艦隊これくしょん~“楽園”と呼ばれた基地~   作:苺乙女

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心身共に疲弊してしまったマーカス

彼を癒せるのは、ジェミニではなく、彼をこの世界で一番愛しているたった一人の女

網走で逃避行が始まります

このお話は、目線がマーカスから大淀に代わります


321話 網走で、君の手を握って…

俺は逃げた

 

この世で一番愛した女の細い手を握って、果てのない旅路かの様な雪景色へと踏み出した

 

罪悪感が勝つのか

 

安心感が勝つのか

 

そんな事すら考える力も、俺には残ってなかった

 

 

 

僕は逃げた

 

この世で一番愛してる男の優しい手を握り返して、ほんの少しだけ、彼を一人占めする為に、真っ白な世界を走る

 

恋心が勝つのか

 

母性が勝つのか

 

どっちにせよ、僕の心はいつだって彼でいっぱいだ

 

 

 

 

「美味しいね、レイ君‼」

 

「美味いな…体が温まるよ…」

 

二人はまず、味噌ラーメンをすする

 

冷たい監獄での戦闘

 

凍える最中の手術

 

当てられる、無慈悲な言葉

 

ラーメン一杯で心の補填が出来るハズがない

 

だけど、お腹に何か入れなきゃ、考えだって悪い方向に行っちゃう

 

「大淀さん、ちょっとにんにく入〜れよ!!」

 

「俺のも頼むよ」

 

「この位かな!?」

 

「ありがとう」

 

この味噌ラーメンは濃くて美味しい

 

だけど、きっと味なんてしないんだろうね…

 

「行こっか‼」

 

「うん」

 

ラーメンを食べて、お腹も一応は満腹

 

体も温まってる

 

だけど、ずっと雪景色を見てる

 

心ここにあらず、か…

 

「レイ君は何見たい!?」

 

「そうだな…ここには民族がいたと何かで見た。少し見てみたい」

 

「行こっ!!」

 

彼の腕にくっつき、隣を歩く

 

あぁ、何て幸せだろう…

 

ずっとずっと、こうしたかった…

 

こんな形で叶っちゃったのは、少し残念…

 

「ここからバスに乗って行こっか!!レイ君??」

 

彼は急に腕から離れた

 

「ん」

 

「ありがとっ‼」

 

温かい缶コーヒーを2本持って、また戻って来た

 

それを飲んで、バスを待つ…

 

 

 

バスに乗って民俗資料館を目指す最中、彼はずっと外を見ていた

 

「何見てるの??」

 

「鳥だ…見た事ない鳥…」

 

「なんだろうね??」

 

本当は知ってる

 

彼は本物のハクチョウを見た事が無かった

 

彼に合わせて、知らないフリをする

 

「世界を見て来た気でいたんだが…広いな。日本でもまだ知らない鳥さえいる…」

 

「世界は広いよ??レイ君の知らない事も、大淀さんの知らない事も、まだまだ沢山あるんだ」

 

「民族資料館前〜」

 

「着いた!!」

 

「行こう」

 

バスを降りて、資料館に入る

 

 

 

 

「面白いね、レイ君‼」

 

「ためになるな」

 

資料館には、当時の狩りの仕方や食べ物が展示されている

 

動物の剥製があったり、民族衣装があったり

 

「チチタプだったかな…」

 

「おっぱいのたたきみたいな??」

 

「それを言うならチタタプじゃないのかい??」

 

「神威??どうしてここに…」

 

アイヌの権化みたいな女性が来た

 

確かこの人は大湊にいた神威ちゃんか…

 

「私の生まれはこの先でね。時たま帰ってるのさ!!」

 

「そっか」

 

「マーカス…アンタ、何かあったかい??」

 

「たまには民族文化に触れたくなっただけさ」

 

「そっか…北海道は冷えるから、ちゃんと暖かい格好するんだよ!?」

 

