やはり俺の魔法科高校入学はまちがっている。   作:T・A・P

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やはり俺の魔法科高校入学はまちがっている。 参

 

 

 やぁ、僕は比企谷八幡。本日は魔法科高校の入学式があり、入学式が終わった後に僕と由比ヶ浜は雪ノ下家におじゃまして入学祝いをしているんだ! テーブルには食べきれないほどの豪華な食事が並べてあり、立食式で食べて騒ぐ事になるのは火を見るより明らかだね! え? テンションが高いって? そりゃそうだよ!

 

ほんと、ごめんなさい。マジで、許してください。もう、両足がしびれて感覚がねぇんですよ。

 比企谷は雪ノ下家に着いてから今までずっと正座をして、一切身動きができずにお預けをくらっていた。

「さて、比企谷君。話してもらおうかしら」

 目の前には私服に着替えた雪ノ下と、事前に雪ノ下の部屋に置いてあった服に着替えた由比ヶ浜が仁王立ちで見降ろしていた。

「ヒッキー、私達も早くご飯を食べたいんだよ」

「ちょっと待て、その言い方じゃまるで俺がかたくなに理由を喋らないように聞こえるだろうが! 別に俺は喋らないと言ってねぇぞ!」

「黙りなさい」

 雪ノ下の背筋が凍るような声が響く。

「もう少し正座を続けたいのかしら」

「はい、すみませんでした」

 正座から土下座にクラスアップした。いや、見た目的にはダウンか。

 そう、雪ノ下たちは比企谷が喋ろうとするたびに黙らせ今の今まで床の上で正座をさせていた。まぁ、しかし、だ。正直なところ比企谷はこの程度ですんでよかったと、心の中でホッと胸をなでおろしていた。

 この二人が本気で怒った場合、命の保証が天文学的数字あっても足りなかっただろう。

「それで、そろそろいい訳を聞かせてもらえるかしら」

「あ~雪ノ下、その前に足を崩していいか?」

「……まぁ、いいでしょ。ソファに座っていいわ」

 それは雪ノ下には珍しく寛大な処置であった。おそらく、うすうすその理由に感づいているのだろう。その理由がふざけたものであるのなら正座のままだったかもしれないが、自分でも思うところと一致していたためそう強く罰を与えるのをためらわれたと思われる。まぁ、調教は別物だろうが。

「ああ、助かる」

 比企谷は感覚のない足をどうにか使い、引きずる足を投げ出してソファに座った。二人はそれを確認した後、挟むかのように両脇に座った。それに動揺することなく、慣れた手つきでしびれて感覚のない脚をもみほぐしそれが終わるのを横の二人は待っていた。

「んで、聞きたいのは、なぜ俺が二科生になったかって事でいいんだよな」

「ええ、そうね」

「うん」

 どうも、足がいつもと同じ感覚に戻るまでまだ時間がかかりそうなのを経験則で感じ先に比企谷の方が口を開いた。時間を有効に使うのと、先に問題を提示することで自分が何を喋るべきか、どれを喋らざるべきかのシミュレーションをするためだ。

「由比ヶ浜はともかく、雪ノ下は気がついてるんじゃねぇのか」

「ちょ、ヒッキーひどいってば!」

「ええ、そうね。うすうす気がついているわ」

 雪ノ下は甘そうなコーヒーの入った大きめのマグカップを手に持ちながらそう答える。そして、呆れたようなでも少し誇らしそうに『まったく、比企谷君は』と、だいたいの足の筋肉をほぐし終わった比企谷にカップを手渡した。

「すまんな」

「いいのよ」

「ちょっと、だからヒッキーどういうことってば!」

 若干一名はいまだに分からないのか、ハムスターみたいに頬をパンパンに膨らませて怒ってはいるのだが、どうも本気の迫力を知っている身としてはそよ風にしか感じていなかった。

「由比ヶ浜さん、私達以外の一科生を見て気がつく事はなかったのかしら」

「気がつく事?」

 人差し指を顎に当てて目線を上に向け今日あった事を思い浮かべているようなのだが表情から察するに、いや表情を見なくても長年の経験則から『あ、こいつ分かってねぇな』と手にとるように分かった。

「あ、ゆきのんがかっこよかった!」

「……さて、飯食おうぜ」

「ええ、そうね」

「え、何か変な事言った!?」

 立ち上がろうとしている二人の顔を交互に見渡し、いまだに何のことか分からず困惑していた。二人はいつものことだなと、再び座り直し比企谷は説明を始めた。

「お前でも分かりやすく説明をするとだな、一科生と二科生の間には目に見える格差と目に見えない格差が存在する」

 由比ヶ浜は何か言いたげだったが、静かに比企谷の話に耳を傾ける。

「目に見える格差ってのは指導員の有無だが、これは仕方がない。人員自体がたりてないから、こればっかりはどうにもならん。んで、だ。問題なのが目に見えない格差の方、俺が二科生になったのはこっちの問題のせいだ」

