ダンジョンに潜るのは意外と楽しい   作:荒島

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早朝の空気はいつも少し張りつめたように澄んでいる。

そのせいだろうか、チャリと硬貨が手の中で擦れる音は良く響いた。

 

「お金、立て替えて頂いてありがどうございました。イット様」

「別にいいよ、返ってきたんだし。それに俺、そっちに聞きたい事あったんだ」

「?リリに聞きたいこと、ですか?」

 

場所は小さな広場に移っていた。

時間のせいか、人の少ないベンチに2人で腰を掛けている。

渡された代金を手の中で弄びながら、コテンと首を傾げた小さな狼人族の子供を見る。

 

「前に会った時にさ、『冒険者なんか』って言ってたよな?あれ、どういう意味だ?」

「……はて?リリはそんな事言ってましたか?イット様に会ったのもだいぶ前ですし、思い違いでは?」

 

とぼけるように言われるが、この記憶は鮮明だ。

どこか憎しみすら感じさせた言葉は今もはっきりと耳に残っている。

何か隠したい事なのか、本当に忘れているのか……真意は定かではないが、様子を見た方が良いのかもしれない。

 

「……まぁ、言いたくないなら別にいいけどさ。あぁ冒険者といえば、あの時魔剣なんて持ってたってことはリリも同業者か?」

「神の恩恵を受けているという意味ではそうです。でも、リリは役立たずのサポーターなのですよ」

「サポーター?」

 

初めて聞く単語に思わず首を傾げる。

サポーターと聞くとギルドの職員を思い出すが、彼女が言っているのはそれじゃないだろう。

 

「ダンジョンに潜る冒険者様についていく荷物持ちです。魔石の回収や冒険者様の武器、アイテムを代わりに持つ存在の事です」

「へぇ、そんなのあるなんて知らなかった。じゃあ、ダンジョン潜れる程度にはリリも強いんだな」

「いえ……」

 

伏し目がちになりながら、リリは言葉少なく首を振った。

頭の上の獣耳が合わせてユラユラと揺れる。

 

「サポーターは冒険者になるほどの才能がなかった落ちこぼれがなるものです……冒険者様に守ってもらわなければ、きっとすぐにやられてしまうでしょう」

「それはちょっと言い過ぎだろ」

「いいえ。誰もが才能あるという訳ではないのです」

 

何だか卑屈な言葉だったが、そんな職業があるとは意外だった。

戦闘スタイル上、荷物を持っていくことが少ないので無縁だったせいかもしれない。

たまに見かける大きなリュックを背負ってダンジョンに潜っている人間はそのサポーターだったのかと納得する。

 

「あんまり卑屈になんなよ。凄え大切な仕事じゃん」

「そんな事はありません。サポーターなど、ただのお荷物でしかないのですから」

 

おどけるように笑ってリリはそう口にするが、言葉の内容は卑屈そのものだ。

 

才能、という存在があることには同意する。

生まれ持ったもので明確な差が生まれてしまうのは、格闘技の世界では特に際立って現れるものだ。

しかし──

 

「お前さ、何でそんな自分のこと卑下してんの?」

 

気が付けばそう口にしていた。

背丈からもまだ10にも満ちていないだろう。

そんな歳で、「才能がない」とばかり口にする奴は無性にイライラする。

 

「事実ですから……ステイタスがほとんど伸びないリリは、落ちこぼれなんですよ」

「……あーっもうっ!イライラすんなぁ!なんでそんな後ろ向きな発言ばっかかな、お前は!!自分に自信って奴がないのかよ!!」

「でもですね……」

「でもも、案山子もあるかっ!」

 

唸りながら、ベンチから立ち上がる。

そのままリリの方を向き直ると、「よく見とけ」と口にして拳を構えた。

キョトンとした顔をするリリの前で、手の中にあった硬貨を放り投げる。

 

澄んだ音を響かせながら、クルクルと回る輝きは10個。

それに向かって連続で左ジャブを放つ。

鋭い風切音が、金属音に混じるように広場に鳴った。

 

「ほれ」

 

ぐいと差し出した左手を開けば、リリの目は大きく開かれる。

宙を舞っていた輝きは全て掌の上で光っていた。

 

「俺も天才じゃなかったけどな、このくらい出来る程度には少しの才能はあったんだぜ?」

「それが……どうしたっていうんですか、冒険者様のステイタスなら簡単な事でしょう?」

「身体能力じゃねえよ、これは技術だ。ボクシングの基礎だからな」

「ぼくしんぐ?」

 

首を傾げるリリは理解できていない様子だった。

 

「格闘技だ。それでこれが格闘技最速とまで言われたパンチ、ジャブだ」

「……つまり、何が言いたいんですか?」

「身体能力だけで諦めるには、早すぎるって言いたいのさ」

 

何をムキになっているのだろうか?

