魔法少女リリカルなのはvivid-Blizzard Princess of Absolute Zero-   作:炎狼

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Kristall;10

 カルナージのルーテシア邸で行われる、春のオフトレーニング兼旅行を五日後に控えた夜。

 

 空戦教導場では、クロエが魔法戦の鍛錬を行っていた。しかし、いつもならいる筈の、聖の姿がない。けれども、クロエ一人だけと言うわけではない。

 

「すみません、なのはさん。鍛錬に付き合ってもらっちゃって」

 

 通算で二十機目となる対人戦闘用ドローンを破壊したクロエが告げた方を見ると、ジャージ姿のなのはがいた。

 

「いいよいいよ。今日は聖くんが夜勤だからね。それに空戦教導場を使うときは、局員の同伴が必要だしね」

 

「ありがとうございます」

 

「でもさ、いつもの市民公園じゃダメなの? あそこでも魔法の鍛錬は出来ると思うんだけど」

 

 なのはの疑問は最もだ。市民公園内には、共同魔法訓練場という場所が存在し、誰でも魔法の練習が出来るようになっている。

 

 クロエはなのは対し、少しだけ苦笑を浮かべ、

 

「あーえっと、実は、師匠に言われて新技を開発してまして……。それがまだ少しだけ不完全なんで、危ないと思いまして」

 

「なるほどね。確かにここなら周りに人がいるわけじゃないから安全だね」

 

「はい。そんな感じです。でも、ヴィヴィオを家に一人で残してきちゃいましたけど大丈夫ですかね」

 

「大丈夫だよ。鍵だってしっかりかけてあるし、なによりヴィヴィオは今、試験期間中だからね。寧ろ家に誰もいない方が集中できるんじゃないかな」

 

 ヴィヴィオやコロナ、リオが通うSt.ヒルデ魔法学院は、試験期間中なのだ。試験が終わった後、土日を入れることで四連休となるので、今回のオフトレが計画されたのだ。

 

「試験期間なら、一人の方が集中できますよね。私もそうでした」

 

 つい一年ほど前まで陸士訓練生だったクロエは、寮の図書室で勉強していたことを思い出す。

 

「あ、そうだ。聞きたかったんだけど、クロエは小学生の頃とか、訓練生の頃のペーパーテストの成績はどうだったの? 苦手な科目とかはあった?」

 

「苦手な科目は特になかったですね。成績も基本は満点でした」

 

「おー、すごいねぇ。もっと聞いちゃうけど、自己最低点はいくつ?」

 

「98点ですね」

 

「え゛ッ!?」

 

 クロエの答えに、なのはの声が変な風に上ずった。

 

 無理もない。自己最低点が98点など、相当頭脳明晰だったと言うことだ。クロエ自身、そんな素振りを見せたこともなかったので、余計彼女を驚かせたのだ。

 

 けれども、クロエは余り嬉しそうな顔はしていない。

 

「でも、あんな成績取れてたのも、母の行き過ぎた教育のせいなんですけどね。コキルトスの次期当主になるためって、いろんな習い事をやらされましたし。家庭教師なんて各教科一人ずつですよ? まったく、辛いのなんのって……」

 

「……確かに、それはかなりヘビーかも……。私の幼馴染にもお金持ちの子がいたけど、家庭教師まではついてなかったかなぁ」

 

「まぁ、うちの母親はいろんな意味でアレなので……」

 

 なのはの驚いた様子に対し、クロエは苦笑して答える。

 

 すると、そんなクロエを様子を見たなのはが、空気を変えようと、別の話を持ちかけた。

 

「そうだ! クロエが開発してるって言う魔法を見せてくれない? いろいろアドバイスできると思うし」

 

「いいんですか?」

 

「もちろん。人から意見を貰うことでわかることもあるよ」

 

「じゃあ、お願いします。一気に全部っていうのもあれなので、何個か見せるので大丈夫ですか?」

 

「うん。それじゃあドローン出すね」

 

 空間モニタを呼び出し、なのはがそれを操作すると、クロエの前に数体の訓練用ドローンが現れた。

 

