【主人公】戦場起動【喋らない】外伝   作:アルファるふぁ/保利滝良

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【再臨】

 

米国バミューダ諸島駐屯艦隊旗艦巡洋艦カルフォルニアのブリッジ 艦隊総司令のオッズナードは歯を食い縛った 豊かな口髭に脂汗が垂れて、愉快な光沢を写している

怒号や指示の飛び交うなか、ブリッジクルー達はそれぞれの持ち場で慌ただしく動いていた 座りながら外部への指示を行っているオペレーター、艦内へ戦闘準備の指令を行う連絡官 走り回っているのは、伝言として寄越された人間だろうか

「おい、一体どうなっている!」

通話を切った連絡官に肌が触れそうなくらいに近付き、オッズナードは問う この艦隊の最高指揮官に詰め寄られた憐れな彼は、震えるような声で答えた

「た、たった一体のHAMMASにを、げ、迎撃できません!」

「なんということだ・・・!」

 

 

 

 

 

 

洋上を猛スピードで滑空する機械のカタマリ 一機の人型機動兵器が、巨大なブースターユニットの先端にちょこんと飾りのようにくっついている

「一時方向、上方から敵ステルス戦闘機接近 数は四」

狭いコクピットの内部に、清涼感を与えるように響く可憐な声 オペレーターの指示の通り、レーダーには敵の存在を示す光点があった

ステルス機というものは本来レーダーに写らないよう細心の注意を以て設計されている 開発者のその目論見通り、ステルス機はほとんどの状況で敵のレーダーに表示されずに戦える

だが、その隠密性にも限界がある 量子レーダーという特殊なレーダーならば、このステルス機の存在を関知することができるのだ この人型機動兵器には量子レーダーが積まれており、結果、ステルス戦闘機が近付くことを察知できる

そして戦闘機が近付いてくることがわかれば、パイロットにとっては十二分であった

その機体の全身は、暗闇のように黒かった その機体の頭部は、静脈血のように赤かった 右手に大筒のようなバズーカ、左手に巨大なガトリングを持たされ、装甲だらけのごつごつとした体躯

タナトス

ギリシアの死を司る神の名と、死神というの通り名とを持った、人型機動兵器

ステルス戦闘機がタナトスを発見し、ロックオンし、ミサイルを放った 音速を軽々と突破した誘導弾は、真っ直ぐに敵へと突き進む

「ミサイル接近!」

オペレーターの報告 パイロットは操縦悍を軽く動かした

タナトスの左腕が動く ガトリングの銃身が、回り、回る 巨大な発射音が鳴り、一発一発が戦車砲に匹敵する弾がいくつも吐き出された

愚直に人型機動兵器へと突き進んでいたミサイルは、ガトリングの弾により粉砕された

次にタナトスは右腕を上げた レーダーの示す方向、視界の遥か向こうにいる戦闘機部隊に向けて

引かれるトリガー 火を吹くバズーカ

熱源接近を探知したか、ステルス戦闘機はそれぞれ別方向に散開した だが無駄だった 一機に直撃したバズーカの弾は大爆発を起こし、爆風や衝撃波を見境なく撒き散らした

残りの三機はその余波から逃れられなかった あるいは破片で主翼を砕かれ、あるいは爆風で揚力やバランスを失い、ゆるゆるとした軌道で海面へと落ちていった

「敵ステルス戦闘機、反応消失」

タナトスはこの交戦で傷一つ無かった むしろ、強力な敵戦闘機を四機撃破し、これから相手にする米国艦隊の戦力を削いだ結果になる

ブースターユニットの吐き出す炎の勢いが強まった 機体にぶつかる風の勢いが増す だが問題はない、タナトスはその程度で動かなくなるほど柔らかい機体ではない

「十一時方向、ステルス戦闘機 数十三」

再び現れたステルス機 レーダーとオペレーターはそれを正確に伝える

タナトスのカメラアイが煌々と光を放つ 一段の加速と共に、黒い死神は更に加速した

 

 

 

 

 

 

