魔法少女リリカルなのはvivid-Blizzard Princess of Absolute Zero- 作:炎狼
第四陸士訓練校の寮にある休憩室で、聖とクロエは丸テーブルを挟んだ状態で向かい合う形で座っていた。
「なるほどね。お前さんは後二回のインターミドルで世界代表にならないと、強制的に家に戻されちまうってわけか」
「はい……。無理な相談だというのは重々承知しています。でも、私は、高町執務官に教導していただきたいんです」
まっすぐな視線を向けてくる少女に、聖は「どうするか」と口元に手を当てた。
クロエの「弟子にしてください」発言の後、一旦話を整理するため、聖は彼女と共にこの場所にやって来た。
話を端的に纏めてしまえばこうだ。目の前にいる少女、クロエ・コキルトスは、魔導師になるために母親と『三年以内にインターミドル・チャンピオンシップで世界代表になる』という、とんでもない約束を交わしてしまったらしい。二十六回大会は地区予選三回戦まで勝ち進んだらしいが、そこで実力の差を味わい、もっと強くなるために師匠を探していた所に、かつて少しだけ話したことがある聖と再開し、彼に師匠になってくれと嘆願してきたのだ。
……にしても、あの時の子かぁ。なんか、俺のせいで親と確執が出来ちまったかな。
以前、地上本部で退屈そうにしていた彼女と話したときのことを思い返す。あの時聖は、彼女に魔導師はやりがいのある仕事だと言った。どうやら彼女に少なからず影響を与えてしまったようだ。
だとするなら、自分にもそれなりの責任の一端があるのではないだろうか。偶然だったとはいえ、一人の少女に夢を与えてしまったのだから、それを叶えるために尽力してやるのが、大人の責務である気がするのだ。
「あの……」
「ん?」
どうやら長い時間黙ってしまったことで、クロエは心配になってきたようだ。瞳は妙に潤んでいるし、表情は不安そのものだ。ヴィヴィオもこういう顔をしたことが今よりもっと小さい頃にあった。だから、彼女の表情が偽りのものではないとすぐにわかった。
「やっぱり、ダメですよね……。執務官なんですから、お仕事も大変ですよね」
「うん、お前の言うとおり、仕事は仕事で大変だ」
「じゃあ、やっぱり……」
彼女は俯いてしまった。その時クロエの顔からは小さく輝く雫が見えた。
「まぁ大変なことは大変だけど……。クロエ、お前は本当に魔導師になりたいか? 知っての通り、魔導師ってのは危険な任務もある。時には命を落とすこともな。それでもお前は魔導師になる覚悟があるか?」
「もちろんです!! 高町執務官の仰るとおり、危険があるのも分かっています。でも私はなりたいんです。皆を幸せにできるような、正義の味方みたいな魔導師に」
胸に手を当てて言うクロエの目尻には涙が見えた。その青い双眸の奥には、確かな覚悟の光が見えた。どんな困難も乗り切ってみせると言うような瞳は、ヴィヴィオのそれと酷似していた。だから聖は彼女に対し小さな笑みを向ける。
「それだけ覚悟できてりゃ上等だ。いいぜ、クロエ。お前の師匠になってやる」
「本当ですかっ!?」
「ああ。男に二言はねぇよ。ただ、そこで問題になってくるのが時間がないってことなんだよなぁ。お前もそう思ってるだろう? フリーレン」
聖はクロエが持つインテリジェントデバイス、フリーレンに問うと、彼女はふわりと浮き上がる。
〈はい、高町執務官。クロエ様は魔力は申し分ないのですが、如何せん戦闘スキルの強化はイメージトレーニングのみです。それに、訓練校の訓練と同じに進めるのはいささか無理があるかと〉
「そうだよなぁ。訓練はほぼ毎日あるし、休みだけじゃ辛いな。休息日も必要だし」
椅子の背もたれに寄りかかり、溜息をつく聖だが、今度はシュトラルスが口を開いた。
〈でしたら聖様。クロエ様には三ヶ月の短期プログラムはどうでしょう? 在学中も変更可能だったはずですが〉
