艦隊これくしょん~“楽園”と呼ばれた基地~   作:苺乙女

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190話 オンナノタタカイ(3)

「…」

 

無言のまま下を向いた榛名がタンカーに乗り込む

 

「オメェだけはゼッテー許さんダズル…」

 

「コワイカオネェ…ソンナニアカノタニンガダイジ⁇」

 

「榛名は誰かを護る為に産まれたんダズル…嬉々として民間人をブッ殺すオメェには一生分からんダズル…」

 

「アハハ‼︎アンタモヤッテルコトハイッショヨ⁉︎ハンマーデハカイシテ、ヒトヲコロス‼︎ドコニカワリガアルノ‼︎」

 

「榛名のハンマーはな…オメェみたいな奴に…」

 

ハンマーを持つ榛名の手が震える

 

「オメェみたいな奴に‼︎非力な人間に代わって鉄槌を下す為にあるんダズル‼︎」

 

一瞬でハンマーを構え、深海棲艦に向かって降り下げる

 

「アマイ…アマイワァ‼︎」

 

深海棲艦もハンマーを防ぎつつ、鋼鉄で覆われた両手で榛名に殴り掛かる

 

「…」

 

榛名は無言のまま、涙を振りまきながら深海棲艦にハンマーを振り続けた

 

久々に見た民間人の家族に、榛名は自分の姿を重ね合わせていた

 

榛名には両親が居ない

 

今までずっと、家族と言えるのはワンコただ一人だった

 

それが今、沢山の愛情を受け、純粋に人の為に戦おうとしている

 

「オメェみたいな奴…海に立つ資格もねぇダズル…」

 

「サミシイオンナ…アァサミシイ‼︎」

 

「何にも知らないオメェに榛名の事を言う資格はねぇダズル‼︎」

 

「ソウ⁇コノカオヲミテモ⁇」

 

髪の毛やタンカー内の影に隠れて見えなかった深海棲艦の顔が、外の明かりに照らされて明らかになる

 

「オメェは…」

 

榛名はその顔に見覚えがあった

 

「山城‼︎」

 

自分達の学校の先生であった山城

 

今まで売り飛ばされたり、大切な人を何度も殺されかけた、榛名にとっては因縁の相手であり、いつまでも榛名達に憑き纏う亡霊の様な存在だった

 

そんな人が今、深海棲艦となって民間人を攻撃し、榛名の前に居る

 

「アンタタチハイツモワタシヲジャマスル…コンドハジャマサセナイ‼︎アノヒトノイサンデ、ワタシハアンタタチヲコロス‼︎」

 

「ぬぁぁぁあ‼︎」

 

いつまでも埒が開かないと見たのか、榛名はハンマーを床に叩き付けた

 

「いつまでも憑き纏いやがって…良いダズルよ…サシでブン殴ってやるダズル…」

 

「アンタガブキヲステテモ、ワタシハツカウワヨ‼︎」

 

「その減らず口…今すぐへし折ってやるダズル…来い‼︎」

 

二人の女の戦いが始まる…

 

一人は大切な人を護り、自分を写した家族の無念を晴らす為に…

 

一人は恋人の無念を晴らす為に…

 

 

 

 

 

「よし、そこ持ってろ。大丈夫だからな」

 

「ぷと」

 

スカイラグーンに搬送されて来た民間人やタンカーの乗組員の治療に当たる

 

PT達の手助けもあり、このまま行けば何とかなりそうだ

 

「点滴のチェックを頼む。切れそうだったら言ってくれ」

 

「ぷとっ‼︎」

 

「マーカスさん。少しお休みになって下さい」

 

HAGYが水筒と焼きケーキを持って来てくれた

 

「頂くよ」

 

水筒の中身を飲みながら、二口三口ケーキを食べる

 

「榛名が心配か⁇」

 

「えぇ…」

 

「アイツは強い。早々はへこたれない子さ。HAGYも知ってるだろ⁇」

 

「えぇ‼︎大丈夫ですよね‼︎」

 

HAGYも榛名の話をすると物凄く心配そうな顔をする

 

やはり何かあるみたいだ

 

「ごちそうさま」

 

「もう少しだけ、宜しくお願いします」

 

「任せな‼︎」

 

革ジャンを羽織り直し、多少は落ち着いたPT達の所に向かう

 

「ぷと‼︎」

 

足元に小瓶を二つ持ったPTがいる

 

「モルヒネじゃない。ペニシリンを使う」

 

「ぷとぷと」

 

正直な話、何と無く榛名が不安だ

 

あの新型の深海棲艦…

 

榛名が敵う相手なのだろうか…

 

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

「ハァ…ハァ…」

 

タンカー内では、息を切らせた二人が顔を見合わせていた

 

「シネェ‼︎ハルナァ‼︎」

 

「ゔっ…」

 

榛名の鳩尾に、鋼鉄の手が突き刺さる

 

榛名は一瞬だけ痛がった後、深海山城の腕を取り、手刀を振り下ろした

 

