魔法少女リリカルなのはvivid-Blizzard Princess of Absolute Zero-   作:炎狼

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Kristall;13

「ウイングロードッ!」

 

「エアライナーッ!」

 

 試合開始の銅鑼が鳴らされた瞬間、最初に動いたのはスバルとノーヴェだ。それぞれが空中に作り出した魔力の道が、陸戦場の空中を縦横無尽に駆け抜ける。

 

「行くよ、リオ!」

 

「オッケー、ヴィヴィオ!」

 

 ヴィヴィオとリオはスバルが生み出したウイングロードを駆ける。それを見て、同じチームのクロエは、一度頷く。

 

「それじゃあ、私も行こうかなっと」

 

 呟いた後、彼女の足元にベルカ式の魔法陣が展開する。同時に彼女が生み出した冷気が周囲の気温を下げた。

 

「フリージング・ブレイド」

 

 パキリ、という空気が氷結する音と共にクロエの体が地面から少しだけ浮き上がる。飛行魔法ではない。彼女の足元を見ると、バリアジャケットのブーツの靴底に、氷で形成された鋭い刃があった。

 

 これはクロエが編み出した、より速く駆ける為の魔法だ。地面との摩擦で氷が削られても、その氷は彼女の魔力が続く限り再生を繰り返し、決して溶ける事はない。

 

 まぁ短く纏めてしまえばスケートだ。より速く移動する為に、スケートを参考に編み出したのがこれである。

 

「よし。行くよ。フリーレン!」

 

〈了解〉

 

 相棒に告げてクロエは滑り出し、ジャンプしてウイングロードに飛び乗った。そのまま態勢を低くして滑る速度を上げていく。そのまま滑っていると、前方を駆けるヴィヴィオとリオが見えたので声をかける。

 

「お待たせー、二人とも」

 

 声に気が付いたようで二人は殆ど同時に振り向くと、リオが声を上げた。

 

「おぉ、クロエさんのそれかっこいい! しかも速い!」

 

「ハハ、ありがと。けどかっこいいって言ってもらえるとは思わなかったなぁ」

 

「でもリオの言うとおり、クロエさんの魔法って一つ一つが本当にかっこいい、っていうのもそうですけど、綺麗ですよね。氷がキラキラしてて」

 

「そんなに煽ててもなんにもでないよー。でも、綺麗って言われて悪い気はしないねぇ」

 

 ふふんと少しだけ誇らしげなクロエだが、不意に背後から殺気にも似た威圧感が襲ってきた。

 

 一拍遅れてヴィヴィオとリオもその気配に反応して振り返る。三人の視線の方向には、飛行魔法を駆使して一気に急降下してくる聖がいた。

 

 その顔には大人げなさそうな笑みが浮かんでおり、クロエは心の中で溜息をつく。

 

「二人とも。師匠の相手は私がするから、二人はあっちの二人をお願い」

 

 彼女が指す方向を見ると、ノーヴェのエアライナーの上を駆けるアインハルトとコロナが見えた。ポジション的な相性で言うなら、やはりアインハルトと戦うのはヴィヴィオ。コロナと戦うのはリオになるだろう。

 

 などと考えているうちにも聖はどんどん距離を詰めてくる。

 

「それじゃあ、パパはよろしくお願いします。クロエさん!」

 

「私たちもがんばりまーす!」

 

「うん。二人ともがんばってね!」

 

 二人を見送ると、すぐにクロエはその場から飛び退いた。すると、それとほぼ同時にウイングロードに聖の拳が叩き込まれ、小規模ながらも爆発のようなものまで起きた。

 

 爆風に晒されながらも、クロエは近場のビルの屋上に降立つと、靴底のブレイドを溶かし、聖を見やる。

 

「やっぱり私の相手は師匠ですよね」

 

「おうさ。弟子の成長を見るのは師匠の務めだ」

 

 彼はウイングロードの上でこちらを見やりながら楽しげな笑みを浮かべる。よく聖はなのはや、ここにはいないシグナムのことを戦闘狂などと言っているが、クロエからすれば、彼も変わらないと思う。

 

「今回は魔法ありの試合です。絶対に負けませんよ!」

 

「その意気だ。俺も手を抜くつもりはない。全力でかかって来い!」

 

 聖が構え、クロエも構える。そして二人の視線が交錯した瞬間、同時に動く。

 

