ダンジョンに潜るのは意外と楽しい 作:荒島
「リリ、意外と力持ちなんだな……」
「ささやかなスキルの恩恵ですよ、そこまで言われるものでもありません」
「いや、一種のホラーだって」
ホラーとは何だろうかと思ったが、どうせ良い意味じゃないんだろうなとリリは思った。
大きめのクッション、砂の詰まった袋、綿の入った手袋、果てには丸太など。どこから調達してきたのか、イットが持ってきた器材の数々をリリは広場の隅に持っていく。
紐で結んであるとはいえ、身長の2倍はありそうな大きさだったが日頃持っているリュックに比べれば軽いものだ。
「これは荷物を持つ為だけのようなスキルです。特に光るものがあるわけでもない凡庸なものですよ」
「またお前はそういうこと言う。俺は十分凄えと思うけどなぁ」
「そうでしょうか?」
お世辞のような物言いにリリはそっけなく言う。
スキル持ち=凄いという思考をする白い髪の冒険者を思い出したが、イットもそうなのだろうか?だとしたら、おめでたい人である。
「別に攻撃できる筋力が上がる訳じゃありません、重い物を軽く持つことが出来るというだけですよ」
「へぇ、それって重力操作?」
「いえ、そんな上等なものでもありません。装備荷重時に能力に補正がかかるだけです」
ステイタス内容を話すのは本来ご法度だが、この程度秘密にせずとも何の問題もない。
スキル【縁下力持】は効力も希少性もその程度のものでしかないのだ。
それよりも秘密にしなければいけないのはリリの持つ『変身魔法』の存在だったが、イットがそれに気づくとはリリには到底思えなかった。
「ふーん、装備荷重時に能力に補正ね……」
そのイットはと言えば、リリの言った内容にひっかかるものがあったのか唸っている。
こういう時、彼は決まって突飛な事を言い出すのだ。最近、少しの付き合いを経てリリはイット・カネダという変わり者のことを分かってきた気がしていた。
何を言い出すのか、若干リリが身構えているとイットの顔がこちらに向いた。
「うん。リリに良いものをやろう」
そう言いながら彼は自分の鞄に手を入れる。
突然のプレゼントにリリが首を傾げていると、出てきたのはイットの手足にあるものと同じ物だった。
「……一体、何ですかこれは?」
「パワーリストだ。俺がもう使わなくなった軽めの奴だけど、お前にやる」
「リリはこれでも乙女なのでご遠慮したいのですが……」
見るからに無骨なデザインのそれは、お世辞にもお洒落とは言えない。
それでも有無を言わさずに渡してくるイットに根負けするように受け取ると、リリの眉間に皺が寄った。
軽くスキルが発動しているのを感じる。それだけの重みがこのパワーリストにはあった。
「……こんな重いもの巻いて生活しているんですか?ちょっとイット様の頭の心配をせざるを得ませんね」
「相変わらず口の悪い奴だな……いいから、着けてみろって」
「言っておきますけど、リリに鍛錬でのステイタス上昇は見込めませんよ?」
「いいから」
そう言われて渋々と、かなりの重さを誇るパワーリストを装備する。
その瞬間スキルの効果が完全に発動し、重さは苦にならなくなるが本来なら全く動けなくなるだろう。
両手首に不格好な重りが付いた事がリリは不満だったが、反対にイットは満足そうだった。
「うん、体もブレてなし足取りも重くないな。そのままシャドー出来るか?」
何を考えているんだろう?そんな疑念を持ちながら、リリは拳を構える。
脇を締め右拳は顎に、左拳は目線の高さに合わせたスタンダードなスタイル。
ピーカブ―スタイルのような変則的構えよりも基本を押さえるイットの意図をリリは正しく理解し、身につけていた。
軽くジャブを放つ。重りの存在を感じさせない左拳は良くキレた。
架空の相手の攻撃を避けながら、そのまま右ストレート。伸びきった腕が心地よく力を伝播させる。
この短期間、リリがイットから教わったのはジャブとストレートの2つのパンチのみだ。基礎を徹底的に鍛えたリリの動きはボクサーとして、十分様になるものに仕上がっていた。
一通りのコンビネーションを終えると、イットが声を掛ける。
軽く息を吐き出しながら、リリはその動きを止めると怪訝そうな顔をそちらに向けた。
「これで満足ですか?」
「あぁ、大満足だ。お前が凡庸だって言ったスキル、化けるぜきっと」
クククと笑うイットだったが、リリは訳が分からない。
「リリには何が何だかさっぱりです。どういう事ですか、イット様?」
「言うより見せた方が早い。ほら、全力で打ってきな」
言うなりスッと腰を落として、イットは手の平を構える。
その回りくどい言動に僅かな苛立ちを感じながら、リリは再び拳を構えた。
軽くステップを踏みながら、その手の平を注視する。
(よく分かりませんが……お望みとあらばリリの全力の一撃を叩き込んで見せましょう!)
