魔法少女リリカルなのはvivid-Blizzard Princess of Absolute Zero-   作:炎狼

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Kristall;12

 カルナージの空が茜色に染まり始めた頃、訓練場では訓練を終えたなのは達の姿があった。

 

「じゃあ午後のトレーニングはここまで」

 

「ありがとうございました!」

 

 前に立つなのはとフェイト、聖に対し、スバル達が頭を下げ、クロエもそれに続いた。

 

「俺らはまだ仕上げが残ってるから、お前等先に戻ってろー。しっかり体休めろよー」

 

 聖が声をかけると、全員が返答する。

 

 聖たちを残して訓練場を後にすると、途中でスバルがクロエに声をかける。

 

「それにしてもクロエもかなり体力ついたねぇ」

 

「そうですか?」

 

「だって前に来た時はへろへろだったし、その時から比べたらかなり成長したんじゃない? ねぇ、ティア」

 

 前を行くティアナにスバルが問うと、彼女も頷くと、歩幅を狭めてクロエの隣にやってきた。

 

「聖さんの訓練受けてるわけだけど、やっぱり辛い時とかある?」

 

「あ、それ私も気になってました。実際どうなの、クロちゃん」

 

 興味を引かれたキャロもクロエに問うた。六課でも訓練担当は、戦技教導官であるなのはが主だったので、彼女たちでも聖の考案するトレーニングはあまり知らないのだろう。

 

「最初のうちは基礎体力作りでしたね。走り込みとかが多かったです。陸士訓練学校でやっていたものよりも、キツイと思ったのは幾つかありました。あとで師匠に聞いたらなのはさんの訓練メニューと師匠独自の訓練メニューをミックスさせて、それぞれのきつい所を更にきつくしたコッテコテのメニューらしいです」

 

「……それって、私たちがやってたヤツよりキツさが増してない?」

 

「あ、アハハハ……」

 

 ティアナは遠い目を虚空に向け、キャロは苦笑いを浮かべる。その空気を払おうと、スバルが「次、次行ってみよう!」と声を発する。

 

「ストライクアーツ面だと、師匠のご実家に伝わる武術の型の鍛錬の他に、我流のものも混ぜ合わせてますね。こっち方面の鍛錬は殆ど模擬戦や魔法ナシの組み手、試合形式もやりますね」

 

「なるほどねぇ。あ、そういえばエリオは聖さんと訓練した時あったみたいだけど、そっちはどんな感じだった?」

 

 話を振られたエリオは少しだけ悩んだのか、腕を組む。

 

「うーん、僕の場合クロエとは違ってストライクアーツじゃなくて剣術がメインでしたから、参考になるかは分かりませんけど……。でも、聖さんは鍛錬でも基本的に容赦ない人ですよ。普通に打ち込まれますし」

 

「あ、それわかるー。普通にパンチとかキックとかアッパーとか食らわしてくるもん! 鳩尾に叩き込まれたこともあったなぁ」

 

「それは僕もあるよ。六課のときは首筋に手刀喰らって少しだけど昏倒したこともあったなぁ。でもそう言った身体に直接ダメージが残りそうな時は手加減してくれるよね。その後はどういう風に攻めるべきかレクチャーしてくれたり、悪いところを指摘してくれたり」

 

「うん。そんな感じだねー」

 

 二人が聖の鍛錬について話している中、彼等の後ろではスバル達がなんともいえない表情を浮かべていた。

 

「なんか、聖さんって……」

 

「ええ……」

 

「ある意味なのはさんよりも厳しいのかも……」

 

 直接的に聖の訓練メニューを知らない三人は、大きなため息を付いた。なのはの訓練もかなりキツイ部類に入るが、どうやら聖の訓練メニューはそれの上を行くらしい。

 

「ん? でもちょっと待ってそんなに激しい鍛錬なんかしたら、フェイトさんが黙ってないんじゃない?」

 

「そだね。ねぇ二人とも、フェイトさんは聖さんにはなんて言ってるの?」

 

「あー……えっと、そのあたりは……。ねぇ、エリオ?」

 

「うん……まぁ多分三人の思っているとおりだと思う」

 

 苦笑いをしながら二人が答えると、三人も確証がもてたのかそれぞれ頷いた。

 

「「「やっぱり怒られるんだ……」」」

 

 フェイトの過保護気味な様子と、聖の厳しさに合点が言った三人は同時に声を漏らす。

 

