やはり俺の魔法科高校入学はまちがっている。   作:T・A・P

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やはり俺の魔法科高校入学はまちがっている。  貳拾参

 市原会計経由で司甲が拘束されたことを知らされた比企谷は、三人に残党の探索と学園の警護を任した後、講堂に戻ると折檻を保留にしている雪ノ下と由比ヶ浜に引っ張られ、保健室で行われている壬生の事情聴取に参加させられていた。

 保健室での事情聴取には、七草、渡辺、十文字の生徒首脳陣が勢揃いしており、そこには司波兄妹の姿もあった。比企谷は司波達也に一瞥すると、それに気がついたのか司波達也の方も一瞥し返してきた。だが、それ以上何かあるわけでもなく比企谷は壬生が寝かされているベッドから離れた場所に陣取った。

さて、首謀者と目される司甲を拘束し、表だった騒乱を一通り鎮圧したとはいえ、詳しいことはまだほとんど分かっていない。学外からの侵入者は教職員が警察に引き渡すべく手元で拘束しており、生徒会長や部活連会頭や風紀委員長と言えど生徒と言う立場にある以上は手を出せない。司はまだ尋問ができる状態ではなく、故に壬生が今回の事件に関する詳しい事情を聴きだせる唯一の情報源であることから、七草たち三人が揃ってこの場にいるのも不思議ではない。

 話は壬生が彼らの仲間に引き込まれたことから始まった。

 去年、彼女が入学してすぐ司に声をかけられたこと。剣道部にはその時すでに司の同調者が少なからずいたこと。剣道部だけでなく、生徒の自主的な魔法訓練サークルを装って思想教育が行われていたこと。彼らが第一高校の内部に、想像以上の時間をかけて周到に足場を築いていたと言う事実は、七草たちにも驚きをもって迎えられた。

 ただ、司波兄妹と比企谷は予想道理という表情を浮かべていたが。

 その壬生の話に最も衝撃を受けたのは渡辺だっただろう。もっとも七草や十文字とは、衝撃を受けるポイントが違っていた。

「すまん、心当たりがないんだが……」

 目を白黒させている渡辺に、千葉が棘のある眼差しを向けていた。

「壬生、それは本当か?」

 狼狽のにじむ声で渡辺に問われ、壬生が俯いたのは一秒未満。

 顔を上げた壬生は、吹っ切れた表情で頷き、同じく吹っ切れた口調で答えた。

「今にして思えば、あたしは中学時代『剣道小町』なんて言われて、いい気になっていたんだと思います」

 そんな壬生の言葉にピクリと反応を示した比企谷だったが、その反応はごくごく微細なもので、司波達也にも気付かれる物ではなかった。

「だから入学したてすぐの、剣術部の新入生向け演武で渡辺先輩に見事な魔法剣技を見て、一手のご指導をお願いしたとき、すげなくあしらわれてしまったのがすごいショックで……。

 相手にしてもらえなかったのはきっと、あたしが二科生だから、そう思ったらとてもやるせなくなって」

「チョッと……チョッと待て。

 去年の勧誘週間と言うと、あたしが剣術部の跳ね上がりにお灸を据えてやったときのことだな?

 その時のことは覚えている。

 お前に練習相手を申し込まれた事も忘れていない。

 だがあたしは、お前をすげなくあしらったりしていないぞ?」

「傷つけた側に傷の痛みが分からないなんて、よくあることです」

「エリカ、少し黙っていろ」

「なに? 達也くんは渡辺先輩の味方なの?」

「だから少し黙って聞いていろ。非難も論評も、話を聞き終ってからだ」

 ピシャリと叩きつけられた叱責に、不満げな表情を浮かべながらも、千葉が黙りこむ。

 短い沈黙の後、壬生が少し辛そうに反論した。

「先輩は、あたしでは相手にならないから無駄だ、自分に相応しい相手を選べ、と仰って……。

 高校に入ってすぐ、憧れた先輩にそんな風に言われて……」

「待て……いや、待て。

 それは誤解だ、壬生」

「えっ?」

「あたしは確か、あの時こう言ったんだ。

 ――すまないが、あたしの腕では到底、お前の相手は務まらないから、お前に無駄な時間を過ごさせてしまうことになる。それより、お前の腕に見合う相手と稽古してくれ――とな。

