艦隊これくしょん~“楽園”と呼ばれた基地~   作:苺乙女

762 / 1086
さりげなく、一つ伏線を回収しています

どこか探してみてね


229話 君と過ごした街(4)

先に口を開いたのは、クスリと笑った後のレクター

 

「お前にその気はないじゃろ」

 

「何故それを」

 

「何十年お前の上司をしとると思っとる」

 

「では、条件は…」

 

「これから先アメリカが危機に陥ったら、彼女と共に救いに来てくれんか⁇”あのマヌケ”と、お前の部下を連れて」

 

「畏まりました」

 

「ヴィンセント。久々にアレ、聞かせてくれんか」

 

「…」

 

何故かヴィンセントは照れ臭さそうに帽子のツバを直した

 

「アドミラルレクター。この艦を…私に下さい」

 

「うぬ。やはりお前はその言葉が似合うの」

 

ヴィンセントはぎこちない笑顔をレクターに返す

 

ガンビアの艦長になる際、ヴィンセントはレクターに同じ事を言った

 

そして、ヴィンセントはその言葉に恥じぬ働きをした

 

自分の妻と一緒に…

 

執務室に戻って来た二人は、レクターの淹れた紅茶を飲みながら対面のソファーに腰掛けた

 

「…ときにヴィンセント。セイレーン・システムの件はどうなっとる」

 

「はっ。現在、回収作業と、セイレーン・システムの母体の日常生活の復元の作業中であります」

 

ヴィンセントは鞄から大きめの書類封筒を取り出し、レクターに渡した

 

レクターはそれをパラパラと見た後、ヴィンセントに視線を戻した

 

「そうか…やはり、リチャードの息子が鍵か⁇」

 

「はい。彼には、妻を救って頂いた借りがあります」

 

「彼の手助けをしてやってはくれんか。彼なら、この問題を解決してくれるだろう」

 

「申し訳ありません、アドミラルレクター。既に彼と、彼の父親には頭が上がりません故」

 

レクターは数秒口を開けた後、またクスリと笑った

 

「お前が冗談を言うとはな」

 

「リチャードが移ったのかも知れません」

 

「ふふ…あぁ、そうだヴィンセント。ガンビアさんをセイレーン・システムに放り込んだ戯け者は、ワシが始末してやったわ‼︎」

 

「誰でしたか⁇」

 

「アメリカの研究機関の連中でな。お前が思っとる奴ではなかった」

 

「自分の思い違いでしたか…」

 

「”マークもサラ”も、逆にお前を心配しておった。マークに限っては、ガンビアさんを探す為に世界を飛び回っとったんだ」

 

「自分の悪い癖です。まだ、やり直せますかね…」

 

「ふふ…やり直すやり直さないと考えとるのは、お前だけかも知れんぞ」

 

「え…」

 

その時、執務室のドアが勢い良く開いた

 

「リチャード参上‼︎」

 

「イントレピッド参上‼︎」

 

「ま、マーク参上‼︎」

 

三人共胸の前で腕を組んだ状態で執務室に来たが、マークだけは少し恥ずかしそうにしている

 

あの後、結局心配になり、ここへ駆け付けて来た

 

「ほらの」

 

「やいジジイ‼︎そのアホを返しやがれ‼︎」

 

「そうよ‼︎返しなさい‼︎」

 

「ヴィンセントは日本に必要な奴だ‼︎」

 

「リチャード‼︎」

 

レクターの一言で、全員直立不動になる

 

そして、こう言う時大体怒られるのはリチャードである

 

「リチャード。貴様この私がヴィンセントを呼び戻したと思うてか」

 

「そそそそうであります…」

 

「このタワケが‼︎だ〜からお前は万年マヌケなんじゃ‼︎」

 

「イントレピッドDauの話をしていただけさ」

 

「けっ‼︎心配掛けさせんな‼︎ヴィンセントのアホ‼︎」

 

「お前は表でクッキーでも食っとれ‼︎イントレピッド‼︎これでこのマヌケを摘み出せ‼︎」

 

「分かったわ‼︎」

 

レクターはイントレピッドに紙幣を三枚渡すと、リチャードの背中を押して執務室から追い出した

 

「みんな‼︎」

 

「なんだ‼︎」

 

「心配してくれて、ありがとな」

 

「うわ…ヴィンセントが感謝した…」

 

「明日は雪だわ…」

 

「鳥肌が凄いぞ…」

 

「テメェら…」

 

三人全員、物凄い嫌そうな顔でヴィンセントを見る

 

そんなヴィンセントは拳を握り締める…

 

「待ってるから来いよ〜」

 

「みんなで帰りましょう‼︎」

 

「また後でな」

 

三人が出た後、レクターは煙草に火を点けた

 

「あのタワケが‼︎腕は良いが素行が悪過ぎる‼︎」

 

「あれでも、横須賀では好かれています」

 