 次の瞬間、聖の拳とクロエの拳が空中で激突し、快音と共に空気を振動させる衝撃波が彼等の周囲で巻き起こった。

 

 

 

 

 

 師匠と弟子が激突した場面をモニターを通して見ていたメガーヌとセインはそれぞれが違った反応をしていた。

 

「聖くん張り切っちゃってるわねぇ。顔がすごく楽しそう。やっぱり男の子はアレぐらい元気な方がいいかも」

 

「いやいやいや、お嬢のお母さんさ。流石にあれは聖、張り切りすぎでしょー!? さっきの一撃だって若干殺気乗ってたもん!」

 

「大丈夫よー。DSAAのルールに則ってるんだから、必要以上のダメージは受けないし、危なくなったらルーテシアがさがらせるし」

 

「おぉう……」

 

 なんとも軽い返しである。さすが元管理局員と言うべきか。セインは気にすることをやめて再びモニタに視線を戻した。それぞれが戦う相手を決め、既にいたるところで戦いが始まっている。

 

 だが、やはり一番目を引くのは、クロエと聖の師弟対決だ。パッと見は聖が押しているようにも見えるが、クロエも決しては負けてはいない。聖の動きをいち早く察知し、確実に回避、防御を行っている。非常に鋭い観察眼だ。

 

「前々から思ってたけど、クロエってかなり飲み込み早いって言うか。身に付けるのがすごいよね」

 

「そうねぇ。でも、あのくらいの歳の子は皆渇いたスポンジのように、いろんなものを吸収するから、それも無理はないわね。でも、確かにセインの言うとおり、クロエちゃんの場合はそれが顕著。私やクイントでもああ簡単には飲み込めなかったわねぇ。あれも零王の力の一端なのかしら……」

 

 ほう、と溜息をつき頬に手を当てるメガーヌ。彼女の視線の先では、聖とクロエが激戦を繰り広げている。以前のクロエであれば、あの速度で打ち出される拳打や蹴りは防ぐことは出来ても、避けきることはままならなかっただろう。

 

 しかし、今の彼女は聖の攻撃を瞬時に見極め、防ぐことよりも避けることが多い。防いだとしても、シールド系とバリア系を上手く使い分けているのが見て取れる。

 

 ……聖くんが相当しこんだっていうのもあるんだろうけど、偶に見せる表情は天性の直感が関係しているのかしらね。

 

 見ていれば分かることだが、戦闘中のクロエの表情は、時折底冷えを感じさせる威圧感、冷徹感が見え隠れする。どう考えてもあの年代の少女がして良い表情ではない。

 

「そのあたりは、聖くん達も分かっているとは思うけれどね」

 

 小さく呟くと、モニターの中で再び二人の拳と拳が激突し、魔力同士が摩擦によって空気中に紫電を発生させた。

 

 

 

 

 

 聖と戦うクロエは、彼から繰り出される攻撃の一つ一つの軌道が、昨日よりも見えることに気が付いた。

 

 ……見える。師匠の攻撃の一つ一つが!

 

 彼女がしっかりと修業してきた成果でもあるのだろうが、今朝ガリューと話したことで、色々と踏ん切りがついたのだろう。決しておっかなびっくりな戦い方ではなく、今の彼女には自信が満ちている。

 

 目覚めた零王の力も、迷いなく使えることができることに、自然と口元が緩んでいく。けれど、決して慢心しているわけでも、驕っているわけではない。

 

 ただ純粋に自分の成長が、この陸戦という舞台で発揮できたことが嬉しいのだ。

 

「戦闘中に笑うなんて、随分と余裕が出てきたな」

 

「すみません。でも、嬉しいんですよ。こうやって自分の力をめいっぱい発揮できることがッ!!」

 

 言葉尻を強め、右足を軸にした強烈な蹴りを聖の顔面目掛けて撃ち放つ。が、いくら隙を狙って放ったと言っても、聖にはまだとどかない。

 

 ドゴッ! という重い音が聖の顔面近くで響く。見ると、聖がガントレットでクロエの蹴りを防いでいた。

 

 防いだとは言っても、バリアもシールドも張られていないので、微弱ながらダメージが発生している。

 

「ふむ。良い蹴りだ。昨日と比べても成長が見られるな。なんか、吹っ切れたか?」

 

 見事に言い当てられてしまった。大人には子供のことはなんでもお見通しというが、まさかここまで言い当てられるとは。

 