 違うか?」

「え、あの……そう、いえば……」

「大体、あたしがお前に向かって『相手にならない』なんて言うはずがない。

 剣の腕はあの頃からお前の方が上だったんだから」

 ポカンとした表情で見詰め返す壬生に、渡辺はさらに言葉を重ねた。

「純粋に剣の道を修めたお前に剣技で敵う道理はない。

そりゃあ、魔法を絡めばあたしの方が上かもしれんが……」

「じゃあ…………あたしの誤解……だったんですか……?」

 居心地の悪い沈黙が保健室に忍び込み、ゆっくりと広がった。

「なんだ、あたし、バカみたい……。

 勝手に、先輩のこと誤解して……自分のこと、貶めて……。

 逆恨みで、一年間も無駄にして……」

 ただ、壬生の嗚咽だけが、沈黙の中に流れた。

「無駄ではないと思います」

 その沈黙を破ったのは、司波達也だった。

「……司波君?」

 顔を上げた壬生の瞳を真っ直ぐにのぞき込んで、司波達也は噛んで含めるような口調で、言葉を続けた。

「エリカから聞きました。『剣道小町』と呼ばれた中学時代とは別人のような剣技、その剣はまぎれもなく先輩が自分の手で高めたもの――。

 恨み、嘆きに負けず、己の剣を高め続けた一年が無駄であったはずがありません」

「司波君……」

 司波達也を見上げる壬生の目は、涙をぼろぼろ流し続けている。

 「お願い、そのまま動かないでね」

 壬生は司波達也の服を握りしめ、胸に顔をうずめた。

「うっ、うう……」

 嗚咽はすぐに号泣に変わった。

 壬生は大声で泣き始め、司波達也は無言でその細い肩を支え、司波深雪はそれを見て目を伏せた。

 

 

 

