ダンジョンに潜るのは意外と楽しい   作:荒島

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ふと、ベルが大慌てで通りを駆け抜けるのが見えた。

声を掛ける間もなく小さくなる背中を見送りながら、目を瞬かせる。

 

「なんだ、あいつ?」

 

まるで100万円落としたような必死な形相だった。

何があったが尋ねようにも、そのベルの姿は既にどこにもない。

こういう時、携帯電話がない事が不便に感じながら仕方なく肩を竦めた。

 

(まぁ、帰ってから聞けばいいか)

 

アナログ思考に染まりつつあるのを感じる。

通りの向こうに見えるギルドに意識を切り替えると、冒険者の波に流されるように再び足を向けた。

 

丁度、ダンジョンからの帰り道だった。

今日も今日とて11階層で拳をぶん回してきた昼下がり。

鞄につまった魔石を換金しようと、ギルドの入り口を潜る。

 

汗臭い同業者に揉まれながら、換金所に行こうとすると不意に強い視線を右頬に感じた。

カリーヌさんほどのメンチビームではないものの、ザクザクと突き刺さる視線……この感覚には覚えがあった。

視界の端で、カウンター越しにキラリと眼鏡が光る。

 

「カネダ氏、お話があります」

 

げんなりしながら見れば案の定、エイナが陰のある接客スマイルで手招きしていた。

用件が何かなど、言うまでもないだろう。

 

「ベル君が今日、8階層目に到達しました。これについてどう思いますか?」

 

ほらな、予感的中。

小さく呟くと、苦いものを食べたように少し顔が歪む。

ベルは愛されているなぁ、と現実逃避しながら曖昧に笑って見せた。

 

「あー……俺もウカウカしてらんねえな、と」

「違います!前も言いましたが、貴方の無茶がベル君に伝染していると言いたいんです!」

「人のこと病気菌みたいに言うの止めてもらえないっすかね……あれ、なんか既視感が」

 

ヘスティアと言い、オラリオでは人の事を菌みたいに扱うのが流行っているのだろうか。

 

眼鏡をくいっとして見せるハーフエルフを半眼で見ながら、やはり彼女のことは苦手だと感じた。

前のアイズのように距離を取りあぐねる感じではなく、完璧に向こうから敵視されているのだ。何だか教育ママのようだ。

ベルの破竹の快進撃が進めば進むほど、その眼鏡の陰が増している気がする。

 

……俺にどうしろ、と?

 

「無茶な攻略は控えて下さい。ベル君が貴方の影響を受けているなら、それで沈静化するはずです」

 

ピッと指を立ててそう言われるが、その内容には首を振らざるを得ない。

 

「そりゃあダメっすよ。足踏みしてる暇はあんまりないし」

「……貴方は今の11階層で何が不満なんですか?俄かには信じがたいくらいの攻略記録ですよ?」

「不満に決まってるじゃないっすか。男ってのはてっぺん取りたがる生き物なんだから……ひとまず目指すのはLv.2っすよ」

 

そう口にすれば、エイナは眼鏡の奥で目を細めた。

 

「Lv.2がどういうものか分かっての発言ですか?」

「もちろん」

 

『レベル』とは何か?

それは冒険者としての段階を示す絶対的な数値であり、その差はとても大きな壁となる。

ステイタスのアビリティ熟練度以上の能力上昇を与えるクラスチェンジ。

『自分の限界突破する経験』という難業によってのみ得られる新たなステージだ。

 

「いいですか?普通は何年もかかるものです。急いでも手に入るものではありませんよ」

「でもやらなきゃ、もっとかかるだろ?」

「あのヴァレンシュタイン氏でさえ、1年かかりました。これは現時点でのLv.2到達最短記録ですよ。貴方はこの無茶を1年以上続ける気ですか?」

 

腕を組んでそう言われるも、こちらの気持ちは変わらない。

 

