馬車で移動する事、数十日。幾つもの街を越えた。2700人という大人数で進むに連れて、他の街へと向かう商人達が安全を求めて合流してくる。既に約4000人を超える規模へと膨れ上がっていた。
日が傾き出した頃、本日の野営地へと到着した。野営地は街道の横にある森を切り開いて作られた場所だ。
「歩兵隊と騎馬隊の1班から9班は付近の探索! 10班から25班は設営開始! 輜重兵隊は食事の準備を初めて! 騎馬隊は柵を設置して野営地の安全確保! 残りは一般の人達を手伝ってあげなさい!」
「「「「はっ!」」」」
直ぐに詠が叫んで指示を飛ばす。これは雛里と交互に交代させている。部隊を動かす練習をさせるのには丁度いいからな。
「ちなみに赤点。月の護衛が要るだろ」
「要らないでしょ。黄泉に香風、銀までいるのよ? 作業している兵士達も武器は直ぐ近くに置いているし、こちらに意識も向けているから何かが起これば飛んでくるわ」
「ですね。それに他にも護衛はいますよね。隠密部隊の人達が木の上に隠れてますし」
街道と反対側の木々にも隠密部隊が潜んでいる。確かに商人達ともかなりの兵を間に挟んでいるので隠密部隊を抜けてこちらに来る事は出来ない。彼らは同じ兵士にすら警戒させているのだから尚更だ。
「ちっ、合格点をやろう。だが、練度の高い兵士だという事を忘れるなよ」
「わかってるわよ。今まで通ってきた所を見るとね……」
「あわわ、あれでよく勤まると思ったのです……」
数年前からかなり厳しい訓練を毎日のようにさせて野外演習や実地訓練を何度もさせた甲斐あって我が家の兵達は練度が高い。それこそ訓練された兵が新兵程度にしか見えないくらいにだ。
「でも、あの実地訓練をしていたならもっと練度が高いと思うんですけれど……」
「木で作った武器を持って武装した盗賊達と戦う訓練ね」
「怪我人が結構でますけれどいい訓練ですよね」
「そうね。訓練を終えたら皆、強くなってるし」
この訓練の相手は捕らえた盗賊達を使って行っている。彼らは刑期が短縮されるとあって真面目に戦っている。兵達も下手をしないでも殺される可能性があるためかなり真剣に取り組んでいる。そもそも相手が真剣なので回避や武器で受け流さないといけないし、連携しないと勝利するのも難しい。勝利しなければ厳しい補習が待っているとなれば誰もが必死に頑張っていく。この訓練をクリアできるようになると次の段階となり銀や香風、私を相手に集団で戦う事になる。こちらは武器を刃引きした物に変えての戦いだ。これらの訓練は私達が集団と戦う訓練でもある為、1人対兵士軍団を基本として兵士の練度が上がるにつれてもう一人が増えて、最後には3人で相手をする。私達3人は気を使っているので生半可な手段ではどうにかできない。ちなみに2人や3人で相手をする時には相手側に雛里や詠が軍師としてついてくる。2人でなら負けるが3人でならば勝利できている。次第にきつくなってきているが、銀と香風の突破力と波状攻撃などで敵陣を混乱させては下がったりしていたら勝てる。
「一つ言うが、あんな無茶な訓練をしているのはうちだけだぞ」
「「え?」」
「だから言っているだろう。練度が高いと」
気を馬にまで纏わせて防御力と攻撃力を強化した武将が突撃してくるのだ。普通に考えておかしい事が、分かるだろう。もっとも、うちしか知らない2人にはそれが通常の事だと思っているようだが。
「そうなんだ」
「ここまでやる必要があるんですか?」
「あるさ。それに兵士は非常時の為にいるんだ。その非常時になって練度が足らずに使い物になりませんでしたでは話にならん。ましてや高い金を支払っているんだからな」
「殆ど狩りや栽培、畜産で賄ってるけどね」
「それでもただではないさ」
「まあね」
