一週間が過ぎた。
新入部員勧誘週間は、比企谷にとってはなはだ面倒な日々だった。
結局、比企谷達は部活に入ることなく新しい部活を立ち上げる事なく、学校非公式で個人単位の奉仕部を運営し始めた。と言っても、今のところ生徒会の手伝いだったり生徒会の要請で動く遊撃隊のような位置づけになっている。学校非公認と言えど、完全に学校非公認と言う訳ではないだろう。
いつもの放課と同じように雪ノ下と由比ヶ浜が来るまで机に突っ伏して前に机で集まっている集団の話に耳を傾けていた。
「達也、今日も委員会か?」
帰り支度中の司波達也に、鞄を手にした西条がそう訊ねた。
「今日は非番。ようやくゆっくりできそうだ」
「大活躍だったもんなぁ」
「少しも嬉しくないな」
憮然たる面持ちでため息をつく司波達也を前にして、西条は明らかに、噴き出すのを我慢している顔だった。
「今や有名人だぜ、達也。
魔法を使わず、並みいる魔法競技者を連破した謎の一年生、ってな」
「『謎の』ってなんだよ……」
「一説によると、達也くんは魔法否定派に送り込まれた刺客らしいよ」
ひょっこりのぞき込むように顔を見せたのは、同じく帰り支度を済ませた千葉だった。
「エリカちゃん!」
「他人事だと思って…
この一週間、誤爆のフリした魔法攻撃が何回も会ったんだぞ」
「でもデバイスの携帯制限も復活したんですし、もう落ち着くんじゃありませんか?」
「そう願いたいよ」
柴田の掛けた慰めの言葉に、司波達也はここぞとばかり頷いた。
その話を盗み聞きしている比企谷八幡はその時を思い出して心の底から、ため息をついていた。
新入部員勧誘週間中に司波達也を監視とは言えないまでも観察していた比企谷は、どこまでも一科生と言うブランドに浸り過ぎて完全に優越感を抱いて溺死している連中を見ていた。
一度ならず二度以上、一度制度をリセットした方がいいんじゃないかと思うほどに、あらかさまに、露骨に、醜悪とは言えないまでも醜く嫌がらせとしか言いようのない行為を繰り返している一科生の上級生にため息をついていた。この意識を改変する事を隠れ蓑としているが、それでも目的の一つである。しかし、ここまで上級生が無知であり無能だったとは逆に驚きだった。まぁ、茶柱が立った時のような驚きだったが。
しかし、流石第一高校と言っていいのか、その手口の巧妙さは舌を巻くほどに優秀であった。能力の発揮する時と場所と目的が違うと言う点に目をつぶればだが。
司波深雪が司波達也を迎えに来ると同じように、比企谷を迎えに雪ノ下と由比ヶ浜が突っ伏していた比企谷を引きずり起こし、司波達也達が苦笑する中売られていく牛のようにドナドナされていった。
「まったく、たまには比企谷君の方から私達を迎えにくると言う気はないのかしら」
「そうそう、たまには来てくれてもいいよね」
「ったく、だからってネコみたいに首元をつかむんじゃねぇよ」
少し崩れた制服の襟首を直しながら二人の後ろをついていく。
「んで、今日はどうすんだ」
「今日も生徒会の手伝いよ。新入部員勧誘週間が終わっても後始末がまだ残っているらしいわ」
「そうそう、大変なんだよ」
「あなたは手伝わなかったから知らないのだけれど」
「手伝わなかったんじゃねぇだろ、あれは」
「そうかしら?」
「ヒッキーだしね~」
二人は顔を見合って笑いながら相槌をうちあい、後ろからついてくる比企谷にもその笑っている横顔が目に入っていた。その二人の横顔を見ながら比企谷は一つため息を吐きつつ、これから起きるであろう騒動にどうやって巻き込ませない方法を模索していた。
結局、自分達の方から巻き込まれに行くだろうと言う結果は予測以前に決定事項だろうと、特に事前対応には変更はないだろう。
ふと、比企谷は端末の震えに気が付き端末を取りだした。そこに表示されている文章を読み終えたのち、元の場所にしまうと顔つきが一変していた。二人の後からついていっているおかげでその変化を悟られる事はなく、二人を生徒会室に送り届けた。
「さて、今日もやるわよ」
「ヒッキーもほら、早く」
どうやら二人は今回から比企谷も生徒会の仕事を手伝わせようとしていたらしく、二人とも生徒会室の扉の前で振り返り比企谷を招き入れようとしていた。
「あ~悪い、雪ノ下に由比ヶ浜。ちょっと用ができた」
「嘘はよしなさい」
「嘘はダメだよ」
「嘘じゃねぇよ」
そう言って、再び端末を取りだすと画面を二人に向けた。そこには学校のサインが書かれた添付がつけられているメールだった。つまり、学校からの呼び出しである。
「比企谷君、ついに何かやったのかしら」
「ヒッキー、ほら生徒会室が目の前だから自主しよ。大丈夫、分かってくれるって」
「うるせぇな、問題を起こした前提で話を進めんなよ」
