不知火 灯の野望~姫武将に恋と遊戯を与えます~   作:騎士見習い

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蔵人ちゃんは地雷持ち

「斥候部隊の情報によると偽物武田軍の一部は慎重な足取りでゆっくりと山中を進軍してます。そして残りは山の右端と左端に分かれているため、進軍経路全てに敵軍がいることになります」

 

本陣の中央に設置された机に置かれている地図で詳しい状況を教えてくれる兼続ちゃん。

 

「敵軍の狙いとしては私が兵の大半を使って一点突破を試みたら他の二軍が、がら空きとなった本陣に突撃することだと。

なので、我々は軍を平等に分け敵軍を各撃破した後、三方向からの強襲という形をと考えてます」

 

 

もし仮に三方向のどちらかが敗れればこちらも危うい。だが、上杉軍は屈強な兵ばかりである。毘沙門天のためなら命をも捨てる覚悟で戦う兵たちに負けはないだろう。

 

いるかいないか分からないモノのために戦う彼らを俺は正直よく思ってない。

 

 

「んまぁ一番妥当なのは分かるが、それだと負けるぜ兼続」

 

「なぜですか段蔵?」

 

「今さっきウチの忍が偽物の援軍らしいのがこっちに進軍してるって伝令がきてよ。このままじゃウチらが攻め切る前に援軍が到着してお陀仏になるってわけだ」

 

戦いが好きだからといっても段蔵姉さんはわざわざ死ぬような戦をしない。勝てる戦だからこそ、安心して人を殺めて楽しむことができるとよく言っていた。

 

「段蔵姉さんは何か思いついたんだね。快感を味わうための布石を」

 

「ったりめぇだろ馬鹿か?死ぬか?。まぁお前がいるからこそできる作戦だ。嫌とは言わせねぇからなってか言ったら殺す」

 

たった一つの質問で二回も殺害予告をされてしまうなんて……鬼畜すぎる。

 

「言いません!言えません!言う気になりません!」

 

「よし、なら聞きな。作戦はこうだ!」

 

段蔵姉さんの作戦を簡潔にまとめると……。

 

俺と蔵人ちゃん、段蔵姉さんの三人で敵の援軍に奇襲→全滅させる→戻って味方の加勢。

 

 

「はぁ……そんなの無理に決まってるじゃないですか。期待した私が馬鹿でしたよ」

 

「は、はぁ!?兼続おまっ、決めつけるんじゃねぇよ!聞かなきゃ分からないからね!」

 

そこまで否定されることに慣れてない段蔵姉さんはあまりのことに素?が出てきてしまっていた。

 

「じゃあ聞きますけど、灯先輩、蔵人どの。できますか?」

 

「その前に、段蔵姉さん援軍はどのくらいですか?」

 

人数によって返答は変わるからね。

 

「五百ぐらいだな」

 

「つまり、一人頭二百人ちょっとですか………」

 

「ほら、無理ですよ!段蔵!二百なんて人間業じゃありません!」

 

う〜んそんな多勢と戦ったことがないから分からないけど。

まぁ──

 

「できるかな」

 

「灯先輩もできるって……え、えぇぇぇ!?!?できるんですか!?」

 

「確信はないけどやってみなきゃ分からないしね。ね、蔵人ちゃん」

 

「加藤段蔵様との共闘だなんてこんな機会二度と来ないと思いますのでやる気満々ですよ!」

 

普段なら絶対に拒否するはずなのに……。一緒に旅してから一番の良い笑顔をしてるなんて認めないぞ俺は!

 

俺らの返答に大満足の段蔵姉さんはドヤ顔であった。

 

「ほら見ろ!あたいの作戦は実行可能なんだよ」

 

「ん、んん〜〜。分かりました、その作戦でいきましょう。では、頼みましたよ」

 

渋々折れた兼続ちゃんは眉間を抑えながら各部隊に指示を出し始めたのを合図に俺ら三人は敵援軍に奇襲を仕掛けるために動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ〜〜幸せです〜あの加藤段蔵様とこうしていられるなんて夢みたい」

 

木々に飛び移りながら移動しているが、この台詞を聞くのはこれで五度目である。

 

「えっ〜と世瀬蔵人って言ったけ?」

 

「……は、ハイ!!ソノトオリデス」

 

ものすごい緊張具合ですな。こんな蔵人ちゃん眼福眼福。

 

段蔵姉さんから話しかけるのは別段珍しくなく、人を寄せ付けない一匹狼っぽさがあるけど、実際は味方にはオープンな節がちょくちょくある。

 

「確か、奥州の黒なんちゃら組に属してたよな」

 

「………」

 

「お、お〜い蔵人ちゃん。大丈夫?」

 

ふるふると顔を横に無言で振る。あっ、段蔵姉さん地雷踏みましたなこれは。

知っての通り、日の本一読みづらい組の名前を持っているため黒脛巾組は自分たちの組の名前を覚えられないことにすごい絶望を覚えるのである。

 

「だ、だいじょぶ……でず、グスッ」

 

「わわわ悪い!わざとじゃないんだ。泣くなって、な?思い出した黒巾着組だろ?ほら正解だ!」

 

「黒脛巾です………ヒグッ。あれ?な、涙がと、止まりらないッエグ」

 

「おおおおい灯!何とかしろ!?あたいじゃ無理だ。なだめろ早く!殺すぞ!」

 

相変わらず俺への当たりが強すぎてこっちも泣きたくなってしまった。

ちなみに!段蔵姉さんは口が悪いけど、そのせいで人を泣かせてしまった時は全力で謝罪してくる心優しい人なんだよ!

