魔法少女リリカルなのはvivid-Blizzard Princess of Absolute Zero- 作:炎狼
前回の試合から一週間後の早朝。クロエは朝靄が立ち込める公園の池の周りを走っていた。今日はインターミドル予選の三回戦が行われる日だ。
クロエの試合は午後からとなるが、クロエは自分の試合と同じくらいに心配している試合があった。
それは予選一組の三回戦だ。ここでは、アインハルトとコロナの二人が同門同士でぶつかることとなっている。
けれど、残酷なことを言うようだが、どちらの実力も知っているクロエにとってはもう結果が見えているのではないかと思ってしまっている。
……普通に考えれば今日の試合、アインハルトが勝つ。
そう、どう足掻いてもコロナが純粋な格闘戦でアインハルトに勝るはずがない。普通に考えれば、コロナは圧倒的に不利。
……でも一概にコロナが不利ってのも言えないんだよね。
合宿の時を思い出しつつ、クロエは走る速度を緩めてクールジョグに入る。合宿の際、クロエはコロナとコロナの操るゴライアスと戦った。インターミドルでは試合中にゴーレムを創成することは許されている。
つまり、試合中にコロナがゴライアスを生み出せれば、その圧倒的な破壊力でアインハルトをねじ伏せ、勝利を掴み取る可能性もあるにはある。
「問題はコロナの創成の速度か……。でも、コロナのことだから、多分秘策も準備してるよね」
クールジョグを終えたところで、東の空から太陽が現れ、街並みを朝焼けが染めていく。
第24管理世界「インダストリア」。別名、工業世界とも呼ばれるこの世界は数ある次元世界の中でも工業が非常に発達しており、工場のサイクルが止まることはない。
無論、工場が全てを占めているわけではない。インダストリアは都市を大きく二つに分けているのだ。一つは学校などの教育機関に加え、高層ビル群やモール街、人々が暮らす家々が立ち並ぶ「居住区」。
もう一つは、インダストリアが工業世界と呼ばれる所以とも言える、さまざまな工場が立ち並び、昼夜を問わず稼動している「工業区」だ。
ミッドチルダの企業もこの世界には自社の工場を展開している。次元世界を代表する巨大企業「コキルトス」もまたその一つである。
「……第三、第四セクターの生産効率が先週から少し落ちているわね。工場長、何か問題でもあった?」
コキルトスのマークが刻まれている工場の応接間にて、高級そうなスーツに身を包んだ、コキルトスの社長でもあり会長でもあるユスティナが口元に指を当てた。
彼女の前にはやや緊張した面持ちの中年の男性がいる。彼がここの工場の全権を任されている工場長だ。
「はい。実は先週そのセクターのアームに不調が発生しまして、修理作業も行ったのですが、まだ本調子ではないようでして……」
「わかったわ。では、本社の方から技術部を派遣するわね。遅くとも、一週間以内には万全な調子に戻るでしょう。それでも無理だった場合は、工場長。貴方の一存で新たなアームに取り替えて構わないわ」
「あ、はい。わかりました」
工場長は怒られるとでも思っていたようだったが、ユスティナは特に立腹した様子もなかった。
「それと、有給休暇の消化率が全体的に芳しくないわ。貴方から従業員たちに通達しておきなさい。過度な労働は生産効率は勿論、体にも負担をかけるわ。あと、体調が万全でないものは極力出社しないようにしなさい。仕事は体が第一よ」
「了解しました。私の方から今一度通達しておきます」
「よろしい。では、特に問題もないようなので私はこれで失礼するわね。別の工場の様子も見て回らないといけないし。ジーナ、技術部の派遣は……」
「既に要請しました。明日には到着するかと」
「わかったわ。それじゃあ、工場長。貴方も体に気をつけて仕事をなさいな」
ユスティナはソファからスッと立ち上がると、秘書のジーナと共に応接間をあとにした。工場長はと言うと、扉が閉まるまで腰を直角とほぼ同じ角度に曲げていた。