兵士を動員して凶暴な大型獣を処理したり、畜産を行っている数を増やしている。軍隊で何が一番金が掛かるかというと食費だ。こちらから食事を提供すれば微かな賃金でも娯楽を提供してやれば文句は出ない。ちなみに我が軍では兵士とその家族は食堂で無料で食事ができる。もちろん、制限人数はあるが、その家族にも畜産や料理などを手伝って貰う事で増やす事ができる。子供に関しては学園で食事が出るから関係ない。使えるお金に食事が含まれないので財布の紐が緩くなる効果もあり、順調に経済規模も拡大していっている。
「お話中、失礼いたします。賈駆様、設営が終わりました」
「わかった。それじゃあ、次は狩りに行ってきて」
「はっ」
やって来た兵士が直ぐに指示を聞いて去っていく。
「ふむ。確か近くに川があったな」
「ええ、あるけど」
「ならば少し出かけるか」
「何をするんですか?」
「綺麗なら水浴びと魚釣りだ」
「私も行くー!」
馬車の中から銀と月、香風が出て来る。
「あの、私も水浴びがしたいです」
「えーと、どうするのよ?」
「とりあえず行ってみるさ。ここは任せても大丈夫だろ?」
「まあね。僕も行きたいけど、後でいいか。雛里も行っておいでよ」
「あわわっ、私は詠さんと一緒に行きます」
「え、いいの?」
「もちろんです。詠さんが嫌ならいいですけど……」
三角帽子の鐔を手前に引いて不安そうな顔を隠す雛里。
「嫌なわけないじゃない。いいよ、一緒に行こう」
「はい!」
「香風、悪いがお前も残ってくれ。雛里と詠の護衛を頼む」
「わかった任せて」
「それじゃあ、行こうか」
「うんうん」
「準備できました」
「できたよー」
月と銀がいつの間にか着替えが入った籠と釣りの道具を準備していた。普通は召使いに任せるのだがな。
「まあ、いいか。行くぞ」
「女の人達はおいで!」
「よろしくお願いしますね」
「「「はっ」」」
女性の兵士達を連れて移動する。少し行った所に現代の中国と違って綺麗な水が流れている川があり、水も穏やかだ。
「水深を図るか。ちょっと待ってろ」
「待つのはおに……黄泉です」
がしっと月に手を掴まれて止められてしまう。
「すいませんが、お願いしますね」
「もちろんです」
直ぐに女性の兵士が服を脱いで装備を置いて川に飛び込んでいく。それから少しして戻ってきた。
「問題ありません」
「ありがとうございます。黄泉に何かあったら困るんですから」
「わかったよ」
「むぅ、全然わかってませんよね……」
「まあまあ、それでどうするの?」
「ふむ。上流で水浴びをしてくれ。下流で釣りをすれば逃げてきた魚も掛かるだろう。それと水浴びをする者は必ず見張りを立てるように。それと焚き火も用意しておけ」
「「「はい!」」」
それから先に水浴びをさせて貰う。私は月達と先に入る。月達も成長してきているので幼女から少女へと変わり出している。そろそろお兄ちゃんと入りたくないとか言われる年頃かも知れない。まあ、もうそろそろ一緒に入るのをやめてもいいんだがな。この身体も女性から男性に変わって徐々にだが性欲が湧き出してきているのだから。というか、アレが来たしな。
水で汗などを流したら水を汲んで外に出て少し離れた所で、地面を掘ってから身体を洗う。石鹸と椿の香油を使うので直接川に流す事はしない。
「洗いますよ」
「頼む」
「任せてください」
「銀もやるよ」
「では2人で洗いましょう」
「うん!」
2人に身体を綺麗に洗って貰う。可愛らしい幼い女の子に洗ってもらえると幸せな気分になる。あと、面倒くさくないのがいい。髪の毛が長すぎて洗うのがだるい。月や銀達のならいいのだが、自分のになると途端に面倒くさくなる。
「では、次は銀ちゃんですね」
「お兄様も手伝ってくださいね」
「わかった」
