魔法少女リリカルなのはvivid-Blizzard Princess of Absolute Zero-   作:炎狼

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「はぁ~……」

 

 一日の訓練が終わった後、訓練校の寮の机にクロエは大きなため息をつきながら突っ伏した。それを見ていたルームメイトのアリーシャが苦笑いを浮かべた。

 

「まぁだ落ち込んでんの? インターミドルの地区予選三回戦が終わってからもう三日たってるよ?」

 

「そうだけどさぁ、あそこまで実力の差を見せ付けられるとショックと言うかなんと言うか」

 

 クロエは今一度大きなため息をつく。

 

 結果から述べると、クロエはインターミドル地区予選第三回戦まで進み、そこで敗北したのだ。初参加で三回戦まで進んだのだから、それなりに善戦した方と言えるだろう。選考会でも初参加でスーパーノービスに選ばれた。触りとして見れば上々だ。

 

 けれど、問題なのは三回戦であたった相手だ。クロエの三回戦の相手は都市本戦三位という戦績を持つ『ミカヤ・シェベル』だったのだ。無論、初参加で大した師匠を持つわけでもなく、公式試合に出場経験のないクロエは、開始早々ミカヤの剣技に圧倒されてしまった。

 

 まぁイメージトレーニングが幸をそうしたのか、防戦一方とかやられるがままではなかったが、実力差を見せ付けられてしまったのは紛れもない事実だ。

 

〈まぁ最初から優勝できるなんて誰も思っていませんので〉

 

「アハハー、フリーレンは辛口だねぇ。でも、確かにインターミドルに出る子達って本当に強い子いるよね。ヴィクトーリア・ダールグリュンとかジークリンデ・エレミアとか」

 

 アリーシャは空間ディスプレイを表示してネットのページを見ながら言う。それを聞きながらクロエは背もたれに寄りかかる。

 

「やっぱり個人的に師匠を持った方がいいよねぇ……」

 

「それは分かるけどさ。誰にするの?」

 

「……教官とか?」

 

「さすがにそれは無理でしょー。教官だって暇じゃないんだし、まぁそんなこと言えば他の人だって暇じゃないかもだけど」

 

 訓練校の教官達は皆陸士を育成するための局員だ。しかし、彼等にも訓練生達の成績をつけたり、スケジュールを組んだりなどの仕事がある。学校の訓練が終わった後も付き合ってくれるような酔狂な人物はいないだろう。

 

「そういえばウチの学校の校長先生いるでしょ? ファーン・コラード三佐。あの人は元戦技教導員だったらしいよ」

 

「校長先生に師匠になってくださいって直談判しに行くの? それこそ無理な話でしょ」

 

〈ですがグズグズしてもいられませんよ。クロエ様。貴女には時間がありません。もう一年後のことを見据えなければなりません〉

 

 フリーレンの言葉にクロエは言葉で答えずにただ頷いて返答した。

 

 確かに彼女の言うことは分かっている。時間がないことも、自分の力量が足りていないことも。

 

「……あの人が師匠だったらいいのになぁ……」

 

「うん? なんか言った?」

 

「んーん、なんにもー」

 

 アリーシャが問うてきたが、クロエは被りを振った。けれど、彼女の心の中にはかつて出会った名を知らぬ執務官の姿が写っていた。

 

 

 

 

 

 

「ぶぇあっくしょいッ!!」

 

 ミッドチルダのとある住宅街の一角で大きなくしゃみが響いた。

 

「ちょっと聖、くしゃみする時は口を押さえようよ」

 

 大きなくしゃみをした聖と言う男性に、金髪の麗人、フェイト・T・ハラオウンは夕食の準備をしながら注意した。

 

「いまのはしゃーないんだってば。あるだろ、急に来て押さえられなくなるヤツ。アレだよ」

 

 苦笑いで答えるのは、彼女の夫でありこの家の大黒柱である高町・H・聖だ。因みになぜ彼がこのような名前かと言うと、彼にはもう一人妻がいるからである。

 