 クロエは目の前に現れたドローンを見据え、小さく息をつく。そして彼女が息を吐ききった瞬間、足元に古代ベルカ式の魔法陣が展開する。

 

絶零之爪刃(アブソリュート・クリンゲル)!」

 

 呟きと共に、彼女のバリアジャケットのブーツと、ナックルから氷で形成された鋭利な爪が現れた。

 

 クロエは足に力を込めて駆け出し、ロックオンしたドローンに向かって右手を振り下ろす。

 

 金属が擦れる甲高い音と共に、ドローンが無残にも引き裂かれる。裂かれたドローンは、青白い放電をしながら沈黙。

 

 そしてクロエは、展開していた爪を解き、別のドローンを見やり、そちらに手を伸ばす。

 

 同時に視線の先にあった三体のドローンの上下に魔法陣が展開。

 

絶零之氷牢(アブソリュート・プリズネル)ッ!」

 

 言葉と共に、展開された魔法陣から薄い氷が突き出し、ケージを形成、ドローンをその中に封じ込める。なのはもその魔法がバインドだということはすぐに理解できたが、思わずその展開の早さに舌を巻いた。

 

 なのは自身にもクリスタルケージという、似たようなバインド魔法があるが、クロエの展開力は彼女と同等だった。あの歳でアレだけ早く展開できるとなると、やはり、零王の力とやらが関係しているのだろうか。

 

 再びクロエを見ると、彼女は右拳を硬く握り締めており、その手に魔力が集中している。しかしあれは集束砲(ブレイカー)ではない。どちらかと言うと砲撃魔法の直射型の部類だろう。

 

 クロエは足にも魔力を集めており、そのままグッと力を込め、ケージに囚われた三体のドローンに向かって跳躍。

 

 ほぼ零距離にまで迫った時、声が響く。

 

絶零之宝拳(アブソリュート・フラガラッハ)ッ!!」

 

 途端、突き出された拳によってケージが破壊され、それに次いで拳がドローンに到達し、集められた魔力がその場で一気に打ち放たれる。

 

 零距離による砲撃。形としては、スバルがなのはのディバインバスターを改良した形に近いだろうか。

 

 拳の直撃を喰らったドローンには、魔力が貫通した穴が開き、その場で爆発四散。余波によって他二体も破壊された。

 

 爆風を受けながらも地面に降り立ったクロエは、小さく息をついて戦闘態勢を解除する。

 

「……とりあえず、こんな感じなんですけど」

 

 なのはに向けて少しだけ照れた様子を見せながらクロエが言う。

 

「うん。全体的によかったと思うよ。最初の爪はクロスレンジ用で作ったのかな?」

 

「はい。普通に打撃でもいいと思ったんですけど、フリーレンがレパートリーを増やしたほうが良いと言うので、作ってみました」

 

「確かに打撃以外にも斬撃の効果も得られるからいいかもしれないね。けど、気になったのは、爪が大きすぎて若干動きが遅くなってたから、もっと小さくして強度を上げれば、動きも俊敏なまま攻撃が与えられるはずだよ」

 

「わかりました。ありがとうございます。他にもありますか?」

 

 グッと詰め寄るようになのはに迫るクロエ。それだけ技の開発に本気であることがわかる。

 

「えっとね、二つ目に使っていたバインドは、展開の早さは充分すぎると思う。ただ、三つ目の砲撃と一緒に使う場合は、あのバインドじゃなくて、普通のバインドの方がダメージは大きいよ」

 

「あーなるほど。やっぱりそうですか……」

 

「やっぱりってことは、わかってはいたのかな?」

 

「はい。なんとなくですけど。氷牢(プリズネル)で拘束した状態だと確実性は増しますけど、氷を一枚挟むことになるので、ダメージを狙えないかなーって思っていたんです」

 

「じゃあ、アレは本来別の技のためだったのかな」

 

「そのとおりです。それじゃあそれも見せておきますね。アドバイスも欲しいので」

 

「了解、やってみせて」

 