 五人はノーヴェ達と合流し、ミット打ちをやっていたヴィヴィオ、アインハルトとともにロッジへ戻っていった。

 

 

 

 

 

「くしゅん!」

 

「ヴぁくしょいあ!」

 

 スバル達がいなくなった訓練場でフェイトと聖、それぞれ対照的なくしゃみが響いた。

 

「二人同時にくしゃみって、どうしたの?」

 

「誰かが噂してんだろ。俺はクロエと見た」

 

「うーん、聖の考え方からすると、私の方はキャロとエリオかなぁ」

 

 鼻を啜りつつなのはに答えると、二人はなのはが持っている一枚の紙を見やる。

 

 三人がいるのは空中であり、バリアジャケットに身を包んでいる。現在は訓練の総仕上げ前のちょっとしたミーティングなのだ。

 

「確かこれってノーヴェが考えた組み合わせ表だったか」

 

「うん。結構悩んでたみたいだけど、いい組み合わせだね」

 

「ほんと。明日はいい試合になりそうだね。聖的には弟子と戦う感じになるけど。楽しみだったりする?」

 

「まぁな。でも手加減はしねぇ」

 

 ふふんと鼻で笑う聖に対し、フェイトとなのはは「程ほどにね」と声を漏らす。

 

 三人が見る紙には明日の陸戦試合のチーム分けが記載してあった。

 

 二つのチームを赤と青にわけ、赤チームにはフェイト、聖、ティアナ、キャロ、ノーヴェ、アインハルト、コロナが。

 

 青チームにはなのは、スバル、エリオ、ヴィヴィオ、ルーテシア、クロエ、リオがそれぞれのポジションで配置されている。

 

「やっぱりクロエはフロントアタッカーか。聖もそれを迎え撃つ感じでフロントアタッカーだね」

 

「最初ノーヴェはクロエのことをガードウイングあたりに持ってくるかとも思ったけど。やっぱりストライクアーツをやってるだけあるからこのポジションがいいのかもね」

 

「とか言ってる割りになのは。お前今日の訓練の合間にクロエにセンターガードの役割も教えてただろ。知ってんだぞ俺ぁ」

 

 図星であったのかなのはは「にゃはは」と気恥ずかしそうに笑みを浮かべる。

 

「でも聖くんやフェイトちゃんだって思うでしょー。クロエは砲撃特化型の魔導師になれるかもって」

 

「うん。それは思った。前に見せてもらった砲撃魔法とか集束砲もすごかったしね。多分、訓練すればなのはみたいになれると思うなぁ」

 

「まぁそれについては俺も同意見だ。だからアレだ、なのは。暇があったらアイツに砲撃魔法の何たるかをレクチャーしてやってくれや。残念ながら俺は砲撃系の魔導師じゃねぇからな。クロスレンジなら教えられるが」

 

 肩を竦めやや溜息交じりに言う聖に、なのはは笑顔を向ける。聖からすれば、砲撃魔法の素質があるクロエが、管理局の魔導師になった時は砲撃魔導師として働けることが多いと踏んでいるのだ。

 

 だからこそ、今の時間を無駄にしないためにもなのはからは多かれ少なかれ、指導を受けていたほうが良い。まぁ、かなりキツイだろうが、彼女ならば乗り越えられるだろう。

 

「執務官になったら、やり手になりそうだよねぇ。クロエ。だって陸士学校のテストとか、一般学校のテストでも常に学年トップだったみたいだもんね」

 

「ああ。だからもしかしたら難しくなった執務官試験でも一発合格できるかもしれねぇな。なぁフェイト……あっ」

 

 フェイトを見やると、やや項垂れていた。

 

 しまったと聖は思った。なぜなら、執務官試験一発合格というのはフェイトの前では禁句であったからだ。なぜなら彼女は執務官試験を受けて二度落ちている。それのトラウマ的なものがまだ残っているのだろう。

 

 が、後から聞いた話によれば、彼女が執務官試験を受けたとき、なのはは魔導師人生を左右する大怪我を負っており、勉強に集中できる状態ではなかったらしい。だから、仕方ないと割り切ってしまえば良いのだが、真面目であるフェイトだからこそ気にしてしまうのだろう。

 

「ま、まぁでもさ。一発合格は置いておくとしても、クロエなら執務官になれるよね。フェイトちゃん」

 

 なのはが問うと、フェイトは項垂れたい体を起して咳払いをしてから答える。

 

