ダンジョンに潜るのは意外と楽しい   作:荒島

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汗水垂らして、拳を振るっているとボクシングを始めてすぐの頃を思い出す。

 

腕が上がんなくなるまでミットを打って、倒れそうになるほど走り込んで、そうやって徐々に出来上っていく自分のパンチが何よりも楽しかったのを思い出す。

 

こうやって体を苛め抜くと、拳を研ぎ澄ませる事が好きだったことを思い出すのだ。

 

「おう坊主!へばってんのか!」

「誰、がっ!」

 

おっさんの声に弾かれるように前に飛び出した。

自分よりも2回りは大きなその巨体はまるで壁のように立ちはだかっている。

その前で構えられた両掌に鋭く拳を射抜くと、乾いた音が鳴った。

 

「ふぅっ!!」

 

レバー、テンプル(米神)、ジョー(顎)、そして心臓。

縦横無尽に位置を変えるその掌を乱打する。

ミットではない感触は拳にダイレクトに衝撃を伝えてきた。

未だに慣れない感触だが、一息吐く間は与えられない。

 

気を抜けばすぐにおっさんからの反撃が飛んでくるのだ。

 

「ぬんっ!」

 

瞬きした瞬間、おっさんの両掌が拳に形を変えて迫ってくる。

 

右、左右、右左左左右左右右左右──

上体を振って避けるも、その攻撃は早い。

先読みをしているにも関わらずチリチリと肌を掠める速さは流石の一言だ……と、そんな事を考えたのが悪かったのだろう。

 

「ほぅれ、足元がお留守だぜ」

 

一言、聞こえた瞬間には視界が回っていた。

遅れて膝付近から弾けるような痛みが伝播する。

ローキックされた、と気付いた時には背中から地面に叩き付けられていた。

 

「ぐがっ!?」

「んあ?太陽が高えの……そろそろ飯時だ!坊主、休憩だ!飯を食いに行くぞ!」

「唐、突過ぎんだろ、おっさん……ちょいタンマ」

 

荒い息を整えながら立ち上がる。

対して涼しげな顔しているおっさんを見ると、実力差を感じると共に無性に腹が立った。

だからこそ、こうして鍛えて貰っているんだが……と思いながらも何だか釈然としない。

 

「がっはは!情けないぞ、坊主!『ぼくしんぐ』とかいう体術が上手いのは分かっとるが、足元のお留守は直らんの」

「分かってんよ……これも、すぐに直して見せるさ」

 

口を尖らせながら言うも、課題は山積みだ。

習うべきこと、鍛えることは本当にたくさん存在する。

 

「……」

 

おっさんに鍛えてもらい始めて早数日が過ぎていた。

やっている事といえば、模擬戦、ミット打ちもどき、そしてダンジョン講座だけだが十分な血肉になっているのを感じる。

特にLv.4のおっさんの動きについていこうと感覚が鋭敏になっていくのは楽しい感覚だった。

 

……だが、それでは足りない。

これから目指そうとしている形に、それでは足りないのだ。

 

『正直の、坊主。お前さんの体術はダンジョン攻略に向かん』

 

鍛錬初日、おっさんが伝えたのはそんな言葉だった。

 

元々、ボクシングは様々なルールの中での格闘技だ。

ダンジョンという無法地帯で戦えるようには設計されていない。

このまま潜り続ければいずれ無理が出てくる。

 

戦い方の問題だ。

『ボクサー』か、『冒険者』か。

どちらかを選ぶことが求められていた。

 

『ダンジョンっつうのは中層以降まるで世界が変わっとる。もしどちらかに絞るなら今だぜ、坊主』

 

それは、おっさんらしくもない心配するような表情だった。

もしかしたら鍛錬をしてくれることになったのは、そんな懸念があったからかもしれない。

 

けれども、そんな覚悟はとっくの昔に決まっていたのだ。

 

『……愚問だよ、おっさん。アンタらしくもない』

『ぬ?』

『どっちもやるんだよ、ダンジョンでもボクシングを貫く。それだけの地力を付ければ無問題だろ?男見せてやるよ、おっさん』

 

おっさんが呆気にとられたような表情を浮かべた後、地鳴りがするほど大笑いしたのはちょっとした見ものだった。

レベッカが何事かと顔を見せたほどだったのだから、騒音も良いところだ。

けれど、おっさんのその大きな笑い声は「やってみろ」と励ましているようにも聞こえて、何だか嫌いじゃなかった。

 

そして、今。

 

「覚悟決めたんだけどな……足んねえなぁ」

 

まだまだ足りない地力に思わず歯噛みしてしまう。

ボクシングを基礎から徹底的にやり直すこと。

冒険者としての立ち回りを覚えて、ボクシングに活かすこと。

やる事はとてもシンプルだ、けれどそれ故に伸ばすことは難しい。

 