 なのはに言われ、クロエはドローンから数メートル距離を置いてから、再び氷牢で残ったドローン全てを閉じ込める。

 

「なのはさん。余波が行く可能性があるので、もう少し後ろにいてください」

 

「ん、わかった」

 

 なのはは断っていた場所から下がり、クロエから離れる。それを確認したクロエは、精神を落ち着かせるために息をつき、フリーレンを見やる。

 

「やるよ。フリーレン」

 

〈承りました〉

 

 返答を聞き、クロエは目を閉じて自身の右手に意識を集中する。

 

 すると、徐々に空気中の魔力が集束を始める。やがてクロエの体からあふれ出す魔力と、空気中から集められた魔力が結合し、一本の槍が姿を現した。

 

 蒼と銀の輝きを放つ長槍には、所々複雑な意匠が見え、物語で見る英雄が持つような槍に見える。

 

 集束が止まり、クロエが長槍を振りかぶって一歩を踏み出す。その瞬間、彼女の周囲には、集束し切れなかった魔力が音を立てて氷となる。

 

 そしてクロエは言葉をつむぐ。

 

一投氷撃(いっとうひょうげき)……」

 

 瞬間、クロエの手から長槍が打ち放たれ、同時に声を張り上げる。

 

絶零之大滅槍(アブソリュート・ブリューナク)ッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 深夜。なのはは、自宅のベッドの上でモニタを展開して座っていた。展開されているモニタの中には聖の姿があるので、なのはは彼と話をしていたようだ。

 

『今日はありがとな、なのは。クロエの鍛錬に付き合ってもらって』

 

「いいよ。私もクロエがどれだけ成長したのか見たかったし」

 

 どうやら話題はクロエのことのようだ。

 

『それで、クロエの鍛錬を見てて思ったことはあるか?』

 

「うん、私もそのことを話したかったんだ。ストライクアーツ全般は充分すぎるくらいに成長してたと思うよ。あと、新技も少し見せてもらったけど完成度は高かったし。それでも少しだけ粗があったからアドバイスもしておいたけどね」

 

『ならよかった。新技は後で俺も見せてもらうとしよう。他になにか変わったこととかはあったか?』

 

「えっと、あったにはあったかな。新技のことなんだけど、最後に見せてもらった技が、少しだけ気がかりだったかな。少し時間ある? 映像があるから見てもらいたいんだけど」

 

『ああ、大丈夫だ。ちょうど休憩中だしな』

 

「じゃあ、今から送るね」

 

 言うとなのははモニタを操作して、クロエが鍛錬中に最後に放った新技の記録映像を聖に送信した。

 

 数秒後、送られたデータを、聖がモニタの中でこちらにも見えるように表示した。

 

 モニタの中では、クロエが右手に魔力を集束させている光景が記録されていた。やがて集束した魔力が一本の長槍となり、クロエがそれを撃ち放つ。魔力によって強化された膂力により、投擲された槍は凄まじい速度で、ケージに閉じ込められているドローンに迫る。

 

 やがて槍がドローンに激突した瞬間、それは起こった。

 

 着弾したその瞬間に槍に集束された魔力が、その場で爆裂したのだ。途端、その場に刺々しい氷の柱が聳え、最終的に砕け散った。

 

 映像はそこで終わり、それを見ていた聖が驚嘆の声を漏らす。

 

『こいつは……』

 

「うん。アレは私のスターライト・ブレイカーと同じ集束砲の一種」

 

 集束砲。それは術者自らの魔力のみならず、周囲に散らばった魔力を集めて放つ魔法だ。この魔法は多少練度の高い砲撃魔導師であれば、基本的に誰でも使用することは出来る。

 

 ただし、一度使用した魔力。即ち、自分が使用して空気中に飛び散った魔力を、再び実用レベルで集束させるのは、Sランク以上の技術である。

 

 この魔法はなのはが得意とする魔法であり、彼女は幼少の頃からこの魔法が扱えていた。まぁ彼女の場合は、意識的に魔力を空気中にばら撒くことで、成功させていたのだが。

 

