やはり俺の魔法科高校入学はまちがっている。   作:T・A・P

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やはり俺の魔法科高校入学はまちがっている。 肆

 

 

 高校生二日目の目覚めは、いつものように静かなものだった。

 別に高校生になったからと言って、地球の自転周期やら公転周期が変わるはずもなくましてや一日が25時間になることもない。

 一階に下り洗面所で簡単に顔を洗った後に歯を磨き、寝間着のままリビングに向かい、冷蔵庫から夜の内に作っていた朝食を取りだした。冷えた朝食をレンジに放り込み、箱買いしているMAXコーヒーを取りだし机に置いてちょうど温め終わった朝食を取り出して椅子に座った。

 この家には比企谷八幡一人しか住んでいない。別に家族がいないと言うわけじゃない、比企谷八幡にはちゃんと両親がいて二つほど下に妹もいる。比企谷八幡とは別の場所で元気に暮らしている。

知っている限り両親は魔法を使えるが、なぜか妹は魔法を使えず魔法師になることは未来永劫ないと言うこと。父親がそんな妹を溺愛していると言うこと。妹が自分の兄のことを憶えていないと言うこと。幼少のころの数年だけ一緒に暮らしていたと言うこと。そんな三人家族が幸せに暮らしていると言うこと。

 比企谷は朝食を食べ終え使った食器を、ホーム・オートメーション・ロボット(HAR/ハル)に任せて自室に戻った。自室に戻りかけてある制服に着替え、その場に座禅を組んだ。時間的にはまだ余裕があり、二人が呼びに来るまで精神集中をおこなおうとしていた。

 目を閉じ、息を大きくはき、ゆっくりと空気を吸い込んだ。慣れたふうに一瞬で動きが無くなり、あたかも人形のように微動だにしなくなった。数分の集中の後に頭の中で自分の部屋を思い浮かべる。自分の位置、家具や小物の位置まで。そこからゆっくりと範囲を広げ、家の隅々、自宅の付近、そして雪ノ下家まで綿密で正確な立体地図を構築していく。そこからもう一つ先の次元に移行しようとした瞬間、家のチャイムが鳴り響いた。意識が浮上する前に、ガチャリと鍵と玄関が開く音が聞こえてきて、

「ヒッキー、やっはろーー!」

 いつもの様な元気のいい声が聞こえてくる。

「由比ヶ浜さん、いつも言っているでしょ。こんな朝早くに大声は近所迷惑だわ」

「あ、ごめんゆきのん」

「ゆ、由比ヶ浜さん。困った時に抱きつくのはやめてもらえないかしら」

「え~いいじゃん」

 どうやら玄関でいつもの百合の大売り出し中であるらしい。

「ちょっと待て、今すぐ行く」

 玄関まで届く声で声を返して、立ち上がり背筋を伸ばし鞄をひっつかんで一階に下りると想像通り百合の花が咲いていた。

「遅いわよ、比企谷君」

「まだ時間はあるだろうが」

「私が呼んだら40秒で来なさい」

「おい、どこのラ○ュタだよ」

「ヒッキー」

「なんだ?」

「おはよう」

「……ああ、おはよう」

 由比ヶ浜の笑顔にちょっと照れ、そっぽを向きながらぶっきらぼうに挨拶を返した。

「ほら、ゆきのんも」

「ちょ、ちょっと。そんなに押さないでもらえるかしら」

 由比ヶ浜は雪ノ下の背中を押して比企谷の目の前まで移動させ、雪ノ下は比企谷の目と目が合いその頬を赤らめながら、

「お、おはよう。比企谷君」

「お、おう。おはよう」

 このやり取りは中学の頃からやっているのだが、どうも慣れる事がなくそれどころか今の方が中学の頃より照れが大きいようだ。ナンデダロウネ。

「っと、そろそろ行こうぜ」

「ええ、そうね」

「今日から授業だよね。楽しみだな~」

 雪ノ下と由比ヶ浜が並んで歩き、その後ろから比企谷がついて歩いていく。

 

 