「まぁ聖くんの言ってることも分からなくはないけどねぇ。どうしようもないときってあるしね」

 

 キッチンから料理がのった皿を持って来ながらやってきたのは、栗色の髪をしたこちらも美女、高町なのはだ。

 

「さすがなのは、わかってるな。ほらな、こういうことあるんだってフェイト」

 

「もう、それじゃあ次からは気をつけてね?」

 

「あいよ。さてっと、それじゃあ料理も並んだみたいだし、ヴィヴィオ呼ぶか」

 

 彼はソファから立ち上がって廊下へ通じるドアを開けてから、階段の前に行って愛娘を呼んだ。

 

「ヴィヴィオー、ご飯だぞー」

 

『はーい!』

 

 可愛らしい声の後に階段の上に一人の少女が顔を出した。髪の色は金色に近いが、ヘイトほどではない。髪形は両脇で小さく纏めており、ぴょこんと出ていてなんとも可愛らしい。瞳の色は右目が緑で左目が赤のオッドアイだ。

 

 彼女はトントンと階段を降りてくるが、聖は小さく笑みを浮かべると彼女を抱き上げてヴィヴィオの頭に顎を乗せる。

 

「あー、ヴィヴィオは本当にかわいいなー。日に日にかわいさが増していくなぁ」

 

「もうパパー、毎日毎日べったりくっつき過ぎだってばー!」

 

「いいじゃないのー。娘とのスキンシップは大切だって士郎さんもいってたしさー」

 

 士郎と言うのはなのはの父親である。高町士郎だ。入り婿の聖からすれば義父、ヴィヴィオからすると祖父と言うことになる。

 

 聖はそのままヴィヴィオを抱えたままリビングに戻ると、食卓に着いた。

 

「端から見ると完全に親ばかだよ。聖」

 

「お前に言われたかないよ。つか、お前の方がヴィヴィオにべったりだと思うぜ? 超絶過保護のフェイトさんよ」

 

 聖の物言いにフェイトは反論できないのか、頬を赤くして俯いてしまった。

 

「こらこら聖くん。お嫁さんをいじめちゃダメだよ。ホラ、冷めない内に晩御飯食べちゃおう」

 

 なのはに言われ、聖は手を合わせた後料理に箸を伸ばす。

 

 かつて、聖は『聖王の器』となるためにこの世界に生み出された。しかし、失敗作の烙印を押され、ただの兵器として育てられ、逃げ出した過去を持つ。彼を生み出したのは広域次元犯罪者ジェイル・スカリエッティ。三年前に起きた都市型テロ事件、JS事件の首謀者だ。

 

 聖は三年前のその事件の際、八神はやてが部隊長を務める機動六課と言う部隊に所属し、スカリエッティ一派と闘った。その戦闘の最中保護したのが、今聖の隣で笑顔でいる少女、ヴィヴィオだ。彼女もまた聖と同じく聖王の器として生み出され、しかも聖とは違い成功体で生み出されたのだ。

 

 そしてヴィヴィオはスカリエッティに利用され、古代ベルカの超兵器、『聖王のゆりかご』を動かすため、一瞬であるが本物の『聖王』となった。聖達機動六課はそれに対処し、フェイトはスカリエッティを逮捕、聖もスカリエッティが生み出した『戦闘機人』のナンバー2、ドゥーエと捕らえ、なのはと協力してヴィヴィオを救い出し、JS事件を終結させた。

 

 後に、聖はなのはとフェイトと籍を入れた。重婚が許される辺り、さすが魔法がある世界と言った所なのだろうか。そしてヴィヴィオとも正式に養子縁組をくみ、聖は三人の家族を持った。

 

「そういえばヴィヴィオ、この前スバルが助けた『冥王』の子とは会ったのか?」

 

「うん、イクスとはもう会ったよ。今は聖王教会でセイン達がお世話してくれてるから大丈夫だよ」

 

「なるほどな。じゃあ俺も一度顔出してみるか。元聖王として」

 