「あぁ! その手があったか。でもそうなるとクロエの意見も聞かなくちゃならねぇな。クロエ、お前は三ヶ月の短期プログラムでも大丈夫か?」
「えっと、それは具体的にどんな感じなんですか?」
彼女は首をかしげて問うて来る。聖はそれに頷くとはっきりとした声音で告げた。
「簡単に言えばかなり厳しいプログラムだ。普通なら長い時間かけて行う訓練や授業を短気で一気に終わらせるわけだからな。けど、一度それで卒業しちまえばほぼ駆け出し陸戦魔導師ってとこだな。あとは魔導師やめるも続けるも本人の自由だ」
どうする? と彼女に向かって掌を見せなが問うと、クロエは険しい表情をした。確かにこの話は簡単に決められることではない、一度短期プログラムに切り替えてしまえば、後々変更は不可能となる。決断するにはそれなりの時間が必要なはずだ。
「今この場で決めろとは言わない。そうだな、遅くても今週中に返事をくれればいい」
聖は空間モニタを投影し、自分のアドレスをクロエに送った。彼女はそれを確認すると、真っ直ぐな瞳でこちらを見てきた。
「ありがとうございます! 高町執務官!!」
「気にしなさんな。後輩の面倒見てやるのは先輩の役目だし。俺も見たくなったからな。お前がインターミドルで優勝するのを。あぁそうだ、クロエ。お前の戦闘スタイルってどんな感じだ?」
「私は基本的にフリーレンを装備した拳で闘う感じです」
〈わたくしの基本形態もナックル形態です〉
二人が言うと、聖はそれに頷くと。小さく笑みを浮かべる。
「なら大丈夫だな。とりあえず今日はもう休め。訓練でヘロヘロだろ」
顎をしゃくって時計を指すと、クロエはテーブルに頭がぶつかるのではと言う勢いで頭を下げ、休憩室を出て行った。その場に残された聖は彼女の気配がなくなったところで、大きく息をつく。すると、シュトラルスが問いを投げかけてきた。。
〈聖様。師匠になると言っても教える算段はあるのですか?〉
「馬鹿にすんな。これでも白雲流は二つ習得してるし、どっちも師範代だ」
〈二つ? 白雲流は剣闘術以外に種類が?〉
「ありゃ、話してなかったか。白雲流ってのは二つの戦闘方法があるんだ。一つは俺がよく使ってる剣闘術、そしてもう一つは『白雲流烈拳術』ってのがあるんだ。文字通り拳で闘う戦闘方法だな」
〈なるほど。そういえば以前アングリッフフォームの時に使っていた気がしますね〉
「あの時のは俺なりにアレンジ加えてるからオリジナルじゃないけどな。それじゃあ俺はもう一仕事していきますかね」
背中をそらした勢いをそのままに立ち上がった聖は、校長室に足を向けた。
聖と話した後、シャワーで汗を流したクロエは夕食をとり、現在は寮の自室へ戻ってきていた。いつもならアリーシャと談笑したり、ゲームや勉強にいそしんでいるのだが、今日に限ってそれはなく、室内を静けさが包んでいた。
アリーシャ自身なんとなく分かっているのかもしれない。クロエの決断と、やりたいことを。けれど、いつまでも黙っていたのでは話は前に進まないし、自分の考えをわかってももらえない。
「アリサ、少し話があるんだけど」
「んー?」
彼女は口にチョコレートを加えながら振り返ってきた。前言撤回、もしかすると彼女はただ単に黙りこくっていただけかもしれない。それならそれで別に構わないが。
「アリサ。私ね、高町執務官の弟子にしてもらえることになったんだ」
「お! すごいじゃーん! これで夢に一歩近づけたって感じだね」
「うん……そうなんだけどね。それと同時に悩みの種も出来ちゃったって言うか」
「なひゃみのはね?」
半分ほど口に入りかけていたチョコレートを一気に口に入れた彼女が舌足らずな声をもらした。
「実はね、私、訓練校の育成プログラムを短期プログラムに変えようと思ってるんだ。理由は、インターミドルの鍛錬に集中するためなんだけど、アリサはどう思う?」
