ダンジョンに潜るのは意外と楽しい 作:荒島
朝の教会は珍しく騒がしかった。
夜通し帰ってこなかったベルがボロボロで帰ってきたのだから、ヘスティアの悲鳴が長々と響いていたのだ。
聞けば、防具もないままダンジョンに徹夜で潜っていたというのだから正気の沙汰ではない。
「ベルも無茶しすぎだろ」
「君がそれを言うんじゃないよ!どうするんだい!イット君の無茶がベル君に感染しちゃったじゃないか!!」
「病原菌みたいに言うなっ」
「強くなりたいです」と言い残し、倒れるように寝てしまったベルにヘスティアは嬉しいやら心配やらで複雑な表情を浮かべている。
多分、似たような表情を自分も浮かべているのだろうと思う。
落ち着いた大人しい奴だと思っていたけれど、もしかしたらベルの事をまだ分かっていなかったのかもしれない。
こんなに荒々しい部分を持っているとは思わなかった、というのが正直な感想だった。
「ただ外に食事しに行っただけなのに、なんで2人ともボロボロで帰ってくるかな……まったく!ボクの眷族には自分を大切にしない子しかいないのかい!!」
「いや、悪かったって。この通り反省してるからさ。カッとなって喧嘩になったのは軽率だったよ」
「本当に分かっているのかい?」
「もちろん」
そう答えると、ヘスティアは少し迷ったように顔を曇らせた。
「……本当は何も言わないでおこうかと思ったんだけど、1つだけお節介をしてもいいかい?お願いとも言ってもいいかな……ベル君の事をもっと見てあげて欲しいんだ」
神妙な顔をしてヘスティアは言う。
視線をベルの頬に落としてそう言う彼女に少し首を傾げてしまった。
見ているつもりだ、と自分では思っていた。
けれどそんな事を言われるからには、それは勘違いだったという事なのだろうか。
「どういうことさ?ベルの何を見ろって言うんだ?」
「それはボクは教えてあげられないな、イット君への宿題だよ。これは君自身に気付いて欲しいんだ。それをボクも、そしてきっとベル君も望んでる」
「……謎かけみたいなのは苦手なんだけどな」
そう口にするも霧は晴れない。
ベルの事を見ているつもりだったけれど、実際は全然見れていなかったのか。
考えが、モヤモヤと胸の中で燻っていく。
そんな唸る姿が琴線に触れたのか、微笑ましいものを見る目を向けるヘスティアは諭すように言った。
「いいかい、イット君。君は少しづつ変わっていってる。それがボクはとても嬉しいんだ。悩んで悩んで悩みぬいた先で得た答えはきっと君をまた変えてくれるよ、いい方向にね」
「……分かんねえなぁ、しばらく時間かかりそうだ」
「世の中なんて分からないことだらけだとも!ボクは何でイット君が無茶し続けるかが一番分かんないよ!」
「時に譲れないものがあんだよ、男の子には」
疑問の答えを教えてあげるも、その不満顔は変わらない。
『分からない』と顔にデカデカと書かれている姿を見ながら、肩を竦める。
こればっかりは女の子に口で理解してもらうのは難しい。
「……」
ヘスティアの言葉も同じようなことなのだろうか?
口で伝えられても意味がなく、自分で理解しなければいけないものなのだろうか?
