艦隊これくしょん~“楽園”と呼ばれた基地~   作:苺乙女

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229話 君と過ごした街(2)

その頃ヴィンセントは…

 

「懐かしいな…」

 

生まれ育った場所である、サンフランシスコに戻って来ていた

 

ガンビアともここで出逢った

 

目に入ったのは、そのガンビアと何度もデートをしたカフェ

 

久々にここで食事をしようと考えた

 

「いらっしゃいませ。ご注文は⁇」

 

「クロワッサンとコーヒー。それと、アイスクリーム」

 

「畏まりました」

 

食事が来るのを待つ間、ヴィンセントは街を眺めていた

 

美しい街だ…

 

アレン、エドガー、ケンゴ。そしてサンダーバードの連中がとある街を美しい…この街だけは護らねばと言っていた事が、このサンフランシスコを見て良く分かる

 

私はきっと、この街の為なら死ねるのだろうな…

 

「お待たせしました」

 

クロワッサンとコーヒー、そしてアイスクリームが置かれる

 

「ありがとう」

 

ヴィンセントは朝食にアイスクリームを食べる事が多い

 

いつ死ぬか分からない仕事

 

ならば、朝に一番好きな物を食べておけば後悔は少ない

 

彼なりのジンクスでもある

 

クロワッサンを頬張りながら、コーヒーを啜る

 

三つあったクロワッサンが最後の一つになった時、ヴィンセントは何かの視線に気が付いた

 

視線の先に目を合わせる

 

そこには髪の毛はボサボサ、身嗜みもボロボロの子供がいた

 

手にウサギのぬいぐるみを持っているが、地面を何度も引き摺っているのか、ボロボロになっている

 

ヴィンセントは人差し指を立てて軽く前後し”こっちに来い”と合図をした

 

子供はそれに誘われるがまま、ヴィンセントの所に来た

 

「こんな朝っぱらからどうしたんだ」

 

「…」

 

子供はボケーッとした目でヴィンセントを見つめるが、返事は返さない

 

「パパとママはどうしたんだ⁇」

 

すると、子供は首を横に振った

 

「…まぁいい。そこに座って」

 

ヴィンセントの向かい側に子供が座る

 

「お腹は空いてるか⁇」

 

その問いに、子供は首を縦に振った

 

「分かった」

 

ヴィンセントはベルを鳴らし、店員を呼んだ

 

「クロワッサンと…オレンジジュース。それと、アイスクリーム」

 

「畏まりました」

 

子供はキョロキョロして不安そうに店員とヴィンセントを交互に見る

 

「心配するな。取って食いはしないさ」

 

「あり…が…と」

 

ようやく言葉を話した

 

「そのウサギの名前は⁇」

 

「キャロル…」

 

「そっか。おっ、きたきた」

 

「お待たせしました」

 

子供の前にクロワッサンとオレンジジュース、そしてアイスクリームが置かれて行く

 

ヴィンセントが目で合図をすると、子供は一礼してヴィンセントの目を見ながらクロワッサンを口に入れた

 

「コーヒーのおかわりを」

 

ヴィンセントもコーヒーのおかわりを貰い、子供が食べ終わるのを待つ

 

「おいしいね、キャロル…」

 

ほんの少しだけ、子供に笑顔が戻る

 

子供が食べ終わったのを見て、ヴィンセントは代金を机に置いた

 

「私は仕事があるから、またな」

 

子供は真っ直ぐな目でヴィンセントを見つめるが、ヴィンセントはそのまま背を向けた

 

ヴィンセントが目指すのは、当時ガンビアと住んでいたアパート

 

ガンビアとアレンが見付かった今、ヴィンセントが居るべき場所は家族の待つ場所だ

 

サンフランシスコも大事だ。護らねばならない

 

だが、再開出来た家族を護るのが最優先だ

 

「…」

 

背後に視線を感じる

 

「着いて来たのか⁇」

 

振り向くと、そこには先程の子供がいた

 

「…まぁいい。体位は洗ってやる」

 

ヴィンセントが手を差し伸べると、子供はすぐに手を取った

 

「おっ…」

 

それも、離さまいと力強く握られる

 

余程一人ぼっちだったのだろう

 

アパートに着き、ヴィンセントはまず風呂場に向かう

 

「出た出た」

 

正直湯が出るか心配だったが、ライフラインはまだあるみたいだ

 

何せ、長い期間開けていたからな

 

湯が溜まるまでの間、ヴィンセントは手配してあった運搬業者に連絡を入れた

 