「うーん……」
クロエの問いかけにアリーシャは眉間に皺を寄せる。けれどそれは考えているという様子ではなかった。寧ろどこか怒りを孕んだようにも見えなくもない。クロエは何か余計なことを言ってしまっただろうか? と己の言葉を反復してみるが、ルームメイトを起こらせるような単語は見つからない。
そして彼女は今まで見たこともないほど険しい表情をこちらを見た。いや、見たというのはいささか語弊があるか。その視線はどちらかと言うと、『睨んだ』が妥当だ。
「クロ、それってさ、私の意見を聞くところかな?」
「え?」
「いや、確かに私達は友達だよ? だから私の気を使ってくれたのは分かるし、貴女が私を一人にさせたくないって言う気持ちも分かる。でもさ、その選択は自分自身ですることだよ。私がどうとか、他の人がどうとかじゃないの。自分がどうしたいかでしょ?」
彼女の吐く言葉は正論だった。彼女の言うとおり、これは自分の問題なのだ。だから、今彼女が怒っている理由は唯一つだ。
それはクロエが自分自身で行うべき決定を自分で決定しようとしていないことだ。クロエは自分の気付かない内に、アリーシャに甘えてしまったのだ。彼女はそのことに怒っているのだ。
「……そっか、そうだよね……。うん、アリサの言うとおりだね」
「私の言うとおりとかじゃないけど、最後の決断は自分自身でするべきだよ。クロ。まぁ私も大きなことを言える立場じゃないけどね」
苦笑するアリーシャの表情はいつもの優しいものに戻っていた。
「ううん、ありがとうアリサ。おかげで色々吹っ切れたわ」
「ということは、短期プログラムに変えるんだね?」
「ええ。勝手かもしれないけど、それが私が決めたことだから。思ってみればここに編入したのだって自分ので決めたことだし」
「それでこそ、クロエ・コキルトスだよ。私が友達になったクロは、今みたいに自分の信念に忠実で、どこまでも真っ直ぐな女の子」
なんともまぁ恥ずかしくなるようなセリフをいってくれるものだ。けれど、クロエもまた思っていた。目の前にいるアリーシャ・ヴァイセンと言う少女は、こう言った言葉をズバズバと告げられる少女だったということを。そんな彼女だからこそ、クロエは友達になれたのだ。恐らく、母の下にいたら一生できない友人だろう。
「それじゃあ、高町執務官に連絡してくるね」
「はいはーい。あ、そうだ。ちょっと飲み物買ってきてくれるー? いつものスポドリでお願い」
クロエは注文に頷くと、自販機があるロビーへ向かった。
高町家の自室で聖が仕事を片付けていると、シュトラルスがメールを受信したことを告げてきた。
それを開かせて差出人を見ると、クロエからだった。文面を見ると、短期プログラムに変更する決心がついたようだ。随分と早い決定だと思ったが、彼女自身が決めたのならそれで良いのだろう。
聖は片手で仕事をしつつクロエに了解の返信をすると、続いてデスクの近くにディスプレイを投影して誰かに連絡を取った。
『はい、ファーン・コラードです』
モニタに映し出されたのは第四陸士訓練校の校長であるコラードだった。
「夜分遅くにすみません、三佐。高町です」
『あら、高町執務官。連絡を入れてきたということは、夕刻に言っていたことは決まったのかしら?』
「ええ。今しがたクロエ・コキルトスから連絡を貰いまして、短期プログラムに変更するそうです」
『そう、わかったわ。では明後日から彼女の育成プログラムを短期プログラムに変更します。……高町執務官、彼女のことを頼むわね』
「分かっています。若輩ですが、彼女の夢を叶えさせてみせます」
聖が毅然とした表情で言い切ると、コラードは深く頷いてモニタを閉じた。
「さてっと、そんじゃあクロエの鍛錬メニューをがっちり固めていきますかね」