 一度言葉を区切り、コーヒーを口に含み咽の奥に流し込んだ。

 

 

 

「由比ヶ浜、一応聞くがブルームとウィードの意味は分かるか?」

「ヒッキー馬鹿にしすぎだし! えっと……ゆきのんなんだっけ?」

 そんな由比ヶ浜の言葉に笑いが漏れる。

「なんで二人とも笑っているの!」

「いや、ちょっとな。やっぱ、由比ヶ浜はそのままでいいな」

「ええ、由比ヶ浜さんはそのままでいて欲しいわ」

 二人は口にこそ出さないが、由比ヶ浜がそばにいるだけで精神的に救われており心の奥底から由比ヶ浜に感謝をしている。

「ちょ、ちょっとド忘れしただけだし! でも、凄くい嫌な言葉だってことは分かるよ」

「……まぁ、二科生に対しての差別用語だ。一応だが使うことは禁止されている、建前としてだが」

 笑みを消し、語り始める。

「一科生の大半はエリートとだと言うプライドを持って、二科生を格下に見ている。いや、見下していると言った方がいいか。お前らのように優越感に浸らない奴もいるだろうが、おそらく完全な少数派だと考えていい。

 これは別に悪いという事じゃなく、仕方がない。俺らの年でしっかりと自分を持つ奴の方が珍しいからな。自分に酔ったり、特別だと思いたい奴の方が普通だと言える。

 それに加えてやっかいなのが、二科生も二科生でそれを受け入れてしまっていると言う事だ。一年の段階ですでに一科生よりも下だと刷り込まれ、向上心を失うやつが多くなる。努力すれば一科生にも負けない二科生がいるにもかかわらずだ。

 雪ノ下的に言えば、全て才能のせいにして努力を怠り、弱い事を盾にして弱い立場でぬるま湯に浸かっている。と言う事か」

 比企谷は雪ノ下に視線を向け、それに気がついた雪ノ下は肯定の意を込めて軽く頷いた。

「そういう環境は雪ノ下の好むところじゃないし、由比ヶ浜、お前に嫌な物をみせてしまうかもしれない。俺はこの状況が気にいらなかった。

だから俺が一科生にならなかったのは、二科生にいなきゃできないことがあるからなんだよ」

比企谷は自分のためではなく、この二人のために動こうとしている。こんな自分と一緒に居てくれる二人のために。

「具体的に考えているのかしら」

「いや、一応のゴールは作ってあるがルートがまだだな」

「ゴールって?」

「一科生と二科生が対等になることだ。どっちが上か下かじゃなく、対等になるようにしなければ結局は同じ事の繰り返しになるだろ。最初の目標としては二科生全体に向上心を持たせなきゃいけないってところなんだが」

『それをどうするかまだ思い浮かばない』と、ため息交じりで呟いた。

「そうね、努力させない限りは無理でしょう」

「ヒッキー、手伝えることあったら言ってね!」

「ああ、その時は頼らせてもらうさ」

 カップに残っていた全てのコーヒーを飲み干し立ち上がる。

「そろそろ飯にしようぜ。腹が減った」

「そうね」

「賛成!」

「由比ヶ浜、魔法で料理を温めてくれ」

「うん、了解!」

 由比ヶ浜は自身のCADを操作し、机の上の料理に向かって起動した。

 使うのは振動系魔法、範囲は机の上ではなく温めるべき料理のみに限定して個別に作用する。その原理を簡単に説明をするならば、電子レンジで温めているのと同じと思ってほしい。

サラダなどの冷たい料理を避けて魔法を行使するため、机全体に行使する場合と比べれば格段に難易度が上がるが由比ヶ浜は涼しい顔で魔法を使用している。

「温め終わったよ!」

 使用していたCADをしまい笑顔で振り返った。

「由比ヶ浜さんの魔法はいつ見ても綺麗ね」

 雪ノ下は圧倒的な魔法力で他者を圧倒することを得意とし、由比ヶ浜はテクニックとセンスに秀でている。

「ゆきのんの魔法も凄くてあこがれるよ」

「ありがとうね、由比ヶ浜さん」

 いつものように百合百合している二人を、これまたいつものように温かい目で自分のやるべき事を心に刻んだ。

「んじゃ、また冷めないうちに食うとするか」

「ええ、そうね」

「うん!」

「「「いただきます」」」

 

 

 