 今回の場合、クロエがそんな風に意識をして魔力を空気中にばら撒いている節はなかった。ということは、クロエはあの集束砲を殆ど無意識下であれをやってのけたということになる。

 

「多分だけど、クロエちゃんは私と同じかもしれない」

 

『砲撃魔導師向きってことか』

 

「うん。ただ、クロエ自身アレが集束砲って言うことには気付いていないみたい。そのあたりは伏せて置いたけど、言った方が良かったかな?」

 

『いや、合宿中にでも俺から言うさ。しっかしまぁ、ついこの間新技開発してみって言ったのに、もう三つ開発したのか……。飲み込みが早いというか何と言うか、成長速度が半端じゃないな』

 

「あのくらいの歳の子は、一度覚えるとメキメキ上達するからね。ただ、こうなると心配なのが、オーバートレーニング。私やティアナみたいにちょっと無理しちゃう可能性もあるから、しっかり見ていてあげないとね」

 

『だな。俺からも念を押して言っておく。そういえばヴィヴィオはテスト勉強はかどってるか?』

 

 聖は話題をヴィヴィオの試験に変えてきた。

 

「大丈夫だよ。ヴィヴィオもストライクアーツとしっかり両立できてるし、なによりわからないところはクロエが教えてあげてるしね」

 

『そういや、クロエのやつ相当頭いいんだっけな。ならよかった。じゃあ、明日の昼には帰るからな。おやすみ』

 

「聖くんもがんばってねー。あ、フェイトちゃんによろしく~」

 

 なのはは、軽く手を振った後、モニタを閉じて、仰向けに寝転がる。

 

 いつもなら三人で寝ているベッドが、今日は一人だけなのでいささか広すぎるような気もしたが、これはこれで広々と使えるからよいのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 合宿当日。クロエはバイトを終えてユニフォームから私服に着替えた。着替えを終えた後、カウンターでコーヒーを作っている店長に声をかける。

 

「それじゃあ店長。お疲れ様でした」

 

「ああ。今日から旅行兼合宿だったね。楽しんできな」

 

「はい。長くお休みを貰っちゃいますけど、すみません」

 

「気にするな。ウチも人員は不足していないからな。ホラ、早く行かないと遅れるぞ」

 

 店長に促され、店の裏口から出て愛用の自転車に跨り、高町邸に向けて帰宅する。

 

 通いなれた道を警戒に走りぬけていると、フリーレンが問うてきた。

 

〈クロエ様。荷物の方は大丈夫なのですか?〉

 

「うん。昨日の内にケースにまとめてあるからね。多分今頃は師匠が車に積み込んでくれてるんじゃないかな」

 

〈そうですか。ならば安心です〉

 

「というか、昨日見てたんじゃなかったっけ?」

 

〈いえ。昨日はレイジングハート様から色々と合宿についての情報交換をしていたので、クリス様も一緒でした〉

 

「そういえば昨日はデバイス一同集まってたね。そんなことしてたんだ」

 

〈はい。こういったことはしっかりしないと気がすまない性格ですので〉

 

 どこか声が嬉しそうな様子かして、フリーレンもこの合宿が楽しみであったことを思わせる。

 

「やっぱりフリーレンも楽しみなわけだ」

 

〈それはそうですよ。勉強ができるのは、貴女様だけではなく、わたくしもですからね。前回も色々学べましたし〉

 

「勉強熱心だこと。じゃあ、急いで帰ろうか」

 

 クロエはペダルをこぐ足を速めて高町邸へと急いだ。

 

 

 

 高町邸に到着すると、ちょうどノーヴェとアインハルトがやって来たところであった。

 

 二人もこちらに気が付いたのか、軽く手を上げてきた。

 

「おー、クロエー。バイト帰りかー?」

 

「うん。二人も今来たところみたいだね」

 

 自転車から降りつつ言うと、アインハルトが深く頭を下げてきた。

 

「今日からよろしくお願いします。クロエさん」

 

「よろしくねー、アインハルト」

 

 軽く挨拶を交わしてから高町邸に入ると、出迎えに来たのはヴィヴィオであった。ヴィヴィオは、アインハルトの姿を確認すると、驚きと嬉しさが混ざったような笑顔を浮かべる。

