艦隊これくしょん~“楽園”と呼ばれた基地~   作:苺乙女

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110話 マーカス・スティングレイ

次の日の朝…

 

幸せな家族を横目で見ながら、一人の女性がコーヒーを飲んでいた

 

「鹿島‼︎」

 

「はいっ、どうされました⁇」

 

「たまにはデートすっぞ‼︎」

 

「はいっ‼︎」

 

鹿島は何のためらいもなく、フィリップに乗った

 

「よ〜し、行くか‼︎」

 

《オッケー‼︎》

 

「出発〜‼︎」

 

目指すは大湊基地

 

レイにとっては途轍もなく長く、そして途轍もなく短い時間に感じたと思う

 

ずっと心拍数が上がったり、血圧が上昇したりしていたからだ

 

「よ〜し着いた‼︎」

 

大湊の基地にフィリップが着陸し、レイと鹿島が先に降りた

 

「大湊ですか⁇」

 

「そっ。この前ここの艦長に世話んなったからな‼︎挨拶しようと思ってな‼︎」

 

「あらっ、律儀な所もあったんですねぇ⁇」

 

「けっ‼︎言ってろ‼︎これ、ちょっと持っててくれ」

 

レイは鹿島に書類を持たせ、基地の中に向かった

 

 

 

レイは基地の中を歩いている時、鹿島に一つだけ質問をした

 

「鹿島」

 

「はい⁇」

 

レイも鹿島も歩く足を止めず、レイは少し前を歩いていた

 

「…俺の事、好きか⁇」

 

「当たり前ですよ‼︎」

 

鹿島はすぐにそう答えた

 

「そうか。そうだよな‼︎すまんすまん‼︎ははは‼︎おっとここだ‼︎」

 

レイは執務室の前に来て足を止めた

 

「鹿島、ちょっとここで待っててくれ」

 

「分かりました」

 

鹿島を待たせ、レイだけ執務室に入った

 

「失礼しま〜す」

 

「おぉ〜スティングレイ‼︎ようこそ大湊へ‼︎」

 

空母 タイコンデロガ・改の艦長、棚町がここを纏めている

 

相変わらず若い

 

「今日は会わせたい人も連れて来たんだ。入れていいか⁇」

 

「どうぞどうぞ‼︎」

 

レイは扉から顔だけ出して、鹿島を呼んだ

 

「え…」

 

「まゆ…」

 

棚町は立ち上がり、鹿島に歩み寄った

 

「…お別れ、だっ‼︎」

 

「あっ‼︎レイっ‼︎」

 

鹿島の背中を押し、レイは執務室から出た

 

レイが走った跡には、キラキラした物が思い出と共に落ちて行った

 

「フィリップ‼︎発進準備‼︎」

 

《了解‼︎》

 

レイの震えた声を聞き、僕はフィリップを出した

 

すぐにレイは操縦席に乗り、猛スピードで滑走路から飛び立った

 

「ハァ…ハァ…」

 

《レイ》

 

「ハァ…ハァ…」

 

《レイってば‼︎》

 

「ハァ…」

 

レイは大きなため息を吐いた後、声無き声で大粒の涙を流した

 

 

 

 

「レイ…」

 

「まゆ…お前なのか⁉︎」

 

「棚町さん…」

 

鹿島は躊躇いなく棚町と口付けを交わした

 

「あ、コレ…」

 

持っていた封筒を見ると”鹿島へ”と書いてあり、一枚の手紙と指輪が出て来た

 

そこにはこう書かれていた

 

”愛する鹿島へ

 

長い間、俺を恨んでいただろう⁇

 

それも今日でオシマイだ

 

君の婚約者が生きていると分かった

 

この手紙を見ている頃には、君は既に彼の腕の中にいるだろう

 

だから、下手な言葉は言わない

 

俺を育ててくれてありがとう

 

感謝してもしきれない

 

これは、俺が最後に出来る恩返しだ

 

君は最愛の人と一緒にいるんだ

 

今までありがとう

 

棚町さん、こんな事を言えるたちじゃないが、鹿島を頼みます

 

末長くお幸せに

 

マーカス・スティングレイより”

 

 

 

「あぁっ…」

 

鹿島は小刻みに震えながら膝を落とした

 

「レイっ…ありがとう…」

 

 

 

 

 

 

あの書類には、鹿島の婚約者の情報が書かれていた

 

名は棚町

 

レイが墜としたと思っていた婚約者は生きており、日本に亡命して大湊に身を寄せている情報が書いてあった

 

レイは正直耐えられなかったと思う

 

どれだけ一緒にいようが、どれだけ体を重ねようが、鹿島は毎日こっそり彼の写真を愛おしそうに眺めていたからだ

 