「その辺りはスバルがイクスちゃんの意識があるうちに話したみたいだけどね。聖くんはその時任務で話せなかったみたいだからね」

 

 なのはに言われ、聖はそれに頷きながら白米を口に運ぶ。

 

「ノーヴェ達更正組は今月だったっけか? ナカジマ家に引き取られんのは」

 

「うん。マリアージュ事件の功績もあるしからね。でも普通にしてても特に問題はなかったけどね。皆良い子にしてたし」

 

「そっか。ノーヴェは出た後ストライクアーツ始めるんだよな」

 

 ストライクアーツというのはミッドチルダで最も競技人口が多い格闘技のことだ。ようは打撃による徒手格闘技術である。ノーヴェは元々タイプがスバルやギンガと言ったフロントアタッカーポジションなので、一対一のどつき合いは得意だろう。

 

 ……今度スパーでもしてみるか。

 

 思いながらいると、ヴィヴィオが声をかけてきた。

 

「ねぇパパ、私ね、ノーヴェにストライクアーツを教えてもらおうと思うんだけど、いいかな?」

 

「えぇっ!?」

 

 その声に驚いたのは聖ではなく、向かいに座っているフェイトだ。

 

「ヴィ、ヴィヴィオ本当にやるの? 確かにノーヴェが師匠なら安心だけど、競技でも結構危ないんだよ?」

 

「うん。それはわかってるよ。でもねフェイトママ、私はなのはママとパパに約束したんだ。一人でも泣かない強い子になるって。それに私には目標も出来たんだ。それはパパとママ達を守れるようになること」

 

 ヴィヴィオは胸に手を置いて自分の決意を口にした。どうやらなのはは既に聞いていたようで、静かに頷き、フェイトもヴィヴィオの考えが理解できたようで、渋々出あるが首をたてに振った。そして聖は彼女の頭にポンと手を置く。

 

「そこまで決意が固いなら俺が言うことはなにもない。お前のやりたいようにやれ、ヴィヴィオ。でも約束として、危ないことはすんなよ」

 

「うん!」

 

 ヴィヴィオは嬉しげに笑顔を浮かべると、「がんばるぞー」と拳を握って体に力を入れた。そんな愛娘の様子に三人も笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 夜中、聖は自室でディスプレイを開いてキーボードを叩いていた。

 

〈講義の内容を纏めてらっしゃるのですか?〉

 

 聖の隣に刀を模したデザインのインテリジェントデバイス、シュトラルスが浮かび上がった。音声は女性ボイスであるためなのはのレイジングハートと似たような感じである。

 

「ああ。来週第四陸士訓練校でやる執務官講習のな」

 

〈まさか聖様が教員の側に回るとは驚きですね。フェイト様に任せたほうが良いと思うのですが〉

 

「まぁ元々はフェイトに来た話なんだけど、フェイトがどうしても外せない仕事があるらしくてな。だから俺が変わりに行くことになったわけ」

 

〈なるほど。では責任重大ですねぇ。未来の執務官達に呆れられないようにしなくては〉

 

 笑みを孕んだような声を放つ彼女に、聖も僅かに笑みを浮かべる。

 

 確かに、執務官として訓練生達に自分達が普段どのような仕事をするのか、はっきり伝えてやらなければならない。それが、年長者としての自分の責務だ。

 

「よし、もう少し纏めたらフェイトに添削してもらうかな」

 

 聖は背もたれに軽く寄りかかった後、キーボードを叩く指を早めた。

 

 

 

 

 

 それから二日後、第四陸士訓練校にて、執務官講習の詳細が発表された。無論、クロエは真っ先にその講習にエントリーした。

 

「執務官の話しが聞けるなんてまたとないチャンスね。気分を変えるのにもちょうどよかったかも」

 

〈そうですねぇ。確か講師の執務官の方は男性でしたか?〉

 

「うん、名前はえっと、高町・(ハラオウン)・聖執務官? うわ、すっごい長い名前。うん? でも待って、高町ってアレだよね。エース・オブ・エースって言われてる高町なのは一等空尉の苗字と同じじゃない?」

