ダンジョンに潜るのは意外と楽しい 作:荒島
「ベル・クラネルです!よろしくお願いします!!」
「金田……じゃないや、イット・カネダです。とりあえず拉致してくれやがってどうもありがとう」
「ぅえっ!?いやでもあれは神様が」
拉致から数刻経ったボロ教会にて。
投げた皮肉に慌てふためくベルの言い訳が部屋に響いていた。
世間知らずな少年2人とでも思ったのか、ヘスティアの迷宮都市オラリオとそれに関する説明を受けた所だ。
そして得たのはどうやら異世界的な所に来たのだという確信だった。
しかもゲームのようなファンタジー世界。
ダンジョン、ギルド、ステイタス、魔法、レベル、パーティの存在。
大筋の仕組みは見知ったものばかりで、昔やったRPGのシステムを思い出すような内容だった。
逆に自身についての情報はほとんどない。
分かっている事と言えば『中学生程度に若返っている事』『所持品ゼロ』『今晩の寝床なし』という最悪の3コンボだった。
「ファミリアに入ればいいじゃないか!」
馬鹿正直に自分の境遇をいう訳にもいかず、身寄りも金もない僻地から来た世間知らずと説明すれば、ヘスティアは満面の笑みでそう言った。
「そうは言うけどさぁ」
「ファミリアになる。つまりボクの眷族になってくれるなら、ボクが身寄りになってあげるよ!もし冒険者になるなら手助けだってしてあげられるしね!!」
「冒険者になれば稼ぎも入りますし、この街じゃそれで生活している人も沢山いますよ?」
先ほどファミリアになったベルもそう口を挟んでくる。
確かに身寄りのない人間が生活するには、どこかに身を寄せるしかない。
そういう点で言えば、ファミリアに入るという選択肢は『あり』だ。
……ただ、ベルの横でワクワクとこちらを見る自称神様に頼るのは非常に癪な話であった。
彼女が本物の神様だという事は、ベルの入信の儀式を見ていれば理解できる。
しかし、あのニマニマした少女の思い通りになることが……いや、しかし……
「ぐっ……よろしく、おねがいします……」
「そんなに嫌がる事ないじゃないか!?でもそう言ってくれてボクは嬉しいよ、イット君」
ファミリア2人目だよ!ベル君!と騒ぐ少女を見て、早まったかとも思ったが成るように成るのが運命だ。
ファミリアになって受けられる神の恩恵というものは、どこでも同じらしいので特にこだわりもない。
拾ってくれた恩を返すくらいの人間は出来ているつもりだった。
イット・カネダ
Lv.1
力:I…59
耐久:I…63
器用:I…51
敏捷:I…37
魔力:I…0
《魔法》
【】
《スキル》
【超超回復(カプレ・リナータ)】
・早く治る
・受けた傷以上に回復する
・傷が深いほど上昇値は大きい
「僕、才能ないのかなぁ……」
「いや、才能というか単に運じゃねえの?仕組み分かんねえけど」
落ち込む少年は面倒くさい。
俺と自分のステイタスの写しを見比べて肩を落とすベルを見て、俺は頭を掻いた。
背中に厳つい刺青みたいなものを入れ、神の恩恵を頂戴したものの、2つの示されたステイタスには大きな違いが1つあった。
スキル【超超回復(カプレ・リナータ)】
その文字を見つけ、羨ましがったり落ち込んだりする様子は面白かったが長引けば鬱陶しい。
文字が読めないからと、ベルに代読を頼んだのが良くなかったのかもしれない。
「ま!これからは『ツイてる男』とでも呼んでくれ、ベル君よ」
「しかもアビリティ数値も僕より高いし……」
「無視かい……まぁ多分俺の方が年上だし殴り合いすること多かったから、そこは気にしないでいいんじゃねえの?」
「な、殴り合いって……ここに来る前どんなことしてたの!!?」
「ま、色々とな」
思わせぶりにニヤリと笑う。
尤も、響きは悪いが学生時代にボクシング部で汗を流していただけだが。
ボクシングで通じるか不安だったからそう言ったが、格闘技の方が良かったかもしれない。
「しっかしラッキーだ」
あまり実感は湧かないが、スキル発現はレアなことらしい。
自分の中にそんなものが出来たと言われても奇妙な感じだが、不満はない。
貰えるものは貰う主義だし、レアという響きは大好きだ。
ヘスティアでない、幸運を与えてくれた神様に感謝すべきなのだろう……俺は無神論者だけども。
何よりも、元の世界に帰る為に役立つなら大歓迎に決まっている。
目を閉じて、ヘスティアとの会話を思い出す。
ベルと説明を受けている中で、1つの質問を投げかけたのだ。
『他の世界を渡る方法について?イット君は天界に興味があるのかい?』
『天界っていうか、また別の世界?単純な疑問なんだけどさ、下界に来れるなら別の世界も行けるんじゃないか?って』
『天界と下界を行き来することはどの神にも可能だよ。あ、他の世界となると特別な力を持った神じゃないと無理じゃないかな?』
『その神に聞きたい事あるんだけど、こっち来てっかな?』
『さぁ?ボクも面識なかったからよく分からないよ。でもこっちに来たのは暇神達だから、娯楽に飽きてないうちは天界にいるんじゃないかな?』
天界の神とコンタクトを取るにはどうすればいいのか?という問いに、ヘスティアはシンプルな答えを口にした。
――『名前』を高めればいい。向こうに見つけてもらうのさ。
「気になるところはあるけど、回復系スキルかな?良かったじゃないか!イット君!」
そんな嬉しそうな声に目を開ける。
ベルの横でニコニコと笑うヘスティアの顔がそこにはあった。
「日頃の行いが良かったからだな、きっと」
「ふふん、このボクに感謝してもいいんだぜ?」
「ヘスっち関係ないだろ」
「ぐぬぬ、あだ名呼びとは……神を神とも思わない言動許すまじ……!少しはベル君をみならったらどうなんだい!!」
「まぁまぁ神様」
頬を膨らませるヘスティアをベルがなだめる。
本当に神様なんだろうか、とその姿をジト目で見ながら俺は自分のスキルについて思い浮かべながら顎に手を当てる。
「超超回復」という名前から察するに、単なる回復系スキルじゃないだろう。
考えが正しいのならば……多分、俺は本当に幸運だ。
なんなら神様の頬にキスしてもいいくらいに。
「ヘスっち、ダンジョンって何処にあるっけ?」
「へ?外に見える高い塔の下だけど……どうしてだい?」
「ん。少し冷やかしに行こうと思って」
「……は?」
呆けるヘスティアにニヤリと笑う。
この世界で『名前』を高める一番シンプルな方法。
神様達がご執心な『冒険者』って奴らを少し見てくる事にしよう。
「神様?」
ベルは思わずと言ったように、声を掛けた。
軽装のまま歩き出したイットの背中を見て、ヘスティアは僅かな疑念の色を顔に滲ませている。
「さっきイット君のステイタス、勝手に動いた気がしたけど……気のせいだよね」
去っていく背中を見ながら、彼女はそう呟いた。