艦隊これくしょん~“楽園”と呼ばれた基地~   作:苺乙女

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238話 騎士が愛した龍(2)

「いただきます」

 

昼食は蒼龍の部屋ではなく、食堂で取る事になった

 

目の前にはトラックさんがいる

 

「レイさんと大佐には随分とお世話になってね」

 

「自分もです。行き場が無かった自分に、声を掛けて頂いて…」

 

「ほぅ。ヘッドハンティングかな⁇」

 

「えぇ。ジェミニ元帥に」

 

涼平はジェミニ

 

園崎はリチャード

 

高垣もリチャード。ついでにあだ名を付けたのもリチャード

 

そして、森嶋はジェミニに

 

それぞれヘッドハンティングされ、横須賀でサンダース隊となった

 

トラックさんとの話は盛り上がった

 

大佐二人の話、そして自分達の隊長の話…

 

語られなかった伝説が明らかになって行く…

 

無敗の基地航空隊、横須賀分遣隊とラバウル航空隊

 

どんな困難な状況でも、彼等は戦況を覆してくれる

 

そう言えば、呉の時にもうっすらと聞いた

 

あの二部隊に何度救われたか…と

 

「して…蒼龍とはどうかな⁇」

 

「はい。かなりお世話になっています。お食事も運んで頂いたり、散歩に連れ出して頂いたり」

 

「あ、いや、そうではなくてだな…何処か齧られたりだとか、噛まれたりとか…」

 

トラックさんは森嶋の体を見回している

 

「あはは‼︎ご心配無く‼︎ごちそうさまでした‼︎」

 

「食器は置いておいてくださいね」

 

「あの、少し資料を拝見してもよろしいですか⁇」

 

「勿論‼︎何か知りたい事があったら言ってくれ‼︎」

 

昼食を終え、少し体調と気分を取り戻した森嶋は資料を見る為に資料を纏めてある本棚の前に来た

 

「あった」

 

森嶋はすぐに一つの資料を手に取った

 

「ふふ…」

 

その資料に目を通し、森嶋は何故か微笑む

 

悪い事を企む微笑みではなく、子供の成長を見る様な暖かい微笑みだ

 

「あにみてうの⁇」

 

「ひとみにもみしぇて‼︎」

 

「へっ⁉︎」

 

いつの間にか足元にひとみといよがいた

 

「わえわえは、はけんしぉ〜こ〜ら‼︎」

 

「こあ‼︎そのしりぉ〜お、わたちなしゃい‼︎」

 

ひとみもいよも横須賀辺りで見て覚えたのか、自分達は派遣将校だと言い放った後、ケラケラ笑っている

 

マーカスが言っていた”暇しない子を送る”と言っていたのは、この二人の様だ

 

「これは重要な書類なのでいけませんよ」

 

森嶋は資料を閉じ、二人に目線を合わせる為に膝を曲げた

 

「もいしましゃん、まなしゃんしゅき⁇」

 

ひとみが確信を突く質問を投げた

 

すると、森嶋は迷う事なく返した

 

「彼女は私にとって、少し特別なんですよ」

 

「きかないれおきましぉ‼︎」

 

「そ〜しあしぉ‼︎」

 

ひとみもいよも物分りが良い

 

濁らせた答えを返すと、すぐに諦めてくれる

 

ただ、極稀に怒っている時はもう少し問い詰める時もある

 

…叩く場合もあるしな

 

「なんれまなしゃんてしってうの⁇」

 

その問いに、森嶋は固まる

 

「ん〜っ⁇」

 

「なんれかあ〜⁇」

 

ひとみといよは森嶋に顔を近付ける

 

「そ、それは…」

 

「こらこら。あんまり森嶋さんいじめちゃダメよ〜⁇」

 

「がしゃら‼︎」

 

「きぬあさ‼︎」

 

突如現れた衣笠にひとみといよは抱き上げられ、二人に頬っぺたをスリスリされる

 

「オヤツにしましょう⁇この子達もオヤツ食べに来たの‼︎ねっ⁉︎」

 

「うん‼︎とあっくしゃんのおかち‼︎」

 

「おいち〜お‼︎」

 

「分かりました。これだけ直して来ます」

 

「食堂に来てね‼︎」

 

子供二人を抱く衣笠の後姿は、未婚の森嶋から見ても良き新妻の背中に見えた

 

両サイドに抱っこしたひとみといよの顔を見ると、それはすぐに分かった…

 

 

 

 

「「ごちそうさあれした‼︎」」

 

「次も美味しいのを準備してますね⁇」

 

「お口拭くよ〜‼︎」

 

「うんっ‼︎」

 

「おいちかた‼︎」

 

チョコムースタルトを食べ終え、衣笠に口元を拭いて貰いながら、トラックさんにお礼を言うひとみといよ

 

「行きましょうかぁ〜。森嶋さんも一緒にぃ〜」

 

ひとみといよは蒼龍の両肩に乗せられ、

埠頭まで一緒に行く

 

「もいしましゃん」

 

「ん⁇なんですか⁇」

 

埠頭に降ろして貰ったひとみに呼ばれたので、また目線を合わせる

 

「あちた、えいしゃんとあえんしゃんくう‼︎」

 

「おむかえ‼︎」

 

「そっか。明日か」

 

「こんろはちんでんできあす‼︎」

 

「畏まりました‼︎と、伝えて頂けますか⁇」

 

「あかりまちた‼︎」

 

「えいしゃんにいっときあす‼︎」

 

ひとみといよを見送り、森嶋と蒼龍も食堂に戻って来た

 

「いつか蒼龍も赤ちゃん欲しいですねぇ〜」

 

「どんな子が欲しいですか⁇」

 

「ん〜…美味しそうな子ですかねぇ〜」

 