「ギャア‼︎イタイ‼︎」

 

「ひとみといよの技ダズル…オメェには…人の強さは一生分からんダズル」

 

左腕が無くなった深海山城は、それでも抵抗を続ける

 

「ぐっ…」

 

鳩尾に突き刺さったままの左腕を抜こうとするが、思いの外深く突き刺さり、そう簡単には抜けない

 

「クッソォ…メッチャイテェダズル…」

 

血を吐きつつも、それでも深海山城を睨み続ける

 

「フフフッ…アンタニモイッショウワカラナイコトガアルンジャナイノ⁇」

 

「何っ…」

 

「ボセイヨ‼︎ボ・セ・イ‼︎ハハオヤガイナイアンタハ、ヒトヲドウアイシタライイカワカラナインデショ‼︎」

 

深海山城は榛名の痛い所を突いた

 

榛名は母親の愛情を知らない

 

母親に愛された事が無いから、愛し方も知らない

 

だからこそ、暴力こそが愛…そう思っていた

 

「ほざけ‼︎少なくとも貴様よりかは分かってるつもりダズル‼︎」

 

「ジャア…アナタニハハオヤノアイジョウヲオシエテクレルヒトハイルワケ⁉︎オカアサントヨベルヒトハイルワケ⁉︎イナイワヨネェ⁉︎ダカラコンナコトデキルンダヨネェ⁉︎」

 

深海山城に言われた榛名は、一人の女性を思い出していた

 

その女性は、榛名にとって初めて母性を教えてくれた人…

 

ワンコやニムとはまた違う、いつも自分の心配をしてくれた人…

 

その人を護る為なら、自分は死ねると思わせた人…

 

そう思った時、体は勝手に動いていた事…

 

「分かったダズル…そんなに知りたいなら…教えてやるダズル…」

 

榛名は震える右手を握り締め、深海山城に向けて見せた

 

「榛名の本当の愛情表現はな…この愛しのゲンコツちゃんダズル…」

 

「フフッ…」

 

深海山城は榛名から見えない位置で、右手に仕込んだ砲の準備をしている

 

「コレデオワリヨハルナァ‼︎」

 

装填が完了した直後、榛名に向けて右手が向けられ、砲撃が放たれる

 

「…」

 

榛名はこの体になって初めて、一点だけを見つめた本気の顔を見せ、左手で砲撃を止めた

 

「榛名に…飛び道具は効かんダズル」

 

「ナ…ナンデ…」

 

「榛名は…母親の愛情なんざ、知らんダズル…だがな‼︎」

 

「ヒッ…」

 

ここに来てようやく榛名に恐怖し、深海山城が後退し始める

 

「これで終わりダズル‼︎死ね山城‼︎」

 

史上最悪最強のビンタが山城に放たれる

 

深海山城は反論する暇も無く頭部を吹き飛ばされ、榛名の手に持たれた

 

「これが榛名の母性ダズル…悪い子にはビンタが一番ダズル…うっぐ…」

 

榛名は鳩尾を抑えて膝を落とす

 

「イッテェ…イッテェダズル…」

 

息絶えても尚、榛名の鳩尾を抉る深海山城の左腕

 

痛みが産まれ、血が流れ出る

 

「チクショウ…」

 

痛みに耐えかね、とうとう床に倒れた

 

最強最悪と言われた彼女は、呼吸を荒くしながら、ふと一人の女性を思い出した

 

「もっと…甘えとくんだったんダズル…」

 

《榛名‼︎》

 

「幻聴が聞こえるダズル…あはは…もう…終わりダズルな…」

 

《榛名‼︎聞こえますか榛名‼︎》

 

幻聴ではなかった

 

無線から声が聞こえる…

 

「誰ダズル…」

 

《榛名‼︎あぁ、心配しました…》

 

「あ…」

 

声の主は、榛名に母性を教えてくれた人

 

その人の声を聞いて安堵したのか、榛名は先程流せなかった涙を流した

 

「はっ…ハギィ…」

 

その正体はHAGY

 

この世でHAGYだけ、榛名に母性を教えてくれた

 

《マーカスさんから聞きました。榛名、お家に帰りましょう⁇》

 

「もう…無理ダズル…」

 

《榛名⁉︎》

 

「ハギィ…榛名の頼み、聞いてくれるダズル…か⁇」

 

《えぇ。なぁに⁇》

 

痛む鳩尾を抑え、沢山の涙を零し、榛名は最後に一番言ってみたい事を無線の先に叫んだ

 

 

 

 

「助けてぇ…お母さぁぁぁん‼︎」

 

 

 

 

産まれて初めて言った、”おかあさん”の言葉

 

本当なら、もっともっと早くに言う筈の言葉を、榛名はようやく吐いた

 

《わっ…分かったわ‼︎すぐに行きますから…榛名、しっかり気を保つのよ⁉︎》

 

悲痛な榛名の叫びは、しっかりとHAGYの耳に届いた

 

叫んだ榛名はその後、その場に倒れた

 

「へっ…満足…ダズ…る…」


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