艦隊これくしょん~“楽園”と呼ばれた基地~   作:苺乙女

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128話 Agape(2)

「これは本当なんだな⁇」

 

「嘘ついてどうすんのよ」

 

「…分かった。ありがとな」

 

「一人で帰れる⁇」

 

「来てくれると助かる」

 

「んっ。正直で宜しい」

 

とにかく、今は子供達を迎えに行くのが先だ

 

時間も丁度良いので、俺達はホテルを出た

 

 

 

 

学校に着くと、既に子供達がゾロゾロと出て来ていた

 

「来た‼︎レイさん‼︎」

 

秋月が真っ先に俺に気付いた

 

「おかえり。どうだった⁇」

 

「調理実習をしました‼︎オムライス、美味しかったです‼︎」

 

「んっ。楽しめたなら良かった。帰ろうか」

 

高速艇に全員詰め込み、基地へと戻る

 

基地に着き、まず子供達を降ろす

 

貴子さんとグラーフに子供達を風呂に入れて貰い、俺と横須賀は食堂の席に着いた

 

「姫、コーヒー飲むか⁇」

 

「えぇ。頂くわ」

 

「ほぅ。レイのコーヒーか。私にも淹れてくれるか⁇」

 

「オーケー」

 

丁度いい。隊長が居てくれればちょっとは安心だ

 

コーヒーを淹れている間、手の震えが止まらなかった

 

俺がコーヒーを淹れると、いつも良からぬ事があるな…

 

前回は鹿島に求婚した時だったかな…

 

ふっ…懐かしいな…

 

今となっては良い思い出だ…

 

「さっ、入ったぞ」

 

「ありがとう、頂くわ」

 

それぞれの前にコーヒーを置き、俺は横須賀の横に座った

 

「姫。少し話があるの。これを」

 

話を切り出したのは横須賀だ

 

姫は先程俺が見ていた書類が入った封筒を見て固まっている

 

「隊長、貴方も見て下さい」

 

「…頼まれたんだ」

 

「隊長⁇」

 

隊長も中身を分かっていた

 

「とうとうこの日が来たか…」

 

隊長はコーヒーの入ったカップを置き、話始めた

 

「私がベルリンに行く時に言われたんだ。マーカスと言う男を連れ帰ってくれ、と」

 

「姫にか⁇」

 

「姫ともう一人…」

 

「リチャード中将よ」

 

そう言ったのは姫だ

 

「リチャードと私は夫婦…そして、マーカスは私達の子供…」

 

「もう一人、いるよな…子供…」

 

「…えぇ」

 

姫の顔が蒼白している

 

「…オイゲンよ」

 

薄々は気付いていたが、プリンツは俺の妹だった

 

バラバラになっていたパズルのピースが、今、一つに纏まっていく…

 

「ったく…何で早く言わなかった‼︎」

 

「どうしていいか分からなくて…」

 

「…もういい、分かった」

 

俺はコーヒーを飲み干し、席を立った

 

「レイ、何処に行く‼︎」

 

「横須賀を送るんだよ‼︎分かったよ。姫は母さんで、プリンツが妹…俺ぁ何ら変わらん態度を取るさ」

 

「マーカス…」

 

「別に姫を恨んじゃいない。言いたくないなら言わなくていい。だがな…男にはケジメってモンがある。ついでにそれをつけにいく」

 

窓の縁に手を当てながら、背中で語る

 

姫は黙ったままだが、止めようとしない所を見ると、今からやる事は分かっている様だ

 

「…分かった。私は止めない。だがなレイ。これだけは覚えておけ」

 

隊長は俺の肩を掴み、言った

 

「お前の家はここだ。必ず帰って来い」

 

「了解した」

 

横須賀を連れ、基地を発つ

 

 

 

 

「ウィリアム、私…」

 

「息子を信じてあげましょう”いつも通り”に」

 

「…えぇ‼︎」

 

 

 

 

フィリップの中では、横須賀が黙ったまま乗っていた

 

「…レイ」

 