 

「異世界での合宿と言うことで、ノーヴェさんからお誘いを受けました。……えっと、ご同行してもよろしいですか?」

 

「はい! もう、全力でオッケーですッ!」

 

 あの喜び方からして、アインハルトが今回の合宿に参加することを知らなかったようだ。

 

 ヴィヴィオは心底嬉しげな笑顔を浮かべながら、アインハルトと握手を交わす。

 

「相当仲良くなったねぇ。二人は」

 

「学校でもよく話してるみたいだからな。でも、流石にあの喜びようは……」

 

 ノーヴェもまさかヴィヴィオがここまで喜ぶとは思っていなかったのか、若干苦笑い気味だ。

 

「ヴィヴィオ。上がってもらったら」

 

「う、うん!」

 

 リビングから出てきたフェイトに声をかけられ、ヴィヴィオはやっと我に返ったのか、顔を真っ赤に染める。

 

 二人がリビングに入った後、フェイトが小声でノーヴェに告げる。

 

「あの子が参加すること、内緒にしておいて正解だったね」

 

「はい。まぁ予想以上の喜び方でしたけど」

 

「それだけヴィヴィオはアインハルトのことが好きなんだろうね」

 

「でしょうねぇ。というか、ヴィヴィオのあの勢いにはアインハルトも押され気味な感じもしましたけど」

 

 クロエが言うと、二人も「確かに」とそれぞれ苦笑した。

 

 そのままリビングに入ると、既に高町邸から出発する面々が揃っていた。聖もジーンズに、黒の半袖のワイシャツを羽織り、カジュアルに決めていた。

 

 なのはを見ると、彼女は早速アインハルトに挨拶をしており、「格闘技が強いんだよね」と話していた。

 

「さすがなのはさん。目をつけるのが早い……」

 

「ああ、こりゃあ合宿中に二人が闘う可能性が出てきたかもな……」

 

 本当に聞こえないぐらいのヒソヒソ声で話すクロエとノーヴェ。実際のところ彼女に聞かれたら、手痛い『おしおき』が待っているから、細心の注意を払わねば。

 

 すると、わいわいと話していた全員をまとめるように、この中で唯一男性の聖が軽く手を叩いた。

 

「うーっし、そんじゃあ全員揃ったし。そろそろ出発するか。コロナとリオは、次元港に行く前に二人の家に寄って、そのまま行く形でいいだろ」

 

「うん。それでいい? 二人とも」

 

「はい」

 

「大丈夫です!」

 

 コロナとリオがそれぞれ頷く。すると、そこではたと気づいたのか、ヴィヴィオが声を上げた。

 

「あ、わたし着替えないと! クリス、手伝って!」

 

「まだ時間あるからそんなに急がなくても大丈夫だからなー」

 

「はーい!」

 

 そんな様子を見ながらも、クロエは自分の持ち物を見て、忘れ物がないことを確認すると。殆どの荷物は既に聖が車に運んでくれているので、特に問題がないだろうが、手荷物としては、色々必要なのだ。

 

「よし、忘れ物なし」

 

 改めて自分の荷物に忘れ物がないことを確認したクロエは、ヴィヴィオが降りてくるのを待つ。

 

 ふとそこでアインハルトが、神妙な面持ちで声をかけてきた。

 

「あの、クロエさん」

 

「ん、なぁに?」

 

「合宿中のいつでもいいのですが、一度私と一対一の勝負をしていただけないでしょうか」

 

 胸に手を置いたアインハルトが言い切ると、リオと話していたノーヴェもこちらにやって来た。

 

「だめ、でしょうか?」

 

「ううん、いいよ。大丈夫。そうだね、私もアインハルトと戦ってみたかったから、ぜひって感じかな」

 

「ありがとうございます」

 

「お礼なんていいってば。っと、ヴィヴィオも降りてきたね」

 

 クロエの言うとおり、階段を下りる音が聞こえる。聖に急がなくても良いといわれたのに、ずいぶんと急いで着替えたようだ。

 