「まぁ少しだけ踏ん切りがついただけですよ。内心では零王の力に怯えてる節もありましたし。けど、いつまでもビビッてるわけにも行かないんで、踏ん切りをつけたんです。よッ!」

 

 防がれた左足をすぐに引っ込め、今度は空中で体を捻りながら右の足を叩き込むが、これもまたギリギリで防がれた。

 

 クロエは瞬時に判断し、氷の支柱を形成し、その上に手を乗せて回転しながら空中に飛び上がって、今度は重力に身を任せ、魔力で速度をブーストした踵落としを叩き込んだ。

 

 今まで以上に痛烈な攻撃は、聖の体を伝わり、レイヤー建造物であるビルの屋上が彼の足の形に凹んだ。よく見ると、亀裂すらも見えた。

 

 ……これで今まで以上のダメージが叩き込めたはず!

 

 確かに、彼女の見立て通り、聖にはダメージが及んでいる。けれども、まだレッドゾーンではない。さらにたたみ掛けようと、再び氷の支柱を作り出そうとするが、クロエの手に届く前に聖によって粉々に粉砕された。

 

 そして聞こえてくるのは、いつもの軽い口調ながらも、威圧感のある声。

 

「いいねぇ。こうやって弟子の成長が見られるってのは、師匠として嬉しい限りだ」

 

 瞬間、クロエの視界がぐるん! と回った。何が起きたのかと、回る視界の中で足首を見ると、聖がガッチリと足首を掴んでいた。

 

 それに気が付いた瞬間、視界の回転が止まった。それと引き換えに襲って来たのは、加速感と浮遊感。瞬間的に、聖から投げられたのだと気が付き、なんとか態勢を立て直すために作り出した氷でブレーキをかけようとするが、追撃に来た聖によってそれは再び破壊される。

 

 そのまま彼は空中にいるクロエに肉薄すると、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

「クロエ。力のことに自分なりに踏ん切りをつけたのはいいことだ。けど、まだまだ未熟なことは変わりはねぇッ!」

 

 言いきると同時に、聖の掌打がクロエの鳩尾と胸の中心を襲った。魔力が乗せられたそれは、クロエのライフポイントを削るには申し分ない攻撃だった。

 

「ぐッ……!」

 

 くぐもった声を漏らしながらクロエは更に吹き飛ばされる。

 

『クロエ、平気?』

 

 吹き飛ばされる中、ルーテシアから通信が入ったため、クロエは頷く。

 

「大丈夫……まだライフはしっかり残ってる」

 

『わかった。もう少しで支援魔法の設置も終わるから、もう少しだけ聖さんを足止めしてて!』

 

「了解ッ!」

 

 クロエは通信を終えて、再び追撃をするために進んでくる聖を見据えると、腹筋の力で空中で体を回転させ、聖に頭を向ける形を取る。

 

 途端、クロエの背後。ちょうど足の裏になる場所に氷壁が出現し、クロエはそれを足場にして吹き飛ばされる体を強制的に停止させる。

 

 急速に止まったことで身体に付加がかかるが、あのまま追撃を叩き込まれれば、更にダメージを蓄積されてしまう。もしここでクロエが負ければ、一気に数の均衡が崩れて一気に畳み掛けられる。

 

 イコール、それはチームの敗北へ直結する。それだけはなんとしても避けなくては。

 

 氷の足場に手をつくと、彼女の足元に魔法陣が展開された。

 

凍牙・塞(フリーズファング・クローズ)ッ!」

 

 声と共に、展開された魔法陣の周辺から鋭利な形をした氷塊が、聖目掛けて飛翔する。円を描くように展開された氷塊は、聖を包み込むような形を取った。

 

 結果として氷塊は聖の背後から彼を襲う形となる。しかし、これだけでは聖を追い込んだとは言えない。

 

凍牙・突(フリーズファング・アサルト)ッ!」

 

 続けて放ったのは、第一射目の氷塊のように、包み込み背後から攻撃する軌道ではなく、真っ直ぐに突撃する軌道を描く。

 

 正面と背後、さらには、続けてはなった両側面にもの氷塊が飛来しているため、回避運動は限られる。

 

 ……ここで負けるわけにはいかない。

 

 氷壁からビルの屋上に着地すると、目の前では既に氷塊が聖に着弾しようとしていた。同時に、クロエはグッと足に力を込めて駆け出す。

 

 狙うは、氷塊着弾直後。聖が回避運動を取ったその瞬間だ。

 