そして二日後、クロエの育成プログラムは短期プログラムへと変更され、彼女はさらに夢へ一歩近づくことになった。しかし、同時に彼女の夢への道は更に過激さを増して行くこととなる。
三日後、聖とクロエの姿は空戦教導場にあった。今日はなのはによる教導はないらしく、聖が一日借り切ったのだ。どうやって借り切ったかというと「執務官権限」である。
「プログラム変更して三日経つけど、どんな調子だ。クロエ?」
「毎日キツイ訓練ばかりですけど、やりがいはあります。それに、夢に近づくためだと思えば辛くありません」
彼女は苦笑しながら答えた。確かに表情にはどこか疲労の色が見えたが、瞳の奥の信念の光は変わっていなかった。
「ならよかった。でも、無茶はしすぎるなよ? 今日だってキツイと思ったら休んでいいからな。休むことも鍛錬のうちだからな。少なくとも俺はそう教えられた」
「わかりました。それで、
「師匠って……」
唐突な『師匠』呼びに思わず口に出してしまった。クロエはそれにハッとしてすぐに頭を下げた。
「す、すみません! 急になれなれしくして、迷惑でしたよね」
「……いや、別に気にしてないって。ただ、人生で師匠なんて呼ばれたことないから、少しばかり動揺しちまっただけさ。師匠って呼びたいなら好きに呼んでくれていいぜ」
嘘は言っていない。どちらかと言うと、嬉しい方だ。師匠と呼んでくれるということはそれだけ自分のことを信頼してくれている証拠だからだ。けれど、師匠に呼ばれるからには、彼女をしっかりと育て上げなければならない責任もある。
その信頼と責任に答えなければ、真の師匠とはいえないし、先輩としても恥ずかしいだけだ。
「今日やることはお前の力量を測定する。とりあえず、まずは今お前が使用できる魔法を訓練ドローンに向かって仕掛けてみろ」
聖は言うと、モニタを操作する。すると、二人が立つ教導場全体に電子的なノイズが走り、地面からひび割れたビルが生えて来た。これは六課時代にシャリオとなのはが開発した陸戦空間シュミレータだ。今回は市街地フィールドに設定しているが、このほか森林なども存在する。
この場にスバル達がいれば懐かしんだことだろう。聖もそれは同じで、そびえる街並みを見ていると訓練の光景が思い出される。
さらにモニタを操作すると、二人の前に数体の訓練用ドローンが出現する。
「ドローンは十五分間無限ポップする。攻撃を避けたりはするけど、今回のドローンは攻撃はしてこないから、自分の扱う魔法を存分に当ててみろ。全部終わるまで俺は口を挟まないから、好きにやって良いぞ」
「はい!!」
力強く返答したクロエはフリーレンを持って、腕を前に掲げる。
「フリーレン、セットアップ!」
その言葉と共に彼女の足元に古代ベルカ式の魔法術式が出現し、クロエの身体を蒼い光が包み込む。やがて光が弾け、中からバリアジャケットを纏ったクロエが現れた。
デザインは古代ベルカ式の術式を使っているからなのか、下半身装備はシグナムのような騎士服を髣髴とさせるデザインだ。ただそれでいて上半身は軍服のようなデザインでもある。色は白と蒼を基調とし、所々に銀の彩色がなされている。そして一番目を引くのは彼女の両腕に装備された、雪の結晶を模したようなナックルだ。カートリッジシステムは排除してあるらしく、カートリッジの排出口は見えない。
クロエは変身を終えると、マッチングを確かめるように拳を握ったり開いたりしている。ここまででわかったことだが、彼女の魔力量には本当に目を見張るものがある。もしかすると、なのは達よりも上かもしれない。
……さて、お手並み拝見だな。
聖もバリアジャケットを装備し、目の前でドローンと対峙しているクロエを見守る。
すると、彼女が右の拳で地面を殴った。同時に魔法陣が展開し、クロエは言い放つ。
「アイシクルバインドッ!!」