「やれやれ、いつものことだけれど現地視察も楽じゃないわね……」
次の工場視察へ向かうためのヘリの中でユスティナは小さく溜息をついた。コキルトスという巨大な企業の頂点である彼女は、一年間に数回、今日のような工場視察や支社視察を秘書のジーナを含めた二人で行っている。
言葉で言うのは簡単だが、この現地視察はかなりの激務であり、分単位で予定が組まれている。時には一日で幾つもの世界を回らなければいけないのだ。
「それに関してはお疲れ様ですとしか申し上げようがありません。次の視察までには少し時間がございますので、仮眠を取るのもよろしいかと」
「やめておくわ。仮眠と言ってもほんの数分間しか出来ないだろうし。それよりもまだ終わってない書類のデータを端末に送ってくれる?」
「了解しました。ですが、無理はなさらないようにしてください。先ほど会長も仰っていましたが、お体には気をつけてください。貴女が倒れられては社員達にも顔向けできませんので」
ユスティナの端末にデータを送りながらジーナが告げると、ユスティナは小さく笑みを浮かべる。
彼女は端末からデータを呼び出してモニターを表示する。投影型のキーボードを展開すると彼女は無言のまま作業を開始した。
しばらく彼女が作業していると、ふと視界の端で何かがちらついたのが見えた。作業を一時的に中断してヘリの外を見やった。
すると、先ほどちらついた光と同じ色の光が何度か居住区のあたりで明滅している。
「あれは……魔力光? ジーナ、インダストリア全域で警報とかは出てる?」
「少々お待ちください。…………はい。数時間にインダストリアの首都。即ちここに次元犯罪者が逃げ込んだという情報が時空管理局の本局から出されています。既に常駐している管理局員と本局の部隊が投入されているとのことでしたので、先ほど会長がご覧になったのは戦闘の際に発生した魔力光ではないかと」
「そう……時空管理局ね……」
管理局の名を聞いた瞬間、ユスティナの眼がやや細められた。恐らく娘であるクロエのことを思っているのだろう。
ユスティナには分からなかった。あの時、クロエが家を出て行った時から、彼女がどうしてそこまで「管理局の執務官」にこだわるのかが。
今だって下で戦闘が行われている。場合によっては命すら落としうる可能性のある危険な仕事だというのに、なぜそこまでこだわるというのか。
「どうして私の言うことを聞いてくれないのかしらね……」
大企業を纏め上げる彼女であっても、一人の娘の気持ちだけは理解することができないでいた。
「ったく、手間かけさせんじゃねぇよ」
バリアジャケット姿の聖が声を荒げながら一人の男を強制的に立たせた。男は完全に意識を失っているようだったが、特に致命傷と見られる傷はない。
力が抜け切っている男に対し、聖はさらにバインドをかけてから引き摺るようにして運ぶ。
聖が連行しているこの男は、少し前に管理局の包囲網から逃げた次元犯罪組織の幹部の男だ。つい先日にインダストリアに逃げ込んでいるという情報が入り、クロノ率いる本局の部隊が動いたというわけだ。
そして首都の路地裏の奥まったところにあるビルに聖が追い詰め、抵抗されながらも男を昏倒させ、事件解決となった。
ズルズルと男を引き摺っていると、「白雲執務官!」という声が聞こえた。そちらを見ると、本局の魔導師二人がやってきた。
「お疲れ様です。あとはこちらが引き継いでおきますので休んでください」
「おう。ありがとさん。じゃあ頼むわ」
二人に男の連行を任せ、聖は拠点で待っているクロノに通信を繋げた。何度かコールした後、モニタにクロノが映し出された。
『私だ』
「どーも、提督。さっき全体通信で報告したんでもう知ってると思いますけど、犯人捕まえて今本局の魔導師二人に連行引き継ぎました」
『ああ。今しがたその二人からも連絡を貰った。ご苦労だった、聖』
「いえ、これが俺の仕事なもんで。そんで他になにかやることあります?」