 そして氷塊は着弾する。

 

 けたたましい音を立てて氷塊が聖を飲み込み、魔力によって発生した煙が一瞬だけ視界を覆うが、クロエは迷わずに真っ直ぐに突貫していく。

 

「師匠が避けるとすれば、ここで間違いないはず……!」

 

 クロエは拳を振りかぶって着弾地点の右側に向かって跳躍する。

 

 瞬間、クロエの読み通り、煙の右側から聖が飛び出した。そして彼は気が付いた、クロエが拳を振りかぶって肉薄していることに。

 

 さすがにこれには面食らったようで、聖は驚愕の表情を浮かべると同時に、防御の姿勢を取ろうとしたが、間に合うことはない。

 

 ……これなら防御の上から叩き込めるッ!

 

 攻撃が入ることを確信したクロエは、最後まで気を抜かずに、真っ直ぐに聖だけを見据えて拳を放った。

 

 が、それがミスであった。

 

 突如クロエの腹部に鈍痛が響いた。何事かと視線だけをそちらに落とすと、銀色の光弾、シューターが食い込んでいた。

 

 一体いつの間に放ったのかと、思った瞬間、クロエは体が拘束される感覚に襲われた。けれど彼女はこの感覚を知っている。この感覚は、バインドだ。今まで何度と味あわされたものだ。

 

「氷塊での誘導、回避運動の予測、攻撃のタイミング……全てにおいてお前は完璧だった。でもな、クロエ。お前は俺を見すぎた」

 

 拳に魔力を集中させながら聖は解説を始めた。

 

「俺が回避する方向をどうやって予測したのかはわからねぇが、お前は俺に攻撃する時、俺「だけ」を見すぎたんだ。だから、俺がシューターを配置していたことに気が付かなかった。勝負を急いだな、クロエ」

 

 解説する口調はやさしいものの、攻撃する手はやめてくれない様で、腕に集中する魔力の量からして、一気に残りのライフを刈り取られる。

 

 なんとしてもそれだけは避けねばと、足掻いてみるが、聖のバインドはびくともしない。

 

「それじゃ、今回はこの試合はこれで退場だ。次の試合まではおとなしく見学してろ」

 

 充分に振りかぶり、魔力を乗せた拳が迫ってくる。クロエはなんとしてもそれを避けようと、体をがむしゃらに動かす。

 

 たかが練習試合。と割り切ってしまえばそれまでだ。だが、クロエはそんな風に割り切りたくはなかった。たとえ練習試合であっても、試合は試合。

 

 だから……。

 

 ……ここで負けるのだけは……絶対に嫌だ!

 

 負けてしまえば皆に迷惑をかけるということだけではない。たとえこれが修業の一環であっても、負けっぱなしではいられない。

 

 あと二回しか出場できないインターミドルも、もう目の前まで迫っている。相手が聖であっても、ここで負ければ、都市本戦に残るのさえも辛い。そればかりか、この後予定しているアインハルトとの一騎打ちで彼女をがっかりさせてしまう。

 

 ……だから負けるわけには行かない。いや、負けたくないッ! それがたとえ師匠であっても!!

 

 

 

 

 

 クロエの願いも虚しく、聖の拳がクロエに叩き込まれた……。

 

 が……。

 

「なに……?」

 

 声を漏らしたのは聖だった。彼の視線の先を追うと、クロエの体に拳が直撃する寸前、彼女と拳の間に薄い氷の膜が展開していた。彼がそれに気が付いたのも束の間、途端に聖の拳を氷が侵食し始めた。

 

 すぐさま聖がその場から飛び退くと、酷く冷たく、冷徹で、圧倒的な威圧感を持った声が響いた。

 

「凍れ……」

 

 声の直後、クロエの手足を拘束していたバインドが、魔力ごと徐々に凍結を始めていた。

 

 やがて氷が完全にバインド全体に行き渡たると、バインドそのものが砕け散った。

 

 バインドから解放され、クロエはゆっくりと屋上に降立つ。前髪が垂れてその表情はうかがえないが、発せられる威圧感は変わらない。

 

 そればかりか、彼女の足元がバキバキという、普段のクロエとは全く別の氷結音を立てながら凍り始めた。

 

 屋上を凍結させながらクロエはゆっくりと前進を始める。

 

 ふと、彼女が顔を上げると、その瞳は普段と違っていた。瞳孔が肉食獣のように縦に長かった。そればかりか、彼女の氷結は腕や足の一部を伝い、頬から、瞳の近くまで及んでいる。