「うん。クロエは頑張り屋さんだからね。それに、私や聖、ティアナだっているから勉強のサポートは出来るし」

 

「だな。っと、そんじゃあ今日の総仕上げちゃちゃっと終わりにして、明日の準備でも済ませとこうぜ。クロエとかヴィヴィオは今頃風呂でも入ってるだろ」

 

「ここの温泉気持ちいいからねぇ。あー速く入りたいなぁ」

 

 空中で温泉の話で盛り上がる三人であるが、ちょうどその頃、その温泉ではちょっとした騒ぎが起きていた。

 

 

 

 

 

 ルーテシアが住まうロッジには温泉が併設されている。因みにこの温泉、ロッジの周辺を掘ったら湧いてきたらしく、源泉かけ流しである。

 

 皆が前回来た時もあったのだが、今回はさらにパワーアップを遂げており、滝湯まで併設したらしい。ルーテシアの行動力と建設力もろもろには舌を巻くが、現在そのリラックス空間である温泉で異常発生中である。

 

「ルーちゃん! 温泉の中で何か動物とか飼ってたりしない!?」

 

「または何かしらの隠された機能的なものが付いてない!?」

 

 キャロとティアナが温泉から勢いよく上がってルーテシアに聞く。

 

「えー? 飼ってないけどどうしたの?」

 

 ルーテシアが聞き返すと、キャロとティアナが先ほど起こったことを告げた。

 

 二人によると、温泉に浸かっているとなにか柔らかいものがむにゅっと二人の体に触れてきたらしい。しかもお尻や太ももなどと言った所謂そっち系の箇所を触られたとのことだ。

 

 しかし、ルーテシアが言うに温泉で飼えるようなペットがいれば紹介するとのことで、そりゃそうだとティアナとキャロもそれぞれ頷いた。

 

「あれ、ティアナさん達なにか話してる?」

 

「ホントだ。何かあったのかな」

 

 コロナがティアナ達がなにやら焦った様子で話していることに気が付き、ヴィヴィオとアインハルトもそちらを見やる。

 

 が、その瞬間。

 

「はわわっ!?」

 

「きゃあっ!?」

 

 ヴィヴィオとコロナが声を上げる。やはり彼女たちもティアナとキャロのように柔らかい何かに襲われたのだ。同時に、そのなにかが動くと、水面に波が立つようで、その波はアインハルトに向かう。

 

「――!!」

 

 悲鳴を上げずに、アインハルトは拳を振りかぶりそのまま前に打ち出す。

 

 ドパァン! という豪快な音を立てながら温泉の一部が巨大な水柱が立つ。が、この水柱のように見えたのは、午前中アインハルトが川で練習していた水斬りの成功例であった。

 

 なにかに体を触られたことよりも、アインハルトの場合そちらの方が驚いたようで、きょとんとしている。

 

 

 

 皆が騒ぐのを尻目に、水中ではとある影が動いていた。

 

 ……あービックリした。あれが噂の覇王っ娘かー。でも、さすがにセインさんの敵じゃなかったねぇ。

 

 水中の影。それは聖王教会シスターであるセインであった。悪戯っぽい笑みを浮かべるセインは水着を着用している。数時間前、ロッジに食料を運んできた彼女であるが、さすがにそれだけで帰るのは詰まらないと思ったのか、自身の固有能力であるディープダイバーを使って皆が温泉に来るのを見計らい悪戯をかけることにしたのだ。

 

 因みに、ディープダイバーは岩石、金属の中に潜って移動することの出来る能力である。が、水中も得意であったりする。なので、今回のどっきりはセインに最適であるのだ。

 

 ……ふふふ、みんな驚いてる驚いてる♪

 

 楽しげに笑みを浮かべる。セインからは、ヴィヴィオ達が驚いた様子で話している光景がハッキリとわかるのだが、あちらからはセインが見えていない。

 

 ……さてさて、この調子でお嬢とスバルとノーヴェもやっちゃうよー!

 

 水中を流れるように移動するセインは、一箇所に固まっていた三人の体を連続で触る。

 

「あっ!?」

 

「ふえっ?」

 

「うわっ!?」

 

 それぞれ顔を赤らめながら驚く様子に、満足げな笑みを浮かべるセイン。

 

 ……わははは! 残るはクロエとあと一人! ヴィヴィオの友達の元気っ子ー!

