【主人公】戦場起動【喋らない】外伝   作:アルファるふぁ/保利滝良

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一本の電話

 

夕食が終わり、家族は皆就寝前の時間を楽しみ終わった メリルはもう自室で眠っているだろう

メリルの父親はリビングにいた 椅子に座り、何かを片手に握っている

その物体から放たれた光が、証明の消されたリビングの中で、唯一フルフェイスヘルメットを淡く照らしている

持っているのは、通信用の道具 しかし普通の携帯ではなかった ごつごつとした外見の、やたらと重そうな無線機であった

彼はこんなものを常用しているわけではない いつもは一般の携帯電話メーカーのスマートフォンを使用している

なので今使っているのは、常用外の通信装置だ

ではどうしてそんな穏やかではない物品があるのかと言うと、持ち主に対して穏やかではない用件がやって来ることがあるからだ

無論、そんな用件がそう沢山舞い込むことはない 大陸争乱の頃なら兎も角、死神の傭兵の主戦場であるオーストラリアはもう平和になったのだ 精々、二年に一度あるくらいだ

最後に出撃したのは、三年か四年ほど前の、国際連合によるテロリスト殲滅作戦の時だ どこの国も部隊を送れない状況で、タナトスが呼び出され、莫大過ぎる報酬と引き換えにテロリストの潜伏先を焼き払った

それ以来、依頼は来ていない

だが、果たして今のこの通信の用件に心当たりが無いと言えば嘘になる 現在、米露の同盟とユーロユニオンが対立し、戦争を引き起こしている 恐らくこの用件は、その戦争に関係しているのだろう

武骨な通信機のボタンを押すと、メールメッセージが表示された 案の定、死神の傭兵への依頼文だ 差出人ユーロユニオンの某准将

依頼内容、米軍バミューダ駐留艦隊の撃滅

追記、この作戦は、このおろかな戦争を終わらせる一手となる

「・・・行くのね?」

可憐な声と同時に、部屋の電灯が明かりを灯した

リビングのドアを後ろ手に閉めながら、ブロンドの美女が悲しそうな顔をした ミシェルの視線には、握られた通信機

彼女は大陸争乱の際、タナトスのオペレーターとして様々な戦場を駆け巡っている が、ミシェル自身は争い事を嫌い、傭兵が傷付くことを恐れていた それは、二人が結ばれてからも変わらない

優しく、寄り添う そしてお互いに支え合い生きていく それがミシェルの望みであり、願いである

「・・・わかったわ 用意するわね?」

だがミシェルは同時にこう想っていた

彼が変わらないでいてくれるなら、共にいてくれるなら、支え合ってくれるなら、死神でいてほしいと

「私の死神さん、一緒に戦いましょう」

その微笑みに、死神の傭兵は頷いた

 

 

 

 

 

 

 

深夜、海に面した巨大なガレージ 多くの人々が寝静まって尚、その建物は煌々と明かりを放っている 否、このガレージに明かりが点いたのは、僅か数時間前のことだ

内部では、複数の人間が工具や何かの機械を持って行き来している 作業員の着ているツナギには、『ラドリー修理工廠』のロゴが刺繍されていた

「ラドリーおじちゃん!サラ姉ちゃん!セーナ姉ちゃん!」

フリルとリボンのあしらわれたワンピースを着たメリルが、ガレージ中央にいる三人に声をかけた

初老の男性、ラドリーが首をすくめる

「俺はもう少し仕事がある 構ってやりたいが二人とも、メリルを頼んだ」

「あいよー、任されました」

「オッケ さあメリルちゃん、お姉さん達に着いてきてね」

スレンダーな作業員がメリルの手を取り、背の低い作業員が手招きをする 二人とも女性で、作業員連中の中では上の権限を持っているらしかった

メリルはそれを知らず、無垢な表情で問う

「どこ行くの?」

「子供は寝てなきゃいけない時間だからね」

「ささ、向こうにベッドがあるよ~ 明後日にはパパもママも帰ってくるからね」

二人の女はメリルを連れて、ガレージから出ていった

それを見届けると、ラドリーはため息をつく

「いきなり叩き起こされて仕事とはねえ・・・ホーネットクルー、まだまだ硝煙から程近いってか?」

自嘲気味な物言いは、どこか懐かしげな色を持っていた 久しぶりに会った友人達とセッションを楽しむような、そんな気軽さがあった

「ジャスミンは別の仕事、ジョナスンとディアーズはユーロユニオンとこか 同窓会にしちゃ寂しいもんだ えぇ?旦那さんよ」

ラドリーの目の前には、カバーをかけられた巨大な物体が鎮座している 作業員は寄って集ってカバーを剥がし、中身を照明の下に晒した

次に、その中身に、クロノスインダストリから貸与された巨大ブースターユニットをドッキングさせる 試験品を使わせてくれるマッドサイエンティスト集団に、初老の整備士は形だけの礼を言っておいた

「通信機テスト、完了 カメラ異常無し 情報リンク確認」

横を見ると、ヘッドセットやインカムを付けたミシェルがいる その表情は真剣そのものだった 機器の具合をチェックし、通信機で交信を行っている

「内部システムオールグリーン コクピット異常無し ブースターユニットとの接続良好」

唐突に、ガレージの内部にエンジンの始動音が鳴り響く その音は段々と大きくなり、発音の間隔は短くなっていった 耳栓すら突き破るような爆音が、建物を物理的に揺らす

それは、レース前のアイドリング

「タナトス、発進してください!」

ミシェルのその一言を聞き遂げて、漆黒の人型機動兵器が明るみ始めた空へと飛んだ ブースターユニットから吐き出される焔が大気を揺らしていた

オペレーターの仕事を続けるミシェルをよそに、ラドリーは煙草を懐から取り出した そして呟いた

「おお、神よ 罪深き彼と我らを助けたまえ」

あの機体の名前はタナトス 大陸争乱にて、パイロット共々に最強の名前を欲しいままにしていた、大陸の死神である

 





死神君は戦ってナンボなところがありますから・・・

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