 

〈はい、あとハラオウンと言うのも、本局のクロノ・ハラオウン提督と彼の妹であるフェイト・T・ハラオウン執務官と同じものですね〉

 

 クロエは首をひねり、フリーレンも声の中に何処となく疑問の念が見えている。彼女らの言うとおり、有名人の姓名が二つも入っていれば疑問に感じるのは当然と言えるだろう。

 

「まぁいっか。名前なんて些細な問題だし」

 

〈クロエ様が仰るならそれで良いでしょう。では、寮に戻ったら鍛錬しますよ〉

 

「おぉう……さすがフリーレン、スパルタ……」

 

〈なにか仰いましたか?〉

 

 その声はなんというか威圧に近かった。時折見せるフリーレンのこういう声音は怖いったらありゃしない。

 

 クロエは苦笑いを浮かべながらそれに頷き、足早に寮へ向かった。

 

 ……あれ? でもあの人もヒジリって名前だったような……?

 

 

 

 

 

 

 そこは戦場だった。

 

 周囲を見回して見えるのは崩壊した建物と、大地に突き刺さった剣、そして赤く燃え盛る戦火だ。

 

 何処までも続く戦火なか、二人の人物が見えた。

 

 一人は片膝をついて左腕を押さえている碧銀色の髪と、蒼と紫のオッドアイが特徴的な青年。もう一人は金髪に近い茶髪に、赤と緑のオッドアイを持つ、両腕が義手になっている女性がいた。

 

『ク……ス、いま……で本当に…………とう。だけど……は、行き……す』

 

『待って……さい。オ……ヴィエ! 勝負……まだ!』

 

 二人の言葉は戦火の炎が燃える音と、よく分からないノイズに阻まれてはっきりと聞き取ることが出来ない。

 

 しかし、二人がこれから別れようとしていることはなんとなく雰囲気で理解が出来た。それも恐らく今生の別れと言うヤツだろう。

 

 やがて女性の方は男性に背を向けて右手をスッと上げて歩き始めた。男性もそれに追いすがるように手を伸ばすが、彼女は歩みを止めず、ただ真っ直ぐに進んでいく。

 

 けれど、彼女は――。

 

 

 

 

 

「んぁ……?」

 

 なんともマヌケな声が出てしまったことに自分でも驚いた聖はゆっくりと上体を起す。頭の中は靄が張ったようにぼんやりしているし、意識もぼーっとする。

 

「なんか、夢見てたような気がするけど……あれ、思い出せねぇ」

 

 頭の中の靄を振り払うように何度か首を振ってみるが、一向にはっきりとしない。隣を見ると、フェイトとなのはの姿がない。なのは朝食の準備をしてくれているのだろう。フェイトは仕事で朝早く出たのだろうか。

 

 時刻を見ると、いつもより三十分も早い起床だった。

 

「早く起きたからか? ま、その辺はどうでも良いか。ちゃっちゃと着替えて下に行こう。シュトラルス、起きてるか?」

 

〈はい、聖様。もうとっくに起きております〉

 

「言い方に棘があるなおめぇはよ」

 

 相棒の言い方に溜息をつきながら聖は寝間着を脱ぎ捨ててから、執務官の制服のスラックスをはき、上に半袖のワイシャツを着る。春先までなら長袖のワイシャツにジャケットを着るのだが、夏と言うこともあり、今月からこのような軽装が許されている。

 

 着替えを終えると、ようやく意識が覚醒してきた。どうやら本当に早く起きすぎなのが原因だったようだ。

 

「シュトラルス、講義の資料は保存してあるな?」

 

〈はい〉

 

「ならいい。そんじゃささっと飯食って訓練生達の講習会に行きますかね」

 

 言いながら部屋を出て階段を下りると、ちょうどフェイトがリビングから出てきたところだった。

 

「あ、おはよう聖。今日は早いね」

 

「ああ、ちょっと目が覚めちまってな。お前は今からかフェイト」

 