 通勤・通学の人並みが、停車中の小さな車体に次々と、整然と乗り込んで行く。

 満員電車、と言う言葉は、今や死語となっている。

 電車は依然として主要な公共交通機関だが、その形態はこの百年で様変わりした。

 キャビネットと呼ばれる、中央管理された二人乗りまたは四人乗りのリニア式小型車両が現代の主流だ。

 三人は自分達の番が回ってきて、四人乗りのキャビネットに乗り込んだ。徒歩の時と同じで、雪ノ下と由比ヶ浜が隣同士で座り後ろの席に比企谷が一人で座った。

「ねぇねぇ、ゆきのん。授業って何するのかな」

「そうね、系統魔法は一通りやるでしょうね。でも、初日の今日は見学がほとんどだと思うわ」

「見学か~ちょっと苦手かも」

「そうね。由比ヶ浜さんはやりながら憶える方が得意だものね」

「うん、やっぱり実戦あるのみだよ!」

 振動も無くすべるように進むキャビネットの中、二人は今日のことを肴に談笑をしていた。そんな二人の会話に入ることなく、比企谷は腕を組み目を閉じて一見寝ているように見えるがその実警戒態勢を取っている。確率が低いとはいえ、もしもの時にすぐさま対応できるように集中している状態だ。

「あれ、ヒッキー寝てるの?」

「いや、起きてるぞ」

「ねぇねぇ、ヒッキーは何が見たい?」

「見学の話か? 特にこれと言ってみたい物はねぇな。勝手に一人でぶらつくさ」

「じゃあ、三人で一緒に見に行こ!」

「……まぁ、できたらな」

「約束だよ!」

 席と席の間から後部座席を覗きこんだ上半身を元に戻し、嬉しそうな表情を浮かべて『早く着かないかな~』と今にもスキップをしそうな勢いだった。まぁ、安全性から経てないようになっているのだが。横にいる雪ノ下も見学のことに口を出さず、少しだけ表情を和らげていて嬉しそうであった。

 キャビネットは目的地につき、三人は降りて学校に向かった。

 

 

 登校したばかりの1年E組の教室は、雑然とした雰囲気に包まれていた。

 おそらく、他の教室も似たようなものだろう。

 教室を見回すと、すでに警戒対象が来ており数人のクラスメイトに囲まれていた。そこから察するにA組はちょっとした騒ぎになっているだろう。雪ノ下が何かやらかしていないといいのだが、と言う憂う表情を浮き出して雑談する小集団をかき分けて自分に割り当てられている机に向かった。

 それは偶然なのか、それとも彼女が根回しをしていたのかは分からないがその警戒対象、司波達也の後ろの席だった。目の前では資料にあった千葉家の子女とガタイのいい男子生徒が言い争いをしており、それを眼鏡かけた由比ヶ浜に勝るとも劣らない(どこがとは言わないが)女子生徒が仲裁に入っていた。

「確か、比企谷だったか」

 前の席から比企谷だけに聞こえる声が聞こえてきた。

「おいおい、なんで俺の名前を知ってんだよ」

「それはお互いさまじゃないのか」

「ったく、そこは知らない振りでもしておけよ。司波達也」

「俺のことは達也でいい」

 比企谷は『そうかい』と呟き、机の上に顔を伏せた。

「レオ、もう止めとけ」

 どうやら、目の前の言い争いは終わったようだ。

 

 

 

 予鈴が鳴り、思い思いの場所に散らばっていた生徒達が自分の席に戻る。

 このあたりのシステムは、前世紀から変わっていないが、そこから先は趣が違う。

 電源の入っていなかった端末が自動的に立ち上がり、既に起動していた端末はウィンドウがリフレッシュされる。同時に、教室前面のスクリーンにメッセージが映し出された。

〔――5分後にオリエンテーションを始めますので、自席で待機してください。IDカードを端末にセットしていない生徒は、速やかにセットしてください――〕

 比企谷は机から顔を上げメッセージを確認した後、胸ポケットに入れていたIDカードをセットした。

 本鈴と共に、前側のドアが開いた。

 遅刻した生徒ではなく、スーツを着た若い女性だ。

 誰が見ても、と言うほどではないにしろ、それなりに美人、それ以上に愛嬌の感じられるその女性は、せり上がってきた教卓の前に立つと、小脇に抱えていた大型携帯端末を卓上に置いて教室を見まわした。

 以外感に打たれた教室内は戸惑いが充満した。

 卓上端末を利用したオンライン授業が採用されている学校では、教師が教壇に立つと言うことは無い。諸事項伝達ならば、それこそ先程のようにメッセージとして伝えればよい事だ。故に、通所教師が教室に来る必要性は無い。

 しかし、この女性が教職員であるのは、訊いてみるまでもない事だった。

「はい、欠席者はいないようですね。

 それでは皆さん、入学、おめでとうございます」

 つられてお時儀を返している生徒が何人もいた。比企谷はそんなことより、その女性の素性を思いつく限りの可能性の候補を頭の中で整理していく。しかし、どれも可能性の順位が限りなく低くどうも掴み切れていなかった。