神威ちゃんは何かに気付いて、その場を離れようとしてくれた

 

「あ、あの神威ちゃん!!」

 

「なんだい??」

 

「チタタプの作り方、分かる!?」

 

 

 

 

夕方になり、神威は近くのキャンプ場にテントを立ててくれた

 

彼はテントを立てた後、近くの川で神威ちゃんに渡された釣竿で釣りをしている

 

「大淀ちゃん…でいいかい??」

 

「ありがと、神威ちゃん…」

 

「アタシ、いちゃいけないだろう??」

 

その言葉に、頭を横に振る

 

この神威と言う、アイヌの権化みたいな女性は、凄く気遣いが上手だ

 

この鳥のチタタプを教えて欲しいと言ったのは僕なのに…

 

「大淀さんは…レイ君がしたい事をしてあげたいんだ…」

 

「そっか…好きなんだね…」

 

「ずっとずっと好きなんだ…レイ君は振り向いてくんないけどね!!」

 

「釣れた」

 

「おっきいねレイ君!!凄いや!!」

 

「凄いじゃないか!!」

 

彼は大きな魚を3匹釣り上げて帰って来た

 

その時、ようやく彼は薄っすらとだけど、笑ってくれた

 

「魚を焼いたら食べような!!」

 

「レイ君、それ作ったのかい??」

 

「釣れなかったからな…その辺である奴で作った」

 

彼の手には、先端を尖らせた太い木の枝が握られていた

 

「これ位しなきゃ生きられなかったからな」

 

「レイ君は強いね!!」

 

また少し、彼の目に光が戻る

 

こうやって、少しずつ…

 

また元の優しい彼に戻っていく…

 

「さ!!もうすぐ出来るよ!!」

 

「美味しそうだね、レイ君!!」

 

その時、神威ちゃんはお味噌を鍋に入れた

 

それを見て、彼は少し笑う

 

「どうしたんだい??味噌が不思議かい??」

 

「初めて日本に来た時…日本の人はヤバイものを溶いたスープを飲んでると思った」

 

「あっはっはっは!!そうか!!外国からすれば確かにそうだ!!あっはっはっは!!」

 

暖かいお味噌汁と、美味しい郷土料理を食べて、彼は一人焚き火に当たる

 

「涼平が焚き火当たる気持ちが分かるな…」

 

「それは友達として??戦士として??」

 

「友達として、だ」

 

「アタシは帰るよ。テントはそのままでいいからね??」

 

「今度、お礼に行くよ」

 

「ふふ!!楽しみにしてるよ!!」

 

神威ちゃんは帰る時、僕の傍に寄って耳に口を寄せる

 

「次に見る時は、元気な彼で頼むよ…」

 

僕は頷く

 

彼はいつだって、誰だって、助けを求める手を握り返す

 

神威ちゃんもまた、その内の一人…

 

「レイ君、明日は何処に行こっか??」

 

「一つ行きたい所が出来たんだ」

 

「どこだい??」

 

「ふふ…明日のお楽しみさ…おやすみ、大淀」

 

「おやすみ、レイ君…」

 

彼を横に置いて、テントの中で眠りにつく…

 

明日は何処に行こっか

 

明日ももっと、君を好きになれるといいな…

 

 

 

 

 

朝になって、日がテントに射し込む

 

「おはよう、大淀」

 

「おはようレイ君…早いねぇ…」

 

まだ少し眠たいや…

 

目を擦りながら、焚き火で料理をする彼の所に行く

 

飯盒でご飯と、獲って来た鳥を焼いている

 

「凄いねレイ君!!朝から獲って来たの!?」

 

「味は分からんがな。食える鳥ってのは知ってる」

 

彼の横に座る

 

彼の横には、いつの間にか作った手製の弓矢が置いてある

 

「墜落した時の為に教えて貰ったんだ。それで鳥を獲った」

 

「そっかそっか‼上手いねぇレイ君‼」

 