「うん。ごめんね聖、講習会の方よろしく!」

 

「あいよー、お前も無茶しないようになー」

 

 聖が言うとフェイトは頷いて手を出してきた、これは高町家で恒例となっている『いってきます』のハイタッチをする合図だ。そして二人は軽くハイタッチをかわし、フェイトは仕事へ向かい、聖はリビングへ入った。

 

「おはよー聖くん。今朝は早いねー」

 

「今フェイトにも言われたところだよ。ヴィヴィオはまだか?」

 

「うーん、あと十分ぐらいしたら起きて来るんじゃないかな。ヴィヴィオっていつも時間ぴったりだし」

 

「確かに、はっきり言って俺の娘とは思えないほど、本当によく出来た子だ……」

 

 しみじみと言うと、なのはがクスリと笑った。

 

「なんだよ」

 

「んー? だってその言い方だと聖くんってばすごくおじさんくさいんだもん」

 

「言ってくれるな。これでも娘の成長を喜んでるんだからな」

 

「その調子だと、聖くんまでお兄ちゃんやお父さんみたいになりそうだよねぇ。『ヴィヴィオは渡さん!』とか言ってそう」

 

 にゃははー、といつもの柔らかな笑みを浮かべてくるなのはに言われ、聖は自分が実際にその場面に直面した時のことを考えてみる。

 

 例えばヴィヴィオが彼氏を連れてきたとしよう、その時、自分がどのような態度をとるのか……。

 

「うん、確実に彼氏候補には決闘を申し込んで俺に勝てたら許してやろう。魔法が仕えない場合は殴り合いか斬り合いな」

 

「ホントにお父さんたちと同じ反応だよねそれッ!?」

 

 何を言うか。愛娘の彼氏になるやつなのだからそれぐらいの力量が合って当然だ。というか、ヴィヴィオにつりあう男がいるのだろうか。

 

「いやいや、あんな超絶かわいいうちの娘に見合う男なんていないね。いたら絶対に捻るわ」

 

「さらっと怖いこといわないでよー……」

 

 なのはは呆れながらやれやれと首を振っていた。

 

 その後、ヴィヴィオも起きてきて、高町家は三人で朝食をとり、なのはは空戦教導場、ヴィヴィオはSt.ヒルデ魔法学院へ向かい、聖は第四陸士訓練校へバイクを走らせた。

 

 

 

 

 

 第四陸士訓練校に到着したのは午前八時半頃だった。授業開始は九時十分からなので少し早くつきすぎてしまったようだ。

 

「まぁ早くつくことにこしたことはねぇか」

 

 聖は駐車場にバイクを停め、校舎の中にある教官室を目指す。生徒達の声は訓練場から聞こえるので、講習を受ける訓練生以外が訓練でもしているのだろうか。

 

 ……なつかしいな。俺はこっちじゃなくて本局で色々やったけど、あの時はあの時で面白かったなぁ。

 

 まだ局員として駆け出しのころを思い出しながら歩いていると、あっというまに教官室の前に到着してしまった。

 

 聖は三回ほどノックしてから扉のパネルをタッチする。

 

「失礼します。今日執務官講習会を行うことになっている高町・H・聖です」

 

 一度礼をしながら中に入ると、教官達の視線がこちらに向けられた。そしてその中の一人が校長室と表示された部屋に着え、しばらくして妙齢の女性が校長室から現れた。聖も何度か面識があるファーン・コラード三佐だ。

 

「ようこそ、白雲……あぁいえ、今は高町執務官の方がよろしかったかしらね?」

 

「いえ、三佐の呼びやすいほうで結構です。それよりも、ご無沙汰しております、コラード三佐、そちらもお変わりない様で何よりです」

 

「ええ、お久しぶりね。っと、立ち話もなんだから校長室へどうぞ」

 

 コラードに言われ、聖は彼女の後についていき、校長室に入る。そのままソファに座るよう促され、腰をかけると彼女はコーヒーを置いてくれた。

 

