艦隊これくしょん~“楽園”と呼ばれた基地~   作:苺乙女

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さて、300話が終わりました

今回のお話は1話しかありませんが、かなり重たいお話になります

悪夢にうなされるマーカス

目覚めたマーカスは横須賀の埠頭で一人考えます

重たいお話ですが、伏線を回収していますので是非ご覧下さい


301話 軍楽隊

ある日の深夜…

 

「…」

 

横須賀の埠頭にあるベンチで一人座っていた

 

悪い夢を見て目が覚めた

 

夜風に当たりながらタバコをふかし、夢の内容を思い出す

 

“あの日”の夢だ

 

まだ、手が血で汚れている気がする…

 

いや、元からか…

 

「ここにいたのか」

 

一人の女の声で、遂にその時が来たと悟る

 

「この日を待ったよ…一人になる時を…」

 

「そうか…」

 

俺は女の顔を見ずにいた

 

誰がそこにいるか、分かっている

 

女が手に握るのは、あの日と同じピストル

 

それをゆっくりと俺の方に向ける

 

「撃て。お前は俺を撃つ権利がある」

 

「…その前に教えてくれ」

 

女は撃つのを躊躇った

 

「見たんだろ、最期を」

 

「あぁ」

 

「教えて欲しい」

 

女も俺も、淡々と話す

 

「あの日、俺達は勝った。勝ったはずだったんだ…」

 

あの日、あの時、何があったかを話す…

 

 

 

十数年前…

 

「どうしたスティングレイ。興味あるのか⁇」

 

“あの街”を護る為に大規模な増援が配備され、その中に俺もいた

 

皆が神経を尖らせる最中、楽器を演奏する男達の姿が目に入った

 

「あれは軍楽隊だ。少しでも皆の癒しになる為に、今も演奏してくれている」

 

隊長に説明を受け、その日初めて楽器に興味を持った…

 

「どうした少年。軍楽隊に興味がおありかな⁇」

 

「俺はパイロットだ」

 

「そうかいそうかい。興味があるなら、また見においで」

 

ここでの滞在期間は一ヶ月程と聞いた

 

訓練が終わると、彼等は楽しそうに楽器を演奏し始める

 

その度に、俺は少し足を止めて演奏を聞いた

 

「名前は⁇」

 

「マーカス・スティングレイ」

 

「ではマーカス、此方に…」

 

軍楽隊の隊長さんだろうか

 

その人に椅子に座るように促され、座ると同時にギターを渡される

 

「私達が合わせます」

 

渡されたギターを弾く…

 

その場にいたそれぞれが俺に合わせて演奏を始める…

 

ほんの数分の出来事だったと思う

 

だけど、その数分間だけでも戦いを忘れられた

 

この力は何なのだろう…

 

残り少しの滞在期間、俺はそれが知りたくなった

 

それぞれに少しずつ、楽器を習った

 

時間は刻一刻と迫る中、それでも知りたかった…

 

そして、その日は来た

 

“あの街”を護り抜いたあの日だ

 

街も基地も祝賀ムード

 

俺達は勝った

 

後に教科書にも載る、歴史を覆した一戦だ

 

だけど、教科書にさえ…

 

歴史の片隅にも記されていない出来事があった…

 

「スティングレイ‼︎今回の小遣いは凄いぞ‼︎」

 

「あぁ‼︎楽しみだ‼︎」

 

俺も隊長も祝いの席に座っていた

 

ラバウルさんやアレン、そしてグラーフや横須賀

 

俺達の身内はちゃんと生きて勝利を収めた

 

そんな矢先に、不幸は起きる

 

「マーカスさんでお間違いないですか⁇」

 

数人の兵士が俺達の席に来た

 

「マーカスは俺だ」

 

「この場では話せませんので…どうか廊下へ…貴方はマーカスさんの隊長さんですね⁇」

 

「そうだ。今はヤボは無しだぞ⁇」

 

「私の口から説明を…」

 

隊長が説明を受ける中、俺は廊下へ連れ出される

 

「軍法会議なら行かないぞ⁇」

 

「違います…」

 

案内されたのは音楽室

 

軍楽隊の人達が一緒に演奏しよう、そう言ってくれるのだろう…

 

そんな甘い考えで音楽室の前まで来た

 

「軍楽隊の方々がお話があると」

 

「分かった」

 

音楽室のドアを開けようとすると、案内してくれた兵士に手を止められた

 

「本当は、貴方を呼ぼうかどうか迷ったのです…」

 

「どう言う事だ⁇」

 

「…これだけの祝賀ムードの中、彼等が演奏していないことにお気付きですか⁇」

 

あの時程、恐怖を覚えた瞬間は無い

 

それでも、このドアは開けなければならない気がした

 

意を決し、ドアを開ける…

 

「マーカスか…すまないな、お楽しみの最中…」

 

「…構わないさ‼︎」

 

そこでは、軍楽隊の人達が俺を待っていてくれていた

 

 

 