無茶だとか、無謀だとかいう言葉は散々聞いてきた。

それはオラリオに来てからでなく、来る前からだって聞いてきたものだ。

 

『ボクサーで食ってくなんて無茶に決まってるだろう!』

 

元の世界に残してきた親父の顔が、チラリと瞼の裏に映った。

親父の事は嫌いじゃなかったが、その口から出てくる『無茶』の2文字は大っ嫌いだった。

何故、何も知らない人間が横から無茶だと決めつけるのか、と。

 

だからオラリオに来た時、例え無茶と言われようが自分の事は決して曲げてやらないと心に決めたのだ。

 

「……『無理が通れば道理は引っ込む』、俺の好きな言葉っすよ」

「そんなの全然論理的じゃないわ」

「でも、やらなきゃいけない目的があるんです」

 

忘れるなよ、と心の中で呟く。

 

元の世界に帰ること。

天界に届くくらいに名を高めること。

その為に無茶をしているんじゃなかったのか。

 

忘れかけていた事を再認識しながら、おどけるようにエイナに顔を向けた。

 

「大丈夫、本当の無理はしないってうちの神様と約束しちゃったんで安心してください。ベルにも変な影響は与えないっすよ」

「でもね……」

「それに本当は俺が止まったところでベルは進み続けるって、エイナさんも分かってんじゃないっすか?」

 

にんまりと笑いながらそう言えば、エイナの顔が若干強張った。

 

でなければ、ベルにプロテクターなど贈ったりはしないだろう。

本当に止めたいなら、心配しながらも背中を押すような真似は決してしない筈だ。

彼女の瞳と同じエメラルドグリーンの防具を思い出すと、エイナは少し言葉が詰まったように口を濁らせた。

 

「と、とにかく!自分が与えてる影響を考えて、ベル君にもっと気を配ってください!」

「それヘスっちにも言われたなぁ。気は配ってる方だと思ってたんだけど」

「貴方は鈍感そうに見えますけれどね。さっきだってベル君が大慌てしていた所だっていうのに貴方と来たら……」

「あぁ。さっきベル見かけたけど何かあったんすか?声かける前にどっか行っちゃったんすよね」

 

そう尋ねれば、エイナは小さくため息を吐いた。

 

「そんなに慌てて大丈夫かしら……あの子、自分のナイフ失くしたんです」

「……ん?ナイフって全部真っ黒のあのナイフ?」

「ヘスティア様から頂いたらしいそのナイフです」

 

瞬きを3回繰り返す。思った以上の一大事だった。

 

ベルが必死な顔で走り回る訳だと納得する。

落としたのは100万円どころの話ではないということなのだろう。

ヘスティアから貰ったナイフへのベルの思い入れは半端ない。

手に入れていた当初は枕元に置いていたほど大切にしていたのだ。

 

ベルは何をやってるんだか、と思いながらカウンターから一歩身を引く。

 

「俺、ナイフ探すの手伝ってきます」

「えぇ、お願いします。ベル君はダンジョンまでの道で落としたか探しに行きましたけれど……」

「けれど……何すか?」

「1つだけ、不安要素が……」

 

言いよどむ彼女に首を傾げれば、エイナは少し声を潜めて口を開いた。

引いた身を寄せて耳を傾ける。

 

「最近、複数の小人族による窃盗が報告されているんです。特に冒険者から」

「……初耳っすけど、ベルがそれにやられたって?」

「不確定要素ですし、こじつけでしかないのでベル君にも伝えてません。ですが、一応可能性という事で覚えておいてください」

 

そうは言うものの、その可能性は高いと感じた。

鍛冶の神ヘファイストスが直々に打ったナイフとなれば、その値打ちはかなりのものだ。

狙われない方が逆におかしいだろう。

 

(というか、小人族の窃盗って……)

 

ふと、先日の財布を盗まれた一件を思い出した。

もしかしたら、あれがそうだったのかもしれない。

小人族と思わしき男の姿を思い浮かべながら、そうであることを確信する。

 

人相は朧げでしかないが、張り込めば捕まえられるだろうか?

