ダンジョンに潜るのは意外と楽しい   作:荒島

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「おう、坊主。今日はずっと唸り続けてどうした?」

 

その日、模擬戦を一通り終えるとおっさんは不思議そうにそう口にした。

そんな思わぬ言葉に、傷を癒そうと回復薬を飲みかけていた姿勢で固まってしまう。

 

「え……唸ってたか、俺?」

「集中は切れておらんが、ずっとブツブツ呟いとったぞ。なんかあったか、坊主?」

「んー、あったと言えばあったというか……」

 

そう返しながら、ゴクリと薬を飲み下す。

その原因に思い当たる節は確かにある。

スキルの効果により体から薄っすら立ち上る蒸気を見ながら、ポリポリと頭を掻いた。

 

「昨日さ、ベルが魔法習得したんだ」

「ほう!ベルというとお前さんとこのファミリアの奴か!そりゃあ目出度い!!」

「ん。でさ、そん時に魔法は『切り札』みたいな話を聞いて……」

 

言いながら、思わず眉間に皺を寄せる。

 

「……俺にはそれがねえなぁ、って」

 

その言葉は重石のように胸に残っていた。

魔法というものをまだ一度も見た事ないが、その力は所謂『必殺技』の意味合いが強いらしい。

膠着した場を動かすような起死回生の一手。

それが自分にあるか、と言われれば否と言わざるを得ない。

 

「お前さんには立派な拳があろうが」

「そりゃあそうだけど、一番破壊力があるガゼルパンチはミノタウロスをよろめかせることしか出来なかった……あれじゃ、まだ足りねえんだ」

 

別に魔法が欲しいわけではない。

ただ、5階層での死闘の時、ガゼルパンチがミノタウロスの尻餅すらつかせられなかったことは地味なショックとして心の中に残っていた。

 

あの頃よりも自分のステイタスは比べものにならないくらい高い。

もしかしたら、今ならばガゼルパンチはミノタウロスをKO出来るかもしれない。

 

しかし、もっと強い一手を持つ必要性を『魔法』という言葉は思い起こさせたのだ。

 

「それでずっとブツブツ探っとった訳か!合点が行ったわい!」

「別に手抜いてた訳じゃねえよ?そんな余力ねえし」

「そんなことは分かっとるわ!お前さんが頭を使っとるのに面食らっただけだ」

「失礼だなぁ、おい。俺だって考えることくらいあるさ」

 

少し口を尖らせながらそう言う。

ボクサーが脳みそ筋肉の生き物だというのは大きな間違いだ。

常にトレーナーと一緒に頭を悩ませながら、自分のスタイルを進化させていくのがボクサーという存在だ。

 

「……」

 

多分、自分はその『進化』に迫られつつあるのかもしれない。

その為には、ガゼルパンチを超える必殺技──『フィニッシュブロー』が必要だ。

 

1つ息を吐きながら、その事を噛み締める。

 

「……一応参考までに聞きたいんだけど、おっさんに必殺技ってある?」

「そんなもんはない!しいて言うなら、ワシの斧の一振り一振りが全て必殺技よ!」

 

おっさんは身の丈もあるような大斧を指さして髭を震わせるも、あまり参考になりそうな話ではなかった。

それはそれで正しいのだけれど、聞きたいのはそういう話ではない。

 

「んー違うんだよ、何と言うかこう……奥の手というか、頼みの綱というか…………あーっ!ダメだ分かんねえ!!」

「んむう、行き詰まってやがるのぉ坊主……こりゃあ、少し趣向を変えるのも良いかもしれんな」

 

頭を掻きむしるこちらの姿を見て、顎髭を撫でつけながらおっさんは不意にそう言った。

思わずその顔を見ると筋骨隆々の腕を目の前にずいと出してくる。

太い指が突きつけられる向こう側で、その顔がニッと笑った。

 

「お前さんの言っとった『りふれっしゅ』というやつだ!そろそろ別の奴を呼ぶとすっかの」

「別の奴、って?」

「ワシの知り合いを呼ぶ!」

「知り合い?」

 