僅かに冷静な部分が困惑するようにそう問いかける。

普段ならもっと踏み込まないで流すのだけれど……今日は妙に気に触った。

 

何故だろうか?

じぃと見ている小さなリリの背丈に、幼い少年の影が重なる。

 

(……あぁ、そうか)

 

昔の自分を見ている気がしたのだ。

ボクシングを始める前の腐っていた頃の姿を、彼女にタブらせていたのだ。

 

そして、そんな自分を導いてくれたあの日の『あの人』の背中も、ふと思い出した。

 

「──なぁ、ちょっとここに拳打ってこいよ」

 

だからだろう。

気が付けば、『あの人』の真似事のようにリリの前に掌を構えて見せていた。

返ってきたのは何を言っているのかと言わんばかりの眼差しだった。

 

「はい?何をおっしゃってるんですか?頭おかしくなりました?」

「口悪いな、おい。俺が才能ないか確かめてやるって言ってんの」

 

ほら、と手を左右に振ってみるとリリは呆れたような表情を浮かべる。

 

「結構です。リリの事はリリが一番良く知っていますので」

「ツレないな……じゃあ分かった。景品用意するか。そうしたらやる気出るだろ?」

「ですから、そんな事は……」

「賞金5000ヴァリスでどうだ?」

 

ピクリ、とリリの耳が動いた。

向けられる目の色が変わる。

5000ヴァリスの金額は魅力的に映ったのだろう。

こちらは冒険者にしては経費が少ない身分なので、そこまで痛い出費ではない。

 

「その言葉……嘘じゃありませんね?」

「ああ、俺の誇りにかけて嘘はつかねえよ」

 

そう頷いてみせる。

その言葉はあまり信じられてはいないだろう。

しかし、やってみるだけタダということなのか。

リリは見様見真似で拳を構えてジリジリと近寄る。

 

一目で分かる素人の構え。

体は開いているし、こちらを注視しすぎてどこに打ちたいのか狙いは丸わかりだ。

そんな初心者の姿に懐かしさを覚えながら少し腰を落とした瞬間、リリが大きく左拳を引いた。

 

パシ、と軽い音が手の中で鳴る。

それは見た目通りの軽いパンチだった。

 

「……ほら、言ったでしょう?リリに才能がないってことくらい分かってましたよ」

 

微笑すら浮かべながらそう口にするリリ。

だが、こちらとしてはまだ終わらせるつもりはサラサラない。

 

「何ボサっとしてんだよ、次打ってこいよ。次はもっと力抜いて打って、当たる瞬間だけ力め」

「……はい?」

「まだゲームは続いてるぜ?降りるか?」

「……やりますよ」

 

少し怒ったような表情でリリは拳を放つ。

アドバイス通りの一発。

先ほどよりもインパクトの強い衝撃が手の中で弾ける。

 

「次。打った後、引くのを意識して打ってみな」

 

パン、と。

少し芯に残る重みが増す。

 

「次。もっと脇締めて打つんだ」

 

パンッ、と。

鋭さの増した拳が掌を打つ。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

気が付けばリリの息は荒く、肩は大きく上下していた。

スタミナが足りねえな、と思いながら掌を構え直す。

 

「ほら、最後だ。打ってこいよ」

「くぅ……っっ!」

 

最短距離で飛び出す左拳。

コンパクトに纏められたフォームは鋭さを伴って、衝撃を届ける。

 

バシッ!といい音が広場に鳴った。

 

ジンと残る衝撃に思わず笑みを浮かべると、手を下す。

ステイタスの恩恵もあるかもしれない。

それでも、今日初めてボクシングに触れた奴が放てるとは思えないほどの気持ちの良い一発だった。

 

(これは……想像以上だな)

 

トレーナーの喜びというものが少しだけ分かった気がする。

荒い息を吐き続けるリリの前に行くと、ニヤリと歯を見せた。

 

「いいジャブ打つじゃねえか」

「はぁ、はぁ……ジャ、ブ?」

「最初に見せたボクシングの基本だ。この短時間で曲がりなりにも形にしたんだ。お前、間違いなく才能あるよ」

 

構え続ける両拳をそっと下ろさせてやると、汗に濡れるその顔は面を喰らったような色を浮かべていた。

 

「才能?リリに才能があるとでもいうんですか?」

「もちろん。お前は器用で飲み込みが早い、多分俺よりもな。このゲーム、お前の勝ちだ」

 