「まぁ腹が減っては戦も出来ぬと言う!通りへ繰り出すぞ、坊主!今日は怪物祭だ!美味いもんもたくさんあろうが!」

「?……怪物祭?」

「ガネーシャ・ファミリア主催の闘技場でモンスターとガチンコする見世物よ!相手を屈服させる!男のぶつかり合いは血が滾るわい!」

 

おっさんは実に愉快そうに体を揺するが、怪物祭については初耳だった。

世情に疎すぎるのだろうか、と思いながらも少しその内容にも興味が湧く。

おっさんの気に当てられてか、気分が高揚するのを感じながら闘技場のある方向に目を向けた。

 

「……ちょっと?それ、あたしを置いて行こうって訳じゃないわよね?」

 

不機嫌そうな声が耳朶を打った。

 

視界に割り込むように、細められたブラウンの瞳が現れる。

先ほどまで作業をしていたのか、その頬には薄っすらと汗が滲んでいるのがこの近距離だとよく見えた。

当然、その「忘れてないだろうな?」という言わんばかりの表情もだ。

 

……正直、彼女の事を忘れていたとは口が裂けても言えない。

 

「ぬ?おおっ、しまった!こやつの事を忘れとった!」

「そんな事だろうと思ったわよっ、ダメ親父!」

 

レベッカが怒りの蹴りを入れるも、本人はケロッと笑っているのは最早お約束の光景だ。

しかし、こんな人でも人望はあるというのだから世の中面白く出来ている。

 

そんな事を思っていると、ガチャリという音と共に目の前にガントレットが差し出された。

 

「試作8号よ、さっき完成したの。試して頂戴」

 

笑顔と共にレベッカから渡された鈍い鉄の輝きに、思わず目を奪われてしまう。

ミノタウロス戦からこれまで、彼女が打った7つの試作品も悪かった訳ではない。

しかし、このガントレットは傑作だと素人目にも感じる事が出来た。

 

「我ながらかなりの出来よ。アンタの馬鹿みたいな使い方にも今回はきっと耐えられると思うわ」

「これ……今、着けてみていいか?」

「当たり前でしょ?付け心地の感想聞かせてよ」

 

恐る恐る両手を通す。

腕に合わせて作られた曲線は吸いつくように腕に馴染んだ。

軽く拳を握るも、違和感はない。

数発シャドーしてみれば、小気味良い風切音が鳴った。

 

「うん、最高だ……これで駆け出しだっていうんだから凄えよ」

「たまたま鍛冶系スキル持ってるだけよ。私自身はまだまだ駆け出しなの。その子だってまだまだ発展途中よ」

 

一体、試作何号まで作るのかと思いながらも、その情熱には感謝の言葉しかない。

それを伝えればきっと彼女はいい顔をしないんだろうけれど、と思いながら笑って見せる。

 

「そりゃ楽しみだな」

「ええ、楽しみにして頂戴」

 

得意げな響きを滲ませて、彼女は歯を見せて笑う。

何が嬉しいのか大笑いをするおっさんの声を耳にしながら、怪物祭が行われる通りへ彼女を誘い出す。

別にデートじゃないんだしこのままで良い、と作業着のままなのは何ともレベッカらしい。

意気揚々と繰り出すおっさんについていく形で、賑やかな通りに足を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

闘技場付近に到着すれば、おっさんはその大きな手に小さなチケットを靡かせながら闘技場へ行ってしまった。

どうやら1人でチケットを予約していたらしい。

慌てて後を追って闘技場に駆け込めば当日券は売り切れだと言われ、やむなく肩を落としながら屋台を回っていた。

 

「ちょっと観たかった……」

「辛気臭いわね、大丈夫よ。来年になったら観れるわ」

「……来年、ねぇ」

 

それまで自分はここにいるのだろうか?

 

小さく呟いて、いか焼きのようなものを頬張る。

屋台と人であふれた光景は日本の祭りを思い出させ、少し懐かしさを覚えさせていた。

そんな郷愁の念を抱きながらレベッカと共に通りを練り歩く。

人の多さから普段よりも通りを狭く感じながら足を進めていると、ふと雑踏の中に見覚えのある後ろ姿を見つけた。

 

「おーアイズ。この間ぶり」

 

そう声を掛ければ長い金髪がふわりと広がった。

その向こうから覗かせる顔は少し驚いているようにも見える。

 

「この間ぶり、だね」

 

相変わらず表情薄いなぁ、と感じる。

この子満面の笑みとかするんだろうか、と何となく思っているとその脇に赤い髪の女性が立っている事に気が付いた。

 