『いいや、君はよくやってくれた。特に任せることはないよ。それよりも早くクラウディアに戻ってきたまえ。すぐに本局に戻るぞ。あと、本局に戻っても書類などは制作しなくていい。君は戻り次第、ミッドに帰っていいぞ』
クロノの言葉に聖は思わず目を丸くする。通常、犯罪者を摘発及び逮捕した際には後で書類を制作するのだが、今回はそれがないばかりか、すぐにミッドチルダに帰っていいという。
「どういう風の吹き回しで?」
『もともと今回の任務はもっと早くに終わっているはずだった。本来ならばお前ももっと早く帰れたはずだ。だが、こんなところまで付き合わせてしまったからな。それにお前には待っている弟子がいるだろう?』
「提督……」
『礼には及ばないよ。さぁ、早く戻って来い』
「了解。ホント、たまにはいいことしてくれますね、提督も」
『たま。は余計だ』
聖は肩を竦めたあと、衛星軌道上にいるクラウディアに戻るためインダストリアにある管理局の駐屯地に向かった。
聖がようやく仕事を終えてから数時間後。インターミドルチャンピオンシップ第一会場の控え室にて、クロエは精神を落ち着けていた。
モニタの中では予選二組三回戦が行われている。だが、今の彼女は二組の試合よりも、一組三回戦のことしか考えられていなかった。
今日の予選一組三回戦は、チームナカジマのアインハルトとコロナの試合だったからだ。つい先ほどまで行われていたあの二人の試合は、クロエの心を非常に昂ぶらせていた。
……あの二人の試合、すごかった。どっちも一歩も退かない限界の攻防。ゾクゾクした。
今も思い出すだけで体に鳥肌が立つほどあの二人の試合は白熱していた。
結果としては、アインハルトがコロナに勝利するという形で終わった三回戦だったが、まさに手に汗握る激闘であった。
コロナが編み出した、ゴーレムを操作する要領で自身の体を操作する「ネフィリムフィスト」は、一時的にアインハルトを窮地に追い詰めるほどのものだった。
コロナの闘いぶりをみたクロエは、今朝自分が思っていた考えを改めた。確かにアインハルトには恵まれた才能と実力がある。けれど、コロナはそれを凌駕しかけて見せた。
……あんなのを見せられたら興奮しない方がおかしいよね。
未だに高鳴るの胸の鼓動を感じていると、不意にフリーレンが告げてきた。
〈興奮中失礼しますクロエ様〉
「言い方。言い方考えてフリーレン。その言い方だと私ただの変態だよ!?」
〈失礼致しました。端から見ても分かるくらいに興奮してらっしゃったのでつい〉
「ついじゃないよ! まぁいいや、それでなにか報告があるんじゃないの?」
〈そうでした。ルーテシア様から通信が入っております〉
「ルーちゃんから? じゃあ繋いで」
告げると同時にフリーレンがモニタを投影し、ルーテシアが映った。
『やっほー、そっちはどんな調子ー』
「試合に向けて精神統一中だよ。それでルーちゃんはどうしたわけ?」
『うん、そろそろシャンテとヴィクトーリア選手の試合が始まるんだけど、録画しておこうかなって。クロエも都市本戦に上るつもりなら、研究資料になるんじゃないかって思ってね』
「ヴィクターの試合か……。うん、じゃあ録画お願いできる?」
『りょーかい。バッチリ記録しとくよ~。っと、そっちはそろそろ試合?』
ルーテシアの言葉にクロエは控え室に投影されている試合中継モニタを確認する。モニタの中では二組の3回戦が行われているが、そろそろ終盤といったところか。
すると、控え室の扉がスライドし、ノーヴェが顔を出した。彼女は手で軽く手招きをしている。そろそろ控え室から出て来いということだろうか。
「ごめん。ノーヴェが呼んでるから行くね」
『あれ? セコンドはシグナムさんじゃなかったの?』
「今日だけは外せない仕事があるらしくて、来れるのは四時過ぎになっちゃうんだって。見れたとしてもミウラとヴィヴィオの試合だけになっちゃうからノーヴェが頼まれてくれたんだよ」
『なーる。それじゃあクロエも試合頑張ってねー』