 

 セインの視界の先には熱い湯の中で優雅に浮かんでいるクロエと、何が起きているのか分かっていない様子のリオがいる。

 

 ……それでは二人同時にいただきますかー!!

 

「がおーーー!!」

 

 ふざけた感じでついに自ら飛び出したセインは、クロエとリオの胸を同時に揉む。突然背後から襲われたことで、リオとクロエは声を漏らさなかったが、次の瞬間リオの体から魔力があふれ出し、温泉のお湯が一気に吹き上がる。

 

「うえぇ!?」

 

 セインが驚くのも束の間、今度は吹き上がったお湯全てが一気に凍りつき、一瞬にしてお湯が吹き上がった形がそのまま形として残った。

 

「うそぉ!?」

 

 再び驚いたセインであるものの、彼女の腕は若干涙目のリオにガッチリとつかまれていた。

 

 リオの姿を見ると、バリアジャケットを展開していて、ヴィヴィオとアインハルトのように少しだけ体も成長しているように見える。

 

 バリアジャケットのデザインは、地球で言うところの中華風であり、チャイナ服っぽい印象が強い。が、大人モードやバリアジャケットよりも目を見張るのが、彼女の体から出る二種類の魔力だ。

 

 一つは彼女の周りでバチバチと音を立てる黄色い閃光。もう一つは、ゆらゆらと揺らめくオレンジ色の光。炎と電気、二重の変換資質によって生み出された魔力がリオの周囲で渦巻いていた。

 

 セインはバリアジャケットを展開したリオに力任せに引っ張られる。

 

「いいっ!?」

 

「やーーーーっ!!」

 

 リオが恥ずかしげな悲鳴を上げ、セインを持ち上げる。そしてこうなることなどまったく予期していなかった蹴りがセインを襲う。

 

「絶招炎雷砲!!」

 

 強烈な蹴りにより、セインの体は空中高く打ち上げられる。

 

「あぁなんだ、セインか」

 

「だと思った」

 

 打ち上げられた様子を見ながらノーヴェとルーテシアがそれぞれ呆れたように空を見上げる。

 

 そのままセインは重力に従い、リオがいる温泉とはまた別の温泉に落ちた。

 

「リオ、クロエ!」

 

「二人とも大丈夫!?」

 

 蹴り上げられ、湯面に叩きつけられたセインよりも、ティアナたちの心配はクロエとリオに及んでいた。

 

 ティアナ達が到着する頃には、凍り付いていた温泉が全て砕け散り、再び温泉が溜まり始めていた。リオはヴィヴィオ達に大して振り向いたものの、クロエはと言うと、溜まり始めた温泉の中で一人大きく伸びをした。

 

「くあ~……。んーなにーなんか騒がしいなぁ。って、さむっ!? なんでお湯なくなってんの!? なんでリオはバリアジャケット着てんの? あれ、しかもなんでセインが伸びてるの?」

 

 どうやらクロエは完全に温泉で眠ってしまっていたらしく、先ほどセインにもまれた時の記憶がないようだった。

 

 が、驚くべきなのはそこではない。驚くべきは先ほどの氷結の力が、完全に彼女の無意識のうちに展開されたことだ。

 

「二人とも平気? クロエも大丈夫?」

 

「あ、はい。私は大丈夫なんですけど。とりあえず状況の説明をしてもらえます?」

 

 ティアナに答えつつもクロエはやはり状況が飲み込めていないようで小首をかしげる。

 

 そんな彼女たちから視線をやや外すと、温泉の上を伸びたまま漂うセインが声を漏らす。

 

「だれか、私の心配もしてくれよう」

 

 けれど、彼女の声は誰にも受け取ってもらえなかった。

 

 

 

 

 

 それから少しして、セインは皆の前で反省の意味をこめて正座させられていた。

 

「もう。だめだよセイン。いくら悪戯とはいえ、転んで怪我でもしたら危ないんだから」

 

「セクハラも普通に犯罪だしね」

 

「うっ」

 

 スバルとティアナには注意され、

 

「私が営業妨害で訴えれば捕まるしねぇ」

 

「うぐっ」

 

 ルーテシアには若干脅され、

 

「まったく、こんなのがあたしよりも年上かと思うと涙が出てくるわ」

 

「うぐぐっ」

 

 妹にあたるノーヴェには完全に呆れられる始末。

 

