やはり俺の魔法科高校入学はまちがっている。   作:T・A・P

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やはり俺の魔法科高校入学はまちがっている。  拾弐

 

 市原会計に連れられて比企谷は生徒会室に戻ってきた。市原会計はパネルに向かって認証確認を行った後、生徒会室の扉を開いて中に入った。市原会計は比企谷が入りやすいようにいつもより少し広めに扉を開けていた。しかし、結局比企谷は生徒会室の中に入ることはなく、扉が閉まるのを窓際に背中を預けて見送った。

 それからすぐに生徒会室の中からあわただしい音が聞こえ、勢いよく扉が開き由比ヶ浜と雪ノ下が生徒会室から出てきた。怒った風な表情をしながら、どこか悟った雰囲気を醸し出す二人は比企谷をジト目でにらみつける。開け放たれた扉の向こうには、少し困った表情の司波深雪と、どこか呆れたような雰囲気な市原会計、そしてあわあわと慌てている中条書記が見えていた。

「比企谷君、もし二科生と言う理由で生徒会室に入ろうとしなかったのなら、私は怒るわよ。由比ヶ浜さんと一緒に」

 由比ヶ浜は雪ノ下の言葉に強く頷いていた。

「そんなんじゃねぇよ。どうせそっちの用事は終わったんだろ、ならあとは帰るだけだろ。なら俺が入る必要はねぇじゃねぇか」

「ヒッキー、どれだけ帰りたいの……」

「比企谷君、残念だったわね。私の用事は司波君から直接聞く事になったわ、司波さんと一緒に司波君が来るまで待つわよ」

 雪ノ下は比企谷にどこかしてやったりという表情を浮かべて、腕を組んで言い放った。比企谷としては、学校内に残って色々と面倒なトラブルに巻き込まれる確率を下げたかったが仕方ないとため息をついた。別に学校外でトラブルが無い訳ないのだが、今の学校の方がトラブルの因子を多く抱えている。

「分かったよ。んで、いつまで待てばいいんだ?」

「そうね、司波君は今部活連本部で事情を説明しているらしいわ。そこから考えると、日が落ちるまでには来ると思うのだけれど」

 結局、詳しくは分からないらしい。ま、部活連と言う事は十文字家の次期当主がまとめているのだから、そこまで遅くないだろうと予想を立てた。

 その比企谷の様子を見て、完全に諦めたのを二人は感じた。

「じゃあヒッキー、一緒に生徒会室で待ってよ」

 由比ヶ浜は比企谷に笑顔を向けた。比企谷はため息を一つついて開け放たれた生徒会室の扉をくぐった。

 

 

 生徒会室の中は広く綺麗に整理整頓してあり、端には自動配膳機やら端末やらが置かれていた。中には端末を操作している司波深雪と中条書記、そして机に座って書類を片づけている市原会計が入ってきた比企谷達に顔を向けた。

 司波深雪と市原会計は特に気にしたふうもなく迎え入れていたが、中条書記はビクッと少々怖がっていた。

「雪ノ下、やっぱ俺外で待つわ」

「……そうした方がよさそうね」

 流石に中条書記の様子を見ていると、そうした方が良いと思ってくる。

「あ、あの!」

 比企谷がドアノブに手をかけると同時に、中条書記が立ちあがって声をかけた。

「わ、私は大丈夫ですから、ここで待っていても大丈夫です」

 勇気を出して声をかけたようだが、徐々に声のボリュームが下がっていっていた。

「あの、中条先輩。無理しないでください」

「だ、大丈夫です!」

 比企谷と雪ノ下そして由比ヶ浜は顔を見合わせ、比企谷は先輩の言葉に従った。ここで比企谷が生徒会室から出ていけば、中条書記の顔に泥を塗ることになると判断した結果だ。

「ありがとうございます」

 そう言って、比企谷は中条書記から一番離れた入口近くの席に腰をおろし、雪ノ下と由比ヶ浜はその正面の席に座った。

ここで、いつもだったら市原会計と二人っきりになったことに関して追及があるだろうが、二人は一切その事に触れずに雑談に興じていた。比企谷もいつもとは違うその事に関して疑問を感じる、ことはなかった。

 別に、雪ノ下と由比ヶ浜はどんな女性や女生徒に対して反応する訳じゃない。例えるなら、自分の容姿をちゃんと理解している女性に対してだったり、無差別に誘惑する女性に対して発動したりする。実のところ二人は厳しそうに見えて、ちゃんと最後は比企谷自身に任せている。比企谷が誰を選んでもそれを受け入れる覚悟はある。

 市原先輩のように、しっかりと自分という芯を持っている女性に対してならいちいち口に出したりはしない。あとは司波深雪のように思い人がいたり、中条書記のようにそもそも男性に対して免疫が無い女性に対しても同様だ。まぁ、比企谷自体そういう相手の事情を考慮する事を知っている事も要因の一つだが。

 それでも、二人は自分を選んでほしいと思っている。まぁ、今のところは、と付け加えるべきだが。

 

 

 

「えっと、比企谷君、でしたよね」

 端末での仕事が終わったのか、司波深雪が比企谷に話しかけてきた。比企谷としては話しかけられる心当たりがなかった。

「なんか用か?」

 不審がりながら、という訳ではないのだが、少しだけ心の中で首をかしげながら司波深雪に返答した。

「はい、少しばかり聞きたい事があるのですが、いいでしょうか?」

「まぁ、いいが」

 またか、と心の中で答えた。だとしたら、市原会計と同じような内容だろうとあたりを付けて、用意している言葉を咽の奥に隠した。

「お兄様と服部副会長との模擬戦で、服部副会長が勝利すると普通の方でしたら思うのですが、比企谷君はお兄様が勝利すると確信していました。その理由をお聞きしたいのですが」