「初めまして。私はこの学校で総合カウンセラーを務めている小野遥です。皆さんの相談相手となり、適切な専門分野のカウンセラーが必要な場合はそれを紹介するのが私たち総合カウンセラーの役目になります」

(……ああ、そう言うのがいたな)

 元祖エリートぼっちの比企谷には誰かに相談すると言う思考自体が既に欠落しており、学校説明で適当に読み飛ばしていた。それからカウンセリング体制の説明が続き、説明の最後には、

「本校は皆さんが充実した学校生活を送ることができるよう、全力でサポートします。……という訳で、皆さん、よろしくお願いしますね」

 それまでの生真面目な口調が、一転して砕け柔らかいものになって閉めた。

 教室はそれによって、脱力した空気が漂った。

 比企谷は緊張と弛緩、自分の容姿まで計算に入れた中々見事なエモーションコントロールをを使うこの小野遥という女性も警戒人物の一人と数えた。目の前の男ほどではないが、大学出たてのような外見に似合わずどこか場数を感じさせる臭いを嗅ぎつけた。そして、自分とどこか近い物を感じてもいた。

「これから皆さんの端末に本校のカリキュラムと施設に関するガイダンスを流します。その後、選択科目の履修登録を行って、オリエンテーションは終了です。分からないことがあれば、コールボタンを押してください。カリキュラム案内、施設案内を確認済みの人は、ガイダンスをスキップして履修登録に進んでもらってもかまいませんよ」

 ここで教卓のモニターに目を落とした遥が、あらっ? という表情を見せた。

「……既に履修登録を終了した人は、退室してもかまいません。ただし、ガイダンス開始後の退室は認められませんので、希望者は今の内に退室してください。その際、IDカードを忘れないでくださいね」

 その言葉を待っていたかのように、ガタッ、と椅子が鳴った。

 立ち上がったのは、窓際前列、神経質そうな顔立ちの細身の少年だった。その少年に、教室の約半数がその少年の背中を目で追いかけていたが、すぐに卓上へ視線を戻した。

 その他に途中退場者はいないようだ。もし履修登録が終わっていたとしても、比企谷は目立つのを嫌いその場で時間を潰しただろう。適当に見流そうとガイダンスに目を向けようとした後、ふと、視線に気がつき顔を上げた。教卓の向こう側から、遥が司波達也を見ているのが見えた。

列が同じで席が後ろだから反応してしまったようだ、と目線を戻そうとした時、目の端で明らかにこちらにも目線を向けニッコリ微笑んだ遥が見えた。

 

 

先程の遥の行動の意味を考えてはいたのだが、やはり推測の域を出ずひとまずは置いておくことにした。

履修登録を終え昼までどうするか考えていた時、ポケットに入れていた端末が震えたのを感じて取り出した。開いてみると由比ヶ浜からメッセージが入っており、内容は教師の解説付きで見学できるらしくどうしたらいいか、だった。

そう言えば三人で見て回る約束をしていたなと今思い出したが、解説付きならそっちの方がいいだろうと言う事で、自分のことは気にせずに二人でしっかり見てこいと返事を返した。返してすぐ端末が震え『分かった。あとでヒッキーにも教えるね』と返信が来た。

それを確認し、食堂が開くまで適当にぶらつこうと席を立ち周りを見渡せば、もう教室内には数人しか残っていなかった。最後の一人になる前に教室から出ると、出入り口の横に立っている少年に気がつき立ち止った。

「何か用か、司波達也」

「俺のことは達也でいいと言ったはずだが」

「けっ、んな友人を呼ぶような呼び方をするかよ」

 目線を合わせず、横に並んで言葉を交わす。

「そうか、それは残念だ」

「おいおい、そんなことを言うならもっとそれっぽい声を出せよ」

「あいにくと、そう言うことは不得手でね」

「よく言うぜ」

 二人は口元だけで笑う。

「一つ、言っておきたい事がある」

「奇遇だな、俺もだ」

「もし、俺の妹に危害を加えようとしているのならやめておけ。俺がお前に、地獄を見せる」

「地獄か、とっくに見あきたぜ」

 底知れぬプレッシャーを物ともせず軽口で返す。いや、慣れたように返す。

「お前も俺の大切な奴を少しでも怪我させてみろ、生まれてきたことを後悔させてやるよ」

「…………」

「…………」

「……お互いさまという訳か。安心していい、俺から動くことは無い。そちらが何かをしなければ」

「おいおい、また奇遇だな。お前がなにもしなけりゃ、俺もめんどくさい事をしなくていいんだよ」

「少し話が長くなったな。悪いが、待たせている友人がいる」

 そう言って司波達也はその場から離れていった。

「……ったく、予想以上かよ」

 今頃になって背中から嫌な汗が噴き出てきた。今まで様々なプレッシャーを体験しているが、ここまでのは久しぶりだった。

 