「まぁ…人を惹きつける力もあるが…な⁇」

 

レクターとヴィンセントでさえ、手に負えないリチャードの素行

 

「…まぁ、あれだヴィンセント。最悪スパイトさんに頼んでだな…」

 

「既に何度か叩きのめされています」

 

「う、う〜む…アドミラルジェミニはどう扱っておるのだ…」

 

レクターは机に手を置き、頭を抱えた

 

ここまで来ると気になってくる、横須賀のリチャードの扱い方

 

「リチャードは子供の扱いが上手いですから、その辺りで活躍しています」

 

「…アイツがか⁇」

 

「はい」

 

「意外だな…」

 

「アイツの知能が子供なだけかと」

 

「それは合点が行くな」

 

褒めているのか、貶しているのか分からない二人の会話だが、そこには笑顔があった

 

それでも、二人がリチャードを信頼している事に間違いはなかった…

 

 

 

 

「びんせんと」

 

「終わったか⁇」

 

イントレピッドDauの艦長任命の辞令を受け、ヴィンセントは少女を迎えに来た

 

「体に異常はございません。ただ、やはり身元は分からないまま、国籍も不明です」

 

「そっ、かっ」

 

少女を抱き上げ、頬を撫でる

 

「とりあえずは約束だ。何食べたい⁇」

 

「ほとけき」

 

「ジュースは何にする⁇」

 

「みるく」

 

「よしよし」

 

少女はたった数時間の内に、しっかりヴィンセントに懐いていた

 

ヴィンセントと少女は食堂に着き、ホットケーキを食べ始めた

 

「おいしいね、キャロル。びんせんと」

 

「ふふ」

 

ヴィンセントは、ずっと少女を見つめていた

 

子育てをやり直すのなら今しかなく、この子が良い…そう思った

 

「私と来るか⁇」

 

「いく」

 

言葉は普通だが、少女の顔は疑問に溢れている

 

「”楽園”に連れて行ってやる。良い所だ」

 

「うん」

 

今度は明るい顔を見せた

 

ホットケーキを食べ終え、ヴィンセントは少女を抱き上げてイントレピッドDauの場所に戻って来た

 

「おっ‼︎戻って来たぜ‼︎」

 

「あらっ⁉︎可愛い子ね⁇」

 

イントレピッドが少女の存在に気付き、手を広げた

 

少女はすぐにイントレピッドに移り、頬擦りされる

 

「この子には居場所が無いんだ。横須賀に連れて帰る」

 

「よこすか」

 

「お名前はなんて言うの⁇」

 

「おなまえない」

 

「あら…」

 

流石にそろそろ名前を決めなければならない

 

「”ジョンストン”だ」

 

「おっ⁉︎お前が初めて乗った艦の名前か‼︎」

 

「ジョンストンには世話になった。艦長としての役割を教えて貰った艦だ。その恩を返すべき時が来た…そうだろう⁇」

 

リチャードもイントレピッドもマークも、皆首を縦に振った

 

「じょん」

 

「そう言うと男の子みたいだが、お前は立派な女の子さ」

 

腰を軽く曲げたヴィンセントに対し、ジョンストンはキャロルを前に出し、ヴィンセントの鼻先に当てた

 

「さっ、帰りましょうか‼︎」

 

「へへ。艦長様のお部屋にお邪魔してやるぜ‼︎新機能があるからな‼︎」

 

「新機能⁇」

 

「見てからのお楽しみって奴さ」

 

職員に見守られながら、四人はイントレピッドDauに乗り込む

 

「ヴィンセント。扱い方は分かるわよね⁇」

 

「マニュアルを読んだ。粗方は分かるさ」

 

「リチャード⁇見習いなさいよ⁇」

 

「へいへい」

 

イントレピッドとジョンストンは食堂に

 

「ヴィンセント、リチャード。抜錨の際は合図を送ってくれ。エンジンテストをアレンから受けている」

 

「ピース‼︎って言ったら抜錨だ‼︎」

 

「了解した。後でな」

 

マークはエンジンルームに向かう

 

ヴィンセントとリチャードは操舵室に来た

 

「へへ…高みの見物だぜ…」

 

「お前はいつも私を見下ろしてるだろ」

 

「あ〜ぁ、そんな事言っちゃう⁇」

 

「んで。新機能はなんだ」

 

「まぁまぁ、そこに座れよ」

 

言われるがまま、ヴィンセントは艦長が座る椅子に腰掛けた

 

「おぉ…」

 

すると、椅子が自動的に倒れた

 

「リクライニングだっ‼︎」

 

流石のヴィンセントも一瞬間を空けた

 

「こ、これだけ⁉︎」

 

「もう一つある。このスイッチを入れると…」

 

リチャードが棒状のスイッチを入れると、普段は大海原を見渡す窓ガラスにパワーウィンドウが展開された


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。