記憶復元装置で鹿島を忘れたのが良い例だ

 

逆によくここまで耐えたと思う

 

 

 

 

《レイ、よく頑張ったね…》

 

「…俺は何一つ、あいつを護ってやれなかった…」

 

《あれだけやれば充分だよ。よく耐えたね…》

 

「これで良かったんだ…これで…」

 

《…そうだ。横須賀で何か食べよっか‼︎冷たいアイスでもどう⁉︎》

 

「んっ…そうだな…」

 

そうすぐには立ち直れないだろう

 

それだけ鹿島を愛していた証拠だ

 

《さぁ‼︎着いたよ‼︎》

 

「…」

 

横須賀に着き、レイの手を引っ張って繁華街に向かった

 

 

 

 

「あら⁇これは⁇」

 

横須賀の執務室では、一通の暗号化された電文が送られて来た

 

横須賀は飲んでいた牛乳を置き、電文を解読し始めた

 

「これ…‼︎」

 

 

 

 

「美味しい⁇」

 

「イケるな」

 

やはりレイの気分は優れない

 

それは間宮に行こうが、伊勢に行こうが、ずいずいずっころばしに行こうが変わらなかった

 

日が暮れるまで遊んでも、レイはずっと下を向いていた

 

「僕ちょっとトイレ〜‼︎」

 

「そこにあるから行って来い」

 

レイは海の見える階段に腰を下ろした

 

僕がトイレに入った時、一人の女性がレイのいる方へ歩いて行った

 

僕はトイレに入らず、陰から様子を見る事にした…

 

 

 

 

鹿島を失った喪失感は凄かった

 

だが、愛する人間の傍にいる人生の方が、誰だって良いだろう

 

俺に向けられた愛は、彼女にとっては殺意と紙一重だったのだろう…

 

だから、俺は…

 

ボーッと水平線を眺めていると、急に首元に柔らかい感触が当たった

 

「私がいるじゃない…」

 

横須賀だった

 

「横須賀俺は…」

 

「言わなくて良いわ…罪滅ぼしは終わったの…貴方は貴方の為に生きなさい⁇」

 

「…泣いちまうからやめてくれ」

 

「泣きなさい。私が全部受け止めてあげるわ…」

 

レイは一目もはばからず大泣きした

 

溜まっていた物が、一気に爆発した様だ

 

しばらく泣き通した後、レイはようやく落ち着いた

 

「泣き止んだ⁇」

 

「おぅ。やっぱオッパイデケェな」

 

「…まぁいいわ。コレ見て」

 

横須賀はポケットから一枚の紙を出した

 

「停戦よ停戦‼︎よく頑張ったわ‼︎」

 

「ホントか‼︎」

 

横須賀の一言で、レイに覇気が戻った

 

「やったーーー‼︎」

 

喜んだきそが飛び出て来た

 

「きそちゃん‼︎」

 

横須賀に飛びかかるきそを見て、俺はやはり此奴が好きなんだなと実感した

 

「とにかくっ‼︎今日は基地に帰りなさい。隊長には事情を話しておいたから、ねっ⁇」

 

「ありがとう、横須賀」

 

「感謝するなら、今度は笑顔でいらっしゃい‼︎」

 

横須賀と別れ、俺達は基地に帰って来た

 

「おかえり、レイ。疲れただろ⁉︎」

 

「隊長…」

 

隊長はニコやかに迎えてくれた

 

「さぁっ‼︎今日は豪勢よ‼︎二人共手を洗って‼︎」

 

「おほっ‼︎」

 

数年振りに食べる、貴子さんの手料理が机の上に並んでいる

 

既に照月がヨダレを垂らしているので、早く食べないと無くなってしまう

 

「いただきま〜す‼︎」

 

鹿島は居なくなった…

 

だが、温かい家族団欒に違いはなかった

 

 

 

 

その日の夜、俺は記憶復元装置の前に立っていた

 

理由は簡単だ

 

鹿島の記憶を消そうとしていた

 

だが、俺は消さないままにした

 

仮にだって、俺達は夫婦だった

 

その事に違いは無い

 

向こうは愛していなくても、俺は愛していた

 

人を愛するのに、間違いは無い

 

そして、この装置の役目も終わりだ

 

俺は手近にあった鉄骨で、記憶復元装置を破壊した

 

ありがとう、鹿島…

 

愛を、ありがとう…

 

 

 

 

 

 

武蔵が記憶を取り戻しました‼︎

 

レイと鹿島がリコンしました

 

鹿島が基地から去りました

 

深海棲艦との戦争が停戦しました‼︎


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