 

「クロエ……お前……」

 

 そう漏らした瞬間、彼の眼前からクロエが消えた。いや、消えたのではない。消えたと感じさせる速度で移動したのだ。

 

 次に聖が彼女を知覚したのは、彼女が目の前に現れた時だった。

 

 ただならぬ雰囲気を出しているクロエに、聖は若干の恐怖を感じ飛び退こうとするが背後に出現した氷壁によって阻まれる。

 

 が、阻まれたのも一瞬、聖は襲ってきた衝撃に顔を歪ませる。クロエの拳が鳩尾近くに叩き込まれたのだ。その力たるや、先ほどまでの彼女ではない。

 

 氷壁を貫通し、空中へと投げ出される。

 

「っざけんな! さすがにこれは方って置くわけには……ッ!」

 

 何とか途中で飛行魔法に切り替え、態勢を立て直すものの、先ほどまでクロエがいた場所に彼女はいなかった。

 

 そして真上から襲ってくる凄まじい威圧感。

 

 見ると、そこには虚ろな目をしながらも闘気は全く死んでいないクロエが、拳を振りかぶっていた。

 

 既に避けられる位置ではないが、そこは経験の差と言うべきか。聖は瞬時にシールドを展開し、ダメージを緩和させる。けれども、完全には殺しきることが出来ず、ビルの屋上に叩きつけられた。

 

「あぁクソ、流石にちょっと追い詰めすぎたか……。まさかここまでとはな」

 

 屋上に叩きつけらた聖は、いつの間にか形成した氷柱の上に佇むクロエを見やる。依然としてその表情は無表情で、瞳には光がない。

 

 気絶している、わけではない。かと言って、心が死んだわけでもない。恐らくあれは……。

 

「零王の力による自己防衛本能……」

 

 なんとなくではあるが察しはついていた。聖王のゆりかごにも、聖王が戦意を喪失した時、本人の意思とは関係なく、聖王を動かす自己防衛プログラムがある。恐らくはそれと似たようなものが今のクロエには作用しているのだろう。

 

 恐らくクロエは負けたくないと強く願ったか、勝ちたいと強く願ったのだろう。それが零王の力に呼応し、彼女の体を守るために作用している。決して悪いものではないのだろうが、危険なシロモノであることに変わりはない。

 

「どうしたもんか、クロエにはこっちの声が聞こえてねぇだろうし……」

 

〈マスター〉

 

 悩んでいるとシュトラルスが割って入ってきた。

 

「どした?」

 

〈いえ、フリーレンに呼びかけて見てはいかがかと思いまして〉

 

「そうか! フリーレン! 聞こえてるか!?」

 

 起き上がりながら声を張り上げると、フリーレンが返事をするように光り、次いで彼女の声が聞こえた。

 

〈はい、聖様〉

 

「クロエのそれは今どんな状態だ。やばい状況か?」

 

〈いえ。命に危険はありません。ただ……私からいくら呼びかけても応答がありません。恐らく、零王の力がクロエ様を守るために、一時的に人格を乗っ取っていると思われます〉

 

「やっぱりか……。流石に追い詰めすぎたか」

 

〈やりすぎと言うヤツですね。マスター〉

 

 若干冷ややかな声を相棒にかけられた。

 

「うっせ。確かにちょっとやりすぎたかとは思ったけど、流石にあれでスイッチが入るなんて……」

 

〈責任から逃げるのはいけませんよ。とは言っても、どうしましょうか。今の状態で勝てますか?〉

 

「ハッ、馬鹿言ってんなよ。これでもアイツの師匠だ。零王の魔力だろうが、クロエであることに変わりはねぇ。だったら、負けねぇさ」

 

 聖は構えを取り、何とかしてクロエを正気に戻らせようと策を脳内で講じるが、如何せんよい案は浮かばない。

 

 ……あの反応速度と、移動速度からしてクロエ自身の身体にも少なからず付加がかかってるだろうから、早めにもどさないとな。しかし、どうする。今のままじゃ俺も多少本気にならねぇとまずいな。

 

「うん……?」

 

 ふとあることに気が付いた。

 

 クロエが一向にこちらを襲ってこないのだ。ただ、悠然と氷柱の上に立っているだけ。なにをしてくるわけでもなく、ただ、立っているだけなのだ。

 