…血の匂いだ

 

夜中に何かあったのかな…

 

「鳥を捌く時にな」

 

「そ、そっかそっか‼」

 

でも、彼の目の光は、また少し戻っている

 

「いただきますっ」

 

「いただきまーす!!」

 

焼いた鳥の足と、ホカホカのご飯を食べる…

 

 

 

 

「奴は一人だったぞ…何故ここまで…」

 

「我々に敵う相手じゃないのか…銃も使わずに…」

 

昨夜、二人の所に網走の残党が来ていた

 

目立った所で襲ってしまうと、仲間を呼ばれる可能性があった為、機を計らってマーカス若しくは大淀を襲おうと目論んでいた

 

神威と大淀が料理をしていた時に気付き、マーカスは気付かぬ所で弓矢を作製

 

深夜、襲って来た連中に対して影からそれを放ち、撃退した

 

銃の類を使ってしまえば、大淀が起きてしまう為、マーカスは一人で弓矢片手に奮闘していた

 

血の匂いはその時に付いたものだ

 

"殺さないでおいてやる。だから頼む、撤退してくれ"

 

その部隊の隊長は、怯えた顔で首を縦に振り、部隊を下げた

 

後にその隊員は語る

 

"我々は死神を敵に回してしまった。それも、ゆりかごを持った死神にだ"

 

と…

 

 

 

 

 

「アタシだ。少し気分が落ち込んでるね」

 

《ごめんなさい、神威。こんな真似させちゃって》

 

神威は横須賀と電話を繋げる

 

マーカスが北海道で消息を絶ってすぐ、近場にいたのは神威しかいなかった

 

横須賀は悪いと思いながらも、神威を使って二人の様子を伺っていた

 

「なぁに、世話になってるお礼さ。しっかし、彼にあれ程のサバイバル能力があるとはねぇ??」

 

《昔教えて貰ったのよ。一人でも生きていける様にって。その場にある物で何か作るの好きなのよ》

 

「そうかい…それと、横にいた女性だけど…」

 

《大淀ね》

 

「よっぽど彼を好いてるみたいだ。ずっと横にいた。それに…」

 

《それに??》

 

「ずっと彼を護ってる。アタシが彼と話していた時、物凄い圧を感じたんだ。それで、彼女を見たら…」

 

《やっぱり、レイに特別な感情あるのかしら??》

 

「いんや…あれは恋愛感情やら度が過ぎた愛情のレベルじゃないね。好きを通り越した先にいるんだろうね、きっと…」

 

《私は大淀にはなれない…》

 

初めて聞く、いつも気丈な女の弱音

 

酷い言い方をすれば、彼が今やっているのは不倫だ

 

だけど"今すぐに治療が必要な彼の横に居られる人物"は、大淀しかいないのも事実

 

神威は勿論、横須賀でさえ、傷を負った彼を抱き止めてあげる事は出来ない

 

今彼を治せるのは、彼を十二分に知り尽くし、彼の欲しい物を無条件ですぐに与えられる大淀だけ…

 

神威も横須賀も、今まで戦い、治療に心血を注いだ彼の事をそれ位は理解するのは容易い事だった

 

「大丈夫さ!!アンタにはアンタにしか出来ない事あるさ!!」

 

《胸かしら??》

 

「あっはっはっは!!それもあるだろうね‼だけど彼の横にいて、彼の事をもっと楽しませよう、喜ばせようとするのはアンタだけだろう??そう感じてるよ、アタシは…」

 

《ありがと。ちょっと楽んなった!!》

 

「その気があるなら、帰って来た時に自慢の物を押し付けたらいいさ!!」

 

《ふふっ!!そうさせて貰うわ!!ありがとっ!!》

 

「じゃあ、アタシはしばらく休暇を頂くよ。いつでも頼ってくんな!!」

 

横須賀は電話を切った

 

神威は少しだけ不安を抱いていた

 

本当は、怖かったのは大淀の圧じゃない…

 

あんなに悲しい目の奥に殺意を抱いていた、男の目が怖かった…

 

そして、彼の目が展示物の弓矢に目が行っていたのも神威は覚えていた…

 

 

 

 

 

彼と一緒にバスに乗る

 

僕は横に座って、彼と一緒の景色を見る

 

何処に行くのかな??