小声でそう言われれば手伝うしかない。理性を動員しつつ綺麗に洗っていく。
「水を流すから目を瞑れ」
「うん! 覚悟完了! どんと来い!」
「ほら」
目をギュッと瞑った銀の頭に水を何度も掛けて洗い流していく。洗い終わると銀は立ち上がってブルブルと身体を激しく振って水分を飛ばしていく。
「駄目ですよ、銀ちゃん」
「あうっ、ごめんなさい」
「まあ、私は構わないがな」
銀が飛ばした水滴が鎖骨をすっと流れて落ちていく。
「次は月か」
「お願いしますね」
「ああ」
顔を赤くしながら身体をあずけてくれる月。洗われている時はわからなかったが、照れているようで可愛らしい。
「んっ、ひゃっ」
「どうした?」
「少し、くすぐったくて」
「うにゃ?」
「気にせず洗ってしまえ」
「うん!」
悶える月を楽しみながら洗っていく。
「へっ、へぅ~~~」
洗い終わると直ぐに女兵士や女官達の所に行って身体を拭いて服を着せて貰っていた。
「どうしたのかな?」
「さあな。ほら、私達も行くぞ」
「うん。釣りだね!」
身体を拭いてから服を着替えて下流に進む。そこで岩を退けて餌を確保し、大きな岩に座りながら釣りを開始する。直ぐ隣に顔を少し赤くした月がにこにこしながら座って来る。銀は少し下流に行った所でやりだした。
「こういう時間もいいですね」
「そうだな」
身体を預けるようにもたれ掛かって来た月を受け入れつつ竿に集中する。直ぐに魚が食いついて来たので竿をあげて針を喰い込ませて引き上げる。
「どうぞ」
「助かる」
「いえいえ」
月が魚籠(びく)を差し出してくれるので針を外して入れる。しかし、餌を付けるのは面倒なのでそのまま川に入れる。
「どうしたのですか?」
「何、こうすればいい」
集中しながら魚の気配を読んで針の近くに通る瞬間、釣竿をはね上げて針を魚に引っ掛けて釣り上げる。
「凄いです!」
「修行にはなりそうだな」
「そうですか……あっ」
「どうした?」
「いえ、銀ちゃんが……」
月の視線の先を追うと、銀が裸になって川に飛び込んで素手で魚を掴んでは直ぐに川原に投げていた。川原には魚籠が置かれていてその周りに魚が飛んでいっているが、外れて川原に落ちている。
「惜しい、45点!」
「何をしている」
「え? お魚さんを捕まえているんだよ」
「何故釣りをしない」
「だって面倒だったから」
「そうか」
「お兄様は何も言えませんね。面倒だから餌をつけてませんし」
「うむ。銀、どうせなら魚の動きを読んでやるんだ」
「わかった。うりゃりゃりゃりゃ!」
楽しそうに水中から魚を跳ね上げて、空中で魚を叩いて気絶させながらその衝撃で魚籠に投げ入れていく。
「困った子ですね」
「元気があっていいじゃないか」
「それもそうですね」
生暖かい目で見守りながら釣りを楽しんでいく。しばらくして女兵士や女官が水浴びを終えたのかこちらにやってくる。
「そろそろ戻らないといけません」
「それもそうだな」
日が傾き、既に周りが夕焼けに包まれ出している。
「銀、終わりだ」
「は~い」
「すまないが銀をまた拭いてやってくれ」
「畏まりました」
「それとお魚をお願いします」
「はい。こちらは人を呼びますね」
臭いがいやなのか男性の兵士を呼んで大量のお魚を運んで貰った。その魚達は水浴びをしていない男性陣が直ぐに捌いたり串刺しにしたりしていく。捌いたものは女性陣が料理していく。
「骨類は落ち葉と一緒に穴を掘った土に混ぜて埋めておくように通達しておけ」
「はっ」
便所は囲いを作って穴を掘った所にしている。少し離してあるが、あまり離し過ぎると危険なので仕方ない。私達の場合は一つの天幕を便所用にしてある。護衛の観点からしても専用の場所にしてある。