 が、反省の弁がセインからあると思ったが、彼女は何度かうなった後その場に仰向けに倒れこむと、じたばたと駄々をこね始めた。

 

「なんだよー! ちょっとみんなを楽しませようとしただけじゃんかよー!」

 

 ばたばたと手足を振り、その場をゴロゴロと転がりまわる。

 

「ちゃんと皆怪我しないように気をつけてふざけてたっつーのー! これでも一応聖王教会のシスターだぞー!」

 

 シスターであるならばそういった行動は控えるべきなのではと、クロエはなんともいえない汗をたらす。

 

「おまえら楽しそうなのにあたしだけ食料置いて帰るとか切な過ぎるじゃんかよー!」

 

 半べそ気味なセインはビシリとスバル達に指を立てる。

 

「自慢じゃねーが。あたしは精神的にお前等より大人じゃーないんだからな!?」

 

「ホントに自慢じゃねーなおい」

 

「というか開き直った」

 

 シスターらしからぬセインの行動に、ノーヴェはさらに呆れ、ティアナとスバルはその精神に若干の驚嘆すら覚える。

 

「えーと、とりあえずセインはリオちゃんに謝った方がいいと思うんだけど。あとクロちゃんにも」

 

 キャロに連れられ、リオがやってくると、セインは立ち上がってリオの前に行く。

 

「その、ごめん。さっきのはちょっとふざけすぎた」

 

「あ、いえ! 私もびっくりしてやりすぎちゃって、ごめんなさい」

 

 二人は話し合い和解したようで、セインが今度はクロエに向き直る。

 

「クロエもごめんな。びっくりさせちゃって」

 

「あ、別に私は気にしてないよー。胸なんて揉まれて減るものじゃないしねー。陸士訓練校だとルームメイトに散々揉まれてたし」

 

 あははー、と軽いノリで受け流すクロエに、セインはホッとした様子であるが。クロエの発言を聞いていたほかの面々は苦笑いを浮かべ、ティアナとスバルは特になにか思い当たる節があるようで、

 

「ルームメイトに胸をねぇ……」

 

「な、なぁにティア? 急にそんなジト目で」

 

「べつにー。ただ、私も六課時代のルームメイトさんには朝散々胸を揉まれてたから、ちょっとしたデジャヴ? かしらね」

 

「あ、アハハハ……」

 

 二人のやり取りが終わると、ルーテシアが「さて」と切り出した。

 

「それじゃあリオクロとセインの問題も一段落したことだし、セインに交換条件を提示させてもらおうかな。セイン。訴えない代わりに、今夜と明日の朝のごはんを作ってよ。そうしたらシスターシャッハに一泊できるように頼んであげる」

 

「ホントか! そんなんでよければいくらでも!」

 

「示談成立だね。皆、セインの料理ってすごく美味しいから、それで勘弁してあげて」

 

「オッケー」

 

 ルーテシアとセインの示談交渉成立に、皆が答えるが、一人だけ納得いっていない様子のノーヴェ。

 

「お嬢は甘いなぁ」

 

「いいじゃん別に。労せずして無料の労働者をゲットしてみたと思えば」

 

「そうだぞーノーヴェ。細かいことは気にしちゃダメだってー」

 

「お前がそれを言うな。ったく、調子いいんだから」

 

 温泉に浸かるセインに対し、ノーヴェは首を振って呆れる。が、もう慣れた様子でそれ以上何かを咎めたりすることはなかった。

 

 そんな彼女たちからやや視線を外すと、クロエが難しい表情を浮かべ、自分の手を開いたり閉じたりしていた。

 

「うーむ……」

 

「どうかした? クロちゃん」

 

 キャロが悩んでいる様子のクロエに問う。クロエは「いや」と答えると、少しだけ悩んでから口を開く。

 

「さっき私完全に無意識の内に氷結の力……零王の魔力が溢れちゃったみたいでさ。やっぱり、まだ完全には扱えたないのかなーって思って」

 

「なるほどー。でも、さっきのはしょうがなかったんじゃないのかな。多分あれはクロちゃんの中の零王の力がクロちゃんを守ろうとして、自己防衛みたいな形で漏れ出したんだと思うよ。だから、扱えてないっていうのは違うと思う。自信持っていいよ」

 

「ありがと、キャロ。うん、そう思ったら少し安心したかも。ちょっと心配だったんだ。力が上手く扱えなくて、皆に迷惑かけちゃわないかとか、危ない目にあわせないかとか」

 