唸るも、やっぱり分からなかった。
やはり少し時間がかかりそうだと思っていると、眠気とともに大きな欠伸が漏れた。
「ふわぁ。わり、瞼もう上がんないわ……そろそろ寝ようぜ」
「イット君も夜通しでずっとベル君探していたしね。今日はゆっくり休むといいよ」
「言われずともそうするさ」
何だか今日はとても疲れた。
とっとと横になって泥のように眠りたい。
そんな思いを胸にふらふらとソファーの方に足を向けると、急にクイっと袖口を引っ張られる。
何だ何だ、と顔を向けると少し楽しそうな笑みを浮かべたヘスティアがベルの寝ているベッドを指さしていた。
「どうだい?今日はベル君もいるし、3人で川の字で寝ようじゃないか!」
「狭えし、却下」
「即答!?イット君のケチ!」
「ケチで結構。寂しいならベルと2人で寝ればいいじゃん」
半眼でそう言えば、ヘスティアは急にキメ顔をしながら口を開いた。
「時に譲れないものがあるんだよ、神様にもね!」
「絶対ヤダ」
「冗談!冗談だよ、イット君!折角なんだし、皆で寝ようじゃないか!ね?」
まるで駄々っ子のように袖口を離さないヘスティアに思わずため息を吐く。
初めて会った時より格段に上がった腕力ならこの手を振り払うことも容易いだろう。
しかし、それをするのも格好悪いかと根負けするように頷いてしまう。
結果として、ヘスティア・ファミリアは一同狭いベッドでこんこんと眠りにつくことになったのだった。
「うぅん、アイズ……さん」
「むにゃむにゃ、ベル君、イット君……」
「……やっぱ狭え」
自分1人を除いて。
その日の昼下がり、寝苦しさのあまり2人の寝るベッドを抜け出ると書置きを残してギルドへと足を向けた。
ダンジョンには潜らないものの、カリーヌさんに呼び出しを受けていたことを思い出したからだ。
パルテノン神殿を思わせるギルドの入り口を潜ると、今日は何だかヒソヒソ話が耳についた。
睨みつけるような視線、面白がるような眼差しが自分に向くのを感じる。
何だろうか?と思うより早く一際強烈な視線が体を射抜いて思わず振り返る。
バッと顔を向けた先ではカリーヌさんが普段の2割増し怖い顔をしながらゆっくり手招きしていた。
気のせいだろうか、背後に鬼の顔が見える。
冷や汗交じりで示された椅子に座れば、牙を剥くような笑みで迎えられた。
「馬鹿だ馬鹿だとは思ってたが、大馬鹿者だったとはなぁカネダ」
「え、何すかいきなり?」
「胸に手を当てて考えてみろ」
記憶を探るも思い当たるフシしかないので曖昧に笑っておく。
その態度が気に食わなかったのか、一際睨みを利かせるとカリーヌさんは口を開いた。
「昨日、ロキ・ファミリアの奴と揉め事起こしたそうだな」
「あ、それっすか。カリーヌさん耳が早いなぁ」
「暢気に言うな。原因は知らんが、Lv.5に喧嘩を売るLv.1がどこにいる。血の気が多すぎて脳みそ溶けたんじゃないか、この馬鹿」
「酷え」
しかし、耳に痛いほど正論なのだから言い返す言葉もない。
ヘスティアにさえ、喧嘩を売った相手がLv.5だとは口にしていないのだ。
自分が馬鹿やった事は十分に理解しているつもりだった。
「だが、まぁそれについてはいい。馬鹿は死んでも治らんと言うし、私はもう諦めた」
「真顔で言われるとマジ凹みますよ、俺?」
「事実だろ。それよりもだ、昨日の一件でお前に変な噂が立っている」
「変な噂?」
はて何だろうか、と首を傾げてしまう。
『死にたがり』だと笑われていたこと以外に何かあるのだろうか?
「冒険者半月の新人にしては強すぎる。申請を誤魔化しているんじゃないか、だとさ」
「はぁ」
何だか気の抜けた返事をしてしまうが、何か問題あるのだろうか?