 そこで聖は一つの仮説を思いついた。そして彼はモニタを呼び出してティアナに連絡を取る。

 

『はい。どうかしましたか、聖さん』

 

「悪いなティアナ。今大丈夫か?」

 

『大丈夫と言われれば大丈夫です。まだなのはさんの射撃も本格化して来てないので。あ、それとさっきすごい魔力を感じましたけど、もしかしてクロエになにかありましたか?』

 

「察しが良いな。まぁちょっと俺が原因で、クロエが面倒くさいことになっちまってな。ちょっと手を貸して欲しいんだ。クロエのいる場所は把握できるか?」

 

『はい。大体はわかります』

 

 彼女の声に頷き、聖は指示を出す。センターガードであるティアナに指示を出すのはいかがなものかとも思ったが、この際気にはしていられまい。

 

「クロエのいる方角にでたらめでいいからシューターを飛ばしてくれ。数はそんなに多くなくて良い。あとはこっちがやる」

 

『わかりました』

 

「頼んだ」

 

 聖はモニタを閉じてクロエを見据える。すると、数秒後、オレンジ色の光弾が飛来してきた。どれも、クロエを的確には狙っておらず、ただ適当に発射されただけだ。

 

「ナイスだ。ティアナ」

 

 うまく当てない軌道を描いているあたり、さすがなのはに鍛えられただけはある。まぁ元々射撃の才能があったし、彼女が努力をした結果でもあるのだが。

 

 聖は飛び上がった。クロエに向かってではない。飛来するシューターに向かってだ。そのまま彼は飛来するシューターの前に立って構える。

 

 ……弾殻を破壊せずに、やさしく受け止めるようにして軌道を変える!

 

 決してシューターを反射させるわけではない、ましてや吸収して放出するわけでもない。今、彼がやろうとしているのは、シューターを受け止め、任意の方向に投げることだ。

 

 難しくはあるが、出来ないことはない。今まで成功もさせている。そして、聖は飛来した四発のシューターを文字通り受け止め、そしてクロエに向かって投げた。

 

 狙うはクロエの後頭部。聖の考えが正しければ、恐らくこれで彼女は元に戻るはず……。

 

 シューターが背後から近づいているというのに、クロエはまだ気が付いていない。そして、ついにシューターが彼女に着弾する。

 

 パコーン! というなんとも小気味良い音と共に、クロエの後頭部にシューターが着弾。同時に、いつもの元気な声が響いた。

 

「いったぁ!?」

 

 シューターが頭に直撃したクロエは、先ほどまでの威圧感がなくなり、半身を覆うまでに広がっていた氷結もおさまっている。どうやら、正気を取り戻すことが出来たようだ。

 

 が、急に正気に戻ったためか、乗っていた氷柱から落下し、彼女はビルの屋上に落下した。

 

「大丈夫か、クロエ」

 

 あとを追って聖が屋上に立つと、クロエは何度か頭を振ってから彼を見やる。

 

「あれ? 師匠? あれ、さっきまでバインドされてたのに……ハッ! もしかしてやられて気絶しちゃってました!?」

 

「落ち着け。まだお前のライフは残ってるし、気絶もしてねぇよ。ただ、ちょっとばかし意識が飛んでただけだ。それと、細かいことは後で話すから、今は戻ってライフの回復でもしようや」

 

 聖とクロエのライフをそれぞれ確認すると、聖のライフは残り300。クロエは700だった。

 

「あ、はい……。え、でもなんで師匠のライフがそんなに激減して?」

 

「だぁから、細かいことはあとで話してやる。今は回復に専念しろ。キャロ、頼めるか」

 

『はーい。お任せです!』

 

 キャロの声に頷くと、すぐに彼の足元にピンク色の召喚陣が展開し、彼の姿はそこから消えた。そして、次に聖が現れたのは、赤チームのフルバックであるキャロのすぐ隣だった。

 

「お疲れ様です。聖さん」

 

「ああ。回復頼むわ。にしても、ちっとばかしクロエを追い詰め過ぎたな。おかげで痛い目見た」

 

「クロちゃん、なにかあったんですか?」

 

「少しばかり、力の暴走……のようなものがあったんだよ。でも心配すんな。しっかり正気には戻してきたから」

 

「ならいいですけど……ってことにはなりませんよ! もう、聖さんはそういうところが前からがさつなんですから」

 