「お待たせー! それじゃあ行こう、パパ」

 

「よし。なのは、メガーヌさんに連絡とれたか?」

 

「うん。あっちも準備万端だってさ」

 

「じゃあ、出発しますかね。運転は俺に任せろい」

 

 聖はワイシャツの胸ポケットに収めていたサングラスを掛けて玄関に向かい、皆もそれに続く。

 

 車に乗り込む途中、ノーヴェがクロエに対し軽く耳打ちした。

 

「悪いな、クロエ。アインハルトとの対決」

 

「別にノーヴェが謝る事ないでしょー。私もアインハルトとは戦ってみたかったんだよね。これでも王の末裔ですから」

 

 ふふんと胸を張ると、ノーヴェは笑いながら「調子いいなおい」と、呆れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 無人世界カルナージは、クラナガンからの臨港次元船で約四時間かかる。時差としては七時間程度の時差がある。カルナージは一年を通して温暖な気候で、自然が豊かな世界である。

 

 そんなカルナージへ向かう次元船の客室では、聖は以前古書店で買って来た歴史書を読んでいた。子供たちは全員眠りにつき、起きているのは、聖のほかに、なのは、ノーヴェ、ティアナだけだ。

 

「……ふむ、やっぱりどんな本を読んでも聖王家と零王家のつながりは記録されてないか……」

 

 歴史書にしおりを挟みつつ、小さく呟くと、前の席に座っていたティアナが、座席から顔をのぞかせる。

 

「聖さん、それってベルカの歴史書か何かですか?」

 

「まぁそんなとこだ。クロエの先祖である零王家について調べようと思ったんだが、やっぱり無限書庫ぐらいにしか残ってないっぽいな」

 

「零王家……やっぱり、古代ベルカってまだまだわからないことが多いですね」

 

「そうだな。というか、子孫がそのこと知らなかったんだから、俺等が知らないのは当たり前だわな」

 

 隣で眠るクロエを見やりながら聖は小さく息をつく。

 

「でもほら、ルーテシアなら古代ベルカのことは知ってるじゃないですか。だからもしかするとわかるかもしれませんよ」

 

「そうだな。……話は変わるんだけどよ。ルーテシアさ、キャラ変わりすぎじゃね?」

 

「あー、それは……」

 

 ティアナはなんともいえない表情を浮かべる。

 

 聖やティアナがこんな反応をするのも無理はない。なぜなら、ルーテシアの変貌振りは、JS事件以来、凄まじいものだったからだ。

 

 最初こそおとなしい少女であったのだが、今ではハイテンションもハイテンション。もはや別人レベルである。以前、モニター越しで話したときは、思わず「なにがあった?」と心配してしまった。

 

 しかし、聖がこう思っているのにもかかわらず、彼女と時間を共にしていたアギトからすると、大して変わっていないらしい。むしろ「前からあんな感じ」だという。ただ、「気になったところといえば、最近声が大きくなった」とも言っていた。

 

「いやいやいや、アレはどう考えても声がでかくなったとかいうレベルじゃないと思うんだ。どう考えてみてもアレ別人格じゃん。誰だあれ」

 

「落ち着いてください、聖さん。混乱してきてます」

 

「だってお前だって思ってるだろ、ティアナ」

 

「それは思いますけど、ほら、色々触れちゃいけない事だってあるじゃないですか。ルーテシアも本当はアギトの言うとおり、昔からあんな感じだったのかもしれませんし……。確証はないですけど……」

 

「確かにメガーヌさんもたまにテンションが上がってる時とかあるから、遺伝……なのかねぇ……」

 

 聖はうーん、と悩みながら首をかしげる。

 

「まぁいいや。どっちかって言うとテンションが上がってくれたおかげで、色々話しやすくなったし」

 

「そう考えればいいんですよ。変な風に想像しちゃうから混乱するんです」

 

「ああ。今後はアイツのキャラ変化については言及しないようにしよう。なんか逆に俺達がおかしくなりそうだ」

 