「すみません、三佐に用意させるなど……」

 

「いいのよ。寧ろ今日はこちらが貴方を招いたのだから、これぐらいはさせてちょうだい。それで、結婚生活は順調かしら?」

 

「ええ、すこぶる順調ですよ。今日も高町家は平穏です。ヴィヴィオもいい子に育ってくれていますし」

 

「そう。ならよかったわ。では、世間話はこれくらいにして、今日のスケジュールを確認してしまいましょうか」

 

 その提案に聖は頷き、シュトラルスを呼び出して今日のスケジュールの解説を始めた。

 

 

 

 

 

 執務官講習会の大教室には、多くの生徒が集まっていた。無論、その中にはクロエと、アリーシャの姿も見えた。

 

「アリサ、貴女って執務官に興味あったの?」

 

「少しだけね。一番興味があるのは教導員なんだけど。執務官の話を聞いておいて損はないと思うから」

 

「なるほどね。確かにその通りだわ」

 

 クロエは彼女の言葉に頷き、もう一度今日室内を見回した。流石に立ち見はいないようだが、この中の半分は執務官を目指しているのだろう。もう半分は興味で見に来たものが多いのかもしれない。

 

 JS事件の後、執務官試験は綱紀粛正により元々高かった試験が更に難しくなったと聞く。現役執務官の話を聞けるなど、そうあることではないので、皆の興味が湧くのも無理はない。

 

 しばらくすると、数人の教官が教室に入ってきた。その様子を見ていたであろう訓練生達が話をやめて教室が静まり返った。

 

 時刻を見ると、午前九時八分だ。予定時刻がもうすぐなので、そろそろ講師の執務官がやってくるのだろう。

 

 そしてついにその時がやってきた。でもクロエはその人物が登場すると同時に小さく「え?」と声を上げてしまった。

 

 教室に入ってきた人物は、執務官の夏服に来た黒髪の男性で、赤い瞳が特徴的だった。けれどクロエはその燃えるような赤い瞳を見たことがある。二年ほど前、父の付き添いで地上本部にいたときに暇をもてあましていた自分に声をかけてくれた人と同じ目の色だ。

 

 また、彼が放つオーラと言うか、精悍な雰囲気もその時に出会った執務官と同じものだった。

 

 ……まさか。

 

 心の中でそんなことを思っていると、男性は教壇に立った。

 

「第四陸士訓練校の訓練生の諸君、今日は私の講義に集まってくれたこと感謝する」

 

 低い声で言われたことで訓練生達の空気が強張るのが感じられた。だが、訓練生達の様子を見た青年は僅かに口角を吊り上げて笑みを浮かべた。

 

「なぁんて、堅苦しい挨拶はなしにしよう。お前らもその方がいいだろ?」

 

 先ほどの重苦しい空気は何処へやら。彼は非常にあっけらかんとした声で言ってきた。余りの代わりぶりに訓練生は皆、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。

 

 その中で、クロエは彼のまるで気負いしない楽観的なしゃべり方に非常に覚えがあった。いや、もはやこれで確信してしまった。

 

「そんじゃあ講習を始めるか。訓練も入るから長丁場になると思うけど、全員だれずについて来いよ。っとそうだ、俺の自己紹介がまだだったな。俺の名前は高町・H・聖。お前らの好きなように読んでくれて構わないぜ」

 

 自分の名前を言い終えて、ニッと笑みを浮かべる顔が、クロエの中で二年前に出会った彼と重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕刻、聖と彼の講習を受けた訓練生の姿は訓練場にあった。聖はバリアジャケットを装備し、彼の前には泥や土でドロドロになった訓練生達が背筋を伸ばして整列している。

 

「とりあえず講習会はこれで終わりだ。まだ俺になにか聞きたいヤツがいる場合は後で個人的に質問を受け付ける。六時ぐらいまでなら受け付けられるぞ」

 

 とは言ってみたものの、訓練生達は完全につかれきった表情をしていてそれどころではなさそうだ。まぁ、なのは仕込みの訓練メニューだったのでかなり辛かったことだろう。

 