その単語に思わず興味が湧く。筋骨隆々の巨漢ドワーフの知り合いだ。

酒場でジョッキをぶつけ合う髭面の大男の姿を幻視する。

どんな人なのかと思いながら、恐る恐る口を開く。

 

「そりゃあ願ったり叶ったりだけど、向こうの都合はいいのか?」

「おうとも!つい昨日遠征から帰ってきたらしいしな、少し時間はあるらしい。ワシが話は通しといてやろう」

「ありがてえ……本当に悪いな、おっさん」

「おう!礼などいらんわい!礼ならあ奴に言っておけい!きっと食い物で喜んで引き受けてくれるだろうぜ」

 

大食漢なのだろうか?豪快に肉を噛み千切る姿を思い浮かべてしまう。

まだ見ぬその相手に、想像がどんどん膨らんでいった。

 

「なぁ、ちなみにさどんな人?」

 

堪え切れず聞けば、おっさんはまるで自慢するかのようにニヤリと笑った。

 

「うちのファミリアと付き合いあるとこの奴だがな、ワシより腕が立つ!この間は階層主を1人で倒したと言っといたわ!」

「1人で?凄えな、その人……」

 

確かゲーム的に言えば、ダンジョンの一定階層ごとにいる中ボスモンスターだったはずだ。

普通は大人数で徒党を組んで倒すような存在を1人で討伐する強者……間違いなくLv.5はあると見ていい。

 

何て運が良いのだろう。

貰えるものは貰っとく主義とはいえ、棚から大きすぎる牡丹餅が降ってきたことに珍しく狼狽えていた。

 

「ぶわっはっは!気後れすることはない、ちいと無愛想だが真っ直ぐな気の良い奴だ!じゃが丸くん好きの可愛いやつだわい!」

「??じゃが丸くん?また、珍しい……」

 

思わず首を傾げる。

別に他人の趣向にケチをつける気はないが、おっさんと同レベルの大男が小さな軽食スナックを好んでいるのは想像しにくい光景だった。

そう言うものを食べるのはもっと子供か、女性とかが多い。

 

「……ん?」

 

そこで少し違和感を感じた。

いや、直感言うべきだろか?勘が囁いてくるのだ。

 

「あのさ、一応聞くけど……その人、男だよな?」

「んあ?おかしなことを聞くな、女だぞ」

「……どこのファミリアの人?」

「ふふん、良く聞けい!あのロキ・ファミリアの精鋭よ!期待しておけ、坊主!」

 

ロキ・ファミリア。女。じゃが丸くん。恐らくLv.5以上の強者。

それだけの単語が並べば、何となくオチが見える。

 

 

 

 

 

 

 

金髪がさらりと靡いた。

 

「よろしく」

「……なんかそんな気はしてた。わざわざありがとな、アイズ」

 

翌日、目の前に立つロキ・ファミリアの剣姫の姿がそこにはあった。

世間は狭いものである。そう思いながら、後ろで「ぬ!知り合いだったのか!」と声を上げるおっさんの方を振り返る。

 

「つか、何でここ接点があんの?2人の繋がりが見えねえんだけど」

「おう!ファミリア同士の付き合いもあったしの!ガレスの野郎繋がりで仲良くなったのよ」

「ガレス?誰?」

「私のファミリアの、最高幹部の1人……Lv.6のドワーフ族の戦士」

「へぇ。おっさん凄え人と知り合いなんだ、なるほどなぁ」

 

横からのアイズの一言に「うへぇ」と声が漏れた。

 

『Lv.6』。流石は攻略最前線のファミリアというべきだろうか。

出来ればその姿も見たかったが、そこまでのお偉いさんに付き合わせる訳にもいかない。

それに目の前にいる少女も圧倒的な強者。上等すぎるほどの相手であることに変わりはないのだ。

 

「ま、何にせよ今日はよろしく頼むぜ」

「……君、また強くなったね」

「この間よりも楽しませられりゃいいんだけどな」

 

先日、一手交えた時の惨敗を思い出しながら拳を構える。

 

「??この間と、構えが違う……?」

「ちょっと試行錯誤中なんで、少し付き合ってくれよ」

 

右拳を顎に、左拳を下げる独特の構え。

ゆらりゆらり、と直角に曲げられた左腕が振り子のように揺れる。

 