 

段蔵姉さんの頼みを無下にできないので了承して立ち止まっている蔵人ちゃんに駆け寄る。

 

「段蔵姉さんも悪気があったわけじゃないからねぇ〜、よしよし。大丈夫だよ蔵人ちゃん俺がちゃんと黒脛巾組って名前をしっかりと覚えさせるから泣かないでねぇ〜」

 

「あ、か、りさまぁぁー!!!やっぱり変態でゲスで変わった人だけど、根は良い人ですよぉー!!」

 

抱きついてくる蔵人ちゃんを優しく迎える。まぁこれで蔵人ちゃんが俺のことをどう思ってるのか分かったよ。人の本心って聞いちゃうと案外、傷つくものなんだね。シクシク……。

 

「本当にすまなかったな世瀬。反省してる」

 

「い、いえ謝らないでください。今は黒脛巾組ではなく不知火忍軍ですから」

 

「今さっき考えたような組を作らないでくれよ蔵人ちゃん。嬉しさで悶えるじゃないか」

 

それから何回も謝る段蔵姉さんに混乱する蔵人ちゃんでありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いるいる絶好の獲物が」

 

戦場となる山へ行く道は一つしかなく、見つけるのは簡単だった。悪びれもなく武田の旗を掲げながら進軍しているのは滑稽を通り越して可愛らしく見えてきた。

 

「ここまでくると見事だね」

 

「龍と虎に宣戦布告してるようなものですからね」

 

約五百の戦力を楽観的に眺めながら機を伺ってると、

 

「皆のもの霧が出てきたぁ!足場に注意し進軍せよぉ!!」

 

言われて見れば霧が出てきており、時間が経つに連れて濃くなっている。

さっきから段蔵姉さんの気配が感じられないと思ったら……。よっぽど溜まってたんだろうな。

 

「あ、あの灯様。霧で兵士達が覆われてから悲鳴が聞こえてくるのですが」

 

「段蔵姉さんの仕業だよそれ」

 

段蔵姉さんの忍術はまさに暗殺に特化したものである。いかなる場所でも霧を発生させることができ、霧が発生している間に事の全てが終わる。

段蔵姉さんが暗殺した現場は妖や祟りなどと間違えられ怪談のネタにもなってるとかなってないとか。

 

そして、殺された者の血によって霧は紅く染まり出す。

 

「さて、俺たちも行くかな」

 

「御意」

 

爆風で霧を消すわけにはいけないので今回は爆弾なし。代わりに折りたたみ式薙刀で戦いましょう。

 

さすがに敵襲には気づかれているため、視界が効いている敵兵が刀で切りつけてくるのを薙刀の柄で受け止める。鍔迫り合いに持ち込もうと近づいてくる兵士の腹を蹴り飛ばす。

 

「よっと、ほっと、えっほ」

 

後ろから切ったり、首の骨を折ったりと着々と数を減らしいていく。

 

「あはははっ!!!お前ら気合入れろぉ!」

 

段蔵姉さんは絶頂の真っ只中で返り血なんてお構いなしで次々と刺殺したり、撲殺したりしている。ふえぇ〜装束から血が滴り落ちてるよぉ〜。って、そろそろかな。

 

「蔵人ちゃん!引き上げるよ!」

 

体感であと五分もすれば霧が晴れるだろう。この残り時間はとても危険で、下手したら俺らも死んでしまう。

 

眺めていた位置に戻ると、すぐに蔵人ちゃんもやって来た。

 

「んもぉどうしたんですか?折角乗ってきたところなのに」

 

「気持ちは分かるけど見てればわかるよ」

 

ヒュンヒュンと何かを飛ばして空を切る音が何十回も聞こえてくる度に微かに光を反射する糸が見えている。

ついに霧が晴れると、死体の山が出来ていた。それでも、全体の半分程度である。三人がかりにしては少ないけど。

 

 

「たったこれだけの間に我が軍が半壊だと!?ゆ、許せん!!」

 

目の前の光景を信じられないがための怒り。きっと大将の彼には、まだ余韻に浸っている段蔵姉さんしか見えてないのだろう。全軍に数十m先の段蔵姉さん向けて突撃命令を出した瞬間、決着は着いた。

 

「さよならだ」

 

指には第二関節まで糸が何十本も巻かれてその一本一本が周りの木々に刺さっているクナイと繋がっていた。

手を握り、糸を引っ張りながら交差するだけの動作で俺の視界は一瞬で地獄絵図と化した。

 

