ダンジョンに潜るのは意外と楽しい 作:荒島
エイナ・チュールにとって、イット・カネダはあまり好きになれない冒険者だ。
彼の死に急ぐような無茶なダンジョン攻略が、自分の担当冒険者であるベルに悪影響を与えかねなかったからだ。
自分を危険に晒して、周りに心配ばかりかける彼の様にベルにはなって欲しくなかった。
イット・カネダという冒険者の事をエイナはあまり好きになれなかった。
「ふんっ!!」
バコォッ!と。
鈍い、打撃音が広場に響いた。
思わず見れば、歓楽街には似つかわしくない3mのオークの巨体が大きく揺らいでいる。
痛みに呻くように少し屈んだ瞬間、硬い音と共に弾けるようにその頭部が跳ね上がった。
目の錯覚だろうか、僅かにその巨体が浮き上がった気さえする重い一撃だった。
「初めて見たけど凄いねぇ、死にたがり君」
隣で暢気にそう漏らす同僚のミイシャの声を聞きながら、エイナは「ありえない」と小さく呟いた。
先ほど、モンスター討伐に参加する旨を告げられた時、エイナは最初猛反対していた。駆け出しの冒険者には危険すぎる、と。
一緒にいたアイズの一声がなければ、間違いなく止めていただろう。
先日、【凶狼】と喧嘩したという一件を耳にした時にも驚いたが、所詮噂だとその内容は信じていなかった。
どこかしらに尾ひれがついて膨れ上がった話なのだと、勝手に認識していたからだ。
普通、半月程度のルーキーであれば、どんなに優秀でもステイタスFがやっとだ。信じる方がおかしい。
ならば、そのルーキーがステイタスCは必要とされるオークを叩きのめしている光景は何なのだろうか。
「ありえない……」
小さくすぼめたような体が、縦横無尽に敵の攻撃を掻い潜り、爆発するような一撃を発射する。
拳のみにこだわる非効率極まりない戦い方が、何故か心を震わせた。
嗚呼、これは良くないとエイナは直感する。
ベルに悪影響を与えるかもしれない、と思っていたのが間違いだったと考える。
彼の戦う姿は『必ず』ベルに影響を与えていってしまうだろう。
一発ごとに周りから湧く歓声を耳にすれば、それは確信へと変わった。
(……やっぱり彼は)
と、考えていた時だった。
ゾワリ、とエイナの腕に鳥肌が粟立った。
「っ!?」
何だ?と考えるより早く、途切れない打撃音が聴覚の注意をすべて惹き付ける。
面白いようにイットの拳打がオークにヒットしていた……まるで自分から当たりに行っているように。
ちぐはぐなオークの行動の隙を貫くように突き刺さる拳。
それを行うルーキーの眼差しは獣のように鋭い。
何だ?何をしたのか?
自分に向けられている訳でもないのに、その闘気に背筋がざわついた。
「うぉらあっ!!!!」
膝が沈む。
直後に伸び上がる。
腰が捩じられ、固定された腕が振るわれる。
天に突き上げるように伸ばされた拳は快音を伴って、オークの頭部を消し飛ばした。
わっ!と観衆が色づく。
それは無傷の圧勝だった。
エイナの喉がゴクリと鳴った。
(やっぱり、彼は良くない)
胸のうちで、そう考えてしまう。
もし彼の行ってきた無茶がその強さを支えているのだとしたら、強くなりたいと言ったベルはどうするのだろうか。
同じファミリアでその姿を間近で見てきたベルのことをやはり心配せざるを得ない。
そして、自分がそんな影響を与えていると気付いていないイットにエイナは少しだけ腹を立てた。
(やっぱり、あんまり好きになれそうにないかな……)
ギルド職員として失格だと自覚しながらも、ベルに肩入れしている一個人としてはそう感じてしまった。
彼が悪い人でないことは分かっているのだけれど、と口にしてエイナはオークを倒したイットに職員として礼を言う為に足を向けた。
硬い石畳を足音が跳ねる。
群衆の中を駆け抜けながら、少し乱れた息を吐き出した。
「東のメインストリートっていうと……こっちか」
シルバーバックという大猿のモンスターが東区の方に来たとギルド職員が伝えてきたのはつい先ほどの事だった。
証言によれば何かを追いかけるように移動していたが、あっという間に見失ってしまったという。
速い相手は少しだけ苦手なんだがと考えていると、遠くでモンスターの鳴き声が聞こえた。
ビンゴだ。
しかし、足を止めその方角に顔を向けると、広がっていた景色に思わず顔を歪めてしまった。
「よりにもよってダイダロス通りかぁ……」
目の前にある通りは、祭りにも関わらず人の気配が薄い。
この入り組んだ貧困層の住居区画は入ったが最後出て来れない、と噂されるほどに迷宮染みている。
だが、だからといって退くほどやわじゃない。
帰ってくるのは遅くなりそうだと苦笑いを浮かべて、その入り口に突入する。
「……」
その区画は、やはり人の影すらなかった。
どこも固く戸を閉ざしてしまったのは、例のモンスターがここを通ったからなのだろうか。
