艦隊これくしょん~“楽園”と呼ばれた基地~   作:苺乙女

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252話 博士の愛した”家族”(3)

「…急に元に戻るなよ…どうしたんだ急に」

 

平静を装うが、呼吸も鼓動も全てが乱れる

 

「さっき、四人であぁして焼き芋を食べた時、ふと…家族ってこんなものなのかな…と思って…その…」

 

一人の女へと戻った大淀は、たった数十分だけの”家族の形”に憧れを持った

 

何十年も研究に没頭し、一人の男を慰める為に全てを尽くした

 

だが、それがまた一人へと戻った今、大淀は心の拠り所を無くしてしまったのにも俺は気付いている

 

「え…えと…レイ君には酷い事も沢山した…で、でもっ…でもね…」

 

余程寂しかったのだろう

 

普段、横にいるのは自分が慰めた相手とその妻

 

平然を装っていつだって飄々としていた大淀は、ここに来てようやく感情を爆発させた

 

溜まりに溜まった大淀の目からはポロポロと大粒の涙がアスファルトへと落ち、染み込んで行く…

 

大事そうに胸に置いたタブレットをギュッと抱き締め、涙を堪えながら俺に思いの丈をぶつける大淀を見て、久方振りに同年代に対して”愛おしい”との感情を抱いた

 

「どうして誰も大淀を愛してくれないの…」

 

何も言葉を返せない…

 

遅過ぎたんだ、何もかも…

 

あぁ、そうか…

 

数十分前のあの出来事は”本来あったもう一つの俺の人生の形”なのか…

 

「レイ君…大淀は…嫌いですか…」

 

涙声で俺に問う

 

そんな姿を見せなくても、とっくの昔に俺の答えは出ていた…

 

「えっ…」

 

長年の夢を、ここに来てようやく果たせる事が出来た

 

酷い姿になってしまった”初恋の相手”を、子供達にそうしている様にギュッと抱き締めた

 

「あっ…」

 

無言のまま頭を撫で、大淀の小さな体を壊れる程抱き締める

 

大淀は俺の胸に顔を埋め、今まで聞いた事のない位の大きな声で泣き喚いた

 

「家族ならいつだっているじゃないか…ヒュプノスだって、赤城だって、いつだって大淀を慕ってくれてる」

 

「…また、あぁしてくれる⁇」

 

「いつだって。大淀がそうしたいなら、俺達はいつだって大淀の家族さ」

 

「んっ…」

 

「それとな、大淀。俺に何にも酷い事なんてしてない」

 

「だ、だって…大淀さん、今回だってレイ君騙したり、ほら…レイ君の事、止めてあげられなかったし…」

 

「俺が戦争に行くのを止められなかったの事を後悔してるのか⁇」

 

大淀は胸に顔を埋めたまま、服に顔を擦り付ける様に頷いた

 

「俺の還る場所は横須賀でも大淀博士の所でもない。空さ」

 

俺が言わなくても、大淀は分かっていた

 

空を与えられたあの日から、俺の還る場所は空だと決めていた事も、何もかも、大淀は見抜いていた

 

だからこそ、こうして無言のまま顔を埋めて黙っている

 

「大淀の事…嫌いじゃない⁇」

 

「今でも好きさ」

 

「良かった…」

 

「赤城は俺に任せて、博士は少し休んでくれ」

 

「もうちょっと、こうしたいな…」

 

本当に見抜かれているな…

 

俺はこうしたちょっとした甘えん坊に弱い事さえも見抜かれている

 

「レイ君…もうひとつお願いしていい⁇」

 

「簡単なので頼む」

 

「これから二人の時は、博士じゃなくて…”大淀”って、呼んで欲しいなぁ…」

 

「分かった。大淀」

 

「ん…ありがと…」

 

大淀は俺の胸から離れ、鼻をすする

 

「はぁっ‼︎今日は満足満足‼︎データも取れたし、レイ君にた〜っぷり甘えられたし‼︎」

 

俺の胸から離れた大淀は、いつものオーヨド博士に戻っていた

 

この姿を見て、俺はまた胸を撫で下ろす

 

「ありがとうな、大淀」

 

「いえいえ〜、レイ君が産んだAIがな〜んでレイ君を必死に護るかもよ〜く分かったし〜、今日はよく眠れそう‼︎」

 

「答えは聞かないでおくよ」

 

「んふふ〜、レイ君らしいねぇ⁇いつか自分で分かる日が来るよ、絶対。レイ君なら出来る、大丈夫‼︎」

 

「言い切るな⁇」

 

「だって大淀さんの一番弟子ですからね‼︎はっはっは‼︎ではおやすみ〜‼︎」

 

スキップしながらご機嫌に帰路に着く大淀を見送り、工廠に戻る

 

「めがね」

 

「大淀はめがねだなっ‼︎んっ‼︎」

 

じきに赤城も流暢に話す様になるだろう

 

後は成長に身を委ねるしかない

 

こうして赤城の一件が収束し、次の日から赤城は誰かと一緒に基地内を歩き回っている姿が見られた…


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