こちらの心配などまるでしていない様子でルーテシアは通信をきった。クロエも小さく溜息を着きながらモニタを閉じるとノーヴェが待っているリングまで続く通路に向かった。
通路に出るとやや会場よりの方にノーヴェとヴィヴィオ、リオの姿があった。
「お待たせー。アインハルトとコロナは平気そう?」
「ああ。お互いに負傷や疲れはあるけどあと引くようなことじゃねぇ。お前も準備は万全か?」
「うん。万全も万全。ぜっこーちょー!」
拳を掲げて元気なことを現すと、ノーヴェは「やれやれ」と苦笑いをしながら溜息をついた。
「クロエさん。3回戦の相手はミカヤさんと同じ刀使いですけど対策はあるんですか?」
「対策? まぁあるにはあるよ。でも、基本的には師匠とシグナムさんから教わったことをするだけかな。私がやることは唯一つ。『届く距離まで行って斬る』だけだよ」
ニッと笑いながら言うと、ヴィヴィオとリオは二人して「おぉ~」と感心したような声を上げたが、ノーヴェは「感心するところじゃねぇだろ……」と小声で呟いていた。
などと軽く雑談していると、不意に背後から声をかけられた。
「勇ましいね。クロエちゃん」
反射的に振り向くと、そこには流れるような黒髪の美少女、ミカヤが立っていた。思い返してみれば、クロエと彼女にはそれなりに因縁があった。
去年、クロエがまだヴィヴィオ達と会っていなかった頃のインターミドルで、クロエは3回戦で彼女とあたり大敗した。
「ミカヤさん。体のほうは?」
「心配ないよ。ただ、少々メンタルが……」
ミカヤは胸の辺りを押さえて暗い顔をするが、すぐに表情を笑みに変えた。
「なんてね。確かに悔しかったことは悔しいけど、負けてしまったことはしょうがない。私よりもミウラちゃんが勝っていただけの話さ。まぁ私の話はこれぐらいにしてだ。クロエちゃん、シグレは強いよ」
やや低音の真剣な声音に、クロエは背筋が伸びるのを感じた。トップランカーのミカヤがこういうのだ。恐らくシグレ選手も相当の使い手なのだろう。
「シグレ・ハナヅキ。天瞳流とはまた別の剣術の流派、華月流の道場の娘でね。私も同じ剣術をやるもの同士、公式戦以外にも手合わせをしているけど、一筋縄ではいかないよ」
「そんなに強いんですか!?」
「うん。彼女はインターミドルこそ最近になってからしか出ていないが、剣術の大会ではかなり名前が通っている。この前も異世界で行われた剣術限定の格闘大会で優勝したほどだ」
リオの驚きの声にミカヤは冷静に答える。クロエはと言うと、ミカヤの言葉を聞き逃さないように真剣な面持ちで彼女を見やっている。
「確かに君の氷結という変換資質は大したものだけど、シグレはその氷を用意に切り裂いてくる。ただの牽制じゃ用意に懐には入れないけど、懐に飛び込める自信はあるかい?」
「……あります。ミカヤさん、私も去年から比べたらかなり成長してるんです。だから簡単には負けません。第一、負けることなんて考えてません。私は、勝つことだけを考えてます。それはこの試合もそうですけど、これから先行われる試合、都市本戦、ひいては世界戦まで、私は勝つことしか頭にないですから」
やや口角を上げていうクロエの瞳には熱い闘志が宿っていた。ミカヤも彼女の様子を見て、クロエが去年とは違うことを理解したようだ。
「強い目になったね。本当に去年とは大違いだ。……できれば、成長した君と当たりたかったな」
「なら、公式戦じゃなくてもいいんで、今度やりましょう! 今度は負けませんよ!!」
「いいだろう。受けて立つよ」
クロエが微笑を浮かべながら手を差し出すと、ミカヤもそれに答え、二人は握手を交わす。すると、通路にアナウンスが入る。
『予選三組三回戦の選手、準備を始めてください』
「呼ばれたな。行くぞ、クロエ」
「うん! それじゃあミカヤさん、また!」
「ああ。頑張ってね、クロエちゃん」
ミカヤに送り出され、クロエは三人と共に会場へ向かった。
会場へ向かう途中、歩きながらバリアジャケットを展開したクロエは大きく深呼吸をした。
「緊張してます?」