「何だ〜⁇」

 

「何でそんなに平気なのよ‼︎」

 

俺はリクライニングを倒し、横になっていた

 

「自分の両親に会ったのよ⁉︎嬉しくないの⁉︎」

 

「嬉しいよ。嬉しいさ。だけどな…俺は子供として一発殴らなきゃならん相手がいる」

 

「アンタ、たいほうちゃんに教えた事を無碍にする気⁉︎」

 

「俺は俺のやり方でケジメをつける」

 

「…アンタを信じるわよ⁇」

 

「心配するな」

 

《横須賀さん、心配しなくていいよ。レイ、今恐ろしい位に冴えてるから》

 

「そう…なら良いけど…」

 

横須賀が不安を抱いたまま、横須賀に着いた

 

「フィリップ、すぐに出撃するから準備しておくんだぞ」

 

《オーケー。レイ、なるべく穏便にね⁉︎》

 

「分かってるよ」

 

フィリップと話し終わると、横須賀が腕にベッタリ着いているのに気が付いた

 

「殴りそうだから、直前までこうしてるわ」

 

「ったく…」

 

致し方なく横須賀を着けたまま、高官の宿舎に来た

 

目的の人物はすぐに見付かった

 

エントランスで同じ部隊の連中と楽しそうに話している

 

「マーカス⁇どうしたんだ珍しい」

 

リチャードはすぐに俺に気付いて顔を此方に向けた

 

「話がある。表に出な」

 

「レイ‼︎言い方ってものがあるでしょ⁉︎」

 

「ほぅ…」

 

笑顔だったリチャードの顔は一変した

 

決して怒っている訳では無く、事の重大さに気付いた様だ

 

宿舎を出て、寒空の下、互いに間隔を開け目を見る

 

無言のまま横須賀を離し、離れた所へ置く

 

「どうしたんだレイ。いつものお前らしくないぞ⁉︎」

 

「俺の事はいい。母さんに顔を見せてやってくれ」

 

「断る」

 

「今更見せる顔は無い…か⁇」

 

「そうだ。お前には分からんさ」

 

「なら…叩きのめしてでも連れて行く。俺達が相手を理解させたいならやる事は一つ…分かってるよな」

 

「分かった。30分後に来い」

 

リチャードは一度宿舎に入って行った

 

「れ、レイ‼︎どうすんのよ‼︎」

 

「言っただろ。叩きのめして、母さんの所へ連れて行く。それだけだ」

 

「気を付けるのよ⁉︎相手は…」

 

「父親の壁は越えられ無い…か⁇」

 

「そ…そうじゃなくて‼︎まぁいいわ。頑張ってよ⁇もう貴方一人の体じゃないんだから‼︎」

 

「それは俺が言うセリフだろうが‼︎」

 

空に上がる最後の瞬間まで、俺達は口喧嘩をしていた

 

《相手はリチャード中将か…パパの教官だよね⁇》

 

「フィリップ」

 

《はいはい》

 

「勝つ事以外考えるな。必ず勝つ。いいな」

 

《了解。さっ、行くよ‼︎》

 

 

 

 

地上では、夕飯時にも関わらず大勢のギャラリーが集まっている

 

俺にしちゃただの親子ゲンカなのだが、後で考えたら相手はあのジブリール隊の隊長だ

 

模擬戦と言えど、戦う姿は滅多に見れない

 

《マーカス…遂に私に楯突く様になったか》

 

「これは一軍人としてじゃない。俺と”親父”の個人的なケンカだ‼︎」

 

《その意気や良し‼︎来い‼︎》

 

「あぁ‼︎」

 

互いに得意なヘッドオンの状態で機体が交差する

 

地上にいる人間はヒヤヒヤしながらも歓声を上げている

 

「何何⁉︎何が起きてんの⁉︎」

 

「空が騒がしいな…」

 

「あかりちゃん‼︎スッゴイ空戦にゃ‼︎」

 

店にいた人がゾロゾロと外に出て空を見上げる

 