リズムに乗った体が飛び出すようにステップインする。
ギュムッと靴底が鳴るのを耳にしながら、リリは大きく拳を振りかぶる。
全身の力を乗せた今放てる最高のストレートだ。
小さな的目掛けて渾身の右拳が唸りを上げる。
その瞬間。
「くっ!!?」
とんでもない衝撃がリリの拳を襲った。
かつてないインパクトがイットの手の平を突き抜けていく。
普段はどんなに打ち込んでも微動だにしないその手は、衝撃に押し負けるように僅かに後ろに流されていた。
ビリビリと痺れる拳に少し顔を歪めながら、リリはその光景に目を丸くした。
「これって……」
「重りの分、拳の重さが増したんだよ」
プラプラと手を振りながら、イットがそう口を開く。
「軽いハンマーと重いハンマー、使う人間が同じで振るスピードがほぼ同じなら重い方が破壊力あるに決まってんだろ」
単純な話だ、とリリは頷いた。そういう話ならば、後者の方が強いに決まっている。
自分のパンチが生み出したかつてない衝撃にリリは軽い興奮を覚えていた。
(これでしたら、もしかしたら冒険者としてダンジョンに潜ることだって……)
しかしそんな思考は、イットの次の一言で霧散することになる。
「でも、これは止めておくか」
「な、何でですかイット様!?」
「ん?いや、だってリリの耐久力が持たないし」
指さされた先にあるリリの拳は自分の放ったパンチの衝撃で、細かく震えていた。
殴った対象が柔らかい手の平だったから良かったのものの、固い物を殴った時にどうなるかは想像に容易い。
「リリはまだ子供だ。期待させるような提案して悪かったけど、無理させ過ぎたら成長にも関わる……止めといた方が良い」
「っ……!!」
その言葉にリリは顔を歪める。
(そう、でしたね……)
今の自分はリリルカ・アーデという小人族ではなく、リリー・サンドリオンという狼人族の子供なのだ。
イットは自分の事を幼い狼人族の少女だと思っており、まさか自分と同世代の小人族だとは思ってもいないだろう。
変身魔法【シンダ―エラ】でこの姿に変身した事を、リリは後悔していた。
全てを打ち明けてしまおうか、という考えが頭を過る。
実はリリは小人族の15歳で、そんな配慮をする必要はないのだという事を。
(……無理、ですね)
そんな事は出来ない。
リリが希少な変身魔法を持っている事は最大級の秘密だった。
そのお蔭で様々な人物に変身できることがバレれば、どうなってしまうだろうか。
──この魔法を使って、小人族として盗みを働いている事もバレてしまうかもしれない。
「……」
それだけは絶対に回避しなければいけない……その筈なのに、リリの心は揺れてしまっていた。
これまでの弱い自分と区切りをつけられる可能性がリリを迷わせるのだ。
「ま、そういう訳だから。悪いんだけど、そのパワーリスト返して貰っていいか?」
「…………嫌です」
「……ん?なんだって?」
ポツリと呟いた言葉を、リリは今度ははっきりと繰り返す。
「リリは嫌です、と言ったんです」
強くなる可能性を手放したくない。
きっぱりと拒絶するリリの言葉に、イットは面を喰らったように言葉を失う。
「これはイット様がリリに下さったものなんですよね?それを取り上げるのは無粋じゃありませんか?」
「いや、まぁそりゃそうだけど……」
「でしたら!これはリリの物です!」
しっかりとパワーリストを握りしめるリリに、イットは困ったように頭を掻く。
どうしたもんか、と語るその顔からリリは目を逸らさない。
やがて、イットは観念するように息を吐くと肩を竦めた。
「分かった分かった、俺も男だし二言はない。ただボクシングで体を壊すような真似はして欲しくないんだ、分かるか?」
「ええ、分かります」
「なら良し。もし、どうしてもそれでサンドバック打ちたいってんなら、厳重に拳を保護しとけよな」
その言葉にリリはしっかりと頷く。自分の耐久力の低さは理解していた。
拳への衝撃を最大限減らす装備が必要だ、と考えていると不意にその頭にイットの手が置かれた。
「ま、強いパンチは打ってて気持ちいいもんな。分かるぞ、その気持ち」
「……気安く頭触らないでください、イット様」
そう言うも、こちらを理解してくれている事に嬉しさを感じる。
イット・カネダという冒険者もそういう強さには貪欲だ。
そう言う点では自分とこの人は似ているのかもしれない、と考えかけてリリは頭を振った。
そんな訳、あるはずがない。
「いっちょ前に照れやがって」と髪の毛をグシャグシャに掻き乱す粗暴な男と同じな訳がないのだから。
そう思いながらリリは何故かその手を払いのけることが出来なかった。
多分、そういう触れ合いに飢えていたのだとリリが気付くのはかなり経ってからの話だった。
すみません、話進めると言っておきながらリリスケ回でした。
独自解釈、拡大解釈を含みましたがご容赦ください……妄想が楽しかったもので←
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