艦隊これくしょん~“楽園”と呼ばれた基地~   作:苺乙女

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とある艦娘が除籍されます


91話 老楽の恋

8月15日…

 

横須賀はパニックに陥った

 

あの”長門”が轟沈寸前の状態で帰投したからだ

 

敵は好戦派の戦闘機部隊

 

艦娘なのに、最新鋭の戦闘機相手に、良くここまで頑張ったと言いたい

 

「急ぎ入渠ドックへ搬送‼︎」

 

「はっ‼︎」

 

とうとう、私にもヤキが回った様だ…

 

全く、今日で定年だと言うのに…

 

最後の最後で大仕事…か

 

長門が入渠ドックに放り込まれたが、傷が深く、もしかしたらの事態も有り得る

 

妖精や工兵をフルに使い、数時間が過ぎた

 

「サンダーバード隊帰還‼︎全機撃墜だってよ‼︎」

 

その名前を聞き、窓の外を眺める

 

白い機体に続き、黒、グレー、そして再び黒い機体が着陸する

 

私が目をやったのは、先頭の白い機体

 

その機体が帰って来たのを見届け、長門に目を戻す

 

「お前達‼︎長門は私に任せなさい‼︎サンダーバード隊及び後続機の修理補給に当たれ‼︎」

 

「はっ‼︎」

 

若い工兵達が、英雄の帰還を喜んだ

 

彼等にとって、サンダーバード隊やラバウル航空戦隊は憧れの存在

 

機体の整備一つでも、勉強になる

 

「整備長…」

 

「長門‼︎」

 

ようやく長門が意識を取り戻した

 

「ここは…横須賀か⁇」

 

「そうだ。もう大丈夫だからな‼︎」

 

「私は…負けたのか⁇」

 

「大丈夫。人間誰しも負ける事はある。仇はサンダーバード隊の皆が取ってくれた」

 

「すまないと伝えてくれ…もう少し、眠りたい」

 

「あぁ。おやすみ…」

 

特殊な液体に浸かっている長門の体は、これでもかと傷んでいた

 

今まで山程大破艦を見て来たが、ここまでの傷は初めてだ

 

そして、また一時間、二時間と過ぎて行く…

 

工廠に残っているのは、とうとう私だけになってしまった

 

「整備長…ずっとそこに居てくれたのか⁇」

 

「長門‼︎」

 

長門が目を覚ました

 

「艤装は…もう付けられないな」

 

「長門…すまない。私の腕ではここまでだ…」

 

「フッ…」

 

長門は私の顎を持ち、顔を近付けた

 

「ありがとう、整備長。貴方は私を最後の最後まで”人間”として接してくれた…」

 

「長門…」

 

自分の拙い腕を恨む

 

こんな私でも、長門は好いていてくれている

 

「さぁ、最後の治療をしよう。横になって」

 

「うぬ」

 

長門は横になり、もう一度体を液体に漬けた

 

だが、恐らくは…

 

「はぁ…」

 

もう半日以上はこうしている…

 

流石に私にも疲労が見え始めた

 

老体には堪えるな…

 

「お困りの様だね⁉︎」

 

声のする方を向くと、きそちゃんとスティングレイが立っていた

 

そうか、彼女はフィリップのAIだから、スティングレイと一緒に来たのか

 

「バトンタッチだ。後は任せて‼︎」

 

「…すまない。少し休ませて貰うよ」

 

「っと。その前にレイが何か話があるって‼︎」

 

レイは何か封筒を持っていた

 

「すまない。調べるのに少し時間が掛かった」

 

突き出された封筒を開けると、中には血縁関係を示す書類が入っていた

 

そこには、私の知っている人物の名が書かれていた

 

「子…ウィリアム・ヴィットリオ…」

 

「間違いは無い。貴方は隊長の父親だ」

 

「ふ…やっぱりな。薄々気は付いていたんだ」

 

その書類の”ウィリアム・ヴィットリオ”と書かれた上には”市原勇”と書かれていた

 

私の名だ

 

そして、ウィリアム・ヴィットリオとは、彼、マーカス・スティングレイの隊長に当たる人物

 

妻は貴子て書かれている

 