 ようやく落ち着きを取り戻した壬生の口から、同盟の背後組織がブランシュであることが語られた。

「さて……ではこれからの問題は――奴らが今、何処にいるのか、と言うことです」

「……達也くん、まさか、彼らと一戦交えるつもりなの?」

「その表現は妥当ではありませんね。一戦交えるのではなく、叩き潰すんですよ」

 おそるおそる訊ねた七草に、司波達也はあっさりと、過激度を上乗せして頷いた。その発言に比企谷も同意なのか、軽く首を縦に振った。

「危険だ! 学生の分を超えている!」

 真っ先に渡辺が反対した。

「私も反対よ。学外の事は警察に任せるべきだわ」

 七草も厳しい表情で首を横に振った。雪ノ下たちも表情を硬くし、無言でその案に反対だと言っていた。

 だが、

「そして壬生先輩を、強盗未遂で家裁送りにするんですか?」

 司波達也の一言に、顔を強張らせて絶句してしまう。

「なるほど、警察の介入は好ましくない。

 だからといって、このまま放置にすることもできない。

 同じような事件を起こさない為にはな。

 だがな、司波」

 炯々たる十文字の眼光が、司波達也に眼を貫いた。

「相手はテロリストだ。下手をすれば命に関わる。

 俺も七草も渡辺も、当校の生徒に、命を懸けろとは言えん」

「当然だと思います」

 しかし、司波達也は、その眼光をものともせず、淀みなく答えた。

「最初から、委員会や部活連の力を借りるつもりは、ありません」

「……一人で行くつもりか」

「本来ならば、そうしたいところなのですが」

「お供します」

 すかさず飛び込んで来た妹の声に、司波達也は苦笑を浮かべた。

「あたしも行くわ」

「俺もだ」

「当然、私もよ」

「ゆきのんが行くならあたしも!」

 千葉、西条、雪ノ下、由比ヶ浜から次々と表明される、参戦の意思。そして、雪ノ下たちは比企谷にあなたもよと顔を向けた。

「司波君、あたしのためだったらやめて。

 あたしは平気よ、罰を受けるだけのことをしたんだから」

 慌てて壬生が止めに入るが、振り返った司波達也の表情は、彼女の誠意に応えるには、相応しからぬものだった。

「壬生先輩の為ではありません」

 冷たく突き放す口調に、壬生がショックを受けた顔で黙り込む。

「自分の生活空間がテロの標的になったんです。俺はもう、当事者ですよ。

 俺は、俺と深雪のい日常を損なおうとするものを、全て駆除します。これは俺にとって、最優先事項です」

 そこにいる全ての人物は司波達也が本音で語っていることが、なんとなく解った。

 氷刃の如き眼差しで、理解させられた。

 怒りでもなく、闘志でもなく、危険なテロリストの排除を確定された未来として語る司波達也の自信――あるいは決意――に、十文字までが言葉を発することができなくなっていた。ただ、例外なのは同じ事を考えていた比企谷だけだった。

「比企谷、お前もついてくるだろ」

「面倒だからパス――と言いたいところだが、今回はお前に貸しがあるからな。乗ってやるよ」

「貸しを作った覚えはないんだがな」

 こんな状況だと言うのに、司波達也は苦笑しながら比企谷に返事を返す。

「まぁ、俺が勝手に返すだけだ。気にすんな」

「そうか、なら気にしないでおこう」

「それでいいんだよ」

 比企谷もこの場にはそぐわない、いつも通りの態度だった。

「しかしお兄様。どうやってブランシュの拠点を突き止めれば良いのでしょうか?」

「そうだな。分からないなら、知っている人に聞けばいい」

 司波達也は出入口の扉を開いた。

 

 

 

「小野先生?」

「遥ちゃん!」

「小野先生でしょ!」

 七草の声に、困惑交じりの曖昧な笑みを浮かべたのは、パンツスーツ姿の小野だった。

「……九重先生秘蔵の弟子から隠れ遂せようなんて、やっぱり、甘かったか……」

 彼女が苦笑い混じりながらも、悪びれの無い声で話しかけた相手は、司波達也だった。

 司波達也は無表情ながらも、微妙に呆れ声で応えた。

「隠れているつもりも無かったでしょうに。

 あんまり嘘をついていると、その内、自分の本心さえも分からなくなりますよ」

「気をつけておくわ」

 司波達也に招き入れられる形で、小野はベッドの脇まで歩み寄った。

「ごめんなさいね、力になれなくて」

 首を横に振る壬生の肩に手を置いて、その瞳を少しの間じっとのぞき込んでから、小野はベッドサイドを離れた。

「小野先生がブランシュの居所を知っているんですか?」

「事ここに至って、知らないふりはありませんよね?」

 小野はチラリと一瞬だけ比企谷に目を向け、すぐに目線を戻した。おそらく司波達也は気がついただろうが、そのことに時間を割く余裕はないのか特に言及はしなかった。「地図を出してもらえないかしら。その方が早いから」

 司波達也は無言で情報端末を取り出した。

 スクリーンを展開し、地図アプリを呼び出す。

小野も端末を取り出し、指向性光通信を作動させた。

送信された座標データに従い、地図が立ち上がり、マーカーが光る。

「……何よ、これ! 目と鼻の先じゃない!」

「……ずいぶんと舐められたものね」

 千葉と雪ノ下が見るからに憤慨しているように、徒歩でもここから一時間はかからない距離だ。

そこは、街外れの丘陵地域に建てられた、バイオ燃料の廃工場だった。

「放置されているところを見ると、劇毒物の持ち込みはないようだな」

「ええ。私たちの調査でも、バイオ兵器は確認されていないわ」

 十文字の呟きに、小野が頷く。

「車の方が良いだろうな」

「魔法では探知されますか?」

「探知されるのは一緒さ。向こうは、俺たちのことを待ち構えているだろうから」

 テロリストは、非公開の魔法技術を強奪しようとした。ならば、司波達也の持つあの技術も、テロリストは狙っているに違いない。司甲が司波達也を襲撃したのも、あの技術の有効性を確認する為のテストだったのだろう。それが司波達也の推理だった。

