艦隊これくしょん~“楽園”と呼ばれた基地~   作:苺乙女

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題名は変わりますが、前回の続きです


185話 愛しの貴方と二人きり

早霜は歩く足を止め、ゆっくりと此方に振り返る

 

「さぁ…空耳ではないでしょうか…」

 

「いんや。アタイは聞いたぜ。それに、アタイ達はアンタに自己紹介をしてない。なのにお父さんをマーカス様と呼んだ」

 

朝霜の顔から笑顔が消える

 

怒ってはいないが、本気になっている顔だ

 

「勘の鋭いお方…」

 

「さっさと答えたらどうだ。アタイは気が短いぜ⁇」

 

「ヒステリックなのね…相変わらずで安心しました」

 

どうやら早霜は俺達を知っている様子

 

先程からずっと、長い髪に隠れた瞳で交互に俺達を見つめている

 

「いいでしょう…話してあげます。早霜は、未来から来た観察者…未来が歪まない様に、二人を見守ってるの…」

 

「未来って…」

 

「アタイ達も未来から来たんだぞ⁇」

 

「それよりももう少し先の未来…早霜はこうやって、二人の行く先々で待ってるの…」

 

「アタイ達を取って食うつもりなら大間違いだぜ⁉︎」

 

「そんな野蛮な事…早霜はしません。早霜は、二人が好きだから…こうして先回りして待ってるの」

 

「…悪い奴じゃなさそうだな⁇」

 

「誰に頼まれて来たんだ⁇」

 

「それは内緒…早霜、クライアントとの約束は守るの…」

 

そう言うと早霜は背中から、朝霜と同じバットを取り出した

 

「早霜がお話出来るのはここまで…」

 

早霜が床にバットの先端を当てると、早霜の体が薄くなり、後ろが透けて見えた

 

「ふふっ…」

 

いざ体が消える瞬間に、早霜は俺に近付き、耳元で囁いた

 

「さようなら”お父様”…また逢いましょう⁇」

 

「早霜‼︎」

 

そう言った時には、既に早霜は消えていた

 

「ったく…変な奴だったなぁ‼︎」

 

「早霜…」

 

「お父さん⁇」

 

「なっ、何でもない‼︎帰ろう‼︎」

 

「だな‼︎」

 

朝霜もバットを取り出し、またケツバットを食らう…

 

 

 

 

 

「いでっ‼︎」

 

「よっと‼︎」

 

俺は尻餅、朝霜は普通に立ったまま、現代に戻って来た

 

「帰って来た‼︎」

 

「どっ、どうでしたか⁉︎」

 

「中々良かったぞ⁉︎なっ⁇」

 

「あぁ‼︎これで成功した確証が得られた‼︎」

 

そう言う二人だが、不安が残っていた

 

神風の体調もそうだが、気掛かりなのは早霜の事…

 

朝霜はそれより自分の造った物がキチンと作動した事の方が嬉しいみたいだ…

 

 

 

 

朝霜と夕張はもう少しだけ調整すると言い、俺達は基地に帰って来た

 

きそは先にご飯を食べに向かい、俺は一人工廠の椅子にもたれながら考える

 

もし早霜が俺達を傍観しているのなら、初めてタイムスリップした時にも居たのだろうか…

 

考えろ…

 

何処かに居たはずだ…

 

俺達を見ても好奇の目で見たりせず、俺達の話す現代の言葉を理解したりしていた奴が…

 

あの時、何処に行った…

 

神風やアランと話す以外に、誰かと話したハズだ…

 

「いた…」

 

ふと思い出した

 

一人だけ話した奴がいた

 

「ウェイトレスだ‼︎」

 

つい独り言が出てしまう

 

今思い返せば、確かに似ている

 

「ふふっ…ご名答です」

 

「はっ‼︎」

 

全く気配を感じさせぬまま、早霜が背後に立っていた

 

「流石はお父様…姉様達と一緒で勘の鋭いお方です」

 

「少しだけ話したい事がある。いいか⁇」

 

「えぇ…早霜に聞きたい事があれば、早霜はお父様の為に何だってお答えします。ですが…ここはマズイので…場所を変えましょうか…」

 

そう言って早霜は俺を立たせ、俺にくっ付いた後、床をバットの先端で突いた

 

 

 

 

「ここは⁇」

 

気が付くと、見覚えのある街に立っていた

 