ボロボロの姿になって…

 

 

 

 

足が無い人、片腕を吹き飛ばされた人、出血が止まらない人、両目を失った人…

 

そして、俺に優しく接してくれた人は、腹部が抉れていた…

 

初めて間近で見た、瀕死の人間…

 

だけど、俺はドアノブに手を置いたその時、中では気丈にいようと決めていた

 

「すぐに良くなるさ‼︎そうだ俺、あの曲覚え…」

 

胸元に何かを置かれる…

 

「嫌だ…それだけは…」

 

胸元に置かれたそれは見ずとも分かった

 

気丈に振る舞うと決めたはずの意識が折れた瞬間でもあった…

 

「頼む…マーカス、君の手で楽にしてくれ…」

 

「助かるさ…だからこんな物…‼︎」

 

「マーカス頼む…君の手で死ぬなら本望だ…」

 

「…」

 

呼吸も、鼓動も、全てが乱れる…

 

「覚えておいておくれ…私達の事を…」

 

「…演奏を聴かせてくれないか」

 

震えた声で、最期のお願いを言う…

 

「よしよし…」

 

演奏が始まる…

 

 

 

 

「恐らくは…」

 

「何て事を…ジェミニ‼︎グラーフ‼︎スティングレイを止めるぞ‼︎」

 

「我々も参りましょう」

 

隊長達、そしてラバウルさん達が音楽室に急ぐ…

 

 

 

「…」

 

演奏の最中、一人の前に立つ

 

彼は片手でトランペットを吹きながら、震えた手で俺に敬礼を送る…

 

乾いた音が一つ…

 

微笑みを送られ、また一つ…

 

手を振られ、また一つ…

 

一つ、また一つ、最期の演奏が終わって行く…

 

そして、最後の一人…

 

「ありがとう…」

 

彼は演奏をしながら、口角をゆっくり上げた

 

「またな、マーカス…」

 

五回目の乾いた音…

 

全てが終わり、胸元に置かれたそれを床に落とした

 

「あぁ…あぁ‼︎」

 

「スティングレイ‼︎」

 

「おっ…俺…俺がっ…あっ…あ…」

 

言葉にならなかった

 

俺はパニックを起こしていたのだろう…

 

「よしよし…」

 

「うわぁぁぁあ‼︎」

 

隊長の胸で泣いた

 

血塗られた両手を見て、またパニックになる

 

何度も夢に出て来る程、あの日の出来事は頭から離れずにいる…

 

 

 

 

「これが最期だ」

 

あの日の裏側の話が終わり、俺はベンチから立ち、女の目を見る

 

「兄さんの何処を撃った」

 

「ここだ…」

 

女が手にするは、あの日俺が手にしていたのと同じリボルバー

 

それを眉間に合わせる

 

「救えなかったのか‼︎兄さんを‼︎」

 

「救えなかった。だから、二度とあんな目に遭わせない為にカプセルを造った」

 

「…」

 

銃口を眉間に置いたまま、女の名前を呼ぶ

 

「さぁ、撃て。撃って終わらせてくれ…“ガリバルディ”」

 

女の名前はガリバルディ

 

あの日、俺に優しくしてくれた軍楽隊の隊長さんの妹だ

 

「…真相を知りたかっただけさっ」

 

ガリバルディはリボルバーを降ろし、腰に直す

 

俺もガリバルディもベンチに座り、もう少し話す

 

「いつから気付いていた⁇」

 

「お前が来た日からさ。大方、俺を狙ってたんだろう⁇」

 

「御名答だっ…」

 

ガリバルディが横須賀に来たあの日、ミサイルの標準は基地では無く、俺に向けられていた

 

俺には、ガリバルディに殺される理由があり過ぎるからだ

 

「兄さんを見送ってくれて、ありが…」

 

「言うな、それ以上…頼む…」

 

「…んっ」

 

「明日は早いのか⁇」

 

「明日はあれだ‼︎ヒトミとイヨと料理すんだ‼︎アンタにも食わせてやんよ‼︎」

 

ガリバルディの顔が、いつもの明るい顔に戻る

 

「あぁ心配すんな‼︎ヒトミとイヨにあーだこーだ言わねぇよ‼︎」

 

「すまん」

 

「勝てっこねーもん…マジで…」

 

ガリバルディがボソッと言った言葉で、俺もようやく笑う

 

「アブルッツィにどう説明すっかな…」

 

「姉さんは知ってる。アンタが兄さんを救ったのを。アタシはあんま知らなかったからな」

 

「またいつでも聞きに来てくれ」

 

「いんやっ‼︎もうねぇなっ‼︎」

 

ガリバルディは立ち上がり、背伸びをする

 

「次に会う時は、美味いもん食いながら楽しい話する時だ‼︎おやすみ‼︎」

 

「おやすみ、ガリバルディ」

 

ガリバルディは自室に戻って行った…

 

朝日が昇る…

 

夜明けか…

 

俺ももう少しだけ、眠るとしよう…


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