そう言う蒼龍の顔は、ニタァ…と笑っている

 

が、森嶋は普通に笑顔を返した

 

あのリチャードでさえ恐怖する、蒼龍のニタァ…

 

だが、何をどうやっても、森嶋は蒼龍を怖がる事はない

 

その様子を、トラックの皆はキチンと見ていた…

 

 

 

その日の夜…

 

「さ〜、ねんねしましょうねぇ〜」

 

再び蒼龍に抱き着かれ、背中をポンポンされる森嶋

 

「ん…何ですかぁ⁇この手はぁ〜」

 

森嶋も蒼龍を抱き返し、背中を優しく叩く

 

「昨日のお礼ですよ」

 

「ん〜…」

 

またも蒼龍は嫌がる事も無く、森嶋の胸板に頭を置き、グリグリし始める

 

森嶋は蒼龍の頭も撫で、眠りへと誘う…

 

森嶋が蒼龍の頭を撫でるやり方は、やはり何かを探している撫で方だ

 

ふと、森嶋の手が止まった

 

「はぁ…」

 

小さく吐いたため息が蒼龍の髪を揺らす

 

「何ですかぁ〜⁇」

 

「いえ…何でもありませんっ」

 

「あぅ…」

 

何故か森嶋は蒼龍を強く抱き締めた

 

抱き締められた瞬間、蒼龍は小さく喘いだ

 

「良かった…」

 

「…」

 

蒼龍は訳の分からないまま、森嶋に抱き締められ続けるが、微動だにしない

 

いざとなれば、食べて脱出出来る余裕があるからだ

 

「生きていてくれたんだ…」

 

「…何の事ですか⁇」

 

蒼龍の口調が変わる

 

そして、瞳に輝きが戻る

 

「いいんです…生きていてさえくれれば…」

 

「あ…」

 

再び抱き寄せられる蒼龍

 

その抱き寄せ方をされ、蒼龍はふと思い出した…

 

 

 

 

あの日母親は何処かへ行き、砲火に巻き込まれ、父親に苦しまない様に引き金を引かれた後、それでも蒼龍は瀕死の状態で生き延びていた

 

しかし、身動きも何も取れないまま、ただ地面に丸くなって、微かに続く呼吸を続けるだけ…

 

必死に生きようとする蒼龍の背中には、刺繍で”まな”と縫われている

 

「こんな小さな子まで…」

 

そんな瀕死の状態で身動きが取れなくなっていた蒼龍を、ふと誰かが抱き上げた

 

「マークさん‼︎この子、まだ息があります‼︎」

 

「分かった‼︎すぐに連れて行こう‼︎サラ‼︎」

 

「もう大丈夫ですよ…」

 

そう言って、撃ち抜かれた蒼龍の血だらけの髪を優しく撫でた男性

 

その男性が今、再び蒼龍を抱き締めている

 

 

 

 

「貴方が…」

 

「蒼龍さんの名前を知っているのも、あの日、刺繍を見たからです」

 

「どうして私をここに⁇」

 

「初期型のカプセルはここで造られていたんです。ここに連れて来るのが、一番手っ取り早かったんです」

 

「森嶋さん」

 

「はい、そうりゅ…ふぐっ‼︎」

 

蒼龍と言いかけた森嶋の口を、蒼龍は右手で口元を掴んで封じ、下を向いたまま言った

 

「…私の本当の名前、読んで頂けますか⁇」

 

「ま、まなひゃん…」

 

ゆっくりと蒼龍が顔を上げる…

 

「…遅いですよぉ」

 

蒼龍の瞳に涙が浮かぶ

 

その目はいつもの暗い瞳では無く、年相応にキラキラ輝くうら若き少女の瞳をしていた

 

「私、人を食べるんですよ⁉︎どうしてそんな私を助けたんですか‼︎」

 

「いいんです、それで。自分は、ありのままの蒼りゅ…まなさんが好きですから」

 

森嶋は蒼龍と言いかけたが、まなさんと言い直し、好きだと言う事も伝えた

 

「嬉しい…」

 

蒼龍からすれば、生まれて初めて赤の他人に愛された瞬間

 

そして、ようやく普通の蒼龍に戻った瞬間でもあった

 

蒼龍の食人を抑える鍵は、一番身近にあり、一番程遠い場所にあった”愛される事”だった…

 

「…告白と取りますよ⁇」

 

「構いません。料理、とても美味しく頂けました」

 

「…裏切ったら食べますからね⁇」

 

「元からそのつもりです」

 

「なら…楔を打って置きましょうか」

 

その日の夜、攻略不能と言われた蒼い龍が遂に落ちた

 

”愛”と言う、一番簡単で、一番難しい攻略法によって…

 

 

 

 

次の日の朝…

 

「お父さん‼︎お母さん‼︎ちょっと横須賀に出掛けて来るね‼︎」

 

見違える様に明るくなった蒼龍が、意気揚々と玄関に向かった

 

「お、おぅ‼︎気を付けてな‼︎」

 

「蒼龍⁉︎何かあった⁉︎」

 

トラックさんも衣笠も、一瞬顔を見合わせた後蒼龍の方を向いた

 

「何にもない‼︎今日、二番の檻から三人出して食べるから触らないでね‼︎行ってきまーす‼︎」

 

「行ってらっ、しゃい…」

 

「気をつけて、ね…」

 

会話はいつもの蒼龍だが、目の明るさと口調が全く違う

 

慌てて食堂から出て来た衣笠とトラックさんは、ただただ蒼龍を見送るしかなかった

 

しかも森嶋も居ない

 

森嶋は

 

”ありがとうございました。御礼は後日、改めて伺います”

 

と、置き手紙を残し、いつの間にか基地を去っていた…


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