 苦笑気味に言う彼女の表情は、安心したといっているものの、やはりまだどこか不安げである。そんな彼女の様子を見て、キャロはクロエの頭を撫でた。

 

「え」

 

「大丈夫だよ。クロちゃん。私も最初の頃は自分の力が少しだけこわかった。フリードやヴォルテールのことを上手く使役できなくて、暴走させちゃうことが怖かった。でもね、フェイトさんがそんな私に居場所をくれた。守りたいと思う人たちが出来た。だからフリードも答えてくれたし、ヴォルテールも答えてくれた。大丈夫だよクロちゃん。クロちゃんは自分の力を信じて。ね?」

 

 笑顔で言うキャロに対し、クロエは一瞬はとが豆鉄砲を食らったような顔をしたが、すぐに笑みを浮かべてキャロのおでこに軽くデコピンを当てる。

 

「へうっ!? 何をするー!」

 

「いや、ちょっとお姉さん口調で言われたのが癪に障ったというかなんといいますか」

 

「なんですと!? むー、こっちはクロちゃんのことを心配して言ってるのにー!」

 

「あぁいや、その辺は本当にありがたいんだけど、なんていうかあれだよ。座ってても私の方が背が高いから無理してないかなって思って」

 

「無理してないよ! まったくー。聖さんと修業してるからなのか、若干聖さんっぽい時あるよね。クロちゃんは!」

 

「えー、そうかなー」

 

「そうだよー!」

 

 二人は言い合いながらも互いに楽しげな笑みを浮かべる。すると、そんな彼女等につられ、他の皆も話しに混ざって行った。

 

 そのままお風呂タイムは続き、世は更けていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 翌日早朝。

 

 ロッジの周囲には朝靄が立ち込めているなか、クロエはロッジから少しだけ離れた場所で一人イメージトレーニングに励んでいた。

 

 イメトレとは言っても体を動かさずに脳内でやるものではなく、実際に体を動かして仮想の敵と戦うものだ。

 

 イメージの中で闘っているのは、師匠である聖だ。何度も手合わせしているので、彼の動きは頭の中にインプットされている。だからこそ、脳内で反復する。

 

 が、やはりと言うか何と言うか、今まで一度も勝ったことがないため、イメージトレーニングとは言えど、完全に勝てるビジョンが見えてこない。

 

「ぐあー……ダメだー。またやられたー! やっぱり初手から一気に接近するのは不味いかな。少しずつ距離を詰めていく感じで……いやいやいや、師匠なら一息で接近してくるからなぁ。やっぱりこっちから一気に懐に飛び込んでノリと勢いで倒すべきか……」

 

 頭を抱えて悩みまくるクロエであるが、その理由は今日の陸戦試合の組み合わせにある。今日の陸戦試合で、クロエはなのは率いる青組に振り分けられている。対する聖は、ティアナ率いる赤組にいるのだ。しかも、それぞれのポジションは正面でぶつかるであろうフロントアタッカー。

 

 恐らく流れ的に聖を止めるのはクロエの役割になるはずなので、そのシミュレーションをしているのだが、これがどうにもうまく行かない。

 

「うーん。早々に私が崩れたらみんなの迷惑になっちゃうしなぁ。どうしたものか……」

 

 うんうんと唸るクロエは、大きなため息をついてからその場にごろんと寝転がる。朝靄も段々晴れてきて、空にも段々と朝日の色が見えてきている。

 

 朝の空気はとても澄んでいるというのに、クロエの心にはモヤモヤとした緊張感があってどうにも落ち着いていない。

 

「あー、どうしよう」

 

 昨夜のセインのようにゴロゴロと転がると、不意に草原を踏みしめる音が聞こえた。そちらを彼女が見ると、ルーテシアの召喚獣であるガリューが籠を担いでこちらを見ながら立っていた。

 

「ガリュー。おはよー」

 

 クロエが声をかけると、ガリューは胸の辺りに手を当てて頭を下げる。すると、彼はクロエの元までやってきて籠から取り出したリンゴを彼女に手渡した。

 

「くれるの?」

 

 こくりとガリューが頷いたので、クロエは素直に受け取ってからそのリンゴを齧った。甘さとすっぱさがちょうどよく、朝食べるにはちょうど良いみずみずしさのリンゴだった。

 

「うん。このリンゴおいしい。ありがと、ガリュー」

 

