艦隊これくしょん~“楽園”と呼ばれた基地~   作:苺乙女

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202話 死の邂逅(3)

「今も憎いか⁇」

 

「えぇ。頭にこびり付いて離れないんです…逃げ回って、助けを求めて、降伏した友人達の悲鳴が…」

 

目付きが変わって行く涼平に、少し恐怖を感じる…

 

余程の恨みで無ければ、この様な表情にはならない

 

「彼奴は、そんな人達の上に容赦無く爆弾を落として行った…老人も女性も子供も、無差別に焼き払った…あの笑い声も、あの姿も…忘れるハズが無い」

 

今にも血涙を流し出しそうな涼平を見て、自分が情けなくなった

 

一人の部下の過去でさえ、救ってやれないのか、俺は…

 

「もし…もし、だぞ⁇」

 

「はい」

 

涼平は瞬時に顔付きをいつもの表情に戻した

 

「もし、ソイツに遭ったら…どうする⁇」

 

「殺したい…と言う気持ちは充分にあります」

 

「まぁ…仕方ないわな」

 

「ですが正直な所、もう少し今を楽しみたい…と言う気持ちの方が強いです」

 

「タシュケント8割位か⁇」

 

「あはは。タシュケント先生は3割位です。後の3割は大尉、もう3割は仲間、1割は横須賀の艦娘の方達です」

 

「遭わない事を祈るね。お前はっ‼︎誰かを護る為に飛ぶ方が似合ってる‼︎」

 

震電のプロペラを外しながら、涼平と話を続ける

 

「タシュケント先生にも同じ事を言われました。うおっととぉ‼︎」

 

外したプロペラを涼平に投げると、落としそうになりながらもちゃんと受け止めた

 

「そっちの方が幸せだぞ⁇」

 

「そっか…大尉は自分の気持ちを理解して頂けるのですね」

 

「良く似た経験してるからな。よっしゃ‼︎後は変えのプロペラ付け替えたら終いだ‼︎」

 

「ありがとうございます、大尉」

 

「気にすんな。工廠行って予備のパーツ取りに行くぞ」

 

手を払った後、壊れたプロペラを抱いた涼平と共に、横にある工廠に向かう

 

「そこで待ってろ」

 

「はい」

 

工廠に入って変えのパーツを探していると、きそが来た

 

「れっ…レイっ…」

 

走って来たのか、随分息を切らしている

 

「大丈夫か⁇」

 

「ごめん…何とか止めようとしたんだけど…無理だった…」

 

「…」

 

何度目か分からない冷や汗が出た直後、パーツを探すのを止め、涼平の方を向いた

 

「ありましたか⁇」

 

「涼平」

 

「はい」

 

「絶対振り返るな。命令だ」

 

「え…」

 

「絶対背後を振り返らないで。そのままこっちに来て」

 

「は…はい…」

 

何事か分かっていない涼平は、息を飲んだ後、こっちに向かってゆっくりと歩き始めた

 

「止まるんじゃねぇぞ」

 

「目潰すよ」

 

「恐ろしい事言わないで下さいよきそちゃん…」

 

もういっそ、目を潰してやった方が楽になるのでは無いかと、一瞬頭を過ぎった

 

背負うにはあまりに残酷な運命だ

 

分かってやるフリや素振りは出来るが、俺には涼平の背負った運命の重さが分からない…

 

そんな重い空気をたった一瞬で裂かれてしまう

 

「おっ‼︎いたいた‼︎お〜い‼︎涼平く〜ん‼︎」

 

その言葉は、あまりにも軽かった

 

「バカ‼︎涼平‼︎」

 

「涼平君‼︎」

 

反射的に涼平は振り返ってしまった

 

明るく能天気に走って来る隼鷹に対し、涼平は一瞬で顔を変え、腰のピストルに手を掛けた

 

「リョーヘー‼︎ダメ‼︎」

 

「おぉっ⁉︎」

 

猛スピードで走って来たタシュケントが、体を大の字に広げて涼平と隼鷹の間に割って入った

 

「退けタシュケント‼︎」

 

涼平は別人の様な顔付きになり、ただ怒りのままに隼鷹にピストルを向ける

 

「ダメだよリョーヘー‼︎ボクの前で、人殺しなんてしないでよ…」

 

「うるさい‼︎今すぐそこを退け‼︎お前も弾くぞ‼︎」

 

「…いいよ。リョーヘーに殺されるなら」

 

本当は怖いはずなのに、タシュケントは涼平に笑顔を送った

 

「でも、忘れないで。リョーヘーの事を大切に思ってる人が沢山いるんだ…その中の一人に、ボクだっている事、忘れないで。ねっ⁇」

 

「そうだぞ涼平。お前の後ろにいる俺ときそだって、お前の味方さっ‼︎」

 

「そうだよ涼平君‼︎」

 

「…」

 

涼平はしばらく黙った後、ゆっくりピストルを下げた

 

「見損なったよ…こんな小さな子に銃向けるなんてな。こっちおいで」

 

「あっ…」

 

何も知らない隼鷹は、タシュケントを勇気ある子供位にしか認識しておらず、タシュケントの肩を掴んで何処かに去ろうとした

 

その隼鷹を見て、涼平はピストルを腰に戻した手を握り締めた

 

「家族も…」

 

「涼平‼︎」

 

涼平の体が震え始めた…

 

「友人も…」

 

「ダメだよ‼︎涼平君‼︎」

 

肌が白く変色していく…

 

「恋人までモ…」

 

「へ⁇」

 

髪も白く変色していく…

 

「俺カラ奪ウナァァァァァア‼︎」

 

雄叫びの様な叫び声を上げながら、涼平は隼鷹に飛び掛かった

 

「DMM化だ‼︎レイ‼︎」

 

きそが俺の方を見た瞬間には、俺はそこにはいなかった

 

「ドケ‼︎ジャマダ‼︎」

 

「レイ…」

 

涼平と隼鷹の間に入り、何とか涼平を止める

 

「きそ‼︎隼鷹とタシュケント連れて逃げろ‼︎」

 

「お、オッケー‼︎行こう‼︎」

 

「私、なんかしたのか⁇」

 

「死にたくなかったら今は黙ってて‼︎」

 

きそに連れられ、隼鷹とタシュケントがその場から離れた

 

「クソッ‼︎マテ‼︎コロシテヤル‼︎コロシテヤルコロシテヤルコロシテヤル‼︎」

 

深海と化した涼平は、逃げる隼鷹に必死に手を伸ばし、殺そうと力を込めて俺を退けようとする

 

「涼平」

 

「ハナセ‼︎アイツダケハ‼︎アイツダケハコロス‼︎」

 

「頼む…俺に部下を殴らせないでくれ…」

 

「ウゥッ…ジュンヨウ‼︎モドッテコイ‼︎」

 

俺も力を込めて涼平を止めるが、恐らくもう少しで根負けする

 

殴りたく無い

 

コイツの気持ちは痛い位に分かる

 

涼平に殺されたって可笑しくない事を隼鷹はした

 

ただ、涼平は言った

 

今が幸せだと

 

だからこそ、止めてやらなければ…

 

「涼平」

 

「ウゥガァ‼︎」

 

もうほとんどの理性を無くし、ただただ隼鷹だけを殺そうと、逃げた先に目を向けている

 

血涙を流し、ただ恨みを晴らそうと、一点だけを見つめる涼平を見て、俺は決心した

 

許してくれ、涼平…

 

「ヴッ‼︎」

 

涼平の右頬に右フックが入る

 

「スコシダケ…ガマンシテクレ。オマエヲ、シアワセナオマエニモドシテヤル…」


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