 入学祝いが終わり、由比ヶ浜はそのまま雪ノ下家に泊まる事となり比企谷も誘われたがどうにか断ることに成功し(おそらく成功率は1%未満と比企谷は変な方向に自負している)今は帰宅途中だ。雪ノ下家から比企谷家の場所はそこまで離れてはいないが、それでも歩きでは少し時間がかかる。そんな帰宅途中、比企谷は不意に足を止める。

「どうも、お久しぶりです」

「うん、久しぶりだね。比企谷君」

 比企谷の後ろに一人の女性がいつの間にか立っていた。音も無く気配もなく、しかしそんな彼女に振り返ることなく言葉をかけた。

「資料、ありがとうございました。陽乃さん」

 振り向いた先には雪ノ下家の長女、雪ノ下陽乃が立っていた。その表情は相変わらずの笑顔で、いつもの優しく比企谷にだけ見せる笑顔だった。

「ううん、いいのよ。君が必要と思うものはいつでも揃えちゃうよ」

「今のところは特にありませんので、大丈夫です」

「あ、比企谷君は帰る途中なんだよね、じゃあ私と一緒にいこ。今日のこととか、いろいろ聞きたいこともあるし」

 雪ノ下陽乃は比企谷の腕を取り歩き出した。比企谷も比企谷で何も言わずにされるがままに歩き出す。

「あ、そうそう。入学おめでとう」

「…ありがとうございます」

「それで、どうだったかな?」

「どう、とは」

「もう、とぼけちゃって。分かってるくせに。

 君から見て第一高校の戦力はどう見えたのかな。雪乃ちゃんに危害を加える事ができそうな存在はいたのかな?」

 さっきと変わらない声だったが、一気に質が変化した。比企谷の腕を引いているため表情はうかがう事ができないのだが、どんな表情をしているのなんて事は手にとるように分かっている。

「実力、と言う点に目をつければそれなりにいましたね。まぁ、少なくとも立場上そう言うことになるとは思えない感じですけど、俺がいますよ」

「うん、なら大丈夫だね。それで、言っていた彼はどうなの」

「……まだ、分かりませんね。でも、陽乃さんが集めてくれた情報じゃ腑に落ちないことが多かったですから、それなりに警戒しておいて正解でしょう」

 その答えを聞いてから少し歩いて陽乃は立ち止りそれに引っ張られる形で、比企谷も立ち止った。

「……八幡、忘れてないわよね」

 腕を離し、比企谷の後ろに回り込んで抱きつく。

「ええ、忘れませんよ。恩も、約束も」

「うん、ならいいの」

 約束、比企谷八幡と雪ノ下陽乃との約束。恩、比企谷八幡と雪ノ下家との恩。

 実のところ、先程二人に話した説明は三分の一程度しか説明していない。

 あれは、表向きの目的。その裏に、司波達也の監視と言う目的が隠されている。しかし、比企谷八幡は魔法学校に入学した真の目的は雪ノ下雪乃、由比ヶ浜結衣を無事に守り抜く事。それが、雪ノ下陽乃との約束。雪ノ下雪乃を守ることが雪ノ下陽乃との約束であるならば、由比ヶ浜結衣を守ることは比企谷八幡自身との約束。

 だが、比企谷八幡に隠された約束として比企谷八幡もその中に入っている。雪ノ下陽乃は自身の妹を守らせることにより、比企谷八幡をも護ることを思いついた。比企谷八幡は二人を守り続けなければいけなくなり、それは同時に比企谷八幡と言う存在は死ねなくなったと言う事だ。比企谷八幡が死ねば、二人を守ると言う約束は守れなくなる。だから、比企谷八幡の中から自己犠牲と言う選択肢を幾分か減らすことに成功した。

 必要のない人間だと言われていた、かつての比企谷八幡を見ている雪ノ下陽乃は今の比企谷八幡を好ましく思っているのだがそれでもどこか不安を隠せない。いつ、また、あの頃に戻ってしまうんじゃないかと。

「うん、じゃあ帰ろうか」

 雪ノ下陽乃は再び腕に絡みついてきた。

「あ~もう遅いんで俺一人で大丈夫ですよ。陽乃さんは何かある前に帰った方がいいですよ」

「え~大丈夫だって。そんなに離れてないんだし」

「いえ、俺が心配なんですよ、ほんと」

「ん~比企谷君がそう言うんなら今日は大人しく帰ろうかな。あ、じゃあ、次の休みにでもデートしようね」

 と、腕をほどいて比企谷の額にキスして何か言われる前にさっさと走り去ってしまった。

「………あ~くそ! こんなのされたら陽乃さんも守りたくなるだろうが!」

 

 

 


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