「お父様が造った世界…早霜や、お母様達が暮らす街よ…」

 

立っている場所は居住区の様だ

 

「ふふっ…行きましょう⁇お父様の好きな場所で、二人っきりでお話しましょう⁇」

 

「んっ」

 

早霜に手を引かれ、ある場所に連れて行かれる…

 

「ここなら二人っきり…誰もいないわ⁇」

 

連れて来られた場所は、いつの日かビスマルクと話した神社のベンチ

 

早霜は自販機でコーヒーを買い、俺と一緒に飲みながら話を始めた

 

「それで…お父様が聞きたい事とは⁇」

 

「過去の世界で、ウェイトレスに化けて俺達を見てたな⁇」

 

「えぇ…お母様に言われて仕方なく…」

 

早霜の口からようやくクライアントが誰か発覚する

 

「そうだとは思うが、一応聞くぞ⁇」

 

「えぇ。お母様は間違いなくジェミニです…そこは御心配なく…」

 

「だ、だろうな…」

 

髪の奥で光る瞳

 

そして顔立ちは横須賀に似ている

 

「お父さんも勿論…」

 

「ふふっ…お父様は昔から疑い深いお方ね…勿論、早霜はお父様とお母様の子です」

 

ここに来て、ようやく早霜の笑顔を見た

 

あぁ、コイツは横須賀の子だなと良く分かる

 

笑った時に目を閉じるのは横須賀の癖だ

 

「ここは未来なのか⁇」

 

「えぇ。先程も申した様に、お父様が造った街…そして、おじ様や歴戦の強者のお方が羽を休める場所…お父様やおじ様達が今いる場所が楽園と呼ばれているなら、ここはユートピアと呼ばれてる…」

 

「ここを造ったのは隊長じゃないのか⁇」

 

「えぇ。確かにおじ様です。でも、盛り上げたのはお父様よ⁇」

 

「そっか…未来の俺は立派な奴なのか…流石だな‼︎」

 

「ふふっ…それでこそお父様です」

 

幾度目か早霜が笑顔を見せた時、早霜は街を見渡しながら言った

 

「じき、私が産まれます…」

 

「お前の姉の時もそうして逢いに来てくれたよ」

 

「忘れないで下さい…早霜はお父様を親愛しています…」

 

「分かってるっ‼︎」

 

「あっ…」

 

力強く、早霜の頭を撫でる

 

そしてまた、早霜はとびきりの笑顔を見せてくれる

 

一番最初に出逢った時の暗い印象を吹き飛ばすかのように明るい笑顔を見せてくれた

 

「そうだ。お父様、ちょっとお家に寄って行きませんか⁇渡したい物があるの…」

 

「面倒な事にならんか⁇ほら、タイムパラドック何とかに」

 

「ふふっ…それを言うならタイムパラドックス…心配しないで。その部分は早霜が消しておくから」

 

「…分かったよっ‼︎”娘”を信じる‼︎」

 

「行きましょう」

 

早霜を腕に付け、長い長い階段を降りる

 

ここも変わってないのな…

 

それに早霜のくっ付き方、まるで横須賀をくっ付けてるみたいだ

 

居住区に向かう道、数人の艦娘とすれ違った

 

瑞鳳、ビスマルク、鈴谷、熊野…

 

皆、昔と変わらない対応をしてくれた

 

そして、くっ付いている早霜を見ても、まるでいつもの光景かの様にスルーして行く

 

「さぁ、入りましょう…」

 

昔と変わらないままの、自分の家に着く

 

早霜が玄関を開けると、何故か一歩引き下がった

 

「ふふっ…来るわ…」

 

早霜の行動を不思議に思った途端、ドタバタと足音が聞こえた

 

聞き覚えのある、二つの足音…

 

「おとさ〜んっ‼︎」

 

「おとさんおかえり〜っ‼︎」

 

「ゔっゔっ‼︎」

 

二人に猛突進を受けるが、何とか受け止める

 

走って来たのはひとみといよ

 

ちょっとデカくなっている為、もう両肩には乗せられないが、それでも当時と変わらずベッタリとくっ付いて来る

 

「おとさん、おかさんまたさぼってた‼︎」

 

「ねんねしてポテチたべてた‼︎」

 

「にゃろう…」

 

未来になってもアイツのサボり癖は治ってないのか‼︎

 