 最終的に、ルーテシアのキャラ変化については余り振れない方向で、ということに落ち着き、この話は終了となった。

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、いらっしゃーい♪」

 

 アルピーノ邸にて、一行はルーテシアと彼女の母、メガーヌに迎えられた。ルーテシアは、待ちに待っていたようで、既にテンションが高い。

 

「お世話になりますー」

 

 なのはを含め、全員が挨拶をすると、メガーヌが一歩出て優しい声で告げた。

 

「みんなで来てくれてうれしいわ。食事もたくさん用意したから、くつろいで行ってね」

 

「ありがとうございます!」

 

 メガーヌの労いの言葉に感謝をしたスバルだが、ふと、そこでメガーヌの視線が聖を捉える。

 

「聖くんも、元気そうでなによりだわ」

 

「ども。家族共々世話になります。男手が少ないと思うんで、困ったことがあったら言って下さい」

 

「頼りにしてるわ。毎度毎度色々やってもらって、本当に助かるもの。ガリューだけだとどうしても手が回らないこともあるから」

 

 頬に手を当てて言うメガーヌ。ただ、何処となく彼女の頬が赤いのは気のせいだろうか。そして、そんな二人を見る聖の妻達が何処となく見てはいけない眼光をしているのは気のせいだろう。

 

「クロ、久しぶりー」

 

「ルーちゃんも元気そうだねー」

 

 クロエはルーテシアと手を握り合う。ルーテシアとメガーヌの境遇は、聖から知らされていたので、去年始めてきた時は若干緊張していたが、今ではモニタを使って話す中なので緊張は微塵もない。

 

 寧ろ、陸士訓練校でルームメイトであったアリーシャと同じぐらい仲がよくなっている。

 

「アインハルトの印象はどうだった?」

 

「んー、ヴィヴィオのいっていたとおり、礼儀正しい子って感じだね。合宿中に仲良くしたいかな」

 

「まぁそれは大丈夫だと思うよ。結構硬いかなって感じはするけど、優しい子だし」

 

「ならよかった。っと、そろそろあの二人も来るかな」

 

 他愛ない話に花を咲かせていると、邸宅の裏手から、赤髪の少年と、小さな飛竜をつれた桃色の髪の少女が出てきた。

 

 少年の方はエリオ・モンディアル。少女はキャロ・ル・ルシエ。そして彼女が連れている飛竜はフリードだ。

 

 二人ともフェイトが後見人をしている、フェイトのもう一つの家族と言っても過言ではない存在だ。クロエが合うのはこれで五度目くらいである。

 

「エリオ、キャロ、久しぶりー」

 

 アインハルトとの挨拶を終えた二人にクロエが声をかける。因みに、ルーテシアも含め、二人ともクロエとは同い年である。

 

「久しぶりークロちゃん」

 

「元気そうだね、クロエ」

 

「うん、元気元気! でも、エリオはまた背ぇ伸びたねぇ。キャロは……あんまりかな」

 

「なんですと!? これでも伸びたんだよ1.5cm!」

 

「残念、私は四センチも伸びたよ」

 

 ドヤァとクロエが笑みを浮かべると、キャロは「ぐぬぬ……」と悔しさを露にした。まぁ彼女は身長のことを特に気にしている節があるので、仕方ないとはいえる。

 

 そこへ聖が声をかけてきた。

 

「よう。キャロ、エリオ」

 

「聖さん。って、どうしたんですかその耳!?」

 

「なんかすごく赤くなってますけど!?」

 

 二人が驚くのも無理はない。聖の右耳はなぜか真っ赤になっていたのだ。なにやら引っ張られたような痕跡がある。

 

「いやこれはあれだ、嫁達と軽いスキンシップをしてきたんだ……」

 

「師匠、そんな遠い目をして言わなくても……」

 

 虚空を見上げながら小さく呟き、クロエが呆れたように声を漏らす。

 

 聖は唐突にエリオの両肩に手を置いて彼の目を真っ直ぐに見据えて告げる。

 

「いいか、エリオ! 男は時に理不尽な暴力に合う事もある。しかし、決して負けるなよ!」

 

「は、はい!」

 

