やはり俺の魔法科高校入学はまちがっている。   作:T・A・P

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やはり俺の魔法科高校入学はまちがっている。  拾壱

 

 

 あの後、比企谷、と言うより雪ノ下と由比ヶ浜を追っていた部活の勧誘メンバーはすっかり司波達也の方へ興味を移していた。当然、雪ノ下と由比ヶ浜の興味も司波達也に向けられていたが、比企谷は『ああ、やってんな』と言う、猿が木をのぼることが当然のように興味を持たなかった。流石に比企谷も豚が木をのぼれば興味(警戒)を向けるのだが、今回はただ猿だったと言うだけのことだ。

 雪ノ下と由比ヶ浜はもう少し観戦したかったようだが、状況が状況と、うれし恥ずかし接触タイム故に文句は視線だけにとどめておいた。その視線を甘んじて受け入れている比企谷だったが、それよりも司波達也が使っていた魔法の方へ思考のほとんどをさいていた。CADを二つ同時使用し、遠巻きに魔法を発動しようとしていた生徒の起動式が破壊された。その現象を、いや、魔法を比企谷八幡は知っている。身にしみて、知っている。常時CADを二つ使用する、比企谷八幡だから知っている。

『まったく、厄介きわまりねぇな』

 声に出さないように、誰にも、それこそいまだあの場に居るはずの司波達也に聞かせないように唇を動かした。

 

 しばらく走り、闘技場からそこそこ離れた人目につきにくい校舎の影で抱えた二人をおろした。二人は少し残念そうな表情を浮かべたが素直に地面に足をついた。

「まったく、いきなり手を掴んだかと思えば荷物みたいに抱えるなんて、あなたの頭を切り開いてその中に本当に脳が入っているか確認したいわ」

「おい、なんでいちいち猟奇的なんだよ」

「ほんと、ヒッキーいきなりだよ!」

「あ~はいはい、悪かったよ」

 そんな比企谷に文句を言っている二人であったが、顔がつやつやしていた。今回の充電で満タンになったようだ。

「それにしても、彼が強いのは知っていたけどあれほどまでとは思わなかったわ」

「うん、すごかったね!」

 二人は比企谷の能力を知っている、魔法も、体術も、しかし、全てを知っているわけじゃない。二人は比企谷と引き分けた司波達也が比企谷と同等の強さである、と認識していた。つまり。比企谷=司波達也、と言う方程式が成り立つ。だから、二人は誤認していた、能力を隠匿している比企谷を知っているが故に。

 比企谷はさっきの光景について話している二人の横で、目を閉じて校舎にもたれかかった。頭の中で学校の敷地の立体地図を構築する。そこからもう一つ先、人間の位置をトレースする。目の中にある立体地図に人の姿が映し出されていく。

 

 

比企谷が使っているのは『知覚系魔法・傍観写』である。数ある知覚系魔法の中でレアな部類に入るが少しばかり使いづらい魔法だ。

無生物、つまり生きていない物に対しては万能的な魔法だが、有生物、生きている物に対してはもう一つプロセスが必要になってくる。無生物、建築物などの存在はそこに存在し続けるが故に変化が乏しく、一度イデアにアクセスすることで全ての構造が一瞬で理解できる。それは、傍観者故の観察眼に起因する。変化しない物は、観察しやすい。

しかし、生物は変化し、動き回る。だから継続的にイデアにアクセスしなければ動きに対処できない。アクセスとアクセスの間には必ずラグが発生し、そのラグが命取りになることもある。

そしてもう一つ制限があり、観察対象を分けなければならないと言う事だ。無生物は無生物で、生物は生物のイデアにアクセスしなければならない。

 

 

比企谷は追手が無いことを確認し、目を開ける。

「んで、これからどうすんだよ。帰るか」

「ヒッキー、すぐに帰ろうとするのはよくないよ」

「まったく、ヒキコモリ企谷君は……」

「あ~はいはい、お前その名前よく使うよな、好きなのかよ」

 いい加減聞きあきた名前をまた呼ばれ、ため息をつきながら雪ノ下の言葉を遮った。

「す、す、好きとかそういうのじゃないわ! た、ただ、あなたが全然成長しないから。そ、そう! あなたがいつまでたっても成長しないのだから何度も使うのはおかしい事ではないでしょ!」

「分かったよ。んで、これからどうすんだ? やっぱり帰るか?」

「ヒッキーだから!」

「あ? 現実的な考えだろうが」

 頬を膨らました由比ヶ浜に顔を向ける。

「さっきまで部活勧誘の奴らに追いかけられたばかりだろ。また見つかると碌な事になんねぇよ。見つかる前に帰るのが一番いいだろうが」

 そんな比企谷の言葉に一度頷いた雪ノ下であったが、ただ最後の方は承服しかねると言った表情を浮かべた。

「比企谷君、あなたの言う通りもう一度あそこへ向かうのは賛成しないわ。でも、これで帰宅するのはもっとないわね。司波君が使ったあの魔法、少し気になるのよ」

 雪ノ下はついてきなさいと言わんばかりに校舎の方へ歩き出した。由比ヶ浜は表情から『どこに行くんだろう』と言う考えがすぐに読みとれ、比企谷はというと。

「おい、どこに行くつもりだ」

「分かりきった事を聞かないでくれるかしら、司波さんのところよ」

「なら、生徒会室か」

「ええ、そうね」

「なら……」

 と、言葉を会話を区切って言う。

「生徒会室は、逆方向だぞ」

 雪ノ下の固有スキル【常時迷子】は健在です。

 