料理が出来上がり、手洗い嗽をしっかりさせてから食事をする。私達も塊ながら兵士達と一緒に食べる。食べている最中にも私達、正確には銀と月にはやる事がある。
「よーし、みんな―! 準備はいいかなー!」
「「「おおぉぉっ!!」」」
銀が立ち上がって手をあげながら発する元気で可愛らしい声に歓声が上がる。
「発表! 本日の成果! 第3位は歩兵隊4班さんと騎馬隊3班さんが協同で狩った熊さんだよ! 硬いけど栄養価が高いらしいし、薬にもなるから高得点!」
――熊は熱を与えると肉が硬くなるので柔らかくする為に色々と必要なんだよな。ぶっちゃけ手間が掛かるが薬に出来る部位があるし、細かく切ってスープには使えるので討伐難易度と合わせて得点が高い。
「「「おしっ!!」」」
「「「ちくしょぉぉぉっ!!」」」
「お姉ちゃん、感想をどうぞ」
「へうっ。えっ、えっと、怪我はありませんでしたか? 無茶はしないでくださいね」
「「「もちろんっす!」」」
「では第2位は輜重兵隊14班さん! 猪で牡丹鍋として皆に配られてるから味わって食べよう!」
「「「感謝して食えよ!」」」
「「「ごちになります!」」」
「では、お姉ちゃんの一言! っていいたいけど、どうせ心配するだけなので次!」
「銀ちゃんひどいよ!」
「違うの?」
「そうだけど……もう」
兵士達から笑い声が出て来る。皆、笑いながら食事を取っている。彼らに取ってこれは遠征になり、家族や友達を残して故郷を遠く離れる事になる。その為、出来る限り楽しんで貰おうと色々とやっている。
「じゃあ、雛里ちゃんに言ってもらおう~♪」
「あわわっ、私ですか!?」
「うん♪」
「えっと、それじゃあ毛皮はついてきている商人さんに売ろうと思います。その、皆さんが宜しければ子供を連れている人達に売りたいと思います。いいですか?」
「「「もちろんです!」」」
子供は大事だからな。皆もわかっているし、毛布の代わりとして使わしてやると楽だろう。
「ではでは、なんと栄えある1位は!」
皆が息を飲む中で私と月は半笑いだ。
「私、銀ちゃんでした!」
「「「「おぃぃぃぃぃっ!」」」」
「てへ♪ ごめんね」
得点本法は収穫してきた品物ごとによる加点方式だ。その為、2班の合同で倒した熊は猪に負けた。そして、数の暴力という質を量で上回る事によって銀の一人勝ちとなった。
「まあ、董旻ちゃんなら仕方ない」
「可愛いから許す」
「そうだな」
「魚、美味しいですしね」
「でも、この場合はどうするんだ?」
「歩兵隊4班さんと騎馬隊3班さんが皆、寝台馬車で寝ていいからね!」
「助かった。揉めるかと思ったぜ」
「そうだな。これで好感度が稼げるぜ」
景品は夜番を免除されて寝台馬車で寝れる事と月達特製のお菓子が貰える事だ。ちなみに譲る事も出来るので意中の女性陣に渡す事も出来る。特にお菓子は人気だ。
「よーし、食べ終えたら本日も遊戯大会するからね!」
「「「おー!」」」
毎日の娯楽は大事だ。ちなみに遊戯大会と言っているが、即席のカジノだ。ついてきている商人も巻き込んで賭け事をしているのだ。もちろん、そこまで賭けていないが。
食事も終わり、遠く篝火の近くで銀と詠対香風と雛里の遊戯勝負がはじまっている。それらを放置して馬車の天井に座りながら満天の星空を月と共に見ている。
「今日も平和だったな」
「そうですね。どうぞ」
「ありがとう」
身体を盛られかからせてくる月に酌をして貰いながら両方の意味で月見酒を楽しむ。月はもちろん果実水だ。
「このまま何事もなく到着出来ればいいのですが」
「それはそれでつまらんのだが、今は月達の安全が優先でいいな」
「お兄様のもですよ」
「わかっているさ」
「まったくわかっていませんよ……へうっ」
月のほっぺたを指でぷにぷにしつつゆっくりと流れる時間の中、夜景に楽しみながら時間を潰していく――