足跡を見つけられたのは僥倖だが、目撃証言も聞けないのは痛い。
どこかに歩いている人間でもいないかと辺りを見渡すと、地面に座り込んだ男の姿を見つけた。
「なぁ、あんた!こっちにモンスター来なかったか!猿みたいなやつ」
「あ、あぁ、見たとも……白い大きな猿だった」
青ざめた顔をした彼は腰を抜かしてしまったらしい。
これでよく襲われなかったものだと思っていると、彼はある方向を指さした。
「あ、あっちだ……白い髪のガキとツインテールの嬢ちゃんを追っていったよ」
「白い髪……ツインテール……?」
口の中で転がす単語に自然とベルとヘスティアの顔が浮かんだ。
確証はない……しかし嫌な予感がした。
男に礼もそこそこに走る中で、焦燥感が胸を燻るのを感じる。
シルバーバックは11階層のモンスターだ。
もし襲われているのがベル達だったとすれば、その相手はかなり厳しい。
嫌な予感が脳内で像を結ぶ。
歯を食いしばりながら、全力で石畳を蹴る。
狭い通りを右に、左に曲がるごとにモンスターの声はどんどん大きくなっていく。
この先にいる。
そう確信して通路を抜ければ家々に囲まれた開けた場所に出た。
途端に目を焼く日光に目を細めながら注視すれば、そこにいたのは白い大猿……そしてナイフを構えたベルの姿。
「ベル……っ!」
ここから見てもベルが傷を負っているのが見えた。
加勢しないと、と思わず駆け寄ろうとしたその手を誰かが掴んだ。
「ダメだよ、イット君」
「ヘスっち……?」
ゆらりとツインテールを揺らして、彼女はこちらを見ていた。
薄く微笑みを浮かべながら、落ち着いた瞳を向けてくる。
そのあまりに場違いな姿に一瞬混乱するも、上がるモンスターの声に我に返った。
「何だよ?ベルが危ねえんだ、用なら後にしてくれ!」
「ううん、ダメだよ。助けに行っちゃダメだって言ってるんだ、イット君」
「……は?」
一瞬、言っている意味が理解できなかった。
「俺にベルを見殺しにしろって……そう言ってんのか!?」
「違うよ。君はボクと一緒にここで見てておくれ……ベル君の力を信じてあげて欲しいんだ」
「そんなの、」
無茶だ、と続けようとした時。
ベルの雄叫びが上がった。
勢いよく顔を向けた先で、低く舐めるようにベルが疾走する姿が見えた。
その速度は最後に見た時とは比べ物にならないほどに、速い。
見覚えのない黒いナイフを逆手に構えながら、彼はシルバーバックに迫る。
そして、一閃。
足元をすれ違い様に斬りつける。
そのまま急停止して反転すると、飛びつくようにまた斬りかかる。
シルバーバックの手が掴まえようと伸ばされるが、まったく追い切れてなどいなかった。
刃が閃く度に、その白い体毛が赤く染まっていく。
誰がどう見てもベルの優勢だった。
「凄えな」
ポツリとそう呟けば、隣のヘスティアが誇らしそうな笑顔をこちらに向けた。
「そうさ!うちのベル君は凄い子なんだよ!」
「そう、だな……俺、どっかであいつの事ガキ扱いしてたかもしんない。守ってやらないと、って。でも、アイツにそんなの必要なかったんだな」
目を細めながら、戦いの光景を見る。
『男の背中を押すのも、良い男の条件』
おっさんのそんな言葉が頭を過ぎった。
男は勝手に無茶して勝手に育っていくものだ。
その背中を助けながら押してやることが、自分の本当にすべきことだったのかもしれない。
「うぉおあああああ!!!」
気が付けばシルバーバックはボロボロだった。
声を上げながら、矢のように飛び出したベルの刺突はその急所を確かに貫いた。
その足が地面に着いた瞬間、大猿の姿が霧散する。
後にはゴトリとシルバーバックの拘束具が落ちているだけだった。
「やった!やったよ!ベル君!!」
歓声を上げて飛び出していくヘスティアの背中をゆっくりと追いかける。
疲れたのか少しおぼつかない足元のベルの肩に手を回して支えると、彼は驚いたようにこちらに振り返った。
赤い瞳が大きく見開かれる。
「え、イット!?なんで、ここに!?」
「成り行きってやつだよ、ベル。それよりも」
言葉を待つベルに拳を突き出す。
「ナイスガッツだったぜ」
目を瞬かせたベルは次の瞬間、嬉しそうな顔をして笑った。
「うん!!」
コツンと拳をぶつけ合う。
嫌にニコニコとそれを見つめるヘスティアの視線が煩わしかったが、いい気分だ。
ベルの奮闘に当てられたのか、体を動かしたくて仕方がない。
(俺も頑張んないとな……)
喧騒が静まったことで顔を出す住民を横目に見ながら、ギュッと拳を握りしめた。
レベッカはイットの奮闘を観戦した後、多分飲み物でも飲みながら戻ってくるの待ってます←
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