「正面突破ですね?」

「それが一番、相手の意表をつくことになるだろうな」

 司波達也はともかく、司波深雪までもが当たり前に好戦的な台詞を口にして、二人で攻略方針を決めていく。

 それに十文字が賛同した。

「そうだな。妥当な策だ。車は、俺が用意しよう」

「え、十文字くんも行くの?」

 七草の疑問は、司波達也も共有するものだった。

 十文字は、配下の参戦を否定しながら、自分だけは前線に赴くタイプには見えない。

「十師族に名を連ねる十文字家の者として、これは当然の務めだ。

 それ以上に、俺もまた一高の生徒として、この事態を看過することはできん。

 下級生にばかり任せておくわけにはいかん」

「……じゃあ、」

「七草、お前はダメだ」

「真由美。この状況で、生徒会長が不在になるのは拙い」

「……了解よ」

 二人がかりの説得に、七草は不承不承ながら、頷く。

「でも、それだったら摩利、貴方もダメよ。残党がまだ校内に隠れているかもしれないんだから。風紀委員長に抜けられたら困るわ」

 そして今度は、渡辺が不承不承頷く番だった。

「なら、雪ノ下と由比ヶ浜も残った方が良いな」

 と、いきなり比企谷が口を開いた。ついていく気満々だった二人は眉をひそめ、比企谷に顔を向ける。

「それはなぜかしら? まさか、私たちが足手まといにでもなるといいたいの?」

「そうだよ、ヒッキー!」

「ちげぇよ。こんな状況なんだ、少しでも生徒会の手伝いが必要だろうが。また、襲われた時には多少なりと戦力が必要になってくんだよ」

 もっともらし言い訳である。

「そうね、比企谷君の言う通りかもしれないわ。雪ノ下さん、由比ヶ浜さん、生徒会を手伝ってもらえないかしら?」

 そう七草がすかさず比企谷の援護射撃に入ったことで、言いかえそうとした二人は反論を言えなくなってしまった。自分はともかくとして七草も、女子生徒が戦場に向かうのは看過できないのだろう。

「……分かりました、生徒会を手伝わせてもらいます」

「う~分かりました」

 二人も不承不承に頷くと、真剣な表情で比企谷に顔を向けた。

「ちゃんと戻ってきなさい」

「ヒッキー、ちゃんと戻ってきてね」

「あ~分かったよ」

 そんな三人のやり取りに、少し場が和やかになり、十文字は司波達也へ目を向けた。

「司波、すぐに行くのか? このままでは夜間戦闘になりかねないが」

「そんなに時間はかけません。日の沈む前に終わらせます」

「そうか」

 司波達也の態度に、何事か感じるものがあったのだろう。

 十文字はそれ以上は何も訊こうとせず、車を回す、と言い残して保健室を出ていった。

「会頭と会長が十師族なのは分かったけどよ……遥ちゃんって、何者なんだ?」

「その話しは後だ。行くぞ」

 あえて誰も口にしていなかった西条の質問は、司波達也によって棚上げされた。

 

 車は、オフロードタイプの大型車だった。

 そしてその助手席には、追加のメンバーが座っていた。

「よう、司波兄」

「桐原先輩」

「あんまり驚かねぇのな」

「……いえ、十分驚いています」

「司波兄、俺も参加させてもらうぜ」

「どうぞ」

 司波達也はそのままオフローダーに乗車し、妹が、友人が、そして比企谷がその後に続いた。

 

 


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