艦隊これくしょん~“楽園”と呼ばれた基地~   作:苺乙女

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293話 セイイエス、セイグッバイ(4)

「痛いくらい分かるダズルよ」

 

「大丈夫ニム‼︎」

 

リシュリューだけいつもの語尾がなくなっている

 

「りしゅ」

 

「ん…」

 

リシュリューが泣きそうになっている事に気付いた吹雪は、必死にリシュリューの顔に手を伸ばす

 

「りしゅ」

 

「そうよっ…リシュリューよっ…」

 

リシュリューはポロポロ涙を零す

 

吹雪がリシュリューに懐いていたからこそ、余計別れが悲しい

 

ここに来て、リシュリューはようやく感情を露わにした

 

「貴方にごはんを作るの…楽しかったわ…」

 

リシュリューが吹雪をギュッと抱き締めた後、ずいずいずっころばしに入る…

 

「待ってたわ‼︎」

 

「貴方…」

 

「あ…」

 

三浦夫婦がリシュリュー達に気付く

 

「ふぶ…」

 

吹雪は自分の親と気付いたのか、自分の母親に必死に手を伸ばす

 

気付かぬ内にリシュリューが吹雪を抱く腕に力がこもる…

 

「そう…そうよね…」

 

それでも吹雪は向こう側に移ろうとしているのを見て、リシュリューは力を弱めた

 

「この三人が面倒を見てくれていたんだ」

 

「本当にありがとうございます‼︎あぁ‼︎」

 

愛おしそうに吹雪に頬擦りする母親を見て、榛名とニムは嬉しそうにする中、リシュリューだけは放心状態

 

「あの‼︎お名前を‼︎」

 

「榛名ダズル」

 

「ニムはニムニム‼︎」

 

「…」

 

「あの…」

 

三浦に言われ、リシュリューは我に帰る

 

「…リシュリューよ」

 

「この御礼は必ずお返しします‼︎」

 

「その子なんて名前ダズル⁇」

 

「この子の名前は…」

 

「貴方がたが付けて頂いた名前はなんですか⁇」

 

三浦の妻が話に割って入る

 

「その子は榛名達は吹雪って呼んでたダズル。雪の様に綺麗で、吹雪の様に力強い子になって欲しいって意味ダズル」

 

「吹雪‼︎良い名前だわ‼︎貴方、吹雪よ‼︎」

 

三浦の妻の計らいで、吹雪は本当に吹雪と言う名前になった

 

「まっ、寿司でも食おう‼︎」

 

「あまり食欲がないの。ごめんなさい…」

 

リシュリューは後退りしている

 

「少し一人にさせて頂戴」

 

リシュリューだけ、ずいずいずっころばしから出て行ってしまう

 

「一人にさせてやるダズル」

 

「吹雪はリシュリューに一番懐いてたニム」

 

「そうでしたか…」

 

俺はリシュリューが出て行くのを見て、すぐに皆の輪に視線を戻した…

 

 

 

 

「…」

 

リシュリューが来たのは埠頭

 

ここなら一人になれる

 

今日は貝殻を探す気にもなれない

 

本当なら、別れの際までいてあげるのが一番正解なのだろう

 

ただ、見ていられなかった

 

あれだけリシュリューに懐いていた吹雪は、一瞬で自分の母親の所に行ってしまったからだ

 

「…カーラ」

 

「‼︎」

 

自分の名前を呼ばれ、横を向くリシュリュー

 

「マーカス…」

 

「座っていいか⁇」

 

「貴方なら良いわ」

 

見ていられなかったのは俺だってそう

 

あんな顔をされたら放って置けなかった

 

「本当の母親にはなれなかったわ…」

 

「なれたさ。カーラがいなければ、吹雪は生きていない。これ以上ない母親だ」

 

「見たでしょ…自分の母親の手に移る時…」

 

「気にする事はない」

 

「気にするわ。長い間一緒だったのよ⁇それがあんな…」

 

「また赤ちゃんの世話したいか⁇」

 

少しだけ話をズラす

 

これが大人なら“所詮そこまでの奴だ”と言ってやるのだが、人間の本質的に求める愛情には、俺にもリシュリューにもどうする事も出来ない

 

「しばらくはいいわ…まっ、貴方がどうしても‼︎と言うなら、引き取ってあげてもいいわ⁇」

 

「それでこそリシュリューだ‼︎」

 

「何かゴホウビは無いのかしら⁇」

 

「本当に腹は減ってないか⁇」

 

「空いてるわ。何処か連れて行って頂戴」

 

「行こう‼︎」

 

「あ…ちょっと‼︎」

 

リシュリューと共に基地からこっそり抜け出す…

 

