艦隊これくしょん~“楽園”と呼ばれた基地~   作:苺乙女

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208話 交錯する思いと想い(2)

「帰る場所は見つかったか⁇」

 

「はいっ‼︎」

 

健吾は来た時より遥かに見違えた、明るい顔付きになっていた

 

自分が今から伝えなければならない事を、今の幸せな健吾に言うのが本当に辛い

 

「レイさん」

 

「んあ⁇」

 

高速に差し掛かった頃、タバコに火を点けた俺に健吾が口を開いた

 

「大和は元気ですか⁇」

 

「あぁ」

 

「…トラックに帰ったんですね」

 

「あぁ」

 

一番聞かれたく無い事を聞かれた

 

俺に出来るのは、平然と返す事だけ…

 

実に情けない

 

「指環の返却があった」

 

「…」

 

「ホラッ」

 

ポケットから指環を入れた箱を取り出し、健吾の膝に置いた

 

「俺なら捨てるね。今すぐ」

 

「ですよね…」

 

健吾は下を向いたまま、指環ケースを見つめていた

 

「…まっ、持ってろよ。思い出はそう簡単には捨てられんだろ」

 

「はい…」

 

これは相当キてるな…

 

まるで一昔前の健吾だ

 

仕方無い…

 

怒りの矛先をこっちに向けるか…

 

「…一発ブン殴っちまった」

 

「はい…え⁉︎」

 

「仮にもお前は俺の部下だ。その部下をコケにする奴は、お前が許しても俺が許さん」

 

「レイさん…」

 

どうだ…

 

俺にキレろ、健吾

 

仮にも嫁をブン殴った奴だぞ

 

「やっぱりレイさんは凄いや‼︎」

 

「…」

 

健吾は一瞬笑った後、すぐに優しい目に変わった

 

「…そんな見え見えの嘘、俺に通用するとでも⁇」

 

「…バレたか」

 

「レイさんが人を殴るのあんまり見た事ないです。それも女性を…アレンはあるけど」

 

「はぁ〜‼︎そういう事言っちゃう‼︎」

 

「優しいですからね…レイさんは…」

 

「アイツが殴るの見た事あるか⁇」

 

「あ、はい。悪人に対しては”オラ先手必勝だこの野郎‼︎”って言ってグーです」

 

「う〜んアイツらしい‼︎」

 

話をしていると、すぐに横須賀に着いた

 

「ありがとうございました」

 

「ちょっと待て。コーヒー飲むぞ」

 

ジープを返した後、健吾を連れて間宮に向かった

 

「いらっしゃいませ‼︎」

 

「コーヒー二つだ」

 

「かしこまりました‼︎」

 

二人掛け用のテーブル席に座り、伊良湖が持って来るコーヒーを待つ

 

「まっ。上手く行くさっ」

 

「えぇ…」

 

「…通信だ。表に出て来る」

 

健吾は黙ったまま俺を目で追い、また机の上に置いたメニューに視線を向けた

 

健吾一人になって一分もしない内に、椅子が引かれる音がした

 

その音に気付き、健吾は視線を上げた

 

「健吾さん…」

 

目の前に居たのは俺ではなく、私服に着替えた大和

 

「あ…や…大和…」

 

目の前に現れた大和に、健吾は息が詰まる

 

大和は大変申し訳無さそうな顔をしながら、健吾に口を開いた

 

「謝って済まされる事ではありません…」

 

「だよね…」

 

健吾の言葉で、大和は更にシュンとする

 

「あの‼︎私、有村少将とは…」

 

「言わなくていいよ」

 

「え…」

 

「大和が言いたくないなら、言わなくていいよ。そんな大和、見たくない」

 

「…」

 

大和の想像を超えていた、健吾の懐のデカさ

 

「…俺だってこの一週間、大和に仕返しする為に浮気してやった‼︎だってさ、相手はあのトラックさんだよ⁉︎敵う訳無いよ‼︎」

 

「それは違います‼︎」

 

「だから…さっき謝って済む事じゃないって言ったんだ」

 

「違います健吾さん‼︎あれは私が…‼︎」

 

何かを言おうとした大和の口を、健吾は人差し指で塞いだ

 

「大和⁇」

 

「はい…」

 

「こう言う時位、カッコつけさせてよ…ねっ⁇」

 

再び見せられた健吾の懐の広さに、大和は一粒涙を流した

 

「…貴方は優し過ぎます」

 

「これで良いんだ、大和…これで…」

 

大和を見つめる健吾の目は、とても優しい目をしていた

 

そして大和は、あの日自分がしてしまった事を心の底から悔いた

 

理由はどうであれ、こんなにも優しい人を、優しい旦那を…自分は悲しませてしまった

 

「さ…行くんだ大和」

 

「嫌です…」

 

「君の帰る場所は俺じゃない。本当の旦那と、娘の所だよ」

 

「嫌です‼︎」

 

初めて見た、大泣きして自分にすがる大和

 

「あそこだ」

 

間宮の入り口で、誰かが俺に頭を下げた後、健吾の所に寄って来た

 

「柏木さん‼︎」

 

「トラックさん⁉︎」

 

現れたのは、走って来て汗ダクになったトラックさんだった

 

「大変‼︎申し訳ありませんでした‼︎」

 

「申し訳ありませんでした‼︎」

 

トラックさんは着くや否や健吾の足元で大和と共に土下座をした

 

「顔上げて下さい‼︎何をして…」

 

「とんでもない事をしてしまいした…申し訳が付きません‼︎」

 

「よっ、と…」

 

「え…」

 

「え…」

 

健吾は二人を立たせ、ホコリを払った

 

「やめて下さい。俺、尊敬してる人のこんな姿、見たくないんです」

 

「柏木さん…」

 

「時々、大和と逢って頂けますか⁇」

 

「いえ…大和とは、今生の別れを…」

 

「俺の”妻”を悲しませないで下さい」

 

健吾の目は本気の目をしていた

 

健吾はトラックさんを、エドガーやアレン、そしてウィリアムやレイの空の男達の次に尊敬していた

 

何でも出来て、料理が美味しい

 

健吾の持っていない物を、トラックさんは持っていたからだ

 

「本当に良いのですか⁇」

 

「勿論‼︎子供は一人位欲しかったけど…まぁ良いや‼︎」

 

「いやいやいやいや‼︎作って下さい‼︎」

 

「そうですよ健吾さん‼︎何なら今すぐ寮で‼︎」

 

若い内から子供を諦めようとしだした健吾に対し、トラックさんはテンパり、大和に至っては服の肩を出した

 

「そんな感じでいて下さい…お願いだ…」

 

「あ…」

 

「…はいっ‼︎」

 

潔の良い返事をした大和を見て、トラックさんは思った

 

あぁ…彼には敵わないな…

 

真に大和を笑顔に出来るのは、彼しかいない…

 

健吾と有村の思いは、良い意味で交錯していた…

 

 

 

 

 

「ふふっ…上手く行きましたわね⁇」

 

「でもこれじゃあ、元の鞘がどちらか分かりません」

 

「これで良いんですのよ。愛は千差万別、人それぞれ…お父様がいつも仰っているでしょう⁇」

 

「そうですね…」

 

「帰りましょうか。お母様が心配されますわ⁇」

 

「えぇ、姉さん」

 

三人に気付かれぬまま、美女二人は間宮の入り口から立ち去った…


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