 講習は簡単に纏めると、午前中は休憩を挟みながらの座学だ。執務官の仕事がどのようなものであるか、働くために求められるスキルなにか、そして一番気になっているであろう執務官試験の対策だ。

 

 執務官試験はJS事件のあと、さらに難関となったらしい。自分が受けたときもただでさえ難関だったというのに、アレよりももっと難しくなったとは、今の訓練生達は大変である。というか、その中で受かったティアナはさすがと言うべきか。

 

 その後は昼食をとってから、訓練場での実技講習に移った。実技に関してはなのはから教えられた訓練メニューと、スバルやティアナから教えてもらったメニューをいい感じに混ぜ合わせた、超ハードなものに仕上げた。だから目の前の訓練生達はげっそりとしていのだが。

 

「それじゃあ解散。全員今日は風呂にゆっくり浸かって、早めに寝ろよー。いつまでも起きてると身体に毒だからなー」

 

 バリアジャケットを戻し、制服姿になった聖が言うと、訓練生は口をそろえて「ありがとうございましたッ!」と腰を折った。やはり、陸士訓練で鍛えられているだけ合って、礼儀はしっかりしている。六課に入った当初のスバル達を髣髴とさせる光景である。

 

 そんな彼等に背を向けて聖が歩き出すと、後ろで崩れ落ちる音と共に「つかれたー」や「明日休みでよかったー」という声が聞こえてきた。

 

 ……初々しいねぇ。がんばれがんばれ、訓練生。

 

 内心で笑みを浮かべながら校舎へ戻ると、背後から誰かが駆けて来る足音が聞こえた。音からして性別は女だろう。あのハード訓練の後に走れるとは、中々に見込みのある訓練生だ。

 

「あのッ! 高町執務官ッ!!」

 

 呼ばれたのでそちらを見ると、そこには泥だらけになった女生徒がいた。瞳は澄んだ青空のように蒼く、蒼銀の髪の毛もやや泥や土でくすんでいるものの、光に反射する雰囲気はとても美しい。

 

 けれどなぜだろう。聖はこの少女に一度どこかで会っている気がした。

 

 ……どっかで会った様な会っていない様な。

 

 脳内で考えていると、少女は敬礼をしながら真剣な眼差しを向けてきた。

 

 その雰囲気からただならぬことだと確信した聖も、瞳を僅かに細める。

 

「質問か?」

 

「はい! あ、いえ、質問と言うよりは嘆願なのですがよろしいでしょうか!」

 

「嘆願? まぁ別にかまわねぇよ。あとそんな肩に力入れなくて良いぞ。もっと気楽に行こうぜ」

 

 一旦身体がガチゴチになっている少女を宥めると、少女の方も頷いてから大きく深呼吸をした。それでも真剣な表情は変わらない。

 

「それで、俺に嘆願ってなんだ?」

 

「はい。えっと、誠に勝手で不躾な嘆願だとは思うのですが、聞き入れてくださると嬉しいです」

 

 彼女はそういうと胸に手を置いて大きな声で告げてきた。

 

「私を……高町執務官の弟子にしてくださいッ!!」

 

「…………はい?」




早くも二話の投稿です。
まぁ波に乗っているときが一番良いですからね。
マリアージュ事件、たぶんこの辺りだった気がする。
とりあえず今回は聖を出すことが出来ました。もう重婚とか気にしない。絶対に気にしない。何があっても気にしない。愛があればどんな壁でも乗り切れるはずさ。

そして聖に弟子入り懇願のクロエちゃん。次回どうなることやら。
また、聖も聖でクローンらしく、なにか見ちゃってましたね。一応聖王関連も進めて生きたいので……。
次回は弟子入りを許可するか否か、あとはクロエの家のことですかねぇ。
その後修行回をやったら、これまた一気に飛んでアインハルトが通り魔やってる辺りまですすめたいと思うのですがどうでしょう?

では感想ありましたらよろしくお願いいたします。

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