 

 

 どうにか比企谷に連れられて生徒会室についた三人は、雪ノ下を先頭にして生徒会室の扉の横にあるパネルをタッチした。

「1‐A雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣、1‐E比企谷八幡です。司波深雪さんに用があってきたのですが」

 雪ノ下がそうパネルに向かって喋りかけると、すぐに生徒会室の扉が開く音が聞こえた。おそらく扉を開けたのは司波深雪だと思っていたんのだがその予想は外れ、意外にも市原会計であった。市原会計は三人の顔を眺めてから口を開けた。

「雪ノ下さん、由比ヶ浜さん。司波さんに用があるのはお二人だと見えますが」

「はい、もしよければ司波さんと話をさせてもらえないでしょうか?」

「まぁ、いいでしょう。本日の業務はほぼ終わっていますので」

「ありがとうございます」

 雪ノ下は市原会計に頭を下げ、慌てて由比ヶ浜も同じように頭を下げた。ただ、比企谷だけは少し離れて、我関せずといった風にその光景を眺めていた。それと同時に、なぜ司波深雪が出てこなかったのかを考えていた。

まず、市原会計が直々に出てきた意味が分からない。雪ノ下は司波深雪の名前を出した、生徒会室は重要なデータが保管されており不用意に生徒会メンバー以外を入れたくないだろう、故に呼ばれた司波深雪が外に出てくる方が理にかなっている。

 あとは、生徒会が上下関係に厳しいかどうか分からないが、どちらにしろ司波深雪なら1年である事を理由に出てくる可能性があった。

 なら、市原会計が直々に出てきたのは、この三人の誰かに用事があったからだろう。なら、それは誰か。それも、さっきの言葉で分かった。

「では、司波さんは中にいますのでお二人はお入りください」

「あ、あの、ヒッキーは……」

 二人は比企谷の方に不安そうな顔を向けた。それは、二科生だから入ることができないのだろうか、と考えたからだ。

「彼には少し聞きたい事がありますので、少し借りさせていただきますが」

 市原会計はしれっと、そう口にした。

「そ、そうですか……ええ、お貸しいたします」

 雪ノ下は戸惑って言葉を詰まらすが、どうにか冷静さを取り戻すことができたようだ。そのあと、雪ノ下と由比ヶ浜は比企谷に釘を射す意味で、厳しい目線を突き刺した。比企谷はため息をつき、手をひらひらさせて分かったことを伝えた。

 二人が生徒会室に入る時に中が見えたが、中には司波深雪と中条書記の二人しかいなかった。七草生徒会長がいないと言う事は、何か生徒会室を開けないといけないほどのトラブルでも起こったかと推測したが、結局答えは出ないだろうと思考を目の前にいるクールな先輩に向けた。

「立ち話もなんですから、どこか座れる場所でも行きましょうか」

「うっす」

 ぼっちを知らない女性と二人っきりにするなよ、と心の中でため息をついた。

 

 

 二人は連れ立ってカフェに向かった。

 市原会計を先頭に、比企谷はそのあとをついていく。比企谷一人ならいつの間にかいなくなっていると言う事ができなくもないが、結局生徒会室の二人を迎えに行かなければならないので逃げる事を選ぶことはできない。これから面倒な尋問が始まると思うと、ごまかすのがより面倒だと心の中でため息をつく。

 二人は生徒会室の前からカフェへ向かう道中、二人の間には会話はなく無言で歩いていた。その光景は、生徒会役員が問題行動を起こした生徒を連行しているような光景に見えただろう。まぁ幸いな事に、その道中は一切人がいなかったからその手の噂が流れる心配はなかった。

ようやくカフェにつき、それぞれ飲み物を注文した。市原会計は自身の注文と同時に比企谷の注文も済ませようとしていたが、比企谷は『養われるつもりはありますが、施しを受けるつもりはありません』と自分でMAXコーヒーを購入した。

カフェでは道中と違いまばらに生徒が思い思いにすごしていた。そんな中、生徒会の市原会計と二科生の生徒が連れだって現れた事に興味を示さない生徒は、少数と表記できないほどに存在しなかった。

「市原先輩、こんな中で何を聞きたいんっすか」

 おそらく気が付いているであろう周りの視線と盗み聞きされる事を理由に、どうにかこの話をする機会を流そうと淡い期待で進言してみるも、

「いえ、その点にはおよびません」

 しれっと、比企谷の思惑を回避する。

「生徒会は常時CADの装着を許されていますので」

「ああ、そうでしたね」

 つまり、魔法により声を漏らさないように遮断することができると言っていた。それに、無理に聞こうとするなら相手も魔法を使用しなくてはならなくなり、その相手が生徒会となれば部活勧誘によりCADの許可が下りていても手を出せなくなる。もう一つそこに付け加えるなら、相手が二科生である事でその話が重要度の低い事を話しているのであろうと予想がつき、無理に聞こうとしようとは思わないと言う事か。