 礼を言うと、ガリューは頷き、どうしたことかクロエの隣に腰を下ろした。悩んでいるところを見て心配してくれているのだろうか。

 

 その様子に、クロエは一瞬悩んだが、打ち明けてみることにした。

 

「ねぇ、ガリュー。今日の陸戦試合さ、もしかしたら師匠と1on1でぶつかるかもしれないんだ。でも、今の私じゃまだまだ師匠に勝てないと思うの。どうやって闘ったらいいかな?」

 

 しゃべることが出来ないガリューに聞いても、答えは返ってこないかもしれないが、言葉が理解できる彼に話すことで、少しは緊張を解きほぐせるかもしれない。

 

 などと思っていると、ガリューがクロエの肩を叩き、こちらを見るように促した。見ると、ガリューは立ち上がり、拳を握ってそのまま前に鋭く突き出した。

 

 なにかを伝えようとしていることは明白であったが、いまいちその意味がわからない。だから、クロエは問うてみることにした。

 

「えっと、それってまっすぐぶつかってみろって事?」

 

 すると、ガリューは静かに頷いた。そして彼はクロエの胸の辺りを指差し、拳を打ち込む動作をしてきた。

 

「自分の思う戦い方をしろ?」

 

 殆ど勘であったが、どうやらそれは正解なようで、ガリューはその顔には似合わず、親指を立ててきた。

 

 そんな彼の様子が可笑しくて、クロエはついつい噴出してしまう。

 

「ハハッ。うん、ありがと、ガリュー。そうだね、変に気負ってもしょうがない。私は私のやり方で闘ってみるよ。アドバイスありがと」

 

 クロエが拳を前に出すと、ガリューもそれに答えて拳をコツンと当ててきた。

 

 

 

 

 

 

 数時間後、朝食を終えた皆は訓練場に集まっていた。

 

「みんな揃ったなー。うーし、そんじゃあなのは、フェイト、はじめてくれい」

 

「うん。でもまずは、試合プロデューサーのノーヴェさんから!」

 

「うえぇ! あ、あたしですか!?」

 

 唐突に振られ、若干困惑気味のノーヴェだが、呼ばれた以上挨拶はしなくてはならないので、皆の前で今回の試合の詳細について語り始めた。

 

「えっと、ルールは昨日伝えたとおり赤組と青組七人ずつのチームに分かれたフィールドマッチです。ライフポイントは今回もDSAA公式試合用タグで管理します。あとは皆さん、怪我のないように正々堂々頑張りましょう」

 

「はーい」

 

 ノーヴェの解説に、皆が答えると、フェイトとなのはがそれぞれのチームのメンバーに声をかける。

 

「それじゃ赤組、元気に行くよ!」

 

「青組もせーの!」

 

 そして二つのチームの声が重なる。

 

「セーット! アーップ!」

 

 声と共にそれぞれのチームメンバーの体が光に包まれ、光が晴れたときには皆バリアジャケットを展開していた。

 

 聖もいつものユーヴァハルフォームではなく、格闘戦に特化したアングリッフフォームでの展開となっている。

 

 赤組の司令塔であるティアナがチームメンバーに声をかける。

 

「序盤は多分同ポジション同士の1on1。均衡が崩れるまでは自分のマッチアップ相手に集中ね」

 

「おーー!」

 

 対し、青組の司令塔であるなのはもまたメンバーに注意を促す。

 

「向こうの前衛には聖くんやアインハルト、ノーヴェみたいな突破力が高い子が揃ってる。序盤は守備を固めて向こうの足を止めていこう!」

 

「はいっ!」

 

 それぞれの司令塔からの注意喚起と作戦内容が伝え終わったところで、空間モニターが投影される。そこにはメガーヌと銅鑼を背にしたガリューが立っていた。

 

『それではみんな元気に……』

 

 一拍置いて、メガーヌが告げる。

 

『試合開始ー!』

 

 同時に盛大な銅鑼の音が訓練場全体に響き渡った。




お疲れ様です。
はい、こんかいは序盤温泉どころか殆ど温泉でしたね。
でも最後のほうで陸戦試合の前までは持っていけたのでまぁよしとしましょう。

あと、三ヶ月もあけて申し訳ない。
いろいろと立て込んでおりましてw

次回はそれなりに速く書けることを努めます。はい。


あと、一つこの小説にはまったく関係ありませんが……


ガルパンはいいぞ


はい、以上です。

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