ダンジョンに潜るのは意外と楽しい   作:荒島

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原作開始


09

「今日は5階層まで潜ってみない?」

 

その日、そう提案してきたのは珍しくもベルの方からだった。

朝、レベッカから頼んでいたガントレットを頂戴して気分も良かった所にそう言ってきたのだ。

鼻歌を歌いながら次の4階層にでも行こうと思っていたが、それを飛ばしての提案に思わず面を喰らってしまう。

 

「いいけど……何でまた?」

「僕も3階層で余裕が出てきたけど、イットには物足りないじゃない?僕は大丈夫だから、どんどん先に進みたいんだ」

「んー……ま、大丈夫か」

 

パーティを組んでいる時はベルに合わせる形で、安全に進もうと思っていたが5階層くらいなら問題はないだろう。

ベルの担当職員のハーフエルフは良い顔をしないようだけれど、ベルも無茶したい年頃だ。

おっさんじゃないが多少、背伸びした方が男は成長するものだ。

自分なんて初日でそれくらい連れて行かれたし、大丈夫だろうと快く了承した。

 

 

――そんな風に楽観視していたのが良くなかったのかもしれない。

 

 

「「ぎゃあああああああああああ!!」」

 

牛頭の巨人が後ろから迫ってくる。

2m強もある身の丈は見上げるほどに大きく、その筋肉の密度は熱気と共に脈動している。

考えるまでもなく本能が訴えかけていた『勝てる相手じゃない』と。

 

「ベル!次の角、右曲がっぞ!!」

「わ、わわわわ分かった!!」

 

なりふり構わず、背を向けて駆けだす。

無茶だ無謀だと笑われる事の多い自分だが、死ぬ相手に特攻するほどの大馬鹿者ではない。

 

「「うぉおおおおあああああああああああ!!?」」

 

轟音と共に背後で砕けた岩壁の破片が降り注いでくる。

壁を拳でぶっ壊すってどういう背筋しているのだろうか。

追いかけてきながら、その拳で破壊をまき散らす姿に思わず頬が歪む。

幸いだったのは足がそこまで早くないこと、棍棒なんかをもっていないのでリーチが短い事だった。

そうでなければ、あっという間にあの暴撃の餌食になっていた所だろう。

 

ただ、逃げ切れるかと言われればそれは否と言わざるを得なかった。

 

「う、わぁっ!!!?」

 

まだ敏捷の高くないベルのリュックに拳が掠る。

それだけで軽いベルの体は軽々と宙を舞った。

思わず足を止めて振り返るも、壁に叩きつけられて呻く様子を見るにすぐには立ち上がれそうにない。

 

やばい、と考えるより早く足は動いていた。

 

「ブモォォオオオオオ!!!!」

 

荒く湿った息が顔に吹き付ける。

もの凄い悪臭に顔を顰めながら、口元を覆うように拳を構えた。

 

「い、イット!!?」

「ベル、立てるか!!」

「ご、ごめん!!こ、腰打って……あ、足が動かない!!」

「だよなぁ…………仕方ないか」

 

小刻みに上体を揺らしながら、相手を見据える。

相手のヘイトが前に飛び出してきた無謀なボクサーに向いているのは幸運だった。

 

「動けるようになったら、上に走って誰でもいいから救援頼む!!」

「イットは!!?」

「俺は……ちょっと足止めしとくわ!!!」

 

言葉を言い切った直後、ミノタウロスの右腕が振りかぶられる。

素人のような大振りなテレフォンパンチ、見切れない筈がない。

ただ、そのスピードは尋常でなかった。

全力で上体を傾けて避けるも、肩に攻撃の側面が擦り火傷したように熱い。

 

(足を全開で使わないと死ぬ……!!)

 

上体を傾けて避けるウィービングだけでは避けきれない。

集中がガンガン研ぎ澄まされて、アドレナリンが勢いよく噴出しているのを感じた。

恐らく拳を弾こうとしても腕を持って行かれてしまう……全部避けきるしかない。

 

「ふぅっ!!!」

 

暴風のような横薙ぎを身を沈ませて掻い潜る。

目の前にはがら空きの脇腹、絶好のチャンスにギリギリと右腕を引き絞る。

僅かに沈ませた膝のバネを使って、アッパー気味に拳を振りぬく。

 

「うぉあらぁああああ!!!!」

 

バコゥン!と最高の衝撃が拳を突き抜けた。

手応えあり……なのだろうか?