空ではヘルキャットがフィリップを追い掛け回すという異様な光景が繰り広げられている

 

その様子は各基地にも伝えられ、中継された映像がテレビに流れた

 

《レイ、強くなったな》

 

「大佐の下に居たから強くなれたんだ。だから、一応言っておく。俺を大佐に拾わせてくれて…ありがとう‼︎」

 

《ウィリアムに任せたのは間違いなかったみたいだな…よし、私の最後の授業だ。墜としてみせろ‼︎》

 

ヘルキャットは散々フィリップを追い掛け回し、既に燃料が底を尽きかけていた

 

恐らく、次のヘッドオンが最後

 

それでもリチャードは諦めなかった

 

諦めが悪い所は、何処と無く自分に似ている気がする…

 

最後の交差…

 

地上で、ほんの数秒時間が止まる

 

《んっ‼︎楽しかった‼︎》

 

ヘルキャットに撃墜判定が出た

 

「…は〜っ」

 

戦っている最中は気が張っていたが、終わった瞬間気が抜けた

 

《マーカス。気を抜くなよ⁇お家に帰るまでがピクニックだ》

 

「了解。ワイバーン、RTB」

 

地上に降り、すぐにリチャードが俺を抱き締めた

 

「マーカス‼︎よくやったぞ‼︎」

 

「親父…」

 

やっぱり、この人は俺の父親なんだな

 

何となく分かる

 

「うはは‼︎楽しかった‼︎」

 

きそがスキップしながらクルクル回っている

 

きそは強敵と戦うのが好きらしい

 

理由は頭が冴えるから、だと

 

「きそちゃんは強いなぁ〜‼︎」

 

リチャードはそう言ってきその頭を撫でる

 

きそは嬉しそうな顔をしたまま、リチャードに言った

 

「へへへ…レイと一緒の撫で方だぁ‼︎」

 

「一応親父の娘だぞ、きそは」

 

「ほぅ⁇」

 

「詳細は省くが、きそは俺のDNAから産まれた子だ」

 

「んっ‼︎何だっていいさ‼︎私の娘に変わりはない‼︎」

 

リチャードはきそを抱き上げ、俺と一緒に横須賀の待つ所へ向かった

 

「お疲れ様。各基地から電報が来てるわ」

 

「どれっ」

 

”スバラシイ クウセン デシタ”

 

”タマニハ オレノ アイテモ シロ”

 

”モウ レイニハ サカラエ マセンネ”

 

ワンコ、呉、ラバウルからの電報だ

 

「さぁ、親父は俺の言う事を聞いて貰おうか‼︎」

 

「おっと‼︎急用を思い出した‼︎」

 

「中継流れてっぞ〜」

 

俺はそこにあったテレビを見せた

 

リチャードの焦った顔が映っている

 

「ゔっ…」

 

逃げ場が無くなったリチャードは観念した

 

「まっ、犬にしちゃ上出来ね」

 

横須賀で様子を見ていた叢雲が来た

 

「叢雲、丁度良い。親父が逃げない様に見張っておいてくれるか⁇」

 

「いいわ。アンタの後ろを飛ぶから、逃げたら数秒でボンよ。分かった⁇」

 

「ゔっ…分かった…」

 

「さぁ、帰ろう」

 

今度は三機並んで飛ぶ

 

戦いが終わった空は静けさを取り戻し、美しい夕日が輝いていた…

 

 

 

 

「おかえり‼︎」

 

基地に戻ると真っ先にたいほうが来てくれた

 

「ただいま〜っと。ホラっ…」

 

「す…スパイトしゃん…」

 

いつものリチャードの威厳は消えていた

 

「リチャード…」

 

互いに駆け寄り、見つめ合い、感動の再会…

 

そして姫は満面の笑みを見せ…

 

リチャードの頬に思いっきり、渾身のビンタを披露した‼︎

 

「何処ふらつき歩いていたの‼︎戦争が落ち着いたら戻って来いと言ったでしょう‼︎しかも子供二人を教会に預けて自分は教官⁉︎ふざけないで頂戴‼︎」

 