「私だ。二時間したら荷物を大湊宛に梱包して届けてくれ。なに、あまりないからすぐ終わるさ。頼んだ」

 

電話を切ると、ヴィンセントは服を探し始めた

 

「とりあえずはこれを着とくか…」

 

少しどころかかなりデカイ、ガンビアのTシャツ

 

胸元にデカデカとナポレオンフィッシュのプリントが施されている

 

しかし、これなら子供の体格なら全身を隠せてワンピース代わりとして使える

 

「よしっ。お風呂に入ろう」

 

脱衣所に行き、ヴィンセントは子供の服を脱がせた

 

「おっと…」

 

薄汚れていたので分からなかった

 

その子供には、見慣れた物が付いていなかった

 

それどころか、胸部が少し出始めてさえいた

 

「女の子だったのか。すまない、気付かなかったよ」

 

少女は何が起きているのか分からないという顔をしている

 

ヴィンセントは少女を椅子に座らせ、まずは目一杯のシャンプーで髪の毛を洗い始めた

 

「綺麗な髪じゃないか」

 

「かみ」

 

二回程髪を洗うと、垂れたお湯が顔の汚れを流し、ちゃんと女の子の顔が出て来た

 

「体は洗えるか⁇」

 

ボーッとヴィンセントを見る少女にボディソープやタオルを渡すと、キチンと洗い始めた

 

「私はキャロルを洗って来るから、体洗ったらお風呂に入るんだぞ」

 

「うん」

 

風呂場を出て、キャロル、そして少女か身に付けていた物全てを洗濯機に放り込む

 

ついでに乾燥もしておけば、二時間で終わるだろう

 

洗濯機を見ながら横須賀で買った電子タバコを吸って、少女が上がって来るのを待つ

 

「あったかいか⁇」

 

ドア越しだが、ちゃんと音は聞こえる

 

パチャパチャと音がする所を見る限り、ちゃんと湯船に浸かっているみたいだ

 

「たすけて」

 

「どうした⁉︎」

 

慌てて風呂場に入ると、少女は浴槽から出れずにいた

 

浴槽に入った時は木の台があったが、出る時は何もなく、足も届かず、完璧に出れずにいた

 

「よいしょっ‼︎」

 

少女の脇に手を入れ、浴槽から出した

 

「ありがと」

 

「着替えようか」

 

体を拭いた後、ガンビアのTシャツを着せた

 

「あちゃ…」

 

中途半端に胸部が出てるので、それを隠す物が無い

 

それに、パンツも無い

 

「考えるんだ…え〜と…」

 

作戦ならパッと出て来るのだが、こう言う子供…しかも女の子に対してどうして良いのか分からない

 

「と、とにかくパンツだ‼︎」

 

引き出しからガンビアのパンツを取り出し、少女の前に出した

 

「は、履けるか?」

 

「はく」

 

少女はうつむきながらパンツを履くが、すぐに床に落ちた

 

少女は落ちたパンツをジーッと見ている

 

ヴィンセントもジーッと見る

 

「そうだ‼︎」

 

ふと思い出したヴィンセントは、再び引き出しから違うパンツを取り出した

 

「ちょっと派手だが、無いよりは良いだろう」

 

取り出したのは黒いレースのパンツ

 

横に結び紐が付いているので身体が小さくても何とか調整出来ると見た

 

ヴィンセントは少女の服を捲り上げ、パンツを履かせ、紐を結う

 

胸にはタオルを二重にしたのを巻き、大切な部分は隠せた

 

「よしっ。これで何とか凌いだな」

 

洗濯機から乾燥を終えたキャロルを取り出し、少女に抱かせる

 

「キャロル」

 

少女はキャロルを愛おしそうに抱き、キャロルの額に鼻を付けた

 

少女に下着もどきを着けた所でインターホンが鳴った

 

「中将。運搬作業に参りました」

 

「頼んだ…」

 

ヴィンセントにとって、愛する人との憩いの時間を過ごしたかけがえのない場所

 

最後となると、やはり名残惜しさがあった

 

「中将、娘さんもいらしたのですか⁇」

 

作業員に言われ、ヴィンセントは目線を下げた

 

洗濯したキャロルを抱いた少女が、ヴィンセントの手を握っている

 

「あ⁉︎あぁ…まぁ、色々と…な⁇私はこれからサンフランシスコの基地に向かう。後は頼んだ」

 

「了解しました‼︎」

 

少女を腕に付けたまま、ヴィンセントは思入れ深いアパートを出た…


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