 

 

 適当にぶらついた後、早めに食堂へ向かい苦労することなく食堂の端にある一人用のテーブルに座り先に食べ始め、徐々に食堂が混雑してきた頃には既に食べ終えて食後のMAXコーヒーをすすっていた。

食べながら食堂の入口を見ていたが、比企谷から少し遅れて司波達也たち入って来るのが見え、そこからまた少し経った後にハーメルンの笛吹きのごとく一科生をひきつれて入ってくる集団が目に入った。先頭には司波達也の妹、司波深雪の姿と今にも感情が爆発寸前の雪ノ下と曇り気味の表情をした由比ヶ浜の姿が見えた。他に入学式に講堂で隣にいた女子二人もその中に見え、同じクラスだったのかと集団を観察していた。

 なるべくばれないように観察していると、司波深雪は食堂内を見渡して兄である司波達也を見つけたらしくそのテーブルに近づいて行った。

司波深雪は兄と相席したいと思っていたのだろうが、周りのクラスメイトがどうやら騒ぎ立てているのを口の動きを読むまでもなく身振り手振りだけで分かった。それに比例するように、雪ノ下の表情が険しくなっていく。しかし、雪ノ下の口は開かれる事なくつぐんだままぐっとこらえていた。それは司波深雪の意思を尊重し、守るためのことだろう。

そうこうしている間に司波達也が立ち上がり、相席していたクラスメイトも追うように立ち上がって食堂をあとにした。比企谷はため息をつく、言っちゃ悪いがここまでの馬鹿な奴らだとは。

昼食も食い終わった事だしそろそろ一人になれそうな場所をまた探すか、と立ち上がる前にもう一度その集団のほうに目をやるとバッチリと機嫌の悪い雪ノ下と比企谷を見つけて笑顔になった由比ヶ浜と目が合った。

二人は司波深雪にだけ断りを入れて、つき添おうとした男子生徒を睨みつけ、一言二言の短い罵倒でその場にくぎつけて一直線に比企谷の元に向かっていった。比企谷は素直にその場に座り直し、空になった缶から数滴だけ落ちるコーヒーの雫を最後の晩餐とばかりに口に含んだ。

 

 放課後、比企谷は雪ノ下と由比ヶ浜に甘い物を奢る事になり逃げられる前に捕まえに来た二人につれられて今は三人で校門の前まで来ていた。

「まったく、どこに行ってもああいう人間はいるものね」

「うん、聞いててあんまりいい気分がしなかった」

 どうやらいまだに昼間のことが腹にすえかねているようだった。

放課後、比企谷と合流する時に数人のしつこい男子が数人ついてこようとしたが、いつのも増して冷ややかの言葉で氷漬けにしていた。それはやつあたりと言えばやつあたりになるだろうが、A組の男子は昼間あの中に居たりとどうも自業自得感がして同情すら起きなかった。

「比企谷君、こうなったら徹底的にやらないと気が済まない……あら、あれは何をやっているのかしら」

 意識改革に熱を持って取り組もうとやる気を見せた雪ノ下だったが、それを最後まで言い終える前に言い争いをしている集団を見つけた。見つけたと言うか、かなり目立って下り遠巻きに見ている生徒が大勢いた。

「おい、なんかやばくねぇか」

「ヒッキー、凄く嫌な予感がするんだけど」

 険悪なムードが漂うその集団は、どうやら司波達也たちとA組の集団が司波深雪のことでもめているようだった。今は言葉だけで止まっているようだが、既に放課後となり学校側が登校時に預かっていた個人のCADは返却されている。感覚派の由比ヶ浜が嫌な予感を感じているならば、それは………

「同じ新入生じゃないですか。あなたたちブルームが、今の時点で一体どれだけ優れていると言うんですか?」

 それは大きい声ではなかった、しかしながらよく通る声であり離れていた三人にさえ聞こえてきた。

「って、そんな事言ったら!」

「比企谷君!」

「ヒッキー!」

 二人が名前を呼ぶ。

 それは信頼の証だ。比企谷なら、比企谷だったらなんとかしてくれると言う、心からの信頼の証。

 比企谷は魔法を発動させずに駆けだした。それが、自分の魔法ではなく比企谷八幡という人間を信頼している二人への答えだった。

 

 

 


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