リオが心配そうに聞いてきた。だが、クロエは首を横に振る。
「ううん、緊張してるんじゃないよ。ただ、気分が昂ぶっちゃってね。それを抑えるのに必死なだけ。アインハルトとコロナの試合を見て、全力でぶつかることがどれだけ素晴しいものなのかわかったんだ。勿論、今まで手を抜いてたわけじゃないけど、やっぱり目の前であんな試合を見せられちゃうとね」
「そりゃそうだろうな。で、本当のところどうなんだよ。シグレ選手対策、してあんだろ?」
視線だけをこちらに向けたノーヴェの瞳は見透かしてるぜと言っているようだった。それに対し、クロエは小さく息をつくと正直に話した。
「あるよ。秘密兵器がね。本当はもっと後に見せてみんなを驚かせようと思ってたんだけど、もう出し惜しみはしないでおくよ。最初っから全力の全開、フルスロットルで行く」
「へぇ。そりゃあ楽しみだ。どんな技なんだ?」
「私も気になりますー!」
「わたしもわたしもー!」
「それは見てからのお楽しみってやつかなー」
三人からの問いを軽くいなしたクロエは、もう一度深呼吸する。昂ぶった感情を落ち着かせ、三回戦の相手、シグレ・ハナヅキに狙いを定める。
ちょうどその頃、第一会場の外の駐車場にかなり急いだ様子のバイクが一台飛び込んできた。バイクはドリフトをするように駐車された。
駐車されたバイクから降りた人物を見ると、管理局の執務官の服装ではなく、私服姿の聖だった。
「ふいーなんとか着けたぜ……。途中の渋滞えげつなかったな」
バイクからキーを抜いてロックをかけた後、彼は休む間もなく第一会場に向けて駆け出した。先ほどヴィヴィオから貰った連絡によればまだクロエの試合は開始されていないはずだ。
開始されていたとしてもまだ会場アナウンスの途中だろう。
仕事が終わってから大急ぎでミッドに戻ると、時間は昼前後だった。そこからバイクをフルスロットルで飛ばしに飛ばし、なんとかギリギリ間に合ったというわけだ。
若干法定速度を無視した感じは否めなかったが、まぁ捕まらなかったので大丈夫なはずだ。
……いっそげ、いっそげ!
正直に言うと、今の聖は疲労が溜まっていて階段を駆け上がるのも億劫となっている。それでも聖は会場の観客席に続く階段を一段飛ばしで駆け上がる。
なにせ愛弟子の試合を初めて生で見られるのだ。たとえ疲れていても急ぐべきだろう。
やがて聖が観客席に到着すると、客席はほぼ満員と言っていい状態だった。同時に溢れ出る人々の歓声が天井を割らんばかりだ。
近くには残念ながら空いている席はなかったため、立ち見で見ようと、近場の柱に肩を預ける。すると、それとほぼ同時に会場にアナウンスが入った。
『会場の皆様お待たせいたしました! 予選三組三回戦! この試合もまた目が話せない選手同士の激突となります! まずレッドコーナーからは、華月抜刀流の使い手、シグレ・ハナヅキ選手!! 都市本戦にも出場するその腕から繰り出されるのは集束型抜刀居合い「閃光」は一撃で盤面をひっくり返すほどの破壊力を持っています!』
実況者の気合いのこもった選手紹介と同時に、レッドコーナーからは濃紺の袴に草履、上半身は胸を守るさらしだけといういでたちの少女が入場した。
「あの姿、スピード型の選手か……」
シグレの姿を見て聖はすぐに判断した。余分な部分を殆ど削ったあのフェイトの真・ソニックフォームと似た印象がある。
『続いてブルーコーナー! こちらも皆様注目の方です!! ご実家はなんとあの時空世界最大の超一流企業! お嬢様中のお嬢様!! クロエ・コキルトス選手!! ここまで全戦1RKO勝利、操るは全てを凍てつかせる氷の力!! 今日も全てを凍てつかせて勝利を得るのでしょうか!?』
ブルーコーナーからいよいよクロエが登場した。会場からは割れんばかりの歓声が巻き起こっている。聖も彼女の姿をよく見るために柱から体を離す。
だが、歓声に混じって聖の耳に嫌な声が聞こえてきた。
「いっくら強いつってもお嬢様だろ?」