「ジープで何処行くつもり⁉︎」

 

「愛の逃避行さ‼︎」

 

「それはいいわね‼︎」

 

高速道路を走り、第二居住区へと向かう…

 

 

 

 

「いらっしゃい‼︎」

 

「二人だ‼︎」

 

エレベーターを上がると、陽炎が出て来た

 

「ご案内しまーす‼︎」

 

やって来たのは焼肉かむかむ

 

昼間から焼肉とは実に贅沢だ

 

「こんなお店があったのね⁇」

 

「知らなかったか⁇」

 

「結構来るのだけど、ここは知らなかったわ⁇」

 

「このコースを二人前で」

 

「畏まりました‼︎コース二つ‼︎」

 

陽炎と不知火がお肉を持って来て、それを焼いて行く

 

「美味しい‼︎久々だわ、こんなにお肉を食べるの‼︎」

 

「いっぱい食えよ⁇」

 

目の前でリシュリューが子供に戻る

 

焼肉に舌鼓を打つリシュリューを見ながら、不知火特製のグレープジュースを飲む

 

「こうして二人きりも悪くないわ⁇」

 

「光栄な事だっ」

 

焼肉を食べ終え、都市型居住区を二人で歩く…

 

 

 

夕暮れ時になり、辺りに電気が灯り始める

 

俺達はベンチに座り、コーヒーを飲む

 

「今日は色々あったわ⁇」

 

「気は紛れたか⁇」

 

「そうね…」

 

街を眺めるリシュリューの顔は、まだ浮かない顔をしている

 

「今日はここにいるか⁇」

 

「ん〜ん、帰るわ。夢は時折見るから良いの」

 

「…帰ろう‼︎」

 

「そうね‼︎」

 

ジープに乗り、帰路に着く…

 

 

横須賀に着くと、日は落ちていた

 

「またお相手して頂戴、いいわね⁇」

 

「俺で良ければっ‼︎」

 

最後の最後にリシュリューはようやく笑ってくれた

 

一応横須賀に報告に行く為、執務室に向かう

 

「おかえりなさい、あの、レイ…」

 

「ただいま。どうした⁇」

 

執務室に入ると、横須賀がソワソワしているのが目に入った

 

「落ち着いて聞いてね⁇」

 

「分かった」

 

横須賀が言い難そうに言う…

 

「谷風なんだけど…」

 

その名前を聞いて、背筋が凍る

 

普段なら楽しそうに話す横須賀だが、今日に限って違う

 

ましてや子供の事だ

 

何かあったのだろうか…

 

「谷風、お父さんとお母さんの所に返そうと思うの」

 

「正気か⁇」

 

横須賀の座っている椅子に座り、タバコに火を点けようとしたが、しゃがんでいた親潮がいたので止めようとした

 

「気にしないで下さい。此方を‼︎」

 

が、親潮がライターを出してくれたので笑顔で受け取り、火を点けた

 

「一度谷風を殺した奴だぞ」

 

「あ、そっちじゃないわ」

 

「じゃあ生きてたのか⁉︎」

 

横須賀は頷く

 

俺が心配したのは、あの日基地に来た仮初めの親二人の元に返すと思ったからだ

 

「どんな人だった⁇」

 

タバコを咥えながら、横須賀の引き出しからお菓子を取り出す

 

「三浦さんよ」

 

その名前を聞いた瞬間動きが止まり、タバコの灰が机に落ちる

 

「…マジか」

 

「今、谷風が会いに行ったわ⁇」

 

「ただいま‼︎」

 

「おかえり‼︎」

 

「おかえりなさい‼︎」

 

話している矢先に、本人の谷風が帰って来た

 

「良かったな‼︎」

 

「うんっ‼︎な…谷風は幸せ者さ‼︎なんたって、お父さんとお母さんが二人もいんだもんね‼︎」

 

先程まで本名である“なな”と呼ばれていたのか、谷風はななと言いかけた

 

「あら、嬉しい事言うじゃない⁇」

 

「にひひ…お年玉が二倍貰える‼︎」

 

「ありゃあお前に似たなっ…」

 

「…悪かったわ」

 

谷風の返しに、俺も横須賀も鼻で笑う

 

「谷風はどうしたい⁇」

 

「どうしよう…」

 

数秒前までのポジティブが消え、谷風は悩む

 

「とりあえず、一週間ずつこっちに来るのはどう⁇」

 

「いいの⁇」

 

「勿論よ‼︎」

 

「じゃあそうする‼︎」

 

トントン拍子で話が決まる

 

谷風の両親が見つかったとはいえ、日常はあまり変わらなさそうだ…

 

こうしてようやく、長い一日が終わった…


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