 怒られてしまった。いや、まぁ確かに彼女の言うことも正しい。流石にあれは練習試合とは言えど、やりすぎたかもしれない。

 

「まぁ、そうかもな。次からは気をつけよう。それに、これはあとで皆にも話しておかねぇとな」

 

『それはそうだけど、聖くん。さっきおもしろいことやってたわねぇ』

 

 唐突に通信が入ってきた。通信の主はセインと観戦しているメガーヌであった。

 

「あー、しっかりモニターしてましたか……」

 

『もちろん。クロエも今ルーテシアが回収したところ、多分今頃ヴィヴィオと一緒に回復受けてるわ』

 

「ヴィヴィオも? ってことは、アインハルトにやられましたか」

 

『ええ。さっき君がクロエにやったのと同じ、撃ったシューターをアインハルトに受け止められて投げ返されてね。殆ど同じタイミングだったわ』

 

 メガーヌの説明に、聖は思わず舌をまいた。アインハルトのやったことに純粋に驚いたからだ。

 

 聖であっても、あれが出来るようになったのはアインハルトの年齢よりも上の時だ。それをアインハルトは僅か十四歳という年齢でやってのけたと言う。恐らくあれを体得するには、血の滲むような努力をしたのに違いない。

 

 ……やっぱりすげぇな、アイツ。

 

 内心で驚いていると、モニタから騒がしい声が飛んできた。

 

『それよりも聖さん! さっきクロエをどうやって止めたんだ!? なんでクロエは反撃したり反応しなかったんだ!?』

 

「落ち着けセイン。えっとな、クロエをとめたのは見てたとおりシューターを頭に叩き込んで、少し刺激を与えてやっただけだ。一種の気絶状態だったみたいだから、意識さえ覚醒させてやればなんとかなると思ってな」

 

『うんうん。で、なんでクロエは反応しなかったんだ? 零王の力で防衛されてたんじゃないのか?』

 

「ああ。もちろん防衛されてたよ。とは言っても、あの防衛は自分に対し敵意のある攻撃や意思を持った者に限定して発動する防衛だ」

 

 説明すると、セインは一瞬「なんのこっちゃ?」と言うような顔をしたが、すぐに合点が言ったのか「そっか!」と声を発した。

 

『あの時ティアナのシューターは、クロエじゃなくて、クロエのいる方角を狙っただけ』

 

「そう。放たれたシューターに敵意はなく、俺がやったのもシューターの軌道をいじくって偶然クロエの当たるようにしただけ。ここに敵意は発生していない。となると、あの防衛は反応しないってわけだ」

 

『なるほどなぁ。でも、よく気付いたね』

 

「俺が無防備でいたのにも関わらず攻撃して来ないことに引っかかってな。賭けだったけど成功してよかったぜ」

 

 肩を竦めていると、ティアナの撃ち損じか、はたまた流れ弾かわからないシューターが飛んできたのでとりあえずそれを避けておく。

 

「さてさて、この後はどう動くかねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、青チーム陣営フルバックのポジションであるルーテシアの元には、回収されたクロエと、アインハルトとの攻防でダメージを負ったヴィヴィオがいた。

 

 そしてクロエはルーテシアから先ほどのことを伝えられる。

 

「え、私暴走しちゃってたの!?」

 

「うーん、どうなんだろ。周りを手当たり次第に攻撃してなかったから、正しくは暴走のようなものって言った方が良いのかな。けど、聖さんを一時的には追い詰めてたね」

 

「マジかー……」

 

 ルーテシアから話を聞かされ、クロエはややショックを受けたようで項垂れる。

 

「大丈夫ですか? クロエさん」

 

 ヴィヴィオが心配そうに覗き込んできたので、数回頷いて返す。

 

「うんまぁ、肉体的には大丈夫なんだけど。踏ん切りつけたし、力に呑まれないって決意も立てたのに、こうもあっさりと零王の力に呑まれたから、悔しいやらみっともないやら、恥ずかしいやらでねー……」

 

 確かに、肉体的なダメージは殆どない。あるのは、精神的なダメージ。自身の不甲斐無さに打ちひしがれているのだ。

 

「あうー……今朝ガリューにも相談に乗ってもらったのにー……これじゃあいつまでたっても力が使えないよ」

 

「まぁ仕方ないんじゃないの? 零王の力はかなり強大なものらしいし、それにホラ、ヴィヴィオやアインハルトと違ってクロエはまだ発現したばっかりなわけだし、使い方が分からないのもしょうがないよ。ゆっくり付き合っていけば良いと思うし」