「もしかして八百長とかしてんじゃねーの?」
「あぁ、ありうるー。金に物言わせてそうだよねー」
まったくどこの世界にも下卑た発想をするものはいるものだ。すぐにでも愛弟子を見下したような発言をした者達を連れ出して説教でもしてやりたくなったが、なんとか気持ちを静める。
クロエが真に評価されないのは、恐らく『お嬢様』という肩書きがあるからだろう。同じお嬢様であるヴィクトーリアのように、以前から頭角を現していれば、こんな風に揶揄されることはなかったはずだ。
しかし、クロエが出場し始めたのはつい最近だ。ゆえに彼女にはあらぬレッテルが貼られているのも事実。だが、当のクロエはこんなことは気にしていないようだった。
以前この子とについて聞いてみたところ、彼女はこういっていた。
『言いたいやつ等には言わせとけばいいんですよ。そういう風に言ってる人ほど何も出来ない根性なしなんで』と、朗らかな笑みを浮かべていた。
クロエにとって、あのように評価されるのは日常茶飯事だったのだろう。ゆえに彼女は生半可なことではめげないし、諦めない、鋼鉄の闘志がある。
「ああそうだ。言いたいやつらには言わせとけ。お前は、お前の闘いを見せればいいんだ」
聖はニッと笑うと、声は発しなかったが、リングに向かうクロエに大きく手を振った。
リングに向かう途中、クロエは歓声に混じった纏わり付くような視線を感じ取っていた。
クロエにはこの感覚の正体がすぐにわかった。これは自分のことをよく思っていない者達の視線だ。
お嬢様という肩書きのため、クロエには非常に敵が多い。小学生の頃にはいじめられもしたし、殴られたり蹴られたりもした。だが、クロエはどんな時も涙を見せなかった。
ただし、やられっぱなしは嫌だった彼女は後でいじめっ子達には全力全霊をもって反撃した。殴られたら倍の力で殴り返し、蹴られたなら倍の力で蹴り返した。
いじめなどクロエにとっては本当に歯牙にかけるほどのことではないのだ。
ちょうど今自分に向けられている、ごく少ない者達の視線は所詮はそれと同じなのだ。歯牙にかける価値もない。ただのゴミ同然だ。
それよりも、今この会場は相手選手のシグレと、自分だけを見ていることにクロエは嬉しさを感じていた。この場所でなら「あの魔法」が使えるからだ。
……今日、この場所で私は見せ付ける。
シグナムとリインと共に特訓に特訓を重ねた聖にも内緒の秘密兵器だ。
やがてクロエがリングにあがったところで彼女は視線の先で大きく手を振っている人物を見つけた。
その姿は忘れもしない。自分が師事している人であり、尊敬している管理局の執務官、白雲聖だった。
「師匠……!」
小さいながらも力のこもった声だった。嬉しかったのだ。今からクロエが見せようとしている魔法は、本当ならば聖が見ている前で披露したかったから。
それがこのように予期せぬ形で披露できるとあって、彼女は口元を緩ませる。
「よーし、もう出し惜しみはなしだね」
〈はい。行きましょう。クロエ様〉
『さぁ両者ともにリングに立ちました。剣術対格闘戦技! この構図は予選4組1回戦のミウラ選手とミカヤ選手を彷彿とさせますが、果たしてどうなるか!!』
実況が叫ぶと同時にシグレとクロエはお互いに距離を取って向かい合う。二人の視線が交錯してから数秒後、会場全体にゴングが打ち鳴らされる音が響く。
『三組三回戦! ゴングが打たれました!!』
同時に、クロエの足元に一際巨大な古代ベルカ式の魔法陣が展開された。吹き荒ぶのはクロエから洩れ出る圧倒的な魔力。氷結の力が乗った魔力の嵐は会場全体を包み込む。
『こ、これは一体どうしたことでしょうか!? 突如としてクロエ選手から膨大な魔力放出されています!! これも技の一つなのでしょうか!!』
「なにをするきか知らないけど、動かないのなら!!」
シグレは動かないクロエに対して攻勢に出ようとするが、彼女が鞘から抜き放った剣はクロエには届かない。魔力の奔流がクロエを守護するよう展開しているのだ。