申請誤魔化したところで特にメリットもないような気がするので眉を寄せてしまう。
「やっかみを買ってるということだ。大半は昨日のラッキーパンチに面白がっているだけだが、そういう事もあるのだと覚えておけ」
「うぃっす」
「ちなみに私も疑っている」
「え、酷くないっすか!?」
あまりの物言いに思わず顔が引きつるのも無理はないだろう。
冒険者申請してからずっと担当職員だったカリーヌさんがこの件は一番よく分かっている筈なのだから。
「だが、そろそろ1人で10階層に行こうとしているんだろう?あそこの適正値がステイタス平均B,C以上なのは知ってるな?」
「もちろん」
「……即答するということは少なくとも平均Cはあるということか。本当の考えなしならとっくにくたばってるものな……まったく、どんな魔法使ってるんだか」
呆れたようにカリーヌさんは言うが、ステイタスを秘匿する側としては苦笑いするしかない。
ミノタウロスと戦った一件で、急激に成長したステイタスが異常だという事は流石に理解していた。
昨日、ボコボコされた影響でまた上がったし、と思いながら自分のステイタスを思い出す。
イット・カネダ
Lv.1
力:B717→B764
耐久:A886→S907
器用:E455→D511
敏捷:C605→C633
魔力:I0→I0
《魔法》
【】
《スキル》
【超超回復(カプレ・リナータ)】
・早く治る
・受けた傷以上に回復する
・傷が深いほど上昇値は大きい
(耐久、ついにSランクの大台に乗ってたな……)
逆に器用さは相変わらず伸び悩んだままだ。
昨日、上手くカウンターを入れられた影響か急に伸びたけれども、全体的に見ればまだまだ見劣りしてしまう。
器用さが技術力だとするならば、きっと自分に足りないのはそれなのだろう。
ダンジョンに潜るのではなく、トレーニングに本格的に取り組まなければいけないかもしれない。
おっさんがコーチしてくれるようだし、スパーの相手になってもらおうかと考えていると俄かにギルドがざわめいた。
ヒソヒソとこちらに向いていた視線が、ザワザワと入り口の方に向いている。
誰か有名人でも来たのだろうか、とそちらに顔を向けると入り口に立っていたのは金髪を靡かせる見覚えのある少女だった。
アイズ・ヴァレンシュタイン。
命の恩人でもあり、この街有数の強者である剣士は軽装のままギルドに足を踏み入れる。
換金でもないようだし、何の用だろうかと何となく見ているとふとその金色の瞳と目があった。
じぃと見つめられると居心地が悪い。
挨拶代りに小さく手を振ると、きょとんとした顔を返されてしまった……死にたい。
「おーおー、カネダ。剣姫にうつつ抜かすなんて私の話は聞くに値しないと?」
「えっ?いや、そんな訳ないじゃないっすか」
「10階層に行くっていうのに余裕だな」
「い、いやそんな事ないっすよ?おっさんにも鍛えてもらうつもりですし、万全の状態でいきますって」
「鍛えながら潜るのは万全の状態とは言わん!」
何でバレたんだろうか、と冷や汗を流す。
一喝するカリーヌさんにはははと乾いた笑いを投げかけると、不機嫌そうに舌打ちをした。
仮にも見目麗しい女性がする行為ではない。
しかし、それが様になってしまうのがカリーヌさんの怖いところだろう。
文字どおりの意味で。
と、その時だった。
「君、もう10階層に行くの?」
ふと、頭上からそんな声が降ってきた。
視界の隅に滑らかな金髪がさらりと揺れる。
目の前のカリーヌさんは怪訝そうな顔をしながらも、会話に入ってきた彼女に口を開かない。
任せる、ということだろうか?
代わりに視線を上げながら、俺はにこやかに笑った。
「あー、昨日はどうも。何か用でも?」
「??君が手招きしたから来たんだけど?」
それは手招きではなく、挨拶だろ。
そうツッコミたいのをグッと我慢する。
小首を傾げながら言われても、首傾げたくなるのはこっちだ。
天然なのか、ギャグなのか、不思議ちゃんなのか分からないが声を掛けてきたのは好都合だった。
少し、彼女には聞きたいことがあったのだ。
丁度1人でいるのだし、いい機会かもしれない。
「カリーヌさん、ごめん。ちょっと急用出来た」
「また突然だな……まぁ、良い。今日の呼び出しも、お前の10階層行きに釘を刺したかっただけだ。ほら、とっとと行け」
「うぃっす。また来ます、カリーヌさん」
半眼でしっしと追い払うような見送りを受けてカウンターを後にする。
何だかんだ口は悪いけれど、面倒見はいい人だ。
その事を再認識しながら、隣の少女に顔を向ける。
「少し聞きたいことがあんだけど、時間あるか?」
「いいよ。私も、貴方に聞きたいことがあった」
こちらの問いかけに頷くと、アイズ・ヴァレンシュタインは薄い表情でそう言った。
閲覧ありがとうございます!
最近、少し忙しくなってきたので更新ペース落ちますが、2、3日に一度の更新ペースで頑張りますのでよろしくお願いします!
いつもご感想やご評価ありがとうございます!