瞬間、魔法陣から蒼白く発光する鎖が複数飛び出した。端から見ればただのバインドだが、よく見ると冷気が見える。クロエは『氷結』の変換資質を持つらしいので、バインドにも冷気を帯びさせているのだろう。
放たれた鎖は真っ直ぐにドローンを追い、次々に縛り上げていく。続けてクロエは腕を横に広げる。
「フロストハウンド!」
声と共にクロエの周囲に氷柱が出現し、クロエが腕を前に振ると氷柱が高速で射出され、そのうちの三本が、一体のドローンを刺し貫いた。形状とあの速さからして、フェイトがよく使用する射撃魔法の直射型、フォトンランサーと同じだ。
その後もクロエによる魔法戦は続き、聖は彼女の戦い方と魔法のタイミングなど、全てを研究していった。
魔法を行使し続けること十五分、クロエは最後のドローンを魔力を込めた拳で破砕した。十五分間保母動き続けだったが、陸士訓練のおかげなのか疲労は特に見られなかった。
「ほい、お疲れさん」
気楽な声と共に肩の上に冷えたスポーツドリンクが差し出された。それを受け取ると、満足げな表情の聖が立っていた。
「ありがとうございます」
「おう。そんじゃ休憩がてらこれからの鍛錬の方針を決めていくか」
二人は近場にあったちょうど良い大きさの鉄骨に腰掛け、話を始めた。
「飲みながらでいいから聞け、クロエ。気になったのはお前の魔法には中身がない。簡単に言えばスカスカなんだ」
「スカスカ……ですか?」
「ああ。最初に使ったバインドにしろ、直射射撃魔法にしろ、強度がなさ過ぎるんだ。ちょっと試してみるか」
彼は言いながらモニタを操作して数メートル前方にドローンを二体出現させた。
「今から俺とお前で同時にあの二体を攻撃する。残骸をよく見てみれば分かる。そら、行くぞ」
「あ、はい」
ほぼ同時に二人の射撃魔法が打ち出された。速さはクロエが上回っており、先に着弾した。けれど、ドローンを貫通するには至らず、外装が少し剥げた程度だ。対して聖の方を見るとクロエよりも弾速は劣るものの、ドローンの外装と内部構造を穿ち、ドローンを貫通して消えた。
「さっきのお前の攻撃方法を見てて思ったことは、余計なものが多いんだよ。射撃魔法だって一発ですむところを三発も使ってる。だから隙が生まれてそこにつけ込まれる。格闘戦のは初心者だからってのもあるし、まだまだ荒削りなのはしょうがない。その辺は俺が一から教えていく。でも、その前にお前が学ばなければならないのは、効率よく魔力を運用することだな。そしてそれをやる上でネックになってくるのが、フリーレンの性能だ」
〈わたくしのですか?〉
「ああ。お前もうすうす気付いてるんじゃないかと思うけど、クロエが魔法を使うとき、少し負荷が大きいと感じたことはないか?」
〈確かに、何度かある気がします。ではわたくしが性能不足でクロエ様が上手く魔法を使えないと?〉
「お前だけの問題じゃないけどな。クロエ自身も魔力運用がいまいちよく分かってない。よくまぁこれで三回戦まで進めたもんだ」
肩を竦めて言う彼に、クロエは苦笑いを浮かべた。だが、彼の言うとおりだと思う。
「じゃあ、私が今やるべきことは魔力運用の鍛錬ですか?」
「それはもちろんのこと、もう一つ。『氷結』の力をもっと鍛えろ。変換資質は扱いも難しいが、鍛えれば強力な武器になる。あぁそれと、フリーレンはしばらく預かる。お前の魔力運用をしっかりサポートできるように強化してやらないといけないからな」
聖は懐から通信専用の端末を取り出してこちらに渡してきた。
「でも師匠、フリーレンは
「心配しなさんな。俺の知り合いにいるからな、真正古代ベルカで構成されたような家族が」
「は、はぁ……」
驚きを露にしていると、聖は立ち上がってバリアジャケットのフォームを変更した。腕には漆黒のガントレットに白銀のパイルバンカー、脚部にはガントレットと同じ漆黒のグリーヴが装備されている。全体的にインファイトを意識したようなデザインだ。