 

しばらく揺られていると、おっきな湖が見えた

 

「降りよう」

 

彼と一緒に、バスを降りる…

 

「おっきいね~レイ君!!」

 

「来てみたかったんだ…」

 

「「あそこにボートがある」」

 

二人して同じ事を言い、彼は優しく笑う

 

二人、言葉を交わす訳でもなく、ボートを借りて湖に出る…

 

「綺麗だ…」

 

「お魚いるよレイ君!!」

 

「どれっ…」

 

マスの類のお魚が、ボートの近くを泳いで行く

 

それも、おっきな奴だ

 

お魚から目を離し、太ももに肘をつきながら、彼の顔を見る

 

僕の大好きな横顔だ…

 

「大淀さん好きだなぁ…レイ君の横顔見るの…」

 

「…ありがとう」

 

彼は右手で後頭部をぐるりと掻く

 

その素直さと照れ方は、小さい時から変わんないんだね…

 

「レイ君はこういうとこ好き??」

 

「たまには喧騒から離れたくなる時もある」

 

「もし隠居になったら…こういう所で暮らしたい??」

 

「そうだな…自給自足もっ…良いかも知れないな…」

 

「おいで、レイ君」

 

彼はオールを止め、僕の膝に頭を置く

 

頭を撫でると、くすぐったそうにする

 

「二人きりだね、レイ君」

 

「もう少しこのままでいたい…」

 

「いいよ…レイ君がそう言うなら、いつまでも…」

 

彼は僕の膝で、ようやく眠りについた

 

昨日の寝れていないからじゃなくて、長年戦って来た彼がようやく穏やかな顔をして寝息を立てる事が出来た束の間の一休み

 

また一つ、僕は彼を好きになっていく…

 

「歌の通りだね…」

 

湖の周りに霧が出始める

 

それはまるで彼を守るかの様にボートを包み込む…

 

「綺麗…」

 

霧は水面に立ち込め、僕は雲の上にいるみたいな感覚に陥る

 

「こんなに綺麗な場所…まだこの世界に残ってたんだね…」

 

…違う

 

きっとこの景色は僕一人で見たら、少し見て終わってしまう…

 

…そっか

 

彼と一緒にいるから、景色が全部綺麗になってるんだ…

 

…いつか、彼と暮らせたらいいな

 

自給自足でも、何だっていい

 

彼といるだけで、僕はご飯が何だってごちそうに見える

 

彼といるだけで、僕は景色がこんなにも綺麗に見える

 

あぁ、そっか…

 

"あの日"、彼と繁華街に行った時、自分で答えを出していたんだ…

 

切れかけたネオンでさえ、僕はとっても美しい風景に見えたんだ

 

…幻みたいな風景のまま、時間が止まってしまえばいいな

 

もっともっと遠くへ、彼と一緒に行きたいな…

 

 

 

 

小一時間、彼は僕の膝の上でぐっすり眠った

 

「はっ」

 

「よく眠れたかい??」

 

僕の顔を見上げたので、笑顔を返す

 

すると、彼はいつもの様に笑った後、僕の頬を撫でた

 

僕は知ってるよ

 

"この手"が何を意味するのか…

 

大丈夫、ちゃんと"ここにいる"よ

 

ちゃんとここにいるかどうか確かめる為に、信頼を寄せた人の頬を撫でる癖…

 

子供によくやっているのを、僕は時折見る

 

甘えてくる子もいれば、噛み付く子もいる

 

どっちも生きてる証拠だと、君はいつだって笑う

 