「ハントラプターズ、全機応答ありません!」

「イエローライトニング、反応消滅!」

「空母ナスティス、次機発進まで残り五分!」

「敵機、艦隊接触まで残り百キロメートルを切りました!」

凶報の連続 思考停止しそうになる頭を無理矢理働かせ、艦隊総司令として厳とした態度をとる

だが、その姿勢がいつまでもつか、彼にもわからない

「全艦、接近する敵HAMMASへ砲撃を開始せよ!」

オッズナードはよく張る声でそう命令を下した クルー各員はその命令に了解の意を返すとすぐに動きを開始した

ブリッジの外から駆逐艦メイルレンを始めとした味方艦の主砲が鎌首をもたげるのが見える どれもこれもHAMMAS一機には大袈裟なサイズの砲だった

「準備完了次第、ミサイルと共に斉射ぁ!」

火線が飛び回る 目標は迫り来る敵

たった一機のみ

「初弾命中ならず!次弾命中ならず!」

「対空ミサイル、二十発全弾迎撃されました!」

「艦隊各艦から通信!ワレ命中弾ナシ!全て同じ報告!」

しかし相手はこちらの攻撃をものともしない 回避して撃ち落として、悉くを無効化する

オッズナードはまた冷や汗をかいた

最早敵は目と鼻の先だった あと少しもしないうちに艦隊へ直接攻撃ができる距離に来る そんな距離では戦闘機など出撃次第鴨撃ちにされるだろう

大型砲も同様に使えない 流れ弾で味方に被害が出る

ことここに来て、オッズナードは一つの可能性に行き着いた 余りにも荒唐無稽な噂話を思い出した

死神の傭兵

かつて様々な組織が武装を用いて紛争を起こしていた無法地帯だったオーストラリアにて、何者にも従わず、自らの武力のみで生き残ってきた者達 その中で、最強と呼ばれたパイロット

「ふざけるな、あれはお伽噺ではないのか!」

だがそれは、現実として目の前に迫っていた

「目視確認!」

監視員の一声 現れる黒い影

今度こそ、信じるしかなかった

タナトスだ

 

 

 

 

 

 

 

オペレーターが一言

「ブースターユニット、パージします」

それと同時に接続が外れ、背部に背負っていた噴射機の塊が自由落下を始めた その下には、広い甲板の空母

タナトスの背中から外れた大型ブースターユニットは、勢いよく敵空母へ突き刺さる それは質量と残存燃料で出来た大きな火炎瓶として威力を発揮した

爆発

パイロットは振り返らなかったが、後ろでは空母の甲板が燃え盛る鉄板と化しているだろう ブースターユニットには機密保持として自爆機能が備わっていたので、もしかしたら致命傷を与えたかもしれない

何はともあれタナトスは艦隊の内部に食い込んだ 艦砲射撃によって肩の装甲を少し破砕されたが、被害はそれだけ

この距離なら、敵はもう強力な砲やミサイル、戦闘機を使えない 大火力武器は誤射が確実に起きる 戦闘機は発進する前にやられる

そして接近戦で使える小口径砲ではタナトスの装甲は抜けない 一挙に集中して削られれば不味いだろうが、機動兵器が定点に留まることはない

この艦隊は、詰んだ チェック・メイトだ

オペレーターが指示を下す

「攻撃を・・・いや、待ってください 敵の軍艦から通信が・・・」

「そこの人型機動兵器!私の話を聞いてほしい!交渉を始めよう!」

ある程度歳を重ねたような男の声 無線通信機から流れてくる言葉

「私は、この艦隊・・・バミューダ諸島駐屯艦隊の司令官、ダニエル・ランドルフ・オッズナード大佐だ!」

オッズナードと名乗った米軍の将校は、タナトスのパイロットが静寂を保っていることを肯定の意と解釈したようだ 彼は朗々とした声で話を続ける

「君の予想通りだとは思うが、我々には君に太刀打ちする能力がもうない 降伏しよう そちらの条件を呑む!部下の命はどうか残してほしい!」

オッズナードは決意を込めた声で言う

「私の命はどうなってもいい だがせめて、部下は捕虜としてでも生き残らせてほしい!君たちがどんな団体であれ、無闇に殺すことが最終的な目的では無いはずだ 要求を呑む用意はある!交渉を始めよう!」

嘘偽りなき心からの言葉 恐らく言っていることに虚偽はない 艦隊は動きを止めており、攻撃の気配はない

突然の降伏の申し入れ

「ど、どうしますか?相手は降伏すると、言っています・・・交渉に応じますか?」

オペレーターは、パイロットに判断を委ねた この海域の運命が、タナトスのコクピットに収まる一人の男にあった

少しだけ、辺りが静まった

波は穏やかで、風も収まり、天は青く、海も青い

弾もミサイルも飛ばず、軍艦の群れはゆらゆらと浮かび、乗組員達は何も言わずにタナトスの方を向いている

少しだけ、周辺を静寂が支配した

黒い死神は、両手に持った武器の先端を下に降ろし始める

バズーカと、ガトリングを、下へと向け始めた

銃口は何もない海面に向けられ、そして次の瞬間タナトスのすぐ近くにいた駆逐艦に砲口を定められた

死神の傭兵はバズーカを叩き込んだ

 