 

「そうなんだけど私には時間がさー……」

 

 回復されながらその場にしゃがみ頭を膝の上に乗せる。すると、不意にクロエの右側にモニタが出現し、なのはの声が響いた。

 

『クロエ、大丈夫?』

 

「あ、なのはさん。ええ、まぁなんとか。肉体的には問題ないんですけど、精神的にちょっと……」

 

『事情はさっき聖くんから一通り聞いたよ。ちょっと自分を追い詰めすぎちゃったみたいだね。まぁ、そんな状態まで持っていった聖くんにも問題はあるんだけど……』

 

「いえ。私が力不足だっただけです。零王の力が強大なものだって分かってたのにこのい体たらく……面目ないです」

 

 大きなため息が出た。先ほどから何発も溜息を連発してしまっている。そんなクロエを気遣い、なのはは優しく声をかける。

 

『落ち込むのは分かるよ、クロエ。私だって、一生懸命練習してきたことが本番で発揮できなかった落ち込む。今だってそうだもん』

 

「なのはさんも?」

 

『うん。私だけじゃないよ、聖くんやフェイトちゃん、ティアナにスバル、エリオにキャロ、皆一度は通って来てるし、今も通ってる。失敗すること自体は、決して恥ずかしいことでも、駄目なことでもない。問題なのは、その失敗から何を学ぶか。失敗は成功の母とも言うし、何度だって失敗すればいい、でも失敗して「あー失敗したー」じゃなくて、「なにが悪かったのかな?」って考えるのが大切。そうすれば、自ずと答えは出るんじゃないかな』

 

 最後に彼女は柔和な笑顔をクロエに向けた。クロエも彼女の笑顔を見て、今言われたことを反復する。

 

 ……問題なのは、失敗から学ぶこと……。

 

『まぁ、今回の場合、クロエが失敗したって言うよりも、突発的に出ちゃっただけだから――』

 

「――大丈夫です」

 

 なのはが言い終わる前に、クロエは立ち上がって答えると、強く拳を握る。

 

「アドバイス、ありがとうございます。なのはさん」

 

『あ、うん。どういたしまして。でも、大丈夫?』

 

「はい。まだ力のことに不安は残ってますけど、気にしすぎるのはもうやめます。ルーちゃんもヴィヴィオも心配かけてごめんね。もう大丈夫ッ!」

 

 二人に手を振ると、ヴィヴィオも心配そうな表情から一転、笑顔になり、ルーテシアもやれやれというように首を振った。

 

 グッと屈伸運動をしてから何度か拳を前に突き出したり、蹴りを虚空に打ってみる。身体には異常はない。

 

「うん。大丈夫。フリーレンも心配かけたね」

 

〈いえ、わたくしは貴女が無事であれば、それだけで……。ですが、言っておきます。本当にご無理はなさらぬように。残念ながらわたくしには、零王の力をとどめる力はありませんので〉

 

「わかってる。この力を使うのは私しかいない。御しきれるのも、私しかいない。だから、使って見せるよ。今度こそより正確に。それに、もう制御するために思い浮かんだ方法はあるからね」

 

 クロエが言いきったところで、なのはから全体通信が入る。

 

『青チームCG(センターガード)高町なのはより各員に報告。まもなく赤チームFA(フロントアタッカー)アインハルトちゃんと接敵! 射砲支援が止まります。赤チームCG(ティアナ)FB(キャロ)の支援攻撃に要注意!』

 

「了解!」

 

 なのはの通信に青チーム全員が答える。

 

 そして彼女の言葉通り、アインハルトはなのはのすぐ近くにまで接近していた。




お待たせしました。
模擬戦だったか、陸戦試合だったかの初回です。

クロエ暴走(ようなもの)。ちょっと聖くんが追い詰めすぎましたねw
バインドで磔にして腹パンって、アンタ……さすがにドン引きです。
クロエのちょっとした技も出てきましたね。これからもっと増やしていきます。

まぁ零王の力は強大ですよと。魔法凍らせますからね。これが上手く使えるようになれば、クロエも強くなるでしょう。それに、パワーアップの姿はあるのです。お披露目はインターミドルになりますが……。
誰と戦うときにしようかしら。

次回は模擬戦終了まで持っていって、クロエVSアインハルトの冒頭あたりまで書きたいですね。

では、感想などあればよろしくお願いします。

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