 さて、司波達也が司波深雪に忠告していたのか、それとも司波深雪が自身で疑問に思ったのか。

「別に理由と言う理由はないぞ」

「あそこまで確信を持った言い方をするのであれば、何かしらの理由が無くては無理だと思いますが」

「……はぁ、あいつが妹を侮辱されて負けるわけがない、って思っただけだ」

 話を聞いていた全員が、タイミング良く、最初から打ち合わせしていたかのように息が合い、ひどく納得していた。

「それは納得せざるを得ないわね」

「うん、すごい説得力感じた」

 どうやら目の前の二人もあの時の小さな違和感が解消されたようだ。

「そんな、お兄様が私のために……」

 ああ、こっちもこっちでブラコンだったなと再確認した。

 しばらく悶えていた司波深雪であったが、ようやく現実に戻ってきて比企谷に頭を下げる。

「私の質問に答えてもらい、ありがとうございました」

「別にいいさ」

 と、すげなく手を振って何でもないように答える。

「……そろそろ時間ですね」

 市原会計が時計を確認し、五人に声をかける。その号令で司波深雪と中条書記はこまごまとした備品を片付けはじめすぐに、片付け終わり帰る支度を行いすぐに帰る準備が整った。

「では、施錠は私がしておきますのであがってかまいません」

「ありがとうございます」

「お疲れ様です」

 生徒会の二人と、比企谷達三人も市原会計に頭を下げ生徒会室を後にした。

 

 

 

 中条書記とは途中で別れ、司波深雪についていく比企谷達は昇降口に向かった。部活連本部は生徒会室のある本校舎とは別棟に置かれている。部活連本部から生徒会室へ行くには、一旦校庭へ出て昇降口に回らなければならない。故に、ここにいれば妹を迎えに行く司波達也と必ず出会えると言う分けだ。

 昇降口に到着してすぐに、西条と千葉が言い合いながら現れた。そしてその後ろに柴田がついてきていつもの三人がそろっていた。

「あ、深雪たちじゃん。達也くん待ってるの」

「ええ、エリカたちも今帰りなの?」

「そうなんだけど、深雪達と一緒に帰っちゃダメかな」

「それは良いけど」

「ありがと!」

 どうやら三人とも今日の事を聞きたいらしい。それから雪ノ下と由比ヶ浜も混ざり、女子は司波達也が来るまで雑談に花を咲かせ始めた。

「よう比企谷、山岳部に入らねぇか」

 そんな女子から離れ、西条はもう一人の男子である比企谷に話しかけるのは、必然だろう。

「断る、俺はどこにも入るつもりはねぇよ」

「そんなこと言うんじゃねぇよ。山岳部は楽しいぜ」

 西条は比企谷を勧誘し始めていた。その際、西条が比企谷の肩に腕を置こうとしてスルリと逃げられている光景は何度も続いていた。てか、完全に勧誘を忘れて男子高校生特有の勝負に発展していた。

 

 

 そろそろ日が落ちる時間になり、街灯に光が入り始めてようやく司波達也が昇降口に来るのが遠目で見えていた。

「あっ、おつかれ~」

「お兄様」

 真っ先に声を上げたのは千葉だったが、真っ先に駆け寄ったのは司波深雪だった。

 思いがけない機敏さに、他の面々は目を丸くしていた。

「お疲れ様です。本日は、ご活躍でしたね」

「大したことはしてないさ。深雪の方こそ、ご苦労様」

 腰の前に両手で提げる鞄を挟んだだけの間近から、自分の顔を見上げる司波深雪の髪を、眼差しでねだられたとおり、司波達也は二度、三度とゆっくり撫でた。

 司波深雪は気持ち良さそうに目を細めながら、兄を見詰める、その瞳を逸らさない。

「兄妹だと分かっちゃいるんだけどなぁ……」

 二人へ歩み寄りながら、気恥かしげな表情で、微妙に視線を外しながら西条が呟くと、

「何だか、すごく絵になってますよね……」

 その隣では、柴田が顔を赤らめながらも、食い入るように二人を見ている。その後ろでは、由比ヶ浜と雪ノ下がちょっと顔を赤らめて、比企谷を盗み見ていた。

 そして、そんな西条と柴田に、千葉が半眼にした両目を向けていた。

「あのね、君たち……あの二人に一体何を期待しているのかな?」

 千葉の言葉で二人は慌てて千葉に弁解するも、どうも動揺して言葉がうまく出てこず自分が今何を言っているのか分かっていないようだった。

 そんな三人と比企谷達へ、司波達也はようやく妹の髪から手を放して目を向けた。

 司波深雪も、名残惜しそうな顔を見せつつ、兄に倣う。

「すまんな、待っていてくれたのか」

「水くさいぜ、達也。ここは謝るとこじゃねえよ」

「私はついさっき、クラブのオリエンテーションが終わったところですから。

 少しも待っていませんよ?」

「私は私の用事で勝手に待っていたのだから、気にしなくていいわ」

 三者三様の態度で司波達也を出迎えた。

 事実が言葉と裏腹であることに司波達也はすぐに気がついたが、心遣いをあえて無にするような真似はしなかった。

「こんな時間だし何処かで軽く食べて行かないか? 一人千円までなら奢るぞ」

 現在の通貨価値は、二度のデノミネーションで百年前とほぼ同じ水準になっている。

 高校生にとって千円という金額は、少し高めではあるが妥当なラインだ。

 それ以上の謝罪を飲み込んだ、代わりの誘い。

 それが分からぬ者も、余計な遠慮を口にする者も、ここにはいなかった。

 


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