娘も居る

 

二人の名前の下に”たいほう”と書かれている

 

「隊長の娘だと知ってて、たいほうに優しくしてくれたのか⁇」

 

「…そんな所だ」

 

「整備長」

 

ゆっくりではあるが、きそに支えられながら長門が来た

 

「おじさん…長門はもう…」

 

「長門…」

 

「すまない…私はここまでみたいだ…」

 

私達ときそちゃんは最善を尽くしたが、長門は艤装を装着出来る機能を失っていた

 

残ったのは”長門”のボディだけ…

 

「整備長は今日で定年だったな」

 

「あ、あぁ…」

 

「ありがとう…最後の最後で、このザマですまないな…」

 

「ふ…」

 

長門とは長い付き合いだ

 

ここに来て、艦娘を知って、それからずっと知っている

 

ここだけの話だが、休暇の日に二人で繁華街に出掛けた事もある

 

軍神である彼女の事を尊敬していたが、それ以前に彼女は一人の女である事を忘れなかった

 

「長門。私はこれから艦娘居住区で暮らす事になるんだ」

 

「そうか‼︎整備長がいれば、艦娘達も何かあれば安心だな‼︎」

 

「長門も来るかい⁇家は一つだし、老楽の恋だけど…君が良ければ‼︎」

 

スティングレイときそちゃんの口が開いたまま塞がらない

 

そりゃそうか

 

いきなりのプロポーズだもんな

 

「…私で良いのか⁉︎私で良ければ、貴方に付き添おう‼︎」

 

「宜しく頼むよ」

 

「…レイ」

 

目をウルウルさせながら、きそは口を開いた

 

「恋って、幾つになってもいいね」

 

「そうだな…年老いても、恋は恋だ」

 

 

 

 

数日後、横須賀基地から二人が除名された

 

整備長…市原勇

 

艦娘…長門

 

「長門、ありがとうね…」

 

「提督、最後まで付き合えず、すまない」

 

「ううん…気にしなくていい。整備長と末長くお幸せにね⁇」

 

「…あぁ‼︎」

 

横須賀は長門にあれこれ言わず、彼女の第二の人生を快く送ってやる事にした

 

長門は最後の最後まで、その勇ましさを忘れずに横須賀基地を後にした

 

 

 

 

一週間後…

 

基地に一枚のハガキが届いた

 

「隊長、手紙だ」

 

「どれっ…」

 

ハガキの送り主は、艦娘居住区からだ

 

「市原勇…親父⁉︎」

 

隊長には、整備長に話す前に一応話した

 

隊長も何と無く気付いていたが、確信が得られず言い出せなかったらしい

 

そして、整備長と長門がこうなった今、再び親子関係を取り戻そうとしている

 

「長門は良き妻です。年老いて、もう一回恋したっていいよね‼︎だと」

 

「ははは…」

 

ハガキには、デレデレの長門と、ハイテンションな整備長が写っていた…

 

 

 

 

横須賀基地所属、長門が除籍されました




長門…横須賀鎮守府最強艦娘

ハンマー榛名と肩を並べる程、歴戦を潜り抜けた艦娘

下記の四人の戦艦は”四天王”と呼ばれ、恐れられている

単冠湾のハンマー榛名

サンダーバード隊隊長撃墜の武蔵

ラバウルの新妻大和

そして、横須賀の喧嘩番長長門

と、呼ばれる程に強かったが、タウイタウイ泊地のパイロット達が独断でクーデターを開始した際に攻撃を受け、再起不能に陥る

今はパパのパパと一緒に、第二の超☆甘々な生活を送っている

抜けた四天王に誰が入るかは内緒





市原勇…パパのパパ

たいほう達のパパのお父さん

整備長として横須賀で勤務していたが、定年を迎えるその日に長門の大破の修復を担当する

実は艦娘であった時から長門とはチョットした恋仲であり、本人は”老楽の恋”だと言っているが、長門は本気

現在は艦娘居住区で長門と超☆甘々な新婚生活を送りつつ、長門と一緒に世界各国を回るのが楽しみ




余談だが、彼が現れた事により、パパの苗字が”市原”だと言う事が判明した

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