すぐに端末をしまい、渋い顔を表に現して踵を返した。
「ってことで、ちょっくら行ってくるわ」
「はいはい、終わったらちゃんと来なさい」
「帰っちゃだめだからね~」
「わかってるよ」
後ろ姿の比企谷は片手を上げ、ひらひらと手を振っていた。
比企谷が向かったのは、カウンセリング室だった。
「それで、全員呼び出したのはどんな用件があるんですか。小野先生」
カウンセリング室に入ってすぐ中の様子を把握した比企谷は呆れたように、いつも以上の腐った目を向けた。いや、それが比企谷にとっては通常なのか。
「陽乃ちゃんからの指示よ」
「ま、でしょうね。俺以外じゃ、陽乃さんしか知らないですし……ああ、小野先生も知ってんのか」
そう言って、脇に座っている三人に目を向けた。
「ごめんね、八幡」
「すまなかった」
「悪かったね」
それぞれがそれぞれなりに比企谷に向かって頭を下げていた。
「いや、指示なら仕方ねぇよ」
「それにしても戸塚くんは元十柄家だし、材木座くんは昔有名だった裏の刀鍛冶一族でしょ。比企谷くんは、なにがしたいの?」
戸塚家、いや、十柄家とは名の通り十の柄を表す。つまり、十種の刀剣を十種類の異なる刀剣を自在に操る魔法を使う。とはいっても、CADが発達している現在では複数起動は困難となっている。故に、一太刀で十の刀身を自在に操る。それぞれの刀身は四系統八種、そして無系統に系統外魔法を基点とした効果を纏っている。
材木座家は古くから刀剣のみならず、武器と言う武器を製造していた。もちろん、表からかけ離れた裏の裏で秘密裏に。しかし、そんな老舗の武器屋と言えど時代の流れに押し流され続け、魔法が台頭してくると同時に徐々に廃業に追い込まれた一族だ。廃業に追い込まれた、いや、自ら廃業したと言った方がいいな。廃業したとしても技術の伝承は行われ続け、その間に魔法道具としての技術を確立させて言っていた。もちろん、材木座家が独自に作りだした技術だ。今ではほぼ忘れ去られた一族だが、忘れ去られているからこそ、ここまで生きながらえていたのかもしれない。
「別になにもする気はないですよ、俺からは」
もう一人、川崎沙希。ここにいる四人を小野遥は個人的にも調べていた。そのうち、さっきも言ったように戸塚と材木座の事は調べがつく事ができた。普通ならその二人の情報を探り出すのさえ難しいが、そこはプロと言ったところだろう。
しかし、それでも比企谷と川崎の二人の情報はついに調べがつかなかった。
比企谷に関して言えば、完全に隠ぺいされて完璧に形跡が封鎖されているが故の事で手の出しようが無いのだが、それでも川崎の情報は簡単に調べがついていた。
家族構成も、今までの足跡も、そっくりそのまま全て探り当てた。それでも、なにも出てこずなにも分からなかった。なぜなら、特に変わった経歴も変わった血族でもなかったからだ。当たり前だ、この中で唯一普通の居場所がある人間だから。しかし、調べる方はそうは考えない。普通じゃない人間の集まりなら、全員普通じゃない経歴があるはずだと。
川崎沙希は普通に比企谷達と出会い、普通に三人の仲間なった。とは言っても、朱に交われば赤くなる、今ではちょっとばかり普通と言えないのだが。
「そう、私としてはなにもない方がいいんだけどね」
「それで、用件はなんですか?」
「そうね、本題に入りましょうか」
そう言って、小野遥の表情が険しくなる。
「先日、比企谷くんに接触した司甲くん。彼を重点的に調べてみた結果、義理の兄がブランシュの日本支部リーダーを務めている事が分かったわ。それも、表も裏も関わっている、ね」
比企谷達の表情も険しくなる。
「それと、ブランシュの拠点も調べがついてるわ」
「そうですか、ならその情報はそのまま持っていてください」
今、その情報を受け取る気はないと遠回しに言うと、比企谷は手じかにあった椅子に座った。そして、目を逸らすことなく真っ正面から小野遥を見据える。
そして、これからはこっちの本題に入ると言った風に口を開く。
「おそらくこの状況、陽乃さんは俺たちの顔合わせのために集めたんでしょうが、それは小野先生にこうも言ってるんですよ」
四人全員の眼光が小野遥に向かう。
「裏切ればどうなるか、と」
それは小野遥も分かっていた。少なくともこの中の二人は裏を知っている、裏道を知っている二人と、どれだけ調べても普通以上の情報が出ないどう考えても要警戒対象な少女。そんな三人を下に持つ比企谷八幡と言う存在は、命を脅かせるには十全な人間だと。
「ええ、分かっているわ」
「それならいいです」
ようやく全員が目線を外し続けて何かを話そうとしている比企谷の方へ向ける。
「全員集まっているならちょうどいい。エガリテの目的……いや、ブランシュの目的はなんなのか、って話をしようか」