僕がまだ彼と一緒に研究をしていた時に、彼にやっていたからかな…

 

ちゃんと覚えてるんだね…

 

「すまん。世話になった」

 

「いいよ!!大淀さん、どっちのレイ君も大好きだからね!!」

 

"君"の目に光が戻った

 

"私"はどっちの君も好き

 

優しいレイ君

 

死神のレイ君

 

今、死神は再び眠りにつき、いつもの優しい君に戻った…

 

 

 

 

一度だけ、内緒で君を検査した事がある

 

もしかして、多重人格ではないのかと

 

優しい時と、怒った時の差が激し過ぎる

 

だけど、何をどう検査しても優しい君しか出てこなかった

 

死神と化した君を検査しても、それは同じ

 

"誰かを救わねばならない"

 

その思いだけで、君はいつだって動いている

 

昔も…今もね…

 

 

 

「凄いな…ちょっと寝てたらこうとはな…」

 

「凄いよね…」

 

レイ君は起きてすぐ、周りの光景に気が付く

 

霧は未だに湖面に立ち込めている

 

「〜♪」

 

レイ君は鼻歌を歌いながら、ボートを漕ぐ

 

「随分懐かしい歌だね??」

 

「いい歌は時代も世代も越えるのさ」

 

レイ君の鼻歌を聞きながら、船着き場を目指す

 

君の心は、この湖と一緒

 

探ろうとすると、霧で心を隠してしまう

 

君のためになら、私はいつだって壊れてもいい

 

そう言うときっと、君は壊れる位に抱き締めてくれるのだろう

 

この旅が終わる前にもう一度だけ、君に抱き締めて欲しい…

 

「ほらっ」

 

「ありがとレイ君っ!!」

 

君の手に掴まり、ボートを降りる

 

あぁ…楽しかった…

 

二時間余りの時間が、数分に思えた

 

次は何処に行こうか…

 

 

 

 

 

またバスに乗る

 

「そういえば大淀」

 

「なんだい??」

 

「タブレット、どうした??」

 

「君と一緒にいるんだよ!?仕事じゃないのにタブレットなんかいらなーい‼」

 

「出た出た。ははっ!!」

 

君は僕の「いらなーい!!」が、昔から好きだ

 

僕はタブレットを置いて来た

 

そう。最初から君とこの旅をするために…

 

「涼平に預けたのか??」

 

「うん‼中に入ってるゲームしていいよって言ったら、早速してたよ!!」

 

 

 

 

「ど、どうなってんだ!?」

 

「強過ぎるだろ!!」

 

「涼平‼右だ‼弾!!」

 

「「「あーっ‼」」」

 

横須賀に戻った涼平は、ホントに大淀のタブレットでゲームをしていた

 

やっているのは何世代も昔の様なゲームで、横スクロールアクション

 

反射神経抜群の園崎がやろうが、丁寧な操作をする櫻井がやろうが、結果は一緒

 

敵の弾が高速で飛んで来たり、見えなかったりとまるでクソゲー

 

挙げ句の果てには体当たり

 

「博士が帰るまでに絶対クリアしてやる…」

 

 

 

《プワーップワップワップワッパァー!!姫は頂いたプワースゥー!!》

 

《何すんのよ!!》

 

《待て!!ヘルプァース!!》

 

《プワーッパッパッパァ!!行け!!レッドアーカシー!!騎士マーカスを倒すプヮース!!》

 

 

 

 

「どう見ても隊長何だよな…」

 

「パースさん…だよな??」

 

「レッドアーカシーを何とかせんと通れんぞ…」

 

大淀達が帰るまで、三人の騎士がジェミニ姫を助けるお話は続く…

 

 

 

 

「都会に出たねレイ君!!」

 

君は大きな街に来た

 

寒い大地が続いていた中、ここは何だか懐かしい気分がする

 

「そこに行ってみたかったんだ」

 