 鬼気迫る表情の聖に言われ、エリオはビシリと背筋を伸ばして返答した。どうやら、先ほどメガーヌとくっ付いていたことに腹を立てた、フェイトとなのはにお灸を据えられたらしい。

 

 その娘であるルーテシアはと言うと、「まったくママったら……」と額を押さえていた。

 

 すると、ヴィヴィオ達の方が騒がしくなった。そちらを見ると、茂みのあたりから黒い影が見えた。そしてその影に対してアインハルトが戦闘態勢をとっているアインハルトをヴィヴィオとコロナが止めているところだった。

 

「アインハルトさん! ごめんなさい、大丈夫なんです!」

 

「え?」

 

「あの子はルーちゃんの召喚獣なんですよ!」

 

 二人に言われ、アインハルトは戦闘態勢を解除し、そこへルーテシアが補足に入る。

 

「あの子はガリューって言ってね。私の大事な家族なんだよ。外見は驚くかもしれないけど、すごく心の優しい子だから大丈夫」

 

 ルーテシアの説明を受け、ガリューは右腕を胸の前にかざし、一礼した。

 

「も、申し訳ありません。つい……」

 

「まぁ私も最初はビックリしましたー」

 

「でも慣れちゃえば全然へっちゃらだよ。ね、ガリュー」

 

 クロエはアインハルトの緊張を解くようにガリューの腕にぶら下がる。ガリューもクロエの意図を理解したのか、グイッとクロエを持ち上げた。

 

「クロエさんは、前の合宿の時、一緒に鍛錬してましたからね」

 

「ガリューもクロエのことは気に入ってるよ。今も嬉しそうだし」

 

「うれしそうっつーか、ガリューって表情わかりにくいからわからなくね?」

 

「もー、パパー! ルールーが言ってるんだから間違いないでしょー!」

 

 ヴィヴィオに言われ、聖は「わるいわるい」と謝った。

 

 そして一通りの顔合わせが終わったあと、メガーヌが皆に言う。

 

「さて、それじゃあお昼の前にトレーニングでしょ? 子供たちは何処に遊びに行く?」

 

「やっぱりまずは川遊びかなっと。お嬢も来るだろ?」

 

「うん!」

 

「アインハルトもこっち来いな」

 

「はい――」

 

 ノーヴェ達のやり取りを見たクロエは、ガリューの腕から降りると、師匠である聖に確認を取る。

 

「師匠! 私はどっちに行けばいいですか?」

 

「そうだなぁ、実際のところどっちでもいいが……最初はヴィヴィオとかと川で遊んで軽く体を解しとけ。昼飯の後から本格的な訓練になるから、その時になったら俺等とやろう」

 

「わかりました。それじゃあお言葉に甘えて。遊んできまっす!」

 

「あんまりハメ外し過ぎんなよ。適度にな」

 

「了解です!」

 

 クロエはノーヴェ達の下へ走り、それを確認したなのはが告げる。

 

「それじゃあ、管理局員組みは、全員、着替えてアスレチック前に集合ね」

 

「はいッ!」

 

 それに続き、ノーヴェがヴィヴィオ達に向けて言う。

 

「こっちも水着に着替えてロッジ裏に集合だ」

 

「はーいッ!」

 

 それぞれがそれぞれの訓練だったり、遊びであったりへ向かい、いよいよ四日間の合宿兼オフトレが開始された。




はい、お疲れ様です。

とりあえず、今回も予定通りですね。よかったよかった。
若干メガーヌさんがなんかしてますが、あれはちょっとしたお茶目なので、決して恋愛感情とかではないので大丈夫です。だったらなんで頬を赤らめたし。
クロエ対アインハルトも実現しそうですし、よかったです。果たして軍配はどちらに上がるか……。
クロエの新技のネーミングがあれなのはしょうがないのです。私が厨二なのが悪いのです。

次回は川遊びのあたりと、大人組の訓練の様子とがかければと思います。
聖対なのフェイもあるとおもうので、そちらも楽しく書ければと思います。

では、感想などありましたらよろしくお願いします。

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