「ひとみ姉さん、いよ姉さん。早霜、もう少しだけお父様に用事があるの。後で早霜と一緒にご飯を作りましょう⁇」

 

「もうたべた‼︎」

 

「おかさんとメガネのスパゲッティたべた‼︎」

 

「そう…」

 

早霜は自分より小さな姉二人を見て、何故か嬉しそうにしている

 

ひとみといよが離れ、俺は早霜の部屋がある二階に案内された

 

「早霜は末っ子…だからあの二人が早霜を姉の様に慕ってくれるのが嬉しくて…」

 

「なるほどな」

 

ひとみといよは昔よりかは饒舌に話せているが、やはり身長はまだまだ小さい

 

あのカプセルの中に長期間いた影響がここまで出てるのか…

 

「早霜のお部屋はここ…」

 

早霜の部屋に入ると、早霜は紙をまとめた束を持って来た

 

「これは…早霜が考えた設計図…お父様なら、造ってくれるハズ」

 

「今見てもいいか⁇」

 

「帰ってからのお楽しみ…」

 

「分かった。ありがたく頂戴するよっ」

 

「さぁ…帰りましょう」

 

「ちょっと待ってくれ…」

 

ここまで来ると、どうしてももう一人だけ逢いたくなった

 

早霜と一階に降り、台所に向かう

 

「…」

 

皿洗いをしている、随分家庭的になった、見慣れた背中がそこにはあった

 

俺はゆっくりと近付き、背中からそっと彼女を抱き締める

 

「何よ…甘えんぼさんね⁇」

 

「過去で待ってるからな…」

 

「えっ…」

 

貴子さんの様な、母親の背中になった横須賀が振り返った時には、既に俺も早霜もいなかった…

 

 

 

 

 

 

「お父様…」

 

「んっ…」

 

現代の基地に戻って来た

 

「これで…お別れですね…そうだ。産まれて来た早霜に、これを渡してくれますか⁇」

 

早霜は自身の髪を括っていたリボンを解き、俺の手に落とした

 

「早霜」

 

「はい…」

 

俺は早霜に最後の質問をした

 

「俺の子に産まれて来て幸せか⁉︎」

 

早霜は俺の言葉を聞きながら、バットを床に打つ

 

消えて行く体で、早霜は初めて感情を露わにした

 

「当たり前じゃない‼︎幸せに決まってるわ‼︎」

 

最後に横須賀ソックリな言葉を残し、早霜は未来に戻って行った…

 

「アイツは横須賀似だな、うん」

 

食堂に戻ろうとした時、ふと気付く…

 

 

 

 

俺は今、誰に逢っていた⁇

 

誰に逢ったかは思い出せないが、とても幸せな時間を過ごした気がする…

 

それに、この設計図…

 

誰かは思い出せないが、とても好きな人から貰った気がする…

 

「おいビビリ‼︎飯だぞ飯‼︎」

 

「あ…あぁ‼︎分かった‼︎」

 

机の上に設計図を置き、アークの呼ぶ食堂へと走って行った…

 

 

 

 

 

 

「ちゃんと記憶は消した⁇」

 

「えぇ…お母様」

 

「なら心配無いわね。ありがと、早霜っ‼︎」




早霜…長髪根暗ちゃん

未来から来たレイと横須賀の間に産まれた末っ子

言葉の最初に”えぇ”と言ったり”ふふっ”と笑う事が多い

未来の横須賀に頼まれて過去の世界を行き来するレイと朝霜が未来を変えない様に監視を続けていた

最初は百貨店内にある食堂のウェイトレスとして

そして今回は神風の屋敷の女中として、常に先回りして待機していた

未来ではひとみといよに続く甘えん坊さんで、居住区にいる艦娘の子達が二人を見ても何も言わないレベルでレイにベッタリしており、常に胸を押し当てている

末っ子の為に頼られる事が少ないが、成長が遅いひとみといよが姉の様に慕ってくれるので、彼女自身も二人に良く懐いている

何度も言うが、ひとみといよの方が姉である

パッと見は根暗に見えるが、本当は明るく良く笑う子

愛情表現がちょっと強めなのがネック

横須賀譲りのプロポーション、そして諦めない強さはレイから受け継いでいる



もう少しすると、現代の早霜も出て来ます

その時、何故早霜がここまでファザコンになるのかも明らかになります

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