 

 

 

 

 

「なんてこった!なんてこった!」

「奴はこの艦隊全部を潰す気だぞ!」

「反撃開始、撃ち落とせ!死神を倒せ!」

駆逐艦メイルレンが大口径の攻撃に木端微塵と化した瞬間、艦隊の各砲撃手は直ぐ様近くの機銃の銃座に飛び付いた 照準を黒い敵に合わせてトリガーを押す

秒速数百発の弾丸が他方向からたった一機を襲う 避けられる物量でも速度でもない だからだろうか、HAMMASは避けなかった

装甲に阻まれて虚しく散る無数の弾 頭、肩、足、腕と次々に突き刺さる が、それらは全て雨水でも弾くように効かない

反撃のガトリングが大回転した メイルレンの同型艦に大きな穴が沢山空き、焔と黒煙が吹き上がる 駆逐艦がまた一隻、船首を天に向けゆっくりと海底へ誘われていった

 

各艦は後方へ後退を始めた タナトスの通常時最大速力は時速七百キロを超えない 逃げることもできるかもしれなかった

だが黒い死神は逃げ出す敵を見逃さない

タナトスの肩部装甲が一部だけ開いた 中から顔を覗かせるのは、ずんぐりとしたロケット弾頭

後部へ点火 発射 飛行 最後に着弾

タナトスが狙ったのは艦隊最後方の艦だった ロケット砲によるダメージで機関に障害が生じ、その場に停止した 一隻二隻だけではなく、最後方周辺にいた艦の悉くにロケットが撃ち込まれた

逃走を図る艦の障害となった艦 逃げ道を塞がれているところへ、タナトスは追撃をかける

 

イージス艦から発射された短距離ミサイルをブースターによる蛇行機動でかわした人型機動兵器は、空母ナスティスに急接近した

「早く発進を・・・ぐわぁっ!」

タナトスは空母の上でスクランブルしようとしていた戦闘機のキャノピーを踏み潰した 赤黒い液体がこびりついた足裏を引き、ステルス機特有の滑らかな装甲に爪先を突き入れた

ローキックを受けた戦闘機は空母から滑り落ち、海中へ没した

沈むステルス戦闘機 見下ろす人型機動兵器

振り向く死神

「わあぁっ来るなぁ来るなぁ!」

乗員が悲鳴をあげるのを防弾ガラス越しに見ながら、タナトスはナスティスのブリッジを蹴り折った

 

深刻でない損傷を受けた戦艦から、なんとか生き残ったクルー達がゴムボートで逃げ出した 彼らが戦場になった海域を見回すと、辺り一面から煙や炎が伸びていた

「酷い、こんな・・・」

「一方的だ」

「無事な船はあるのか、生きている味方はどこだ?」

生存者が周囲を見回す

彼らはすぐ、あるものを見付けた それは自分達に近寄ってくる、黒い物体だった

そんな馬鹿な

こんな遭難者同然の、生身の人間さえ標的なのか

タナトスがガトリングを撃った 戦車砲と同等の威力を持つ連射型武装が大量の弾をゴムボートに吐き出す

生身の人間に使うべき武器では、当然なかった

 

燃え盛り、沈んでいくバミューダ諸島駐屯艦隊の艦たち あれら一つ一つが、軍人の魂であり、国家の誇りだった

それなのに、その魂や誇りを嘲笑うように、黒い敵機はいとも簡単に軍艦を破壊していく

悪夢とは、このことか

オッズナードはカリフォルニアのブリッジの目の前に立つ黒い人型機動兵器を見詰めながらそう感じた

全てがスローモーに見える 血相を変えて逃げようとする部下、自分の腕を引いて逃がそうとするクルー、そして銃口を向けてくるタナトス

顎髭を涙で濡らしながらオッズナードは思い出していた 彼が神童と言われていた頃、父親がよく聞かせてくれた言葉だった

死に抗える物は存在しない

このタナトスが、この戦場における死そのものだとしたら その思考に至った刹那、彼は炎に包まれた

死にゆく意識の中で彼はこう呟いた

奴こそが、死の象徴なんだ

 


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