「おっきい時計だねぇ」

 

街の中にあったのは、大きな時計がある施設

 

中に入ると、君はすぐに展示物に夢中になる

 

小さい時から変わらないね…

 

君は夢中になったら、いつも真っ直ぐだ

 

「ここは学校だったんだな…」

 

「タイムスリップしたみたいだねぇ…」

 

展示物の中に時折出て来る、戦争の断片

 

それを見て、君は何を思うのかな…

 

「レイ君、2階に行こうよ!!」

 

「2階に見たいものがあるんだ」

 

2階に上がると、そこはホールになっていた

 

長椅子があって、君の好きな楽器の演奏でも出来そうな空間だ

 

「これだ‼」

 

君の声でその方を見る

 

そこには、ローマ数字で記された大きな時計があった

 

「レイ君時計好きだっけ??」

 

「ちょっとそこに立っててくれ!!」

 

僕を時計の横に立たせ、君は取り出したカメラを離れた位置で準備する

 

「いつ買ったんだい??」

 

「ボート乗り場の売店さ」

 

「撮りましょうか??」

 

来てくれた職員にカメラを渡し、君は僕の傍に来た

 

「はい、チーズ!!」

 

君も僕も、この旅の最中でようやく二人して心から笑う

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとう」

 

カメラを返して貰い、また内ポケットに仕舞う

 

「焼き増しして欲しいな!!」

 

「出来たらすぐに届けるよ」

 

「汽車に乗ってかい??」

 

「ふっ…スケボーだっ」

 

君にくっついて、施設を出る…

 

 

 

 

 

その後、僕達は少しだけ消息を断った

 

痕跡を消すなんて簡単さ

 

ただ、僕は人生で一度だけ、ワガママを言いたかった

 

1日だけ、誰の目にもつかない場所へ、君と何処かに行きたかった

 

ただ、普通の事がしたかった

 

君と一緒に繁華街を歩いて…

 

君の顔を見ながらご飯を食べて…

 

笑う君とおしゃべりして…

 

ただ、普通の事がしたかった…

 

 

 

 

1日後、僕達は北海道の南側に来ていた

 

傍から見たらきっと、大移動をしたんだと思う

 

だけど、本当に一瞬だった

 

こんなに短い3日間を過ごしたのは、人生で初めてだ

 

「楽しかった!!」

 

「大淀さんもだよ!!」

 

埠頭で缶コーヒーを飲みながら、3日間を振り返る

 

本当に楽しかった

 

ずっと、今日が続けばいいのになぁ…

 

だけど…

 

「水上機だ…何でこんな所に??」

 

埠頭に停められていた水上機に、君は寄る

 

空に魅入った男は、また空に帰ってしまう…

 

いつの日か君は言っていた

 

"罪の意識など…そんなもの、空に棄てて来た"

 

今まで色んな方程式や難解な問題でも僕は解いて来た

 

だけど…君の心だけは本当に分からない

 

きっと、分かっちゃいけないんだろうね…

 

君といると"だけど"や"きっと"みたいな、曖昧な答えが増える

 

「涼平が置いて行ってくれたのか…大淀、これで帰…」

 

「大好きだよ、レイ君…」

 

置き手紙を見ていた君の背中に抱き着く

 

「いつでもいい…君がどうしようもなくなった時だけでもいい…その時は、また大淀さんと何処かに行こっ…」

 

君の肩の力が抜けた

 

「…ありがとう」

 

「…帰ろっか!!」

 

君から離れると、君は右手を出した

 

僕はそれを握り、また戦いの日々へと戻って行く…

 

 

 

 

数日後、レイ君がスケボーで研究室に来た

 

机の上に置ける様な小さな写真立ての中には、あの日一緒に撮った時計と大淀さん達の姿があった

 

その写真と写真立ては、大淀さんにとって一番の宝物になった…




このお話には色々隠してあるネタがあります

探してみてね‼

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