「ちょ、あの…」

 

「反論しますか‼︎そうですか‼︎分かりました‼︎」

 

「え〜…」

 

姫は物凄い早口でリチャードをまくし立てる

 

反論のはの字も無い

 

「リチャード‼︎」

 

「はっ、はい‼︎」

 

「今晩はお仕置きですね」

 

姫は物凄く嬉しそうな顔をしている

 

「ちょ、嘘」

 

姫はリチャードの腰に紐を回し、車椅子に付けた

 

「さぁリチャード‼︎此方へいらっしゃい‼︎バッチバチにしますから覚悟なさい‼︎良いわね⁉︎分かったら返事‼︎」

 

「はいっ‼︎じゃない‼︎マーカス‼︎見てないで助けろ‼︎」

 

リチャードがズリズリ連れ去られて行く

 

「餞別だ」

 

「おっ⁇」

 

リチャードの腹の上に箱を投げた

 

「0.03…うすうす…ゴムじゃないか‼︎いらん‼︎た・す・け・ろ‼︎」

 

「夫婦仲良くな」

 

「ぢぐじょ〜‼︎これがお前等のやりか…」

 

全部言う前に扉が締められた

 

「ん⁇」

 

扉が締められてすぐ、姫から通信が来た

 

姫> 貴方を愛しているわ

 

姫> だから

 

姫> 不甲斐ない母を許して下さい

 

時々、姫は母らしからぬ可愛さを見せる

 

そんな表情を見せられた時、俺は護ってやらねばと思ってしまう

 

リヒター> 分かってる

 

リヒター> 大丈夫さ

 

リヒター> だから…今は二人で宜しくやってくれ。母さん

 

姫> うんっ

 

姫> あっ、マーカス⁇

 

リヒター> 何だ⁇

 

姫> リチャードと逢わせてくれて、ありがとう

 

リヒター> 最初の親孝行、だな

 

姫> ♡

 

タブレットを仕舞い、ようやく夕ご飯を口にした

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜…

 

「レイ〜…起きてる〜…⁇」

 

「…起きてる」

 

「寝れないよぅ…ふぁ…」

 

姫の部屋から悲鳴が聞こえる為、きそは眠れず、枕を持って俺の布団に入って来た

 

「よいしょ…」

 

「みんな寝たか⁇」

 

「たいほうちゃんと照月が紙コップ持ってグラーフの部屋にいるよ」

 

「盗み聞きしてるな⁇」

 

「凄いんだよ⁇”ありがとうございます”とか”もっと下さい”とか…」

 

「数十年振りに逢ったんだ。放っておいてやれ」

 

俺はきそを抱き、そのまま目を閉じた…

 

 

 

 

 

翌朝…

 

「マーカス、また横須賀で逢おうな‼︎じゃ‼︎」

 

リチャードは朝早く逃げる様に基地を去ろうとした

 

「リチャード‼︎」

 

「うがっ‼︎」

 

車椅子の車輪が回る音が聞こえたと思えば、姫は既にリチャードの懐にいた

 

「愛してるわ…」

 

「スパイト…」

 

「また、顔を見せて頂戴。約束よ⁇」

 

「んっ…分かったよ」

 

リチャードは姫を離し、熱い口づけをする

 

姫は車椅子に座っているので、自ずと上目遣いになる

 

これも、男が墜ちるポイントなんだろうな…

 

「じゃあな」

 

「えぇ…」

 

リチャードが横須賀へと帰る

 

姫はそれをしばらく窓際で眺め、俺達はそんな姫をコーヒーを飲みながら眺めていた

 

「隊長」

 

「ん⁇」

 

「姫ってさ、案外子供っぽいよな」

 

「逆ロリババァかもな」

 

「体は大人でも考えは子供ってか⁇」

 

「じゃなきゃリチャード中将は墜とせん」

 

「なるほどな…」

 

隊長の話を聞き、案外、そんな母も満更じゃないと思った…


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