった。

 

自称、初心者に優しいドルフマン様。

何ともありがた迷惑なおっさんである。

酒の匂いがかすかにするのは気のせいだと思いたい……酔っ払いのとばっちりだなんて悲しすぎる。

 

「つーか、どこまで行く気っすか?俺、あんまり奥まで行きたくないんだけど」

「おうおう!何弱気なこと言ってんだ、坊主!冒険しないで何が冒険者だぁ!!今日は限界まで潜るぞ!!」

「いやいや、初心者なんだからもっとケアって!もうモンスター何匹も倒したし、手解き終了でいいんじゃない?というかありがとうございました!!」

「普段ワシは20階層まで潜っとる。この程度、屁でもないわ!!」

「おっさん基準で考えるな!言っとくけど、剣握るのすら初めてだかんな!!」

 

口ぶりから察するに結構、出来る冒険者なのかもしれない。

筋骨隆々といった肉体に、肩に担いだ大斧。

蓄えたひげも相まって、なかなかの貫録を見せつけている。

腕は確かなのかもしれない。しかしその分、相手を気遣う心配りは決定的に欠けているようだった。

 

「おう!そうかい。なら、坊主の得意なもん言ってみな。正直、お前さんに剣の才能これっぽっちもねえわい」

「……俺、頑張ってたのに……いま超ブルーになった」

「んあ?どこも青くなんかねえわい。何を意味分かんねえこと言っとるんだ。ほれ、とっとと言え」

「……武器なんて何も持ったことねえよ。戦った経験だって殴り合いしかねえし」

「ほほぉ、拳士だったか!ステゴロたぁ男じゃねえか!!」

 

ボクシングの話な。

ルールありの格闘技の話な。

間違ってもモンスター相手の話ではない。

しかし、何やらしきりにうなずくおっさんの様子に訂正の言葉を入れることが出来なかった。

 

「なら剣は邪魔だったな」

「は?」

 

思わず振り返るも、その顔は真剣そのものだった。

 

「……え、剣手放せとか馬鹿だろ。おっさん」

「男ってのは1つの獲物を使い続けて、磨かれてくもんだ!ワシの一存で汚しちまう訳にもいかねえ!!」

「嘘だろぉっ!!?」

 

文句を言う間もなく剣をぶん取られてしまう。

本気だろうか?地味に体にも傷、結構負ってるんだけれど……。

そう思いながらチラリと腕を見れば、防具の隙間には幾本かの傷が走っている。

モンスターとのやり取りで付けられた切り傷だ。剣で受けられなかった攻撃が、傷として体に刻まれているのだ。

 

しかし、それらの血はすべて止まっていた。

傷を負って10分もしないうちに血は止まり、薄っすらと薄皮が張り始めている。

スキル「超超回復」の恩恵だった。

自然治癒力の強化を行っているようだ。尋常ではない回復力に我ながら驚いたのは仕方ないだろう。

 

しかし、あくまで応急処置の域を出ない。回復量はあまり頼りになりそうにない事を俺はここに来るまでで察していた。

それに考えが正しければ、このスキルの本質はこれではない。

 

(まぁ、ここじゃそれも確認できないけれど……)

 

しかし、このスキルのせいでおっさんにまだ余裕があると思われているのは問題だった。

傷は治りつつあるとはいえ、簡単に傷は開くし、痛みで精神は疲弊していくのだ。

次の戦闘を終えたら、無理にでも帰った方がいいかもしてない。

そう心に決めた瞬間、目の前に1つの影が飛び出してくる。

 

コボルトだ。

犬頭のモンスターが進行方向を塞ぐように迫ってくる。

 

「危なくなったら助けてやる。とっとと男見せてこい!!」

 

おっさんはそう声を上げると、後ろに下がりながら顎でコボルトを指し示す。

やはり1人でやれとご所望のようだ……やるしかない、か。

 

空いた両手を握りしめて、口元に構える。

ガントレットの重みと軋む音は慣れないけれど、久しぶりに取るボクシングスタイルだった。

構えは万全とは言えないものの、時間の流れを感じさせないしっくりさを与えてくる。

しかし、その反面俺の胸中は不安でいっぱいだった。

 

目の前のモンスターに殺されること?いや、違う。

不安なのは自分のボクシングがなす術もなく、叩き潰されることだ。

俺の拳が剣たり得ないと否定される未来が俺は怖かったのだ。

 

コボルトが声を上げると同時に飛びかかってくる。

考える暇なく、体は自然と前に蹴りだされた。

 

「グガッ!?」

 

かい潜るように爪を躱すと、そのままボディに一発。

返す拳でもう一発叩き込むと、そのまま伸びるように拳を突き上げた。

 

「ぅらぁっっ!!!!」

 

パァンと弾けるようにコボルトの首から上が消える。

人間の筋力では捻りだせない衝撃が、拳から繰り出される。

予想外の威力に心底ビビりながら、俺はそのまま魔石を残して消える姿を見つめた。

そうして、安堵の息をゆっくりと吐く――

 

「坊主っ!!!」

 

――事は許されなかった。

 

「ふんっ!!!」

 

体を回して、腕を振るう。

バカンと固いものがぶつかり合う快音が辺りに響く。

岩陰から飛び出してきた別のコボルトに合わせる形でなんとか、拳を叩き込んだ。

カウンター気味に決まったストレートはそのまま犬頭を打ちぬくと、コボルトの姿を魔石に変えたのだった。

 

「あぶなっ」

 

何とか間に合ったけれど、冷や汗をかいてしまう。

荒い息が口から漏れる。

そのまま深呼吸するように大きく吸い込むと、満ち足りたような気持ちが俺を包んだ。

 

(拳でモンスターを倒せることが出来た)

 

その事が嬉しい。嬉しかった。

俺の拳は、鍛え上げたボクシングは身を守る剣になることが出来るのだと、証明できたのだから。

もちろんそれが神の恩恵あっての事だとは気付いている。

反射神経が間に合った時に、自分がステイタスによってどれほど身体能力が引き上げられているか気が付いた。

体は中学生程度まで戻っているというのに、現役時代より数段動きが良い。

 

このまま鍛え続けば超人的な能力を得てしまうのも夢ではないかもしれない。

その事を理解した俺は、思わずブルリと震えた。

明確すぎる強さの証。

その道筋が示されたことに元格闘家として武者震いが抑えられなかった。

 

(スゲエなぁ、まったく)

 

遠い昔、夢見ていたものがある。

漫画の中でしか見る事が出来なかった心踊る存在。

 

『最強の男』

 

昔の思いがむくむくと頭をもたげるのを感じる。

強くなろう、この世界で。

『名前』が天界まで届くように。

昔のような『後悔』を繰り返さないためにも。

そして『あの人』と果たせなかった約束を、この世界で叶えるために。

驚きで目を丸くしているおっさんに俺はもっと潜ろうと告げる為に口を開いた。


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