アイズの知り合いだろうか?軽く会釈をするも、もの凄い形相でこちらを睨んでくる……はて、何かしただろうか。

記憶を探るもまったくその顔に覚えはない、完全な初対面の筈だった。

 

「えーっと、何か?」

 

恐る恐る尋ねれば、その細い目がカッと見開いた。

 

「『何か?』やて?うちのアイズたんにナンパするなんて、いい度胸やないかぁ!!!」

 

何故だろう、火山の噴火をその背景に幻視した。

これは妙な人に絡まれた、と察した時には最早手遅れだ。

口を挟む間も無く、ずずいと詰め寄られてしまう。

 

「よう見たらその顔、見覚えあるで!この間、うちのベートと喧嘩しとった少年やな!」

「あー……ロキ・ファミリアの人っすか?」

「せや!ウチがロキ・ファミリアの主神、ロキや!!」

 

その言葉に思わず、目の前の人物を二度見する。

 

この人がロキ・ファミリア主神、ロキ。

神様に会うのは3人目だが、ミアハを除いて変な奴しかいないのはどういう事だろうか。

助けを求めるように横を見れば、逃げの体勢を取ろうとしていたレベッカの腕を思わず掴まえた。

 

「ちょっ、放しなさいよ!?」

「頼むから、逃げようとすんな!あれ1人で相手すんのは嫌だぞ」

「知らないわよ。アンタの知り合いなんだから、アンタが対処すればいいじゃない」

「赤髪の方は初対面だよ!」

 

あーだこーだ、と小声で攻防戦を繰り広げていると不意にアイズが口を開いた。

 

「ロキ。彼に喧嘩売るのは、やめてください」

「アイズたん!?」

 

そのファインプレーに思わず親指を立てるが、口は挟まず大人しく成り行きを見守る。

さわらぬ神に祟りなしだ、文字通りの意味で。

 

「あの子は、知り合いです……この間、話したことがあって」

「へ、変なことされてあらへんよな?辛い事あったらすぐウチに言うんやで?」

「……アンタが初対面の癖に俺をどう思ってるのか、よーく分かりました」

 

まるで変質者扱いだ。

いや、過保護なだけだろうか?妙に既視感を覚える光景だった。

具体的に言えば、うちのロリ巨乳が似たようなことを良く口走っていたような気がする。

もしかしたら、どこのファミリアも眷族への接し方はあまり変わらないのかもしれない。

 

(家族ね……)

 

そんな風に2人を眺めていると、にわかに周りが騒がしくなった。心なしか、人の流れが激しい。

何事だろうか、と周りを見渡せば数人のギルド職員がギルドの方に駆けていくのが見えた。

 

「ギルドの方で何かあったのかしら?」

「っぽいな、ちょっと様子見てくる?」

 

そうレベッカに問えば、隣にいたアイズも口を開いた。

 

「私も、行く」

「アイズが行くんやったら、ウチも冷やかしに行こか!」

 

はいはーい!と軽いノリで挙手するロキに軽い苦手意識を感じながらも、ギルドの方へ足を向ける。幸い、場所は目と鼻の先だった。

その入り口に近づけば、ベルの担当職員のハーフエルフ、エイナの姿がそこにはあった。

やはり何か問題が発生したのか、少し険しそうな顔で他の職員と話をしている。

 

「何か、あったんですか?」

 

アイズはそう話しかければ、彼女の顔がパッとこちらを向いた。

その眼がアイズの姿を捉えると、その顔に僅かに安堵の表情が浮かぶ。

次いでエメラルドグリーンの瞳がこちらに向くと、その表情にほんの僅かに険が混じった。

 

その反応に苦笑いしてしまう。

自分の潜り方がベルに悪影響を与えているのではないか、と彼女には少しだけ嫌われてしまっているのだ。

 

「実は、怪物祭で調教するはずだったモンスターが数匹逃げ出してしまって……」

 

聞けば、ダンジョン10階層付近のモンスターが解き放たれてしまい、街は混乱しているのだという。

申し訳なさそうにアイズにモンスター討伐の依頼を出すエイナに、アイズはコクリと頷いた。

 

「分かり、ました」

 

Lv.5の剣姫が対処してくれるなら、心強い。

そんな雰囲気がギルド職員の間に流れる。

 

「あのぉ、1ついいっすか?」

 

そこに口を挟んだ。

 

発言した途端にこちらに向く視線は何を言い出す気なのか、と如実に語っている。

焦っているのか、正直あまり好意的ではない。

その中でも怪訝そうな表情をこちらに向けるエイナに向かって、ニッコリと笑って見せた。

 

「それ、俺も手伝っていい?」

 

エイナの瞳が驚きに見開かれた。




閲覧して頂き、ありがとうございます!

今回でアニメでは2話目くらいですかね…次で3話目を終えられますように…

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