「さて、私もそこまで時間がありませんので本題に入りましょう」

 市原会計はCADを操作してから比企谷に向き直った。

「先日の司波君と服部君の試合で、あなたは司波君の魔法の正体を誰よりも先に看破していましたね。あなたがどうしてすぐに分かったのか、それを聞かせてもらえないでしょうか」

 まぁ、その時しか関わってなかったし、あの時盗み見られていたのを比企谷は気がついていた。

「偶然ですよ、偶然。偶然も偶然、偶然以外の偶然なんてないですよ。一科生で、それも3年の市原先輩の知識に勝つなんて、本当にもう偶然に頼るしかないですって。ですから、俺、もう行っていいっすか」

 話は終わりと言わんばかりに缶に残ったコーヒーを全てあおり、空になった缶を片手に椅子から立とうとした。

「そうですか」

 意外とすんなり帰ることができそうだと、比企谷はホッと胸をなでおろした。

「では、その偶然を起こすことができたあなたの知識の方をお聞きした方が早いようですね」

「………はぁ、分かりましたよ」

 若干浮かした腰を再び椅子におろし、完全に諦めた。

「まず、言っておきますけど本当に気がついたのは偶然です」

 嘘である。

「まだ魔法に慣れてない頃、結構サイオン波に酔ってたんっすよ。副会長の様子が、その時の俺と似ているのを偶然思い出して分かっただけですよ」

 自然に嘘をつく。

「司波達也が言っていましたよね『魔法師は予期せぬサイオン波にさらされると揺さぶられたように錯覚し『船酔い』のような状態になる』と。

まぁ、普通に考えて魔法師がサイオン波で酔うなんて考えませんよね。でも、逆に言えば魔法師が酔うほどのサイオン波が作れればそれは可能って事でしかないんですよね。

酔ったと言う結果がもう出ているんですから、それまでの過程がどんなにありえそうもない事でも完全に不可能な過程を潰していった結果残ったのであれば、それが真実だと」

 ニヤリと笑い、

「最後の言葉、世界一有名な探偵の言葉を借りました。実は俺、シャーロキアンなんですよ」

 

 比企谷八幡の使用する『知覚系魔法・傍観写』それは無生物に関しては万能な魔法である。故に、無生物である情報体である起動式も魔法式も読み取ることができる。司波達也が使った魔法も、光井が使おうとした魔法も、この知覚魔法にて読み取ったことで理解及び解析ができた。

 

「……分かりました。そろそろ時間もせまってきていますのでその説明で納得しておきましょう」

「本当の事なんで、俺はこれ以上話すことなんてないんですけどね」

 市原会計は再びCADを操作しどうやら魔法を止めたようだ。今度は市原会計の方が先に椅子から立ち上がった。

「では、生徒会室に戻りましょう」

「うっす」

 

 

 戻りも市原会計を先頭にして比企谷はその後をついて歩いていた。しかし、行きと違うのは市原会計から話しかけてきた。

「比企谷君、おそらくですが近いうちに勧誘を受けると思われます」

 振り向きもせず、前を向いたまま話しかけてくる。

「その勧誘を受けた時ですが、できれば私に報告してもらいたいのです」

 後ろからチラチラと視線を感じながらその言葉を聞く、聞くだけ、聞く。

 市原会計ほどの人間が、二科生を連れてカフェなどの人がいる場所に行けばどうなるのか、分からないはずがない。生徒会権限で空き教室だとか、簡単に入ることができるだろう。なら、どうしてそんなことをしたのか。

「あ~そう言えば、なんか腕に付けていた奴らがいましたね」

 今、後ろで二人をつけている存在の腕にもついている、白い帯に赤と青のラインを縁取ったシンボルマーク。

「なんかサークル勧誘でもしてるんでしょうか」

 いわゆる、釣りだ。

 やはり、市原会計は非常にしたたかな人間であるらしい。生徒会は反魔法国際政治団体「ブランシュ」のことを、そして下部組織の「エガリテ」のことも把握しているらしく、今回二科生である比企谷を連れて歩く事により、二科生を連れまわしていると見せたかったようだ。その連れまわされている二科生は、一科生に対して否定的な感情を持っていると見せる事ができるだろう。そう、比企谷の目ならね。

「…………」

 無言で前を歩く市原会計の背中は、これ以上情報を出す気はない、と言っているようだった。出す気はないと言うより、巻き込まないように情報を規制しているのだろう。

「分かりましたよ。もし、接触して来ましたら報告します」

「ありがとうございます」

「でも、」

 と、言葉を区切る。

「条件として、雪ノ下と由比ヶ浜の安全を保証してもらいますよ」

「……分かりました。約束いたしましょう」

 比企谷はその表情を見る事ができなかったが、市原会計は少し微笑んでいた。

 


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