『ヒットマンスタイル』

本来アウトボクサーが取る構えだが、リフレッシュは何事にも必要だ。

何より、アイズの素早さに対抗するにはこの構えがいいだろう。あまり馴染みのない付け焼刃だが、手合せ程度なら十分だ。

 

トンっ、トンっと軽くステップを踏む。

 

「いつでも、いいよ」

「なら、遠慮なく……っ!!」

 

言い切るや否や、振り子運動が急に加速する。

ビュン!と左腕が鞭のようにしなった。

空気を切り裂くジャブは重く、鋭さを伴ってアイズに襲い掛かる。

 

腕全体をしならせて打つ、フリッカージャブと呼ばれるジャブは変幻自在な動きと特化した速さが武器だ。

スナップが効いた変則的な軌道は並のボクサーならば、まず見切る事が出来ない。

にもかかわらず、そのアイズの眼球の動きはしっかりと拳の走りを捉えている。

その細身の体を半身にして連撃を避けた瞬間──

 

「っ!!」

 

──アイズの腕がブレる。

閃光のような連撃が来ると察した瞬間、身を捻った。足の裏が地面を弾く。

多少は被弾するも、ブロックを固めながら構わずフリッカージャブを飛ばす。

 

変幻自在のジャブは少しの姿勢が崩れた程度で止められるものではない。

攻撃を回避しながら裏拳アッパー気味に繰り出されたジャブは空を切るも、アイズの攻撃を中断させるに至った。

 

足を止めて、軽く息を吐き出す。

 

「ふぅ」

 

やはり速い、と肌で感じる。

心臓のビートが早鐘のように胸を打った。

アイズの動きはパワータイプのおっさんよりも、その動きは鋭く尖っている。

尋常でないスピードに対抗するには、やはり自身のスピードをあげるしかないのだろうか?

 

(……否だ)

 

対抗なんて出来る筈がない。

スピードにスピードを当てるのはやはり得策ではない。

やはり自分の持ち味はタフネスとパワーなのだと実感させられる。

 

「くっ」

 

閃光。

飛んでくる刺突を何とかパーリングで弾くと、そのまま一歩詰め寄る。

必殺の右拳をギュウと握り締める。瞬間、冷静にこちらを見るアイズと目があった。

 

(構うかっ)

 

このまま、突っ込む!

更に体を押し込みながら、腕を引き絞れば回避するようにアイズの体が後ろに流れる。

スウェーバックで距離を取りながら、閃く細剣。

 

稲妻のように突き刺さる衝撃は以前の比ではない。

 

思わず足が止まり、大きく被弾する。

僅かに手加減を緩めたのか、一発一発が芯に響く。もつれかけた足を踏み直す。

崩れた体勢を立て直し様に大きく左フックを叩き込んだ。

 

「ふっ!!」

 

躱され、アイズの一閃が走る。

削られる皮膚を無視して、距離を詰めながら反動をつけての渾身の右フック。

瞬間、顔が歪んだ。

 

(大振りになり過ぎた……!!)

 

威力はあるが、間違いなく当たらない。

案の定、身を引いて躱されそうになった瞬間──何かに躓いたようにアイズの体が泳いだ。

 

驚いたような表情が目に入る。

すかさずガードを固めた体は、しかしこの拳の射程圏内だ。

チャンスだと思うより早く、握りしめられたフックが到達する。

ブロックの上から拳が沈み込み、アイズの体を浮かしていく。

 

ズグム!とめり込んだ拳は止まることを知らない。

 

「っ!?」

 

振り抜いた瞬間、アイズの体は勢いに飛ばされるように大きく吹き飛んだ。

 

「ぬぉ、っと!」

 

その方向にいたおっさんの手でアイズは受け止められる。

 

だが完璧にブロックされたようで、こちらを見返す表情は涼しいものだった。

全くダメージはない。Lv.5相手にそうそうダメージを入れられる訳がないと思いつつも、その結果に思わず辟易する。

 

「流石、だな」

 

かなりの手応えだと思ったのだが。

軽い足取りでこちらに歩み寄る姿を見ながら、長く息を吐いた。

 