「今日はこのまま格闘戦技の教導に入る。まぁ殆ど俺の実家で扱ってる流派だけど、構わないか?」
「はい。大丈夫です!」
「よし。そんじゃあ休憩はこれくらいにして再開するか」
「よろしくお願いします!!」
クロエは深く頭を下げて戦闘態勢を取ると、聖も同じように身構え、鍛錬が再開された。
クロエの鍛錬が終わったのは午後四時を回ったところだった。これ以上遅くまで鍛錬をしては、クロエの身体が持たないだろうし、なにより聖にも予定がある。
そして現在、聖はクロエを車で訓練校に送り届け、彼女の愛機であるフリーレンと共にあるところに向かっていた。
〈高町執務官、聞いてもよろしいですか?〉
「なんだ?」
〈鍛錬中に貴方が言っていた、真正古代ベルカの家族と言うのは、誰なのでしょう〉
「あー、やっぱり気になるよなぁ……よし、そんじゃあ連絡取るか」
言いながら聖はモニタを展開して連絡を取る。何回かコール音がなった後、モニタの中から陽気な声が聞こえてきた。
『はいな~。しばらくぶりやね、聖くんー』
「しばらくぶりって、今朝連絡しただろうが」
『まぁまぁそないな、細かいことええやないの』
クスクスと笑うのは焦げ茶色の髪に黄色い髪留めをした物腰が柔らかそうな女性、八神はやてだ。機動六課時代の聖の上司である。現在は管理局の海上指令を勤めており、かなり有名人となった。
「あと二十分ぐらいでそっち着くからな」
『了解やー。けどええんかなぁ、なのはちゃんとフェイトちゃん置いて違う女の家に遊びに来て』
茶目っ気たっぷりな笑みを浮かべるはやてに対し、聖は軽く肩を竦める。
「人聞きの悪いこと言うんじゃねぇよ。第一、二人には事情を説明してある」
『なんや、つまらんなぁ。まっ冗談はこのくらいにしといて、そこの子がこの前言っとった、フリーレン?』
「ああ。マスターのクロエは先に帰した。受け取りの時に連れてくよ」
『了解や。ほんなら、フリーレン、自己紹介がまだやったね。時空管理局海上指令やらせてもらってます、八神はやてです。よろしゅうな』
〈こちらこそよろしくお願いいたします。けれどまさか八神指令だったとは……まったく予想外でした〉
フリーレンがそう口にすると、はやては聖をジト目で見やった。
『聖くん、まぁたいろいろ黙っとったままなんか?』
「う、うっせ。こっちも弟子が出来たりなんだりで忙しかったんだよ。それよりも、準備はできてるのか?」
『ふっふ~ん。そんなんは聖くんから連絡もろうた時にすんどるよー。なぁリイン、アギト』
『はいです!』
『おうよ!』
はやての言葉に続くように出てきたのは、銀色の髪をした少女、リインフォースⅡ。そして赤い髪をした少女、アギトだ。二人は人格型ユニゾンデバイスと言い、ロードと呼ばれる適合した騎士とユニゾンを果たすことで、力を発揮するデバイスの一種だ。
けれど、彼女らは普通の人間と何ら変わりなく、泣いたり笑ったりもする。だから周囲も彼女達のことをただのデバイスだとは思っていない。アギトはJS事件のおり、スカリエッティ派から離反し、現在は構成プログラムを終えて八神家の一員として過ごしている。
因みに当時は二人とも身長は30cmくらいだったのだが、現在は十歳くらいの少女の姿になっている。だからこそ余計にデバイスに見えないのだが。
『こんばんは、フリーレン。貴女の性能強化を行うリインフォースⅡっていうですー。あ、気軽にリインって呼んでくれていいですよー』
『アタシはアギトってんだ。よろしくな、フリーレン! アタシもリインを手伝うからな』
〈ありがとうございます。リイン様、アギト様〉
『挨拶も終わったみたいやねー。ほんなら、家で待っとるから、聖くん? くれぐれも安全運転でな』
「わーってるよ。じゃ、後でな」