「段蔵姉さんの『綾取り』は見てて気分が滅入ってくるよまったく」

 

「夢に出てきそうです……」

 

鋭利な糸によって首が挟まりそのまま首を落とされる。少人数ならまだしも百を超えてくると不気味でしょうがない。

 

先程までの雄叫びが消え失せ悲鳴を挙げる暇もなく、残りの兵すべてが死体となった。……せめて安らかに眠ることを……。

 

「兼続のところへ戻るぞお前ら」

 

 

現代の史実では暗殺、潜入などの優れた技術から『飛び加藤』と称されているが、実際は『(首)飛び加藤』から長い年月をかけて改変されたと俺は思っている。

 

 

 

 

 

 

兼続ちゃんのところへ加勢しようとしたが、本陣に到着した時には決着が着いていた。

 

 

「さすが兼続ちゃんだね。すごいすごい」

 

ぽんぽんと頭に手を置く。

 

「……ありがとうございます」

 

俯きぬがらお礼を言われる。にしてもさっきから段蔵姉さんの機嫌があまり宜しくないのです。やっぱり出番がなかったことにお怒りっぽい。

 

「偽物の武田軍でしたが問い詰めたところ武田に悪い印象を与え、その結果戦になり互いに共倒れするように仕向けようとしてたらしいです」

 

「もうちょっとマシな作戦を考えてから攻めたら良いのにね」

 

それができないから攻めてきたのだろうけど、この戦がなかったら段蔵姉さんに会えなかっただろうから一応は感謝している。

 

「では、帰りましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦後で疲れてるところを来てくださってありがとうございます灯先輩」

 

庭園の石橋に立っている少女。髪を垂らし、寝間着の姿であった。その姿は月明かりよりも美しいと感じてしまう。

 

「どうしたの兼続ちゃん?夜の密会とか?」

 

「違います。真面目な話です」

 

真面目な話をしようとする人に冗談を言うほど俺も馬鹿じゃないので、真面目にこれから聴くつもりである。

 

 

「灯先輩の力量を見込んで頼みがあるんです」

 

「頼みね。暗殺?情報の撹乱とかかい?」

 

どれも外れらしく肯定がない。言うのを躊躇っているのか裾を握り締めている。それでも意を決したのか、どこまでも見通すような真っ直ぐな目が俺の目と合う。

 

「どうか!毘沙門天を殺してください!」

 

耳を疑った。兼続ちゃんは自身の主君を殺してくれと俺に頼み込んできた。少なくとも彼女は謙信ちゃんには相当な忠義を示してるのに。

 

「そのまんまの意味で受け取っていいのかい?君は謀反を起こすような人だとは思わなかったけど」

 

「ははっそうですよね。……けれど、私が主君として忠義を尽くしていたのは今の謙信様ではありません。もっと人間らしさが残っていた謙信様です。最近では尾張の織田信奈が名を上げてきてから益々変わっています。まるで、自分の存在を確かめているかのように……」

 

一番近い彼女だからこそ気づいた謙信ちゃんの異変。誰かに頼らなければならないほど思い詰めてたんだろう。

 

「だから、だからどうか……お願いします」

 

どれほど悩んで、悔やんで、傷んだのか……。忠義に厚い彼女が味わった痛みは想像をすらできない。だけど、本当の忠義とはなんなのか。

 

頭を下げながら涙で濡らしている顔を優しく上げる。

 

「君のしようとしていることは正しい。何でもかんでも主の言う通りにするような家臣はただの操り人形だ。でも、君は違う!涙を流すほど迷った末に自分の意思を貫いた。君は正真正銘、謙信ちゃんの懐刀だよ」

 

「灯先輩………あなたと会えてよかったです」

 

涙を拭いながら、悲痛の表情から安堵の表情に変わることに安らぎを覚える。

 

「その言葉はまだ早いよ兼続ちゃん。ちゃんと殺すことができたらね」

 

「ってことは……」

 

「もちろんその頼みは俺たちが全力で達成するよ」

 

「俺たち?」

 

「ね!蔵人ちゃん」

 

茂みから面倒くさそうにとろとろ現れる。もうちょっとマシな登場できないかな?

 

「はいはい分かりましたよ。やりますよやればいいんですよね!!」

 

半ばやけくそ気味だけど気にしない気にしない。

 

「じゃ、後はお任せ下さい。直江 兼続どの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵襲!敵襲じゃあぁ!!」

 

 

その夜、毘沙門堂は炎上し深紅に染まっていた。火をつけた犯人は、あろうことか燃え盛る毘沙門堂に仁王立ちし響き渡る声で、

 

「俺の名は不知火 灯だ!!!!」

 

 

たった一言で彼は越後のすべてを敵に回したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

灯先輩なら変えてくれる。この越後を──

 

だって、私の先輩ですから!

 

 

 

 

 

 




越後編はもう後半まで来ました!

さて、どうなる灯!

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