 

「じゃあ、俺はこれで!」

「はい。ベル君のことくれぐれもお願いしますね」

「分かってますって」

 

冒険者の波に逆らうように駆ける。

ダンジョンから帰ってくる時間帯だからか、人通りは多い。

 

あの小人族の身のこなしから一般人ということはないだろう。

必ず恩恵を受けているはずだ。

と、なれば向かうべき場所は冒険者が最も多いダンジョン前だ。

 

(ベルのナイフ盗もうとしたなら、落とし前つけてやらねえとな)

 

さざめくような怒りの波を感じながら、ぎゅっと口元を結ぶ。

確証はまったくない。

けれど、もし盗んだのだとしたなら。

よりにもよってあのナイフを盗もうとした事が何よりも腹立たしい。

 

(絶対に見つけてやる……)

 

そんな思いを胸に、ダンジョンを目指して駆け抜ける。

小人族の男を目を皿にしながら探すも、結局その日は見つける事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

「あら」

 

その美の女神は眼下を見下ろしながら、面白いものを見たとでも言うようにそう口にした。

 

ダンジョンに蓋をするように聳える塔、『バベル』

その最上階に住むのは1人の美に魅せられた女神だった。

 

まるで宝石のような彼女の瞳はバベル前の広場に向けられている。

冒険者、商人、鍛冶師。様々な人種が入り乱れるその場で、辺りをキョロキョロとしている人影が1つ。

小さな黒髪の少年の姿を見て、女神はその唇に指先を当てた。

 

「彼、確かあの子と一緒にいた……噂の面白い子」

 

お気に入りの白い髪の少年と彼が一緒にいた光景を思い出す。

 

曰く、冒険者の反面教師として有名な『死にたがり』冒険者。

普段は『あの子』に気を取られるせいで気にしていなかったが、彼の事をちゃんと見たのは初めてかもしれない。

じっとその姿を見つめながら、女神は自分の幸運に感謝した。

 

「彼、面白い魂の形をしているわ」

 

スッと瞳を細めながら、少年の姿を注視する。

長い睫毛が伏せられる、その隙間からどんな光景が見えているのかは彼女にしか分からない。

ただ、1つだけ言えることは彼女には『魂が見える』という事だけだった。

 

その眼が捉えたのはこれまでのどんな魂とも違う、異質の魂。

まるで『この世界のものでない魂』と言わんばかりの形状は女神の琴線をピンと弾いた。

ゆっくりとその艶やかな唇が弧を描く。

 

「じっくりとメインディッシュを育てるのも良いけれど、変わり種の一品というものも時には必要だわ」

 

初めて見る未知の魂に思わず好奇心が疼くのを感じる。

神としての性だ。知らない存在を前にした時、どうしてもちょっかいをかけたくなってしまう。

美に魅せられたとは言え、彼女もまた神。その道理には外れない。

 

「少し陰る部分もあるけど、立派な輝きを放っている……気に入ったわ」

 

メインディッシュはじっくりと育てようと決めた。

一番油の乗った時にいただくのが、最高においしい食べ方だ。

では、変わり種の一品はどう食べるのが良いだろうか。

 

くすくす、と誰もいない部屋に女神の笑う声が響く。

 

「貴方のファミリアの子は皆、飽きさせない子ばかりね」

 

細長い指が唇をなぞっていく。

 

「ヘスティアには悪いけどいただくわね、彼も」

 

その視線は黒髪の少年にピタリと定められていた。

 




ちなみにナイフは原作通り、即日でベルの手に戻りました。
イットは忘れかけていた目的を再認識。
相変わらずのんびり進みますが次回から、少し話を動かしていければと思ってます。

p.s.
お気に入り5000人本当にありがとうございます。本当に夢のようです。
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これからも頑張りますので、もし宜しければどうぞお付き合いください。

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