聖は小さく笑みを浮かべてモニタの電源を落とすと、フリーレンに視線を送った。
「さっき人たちが俺が言った真正古代ベルカの家族だ。今は三人だけだったけど……って、はやてのこと知ってれば知ってるか」
〈はい。八神はやて様はかの夜天の魔導書をお持ちで、そして彼女を守護する騎士達、ヴォルケンリッターがいると聞いています〉
「あぁ、だから八神家に頼めば万事解決だ」
満足げに言った後、彼はミッドチルダ南部の湾岸道沿いにある八神邸へ向かって行った。
聖の車の中で、フリーレンは夜天の魔導書のことを思い出す。
……夜天の魔導書とまみえるのも久方振りですね。そういえばセラ様と出会ったのも、私がクロエ様と出会ったのと同じくらいの年でしたか。
彼女は自身の中に眠る記録を手繰り寄せていく。遙か昔、この世界が戦乱の時代だったころ、自分自身が仕えていた、氷結の力を操る少女。クロエと同じ蒼銀の髪に澄み切った青空のような瞳、彼女の姿は華麗、けれどどこか冷徹な雰囲気も持ち合わせていた。
人は彼女をこう呼んでいた。『氷零の皇女』と。
「じゃあ、後は頼むな。はやて」
八神邸の玄関先で、聖は見送りに来たはやてに告げた。はやてもそれに頷いて答える。
「わかっとるよー。一週間後には出来あがっとると思うから、クロエちゃんと来てな」
「ああ。そんじゃおやすみ」
軽く手を挙げて別れると、聖は車の下に戻っていく。
けれど、車の近くまで来たところで、聖の視線の一人の女性が見えた。赤紫色の頭髪をポニーテールに結わい、優美な雰囲気を漂わせた武人然とした女性が車のそばに立っている。
「久しいな、聖」
「こんばんは、シグナムさん」
彼女ははやてを守る守護騎士の一人、ヴォルケンリッターが烈火の将、シグナムだ。六課時代はよく模擬戦を行ったり、剣術の鍛錬に付き合ってもらった。
「主はやてから聞いたぞ。弟子を持ったらしいな」
「ええ。まぁ若造が何やってんだって感じもしますけど」
「フフ、そんなことはないだろう。それに自分の技を伝えていくのは素晴しいことだ。私もエリオに教えてやることもあったからな」
「それもそうですね。ところでザフィーラも最近弟子取ってるってはやてが言ってましたけど?」
聖の言葉にシグナムは静かに頷き、話を続ける。
「ああ。そこの砂浜の辺りで近所の子供達相手に格闘戦技を教えている。最近新しい子も加入したばかりだ」
「軽い教室ってわけですね。筋のいい子はいますか?」
「ああ。特に筋がいいのは、入ったばかりの少女だな。恥ずかしがり屋だが、芯はしっかりしている子だ。歳は確か十一だったか」
「ってことは、その子もしかしたらインターミドル出るかもしれませんねぇ」
「そうだな。来年あたり、お前の弟子と一戦交えるかもしれんな」
小さく笑う彼女は相変わらずクールで、格好いい雰囲気を漂わせている。
けれど、彼女が認めた少女なのだから、相当見込みがあるのだろう。
「じゃ、俺そろそろ帰りますね。二人の嫁さんと娘が待ってるんで」
「ああ。テスタロッサによろしく言っておいてくれ」
「了解です。それじゃあ、また」
聖はシグナムに別れを告げて車に乗り込み、窓から手を振りながら自宅へと戻って行く。
「あ、そうだ。アイスでも買って帰るかな」
聖が帰っていくのを見送ったシグナムは小さく溜息をついて、満月が浮かぶ星空を見上げた。
「来年のインターミドルは、一際荒れそうだな」
はい、今回は軽い修行回というかなんと言うか。
とりあえずこれで弟子になることが出来たので、次回は本格的な修行ですかな。
vivid本編とは違い、異様にはやてとシグナムの登場が早いwww
でも一年前から始めてるのでしょうがないですかね。
段々とクロエの先祖も明らかになってきましたし、次回は聖がそれに近づく感じにしますかね。
では、感想などありましたらよろしくお願いします。