刀を弾き返されたシグレはすぐに納刀し、クロエを見やった。
対し、クロエは洩れ出る魔力の嵐の中で小さく息をつく。それと同時に、フリーレンが彼女の前で静止し、告げる。
〈行きますよ。クロエ様〉
「うん」
短く答えると、クロエの体は彼女の蒼銀色の魔力光に包まれる。
やがて光がはじけると同時に、あれほど吹き荒れていた魔力の嵐がピタリとやみ、会場内はシンと静まり返った。
誰もが言葉を失っている中で、リングの上でクロエが幻想的な雰囲気をまとって悠然と立っていた。
けれど、彼女の姿は先ほどまでの彼女ではなかった。
クロエは成長していた。これは技術的な意味ではない。身体的な意味だ。
十五歳相当だった身長は十九歳前後、つまり大人モードのアインハルトやヴィヴィオと同程度まで成長し、十五歳相応の胸も成長したものに変わっていた。
表情もどこか幼さとあどけなさが残っていたものから一転し、凛々しく鋭い大人な雰囲気をかもし出している。目つきなどはまるでシグナムと言ったところだろうか。
バリアジャケットにも変化が及んでおり、軍服を思わせるバリアジャケットの両袖は肩口のあたりから弾け跳んでいた。右腕は肘の辺りまでを包むガントレットが装備されており、左腕にはガントレットはないが、穴あきグローブの中指には雪の結晶を思わせる意匠が施された指輪がはめられている。
下半身は白のホットパンツ風のパンツに、ニーソックスを履いている。だがそれ以外にも足にはスマートなデザインのグリーヴが装備され、彼女の足を守護するように覆っている。
腰部からは無骨な色の鉄鋼がウエストの辺りから伸びており、鉄鋼の先からは氷で出来たようなヴェールが展開されていた。それは彼女の頭に乗っている氷のティアラからも同じように伸びており、薄い氷の膜で出来たヴェールが照明の光を反射して幻想的に輝いている。
だが、彼女の変化はまだ終わっていない。長く伸びた頭髪の毛先は零王の魔力の表れなのか、凍てついており何本かの束になっている。左目の睫毛なども同様で末端が凍り付いている。
腕や足先にもそれは見られ、指輪をはめている左手から肩口にかけては氷が線のように奔っている。足に装備されているグリーヴも凍てついているのが見えた。
けれど、彼女はそんな異常な状態でも特にダメージを負っているようには見えない。
そう。これこそがクロエが編み出した秘密兵器、その名も「零王モード」である。きっかけはアインハルトとヴィヴィオ、そしてリオの扱う大人モードだ。
十五歳の体では零王の魔力を扱うには限界があると感じたクロエは、自身の体を零王の魔力が万全に扱える年齢にまで引き上げることを考えた。それこそが、この「零王モード」だったのだ。
この状態のクロエは今までもてあましていた零王の魔力を100%振るうことが出来るのだ。シグナムとリインの指導により、なんとかここまで形にすることが出来た。
「待たせたね、シグレ選手。さぁ、試合を再開しよう!」
お待たせいたしました。
はい、とりあえず年内には投稿できました。ギリギリでしたけどねw
コキルトスは超ホワイト企業です(キリッ)
はいそこ、社長がおっかないとか言わない! クロエが言うこと聞かないだけだから!!
別に常時ヒスッてる分けじゃないから!!
とりあえずアインハルト対コロナの試合はすっ飛ばしました。だってクロエからませようにも解説役にしかなりませんしおすし。
だったらすっ飛ばしてオリジナルのほうを書こうと思ったわけですよ。
聖も帰って来たし、これでようやくですな。
クロエの新技というより秘密兵器は「大人化」でしたー。
まぁ予想は付きますよねwゴンさん理論です。力が万全に扱える年齢まで歳を引き上げるのです。
外見的に参考にしてるのは基本シグナムなんで、蒼い髪のシグナムだと思ってください。
シグレちゃんの方は外見的にはフェアリーテイルのエルザを少しだけ小さくした感じとおもってくださいな。
では、遅れたこと誠に申し訳ありません。感想ありましたらよろしくお願いします。