否、と直感が囁く。

信じられないほどに厚い筋肉の壁が、衝撃を安堵という脆い感情ごと呑み込んでしまった。

 

たまらず全力で飛びのいて距離を取ると、たった一撃入れただけで息が上がっている事に気がつく。

体力以上に精神的な疲労がどっと肩にのしかかっていた。

 

(やべぇ落ち着け……冷静になれ)

 

グングン高くなる体温とは逆に頭を冷静に回転させる。

 

ベルはまだ動くことが出来ていない。

退く選択肢は皆無……だが実力差は絶望的だ。

カリーヌさんから聞いたモンスター情報では、ミノタウロスはLv.2。

Lv.1の中堅じゃ逆立ちしても勝てない相手だ、まず攻撃が通らない。

 

ただ、生き物である以上どうしても鍛えられない『弱点』が存在する。

幾つかある中で、もし明確なダメージを与える事が出来る場所があるとするならば、それは脳を揺らすことが出来る……

 

「……顎しかないか」

 

頭1つ分高い位置にある牛頭の顎へのフック。

拳が届く範囲で一撃で最も影響を与えられるのはそこしかない。

ただ、その為にはミノタウロスの懐に飛び込まなければ拳をぶつける事すら出来ない。

 

『出来るのか?』と頭の片隅で理性が囁く。

『無理だ、やめておけ』と本能が引き留めた。

しかし心は、決して屈してなどいなかった。

超接近戦での殴り合いはボクサーの花形だ。

インファイターの見せ場に全身が燃えるように熱くなっていく。

 

無理無茶を通してこそ、勝機は見える!

 

「っ!!!」

 

雄叫びは上げなかった。

熱く燃えたぎる感情は全て拳でぶつける。

飛び込むのは右斜め下、振るわれる拳に沿うようにダッキングする。

一歩、踏み込んだだけでは距離が詰められない。

もう一歩、潜りこむように飛び込んだ瞬間――見上げた先でミノタウロスと目があった。

 

(見切られている……!!?)

 

ドッと汗が噴き出す。

やばい、と考える暇すらなかった。

 

「グモォオオオオアアア!!!!」

「がっ……!!!!」

 

爆発と同時に目に見える物すべてがぐちゃぐちゃにかき乱された。

世界が崩壊したようだ。

圧倒的な痛みに意識が遠のいた次の瞬間、背中から突き抜ける衝撃に我に返る。

視界が戻った時には壁に半ばめり込んでいた。

 

「イットォ!!!!」

 

まだ動けてないのかよベル、と言ってやりたい。

しかし、そんな余裕はどこにもない。

 

まるで冗談のような光景だ。

壁にめり込むほどの力で殴り飛ばされたことも、それを受けて生きている自分も。

咄嗟にブロックしたガントレットがひしゃげているのを見て、あまりの馬鹿馬鹿しさに笑えてしまった。

 

(レベッカに怒られるなぁ……)

 

そんな事を考えられるくらいには余裕があるのかもしれない。

頭はクラクラするし、何本か骨にひびが入ったのか呼吸をするたび痛い、おまけに口の中は血の味がするのだから余裕などあるはずないのだが。

 

痛みからなのか興奮からなのか、自分が火になったのだと思うほどに体が熱かった。

ゆっくりと立ち上がると体は重いが、腕は上がるし足はちゃんと動いた。

 

まだまだ『やれる』。

何よりまだ1ダウンしかしていなのだ、KO負けには程遠い。

 

(2ラウンド目だ……!!)

 

ダッシュで距離を詰めると、不思議と足が軽くなっていく気がした。

アドレナリンを出し過ぎて、馬鹿になったのかもしれない。

でもそれでも良かった。

足の指で地面を掴みながら大振りの一撃をしっかりと避ける。

次の瞬間、トップギアに切り替えるように最速で一歩踏み込む。

 

(一歩目!)