「強くなったんだね……貰うとは、思わなかった」

「あれは、たまたまだろ……でも会心の手応えだったんだけどな。あわよくばガードの上から衝撃叩き込めればって思ったけど、甘かったか」

「並の冒険者なら、出来た……君のその拳の破壊力は、もうLv.1の域じゃない……」

 

アイズの視線がフックを放った右拳に向く。

 

「でもさっきの構え、あんまり君向きじゃないね……動きがぎこちない」

「本当は接近戦が得意だからな。距離を取るヒットマンスタイルはあんまり慣れてねえんだ」

「ヒットマン、スタイル?」

「そう、構え方の名前な。で、これが俺の得意なピーカブースタイル」

 

いつものように口元を拳で覆うと、納得したように頷かれた。

そもそも、ヒットマンスタイルは元々ジャブに特化した遠距離砲の構えであるため、その強みを活かすには高身長のボクサーが良いとされる。本来なら、縁のないものだ。

 

「ドルフマンから、話を聞いた……悩んでいるなら君は、破壊力を突き詰めた方がいいと思う……」

「それは分かるけど、それだけ大振りになるから隙がデケエんだ……」

「それは……避けながらじゃ、ダメ?」

「避けながら?」

 

先ほどの一戦、避けながら放ったフリッカージャブを思い出す。

あれがインファイトで出来れば、攻防一体の一撃が完成する……微かに、イメージが掴めた気がした。

 

「君は、足腰が強い。筋肉のバネを使えば、もっと動けると思う」

「なるほど、凄え参考になる……おっさんのアドバイスとは大違いだ」

「ぶわっはっはっは!アイズは凄い奴だからの!!女にしとくのが、勿体ないわい」

 

半眼で見るも、おっさんは皮肉に気付かず体を揺すって笑うのみだ。

アドバイスの8割が「気合いで耐える」だの「根性で動く」だの精神論では、参考にしようがない事に気が付いているのだろうか?

 

やれやれと思いながら、高くなった太陽を見上げる。

合わせるように腹の音が鳴った。

 

「少し早いけど、昼時だし休憩がてら飯食いに行こうぜ」

「うん」

「あ、ちゃんとじゃが丸くんも奢ってやるよ。引き受けてくれたお礼にな」

「……うんっ」

 

コクリと勢い良く頷き返される。

 

おっさんは?と声を掛ければ、少しレベッカに呼ばれているらしい。

土産を頼んだ!という声を背に街に2人で繰り出す。

どこか嬉しそうに歩くアイズを見て、ふとじゃが丸くんに個数制限つけるのを忘れていたことを思い出した。

 

(……まさか、前回の二の舞にならないだろうな?)

 

山のようにじゃが丸くんを注文していた光景が蘇る。

しかし、嬉しそうなアイズの姿に口出しする事は出来ず、自然と足取りは重くなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

ベルは目の前の光景に思わずそう漏らした。

豊穣の女主人に魔導書を返しに行った帰り道、通りの向こうから信じられない光景が飛び込んできたからだった。

 

「イットと……ヴァレンシュタイン、さん……」

 

見間違えようがない。

黒髪の少年と、金髪の少女が2人でじゃが丸くんを食べている姿が見える。

親しい関係なのだろうか?どこか嬉しそうな表情を浮かべるアイズにベルの心がキシリと音を立てた。

 

(まさか……)

 

今まで見た事がない彼女の姿に、嫌な予感がじんわりと背中を包んだ。

昨日、彼女にダンジョンで精神疲弊で倒れた介抱してもらった失態のせいか。

その際、驚いて礼も言わずに逃げ出してしまった後悔の念からか。

ナイーブになったベルにその予感を拭い去ることが出来なかった。

 

「そんな……何で」

 

小さな呟きは通りの喧騒に掻き消されて、誰の耳にも届かない。

2人の背中は立ち尽くすベルを置いて行くように遠くなっていき、やがて見えなくなってしまったのだった。

 




閲覧ありがとうございます。

『フリッカージャブ』はよりリーチが長い相手には効果が薄いですが…手合せという事でご了承ください←
個人的に真似した事あるくらい格好良い技ですよね!

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