それは本心からの言葉だ。

実際、彼女の飲みこみはとても早かった。

自分を客観的に見れる視点を持ち、頭も良い。

これでもし身長があれば良いアウトボクサーになっただろう。

 

「賞金は次会った時に渡すよ。俺はイット・カネダ。もしそっちから来るんだったら、カリーヌさんっていうギルド職員に声かけておいて」

「え、あの……」

「あぁ、そうだ。そっちの名前もちゃんと教えてくれよ、じゃないと分からないからさ」

 

そう口にすれば、小さな肩が跳ねる。

何故か戸惑う表情を浮かべたリリは、疲れからか視線を逸らしながらその小さな口を開いた。

 

「……リリー・サンドリオンです。必ず頂きに行くので、覚えておいてくださいねイット様」

 

 

 

 

 

 

喧騒が耳を打つ。

ざわざわと冒険者の波が流れていく。

その流れに乗るように歩けば、バベルはすぐ目の前だ。

 

「よしっ」

 

ベル・クラネルは左腕で輝くプロテクターを見ながら、そう呟いた。

エイナからのプレゼントであるそれを見ると、気が引き締まる思いだった。

 

天気が良いせいか、今日は何だかよいことが起こりそうな気がする。

昨日、エイナに手伝ってもらいながら一新したライトアーマーも燦然と輝いているように思えた。

 

(今日から7階層か……)

 

バベルを見上げながら、新階層に挑戦するやる気を新たにする。

聞いた話ではイットはもう10階層に足を踏み入れているそうだった。

ソロなのに凄いなぁと思う反面、僅か3階層と言うにはあまりにも広い差に肩を落としそうになる。

 

(ボクも、頑張らないと……)

 

そう意気込んで一歩踏み出そうとした瞬間、幼い声が後ろからベルを呼び止めた。

 

「お兄さん、お兄さん。白い髪のお兄さん」

 

自分と思わしき呼び声に振り返れば、低い位置から自分を見上げるダークブラウンの瞳と目が合った。

思わずパチクリと目を瞬かせる。

 

「君は……」

「『初めまして』お兄さん。突然ですが、サポーターなんか探していたりしませんか?」

 

初めまして、を強調するように言うフードの少女にベルは見覚えがある気がした。

昨日、エイナと買い物に行った帰り何故か冒険者に襲われていた所を助けた小人族に似ていたからだ。

 

「君……昨日の……?」

「??お兄さん、リリと会ったことがあるんですか?リリは覚えていないのですが」

 

コテン、と首を傾げる少女に混乱しながら再度尋ねれば、フードの下か現れたのは可愛らしい2つの耳。

小人族の少女ではなく、犬人族の少女。

明確な別人の証拠に思わず狼狽えるも、これが他人の空似と言うものだろうと何とか納得する。

 

それでも軽く首を傾げるベルの姿がおかしいのか、少女はニッコリと笑った。

 

「混乱してるんですか? でも今の状況は簡単ですよ? 冒険者さんのお零れにあずかりたい貧乏なサポーターが、自分を売り込みに来ているのです。お兄さん、どうですか、サポーターはいりませんか?」

 

サポーター。

冒険者のダンジョン攻略をサポートしてくれる人員。

心のどこかで欲しいと思っていた存在の売り込みにベルは目を瞬かせる。

やはり今日は運がいいと思いながら、ベルはその提案に頷いて見せた。

 

「ええっと……で、できるなら、欲しいかな……?」

「本当ですかっ! なら、ダンジョンに連れていってくれませんか、お兄さん!」

 

身長の低さ相まって、無邪気にはしゃぐ姿はまるで子供のようだ。

その姿を微笑ましく眺めていたベルは、ふとその左腕の動きがぎこちないことに気が付いた。

 

「それはいいんだけど。君、何だか左腕怪我してない?動かし辛そうだけど……大丈夫?」

「いえいえ。これは筋肉痛というものですよ。らしくもなくリリが無茶してしまったのです。ダンジョン攻略には問題ないのでご心配なく」

「ええと、リリ?」

 

聞きなれない単語にベルがそう尋ねれば、少女はこれは失敬と前置きして丁寧にお辞儀をした。

 

「申し遅れました!リリの名前はリリルカ・アーデです。お兄さんの名前は何て言うんですか?」

 

フードの隙間からダークブラウンの瞳が覗く。

丸く大きなそれは少しだけ怪しい輝きを放っていた。

 




閲覧ありがとうございます。
アニメは終わってしまいましたが、本作はもうしばらく続きます。宜しければサポーター編もお付き合い下さい。

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