 

丸太のような太い脚が蹴りだされるが、さらに内側に一歩踏み込む。

蹴りの太ももの付け根に僅かに体が当たるが、軸はブレない。

 

(2歩目!!)

 

フック気味に繰り出された拳をダッキングで避ける。

限界まで沈み込んだ体のすぐ上を衝撃が抜け、髪の毛が何本か持っていかれた。

 

(3歩目ぇ!!!)

 

全身の筋肉が脈動するーー時は来た。

大振りの勢いに流されたその巨体は隙だらけだ。

千載一遇のチャンスに呼応するように、心臓の音がうるさい。

限界まで引き絞った左腕が放たれるのを今か今かと待ち望んでいる。

それを思い切り伸び上がると同時に、全力でカチ上げた。

 

「ぐぬぉああああああ!!!!!!!」

 

『ガゼルパンチ』

一撃必殺のアッパー気味のフックはミノタウロスの顎を捉えた。

拳が砕けそうな衝撃が腕に走る。

しかし、それ以上の爆発力が拳からミノタウロスを襲う。

 

(手応え、あり、だぁ!!!)

 

跳ね上げられる牛の顔面に歓喜の声を上げる。

もうこれで駄目なら打つ手がないほどに最高の一撃だ。

これだけの攻撃を加えれば、ベルと一緒に逃げることだって……

 

 

 

 

 

「イットォ!!!避けてぇ!!!」

 

 

 

 

 

時が、止まる。

 

走馬灯のようにスローモーションに見えたのは左から命を刈りにくる重い蹴りだった。

分かってしまった。その足に秘められた破壊力の絶大さを。

 

( やべ ぇ)

 

着弾の瞬間。

異音が体の中から聞こえた。

一瞬にして意識がトぶ。

 

瞬きした次の瞬間、何十メートルも飛ばされた地面の上に転がっていた。

感覚が酷く鈍い……壮絶な痛みの筈なのに感じるのは尋常でない熱さだけだ。

 

遠くでミノタウロスがふらついているのが見えた。

ガゼルパンチは確かにダメージを与えたのだ、と薄っすらと笑う。

ただ『死』という文字がすぐそこまで忍び寄っているのを感じた。

このまま瞼を閉じてしまえば……きっともう二度と開くことが出来ない。

 

(死、んで……まるか……)

 

左腕をズリズリと動かして、腰のポーチに手を入れる。

絶対に割れないように、厳重に格納した容器を指先に引っ掛けると何とか外に引きずり出す。

口元で蓋を噛んで開けると、透明度の高い液体が少し零れた。

 

『ハイポーション』

ヘスティアとベルと、ミアハがくれた高位回復薬。

それを何とか口に含んで飲みこむ。

ゴクリと喉が鳴った瞬間、本来の壮絶な痛みが体を襲った。

 

「っ!?ぁああああああああ!!!!」

 

ジュワッと蒸気が体から溢れる。

熱した鉄板の上に水をぶちまけたような勢いで蒸気が体を包む。

『再生』していく、と感じていた。

破裂した内臓も、折れた骨も、切れた筋肉もすべてが逆再生のように治癒していく。

 

「はぁ……はぁ……」

 

何とか、生きてる。

しかし体力が空っぽになったようだった。

全て完治したことを確信しながらも、動くことが全くできない。

 

「イットォ!!!!!」

 

遠くからベルの叫び声が近づいてくるのを聞きながら「遅ぇよ」と力なく笑った。

現れたベルは頭からペンキでも被ったかのように真っ赤だったが、どこにも怪我はしていない。

しかし、その顔は涙でぐちゃぐちゃに濡れていた。

 

「っ!?イット!!」

「うっさい、ちゃんと、生きてるから……静かにしてくれ」

「だ、大丈夫なの?」

「傷一つ……ない……けど悪ぃ、起きらんねえ。あと頼んだ」

 

瞼が重くて堪らない。

起きたらちゃんと説明するから。

心の中でそう約束すると、俺は意識を失った。




イット初敗北。一矢報いることは出来たけど、レベルの壁はとても大きいのでしょう。

デンプシーロールを期待した方はすみません
書